104. セイレーンと竜
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昼食を食べ終えて『プレアリス・オンライン』の世界に戻ると、まだシズ以外は3人ともログアウト状態だった。
一人暮らしのシズと違い、3人はそれぞれ家族と一緒に昼食を取るだろうから、食事に時間が掛かるのは当然のことだ。
とりあえず『配信』だけは開始してから、シズは北門の付近でまったりと時間を潰すことにした。
すぐ目の前にある森都アクラスの北門では、衛士の人達が暇そうにしている。
元々この都市の北門は、西門や南門に較べると通行者が随分と少ない。
特に今日は旅客も馬車も殆ど通っていないように見えるから、いつも以上に衛士の人達は暇を持て余しているのだろう。
それならそれで好都合―――と思い、早速シズは衛士の人に話しかけてみる。
暇をしているなら、雑談にぐらいは応じて貰えると思ったからだ。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「おや―――よくここを通るお嬢さんだよね。一体何のご用かな?」
相手に顔を知られていることに、内心でシズは驚かされる。
シズはよく北門を出た先の川沿いで、ヒールベリーの採取や水蛇の討伐を行っているから、確かにこの門を利用する機会は少し多いわけだけれど。
とはいえ、まさか衛士から顔を覚えられている程とは思わなかった。
……まあ、別に顔を知られていても不都合があるわけではない。
暇を持て余している衛士と会話を交わし、シズは様々な情報を入手する。
この北門を出た先は『北』にではなく『北西』方向に道が続いており、その先に畜産に力を入れている村落があるということ。
また、その村落のすぐ近くに『迷宮地』がある話などを聞くことができた。
「北東にある島? ああ―――クラーバ島のことだね」
「へー、クラーバ島って言うんですか」
「危険な島でね、船乗り達には結構有名な場所なんだよ」
この都市の北東にある島についても、訊ねてみると話を聞くことができた。
現実世界では『マン島』がある位置に存在するあの島は、『クラーバ島』という名前らしくて。船乗り達には『絶対に近づいてはいけない島』としてよく知られている場所らしい。
「危険って、どういうことですか?」
「あの島の近くにはセイレーンって魔物が棲息しているんだけれどね。この魔物が危険の原因で、魅惑の歌で人を惑わすんだよ」
「人を惑わす……?」
「俺も人伝に聞いただけだから詳しくは無いんだが……。船乗りを誘惑する歌で、それを聞いた男連中は自分から海に飛び込んでしまうらしい」
「へー」
ちなみに衛士の話によると、セイレーンの歌声は男性にしか効果が無いそうだ。
なので、仮にシズ達が遭遇したとしても、歌自体は脅威とはならなそうだ。
もちろん歌を抜きにしてもセイレーンが危険な魔物であるようならば、シズ達にとっても恐ろしい存在になるのだろうけれど―――。
少なくとも『海の日』である今日は、沿岸部や近海に『魔物が出現しない』ことが明確にゲームの運営側から告知されているわけだから。
そうした危険は、一切考慮しなくても大丈夫だろう。
(……ちょっとだけ、会ってみたい気もするけどね)
おそらくセイレーンと会うことは無い事実を、少しだけシズは残念にも思う。
ファンタジー小説などで『セイレーン』は、その歌声の綺麗さに見合うぐらい、容貌的にも美人な女性として描かれていることが多いからだ。
綺麗な女性とは、ちょっとお近づきになってみたかった気もする。
たとえ―――それが『魔物』であるとしてもだ。
「ちなみに『クラーバ島』は、竜が住む島としても知られているな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、有名な話だよ。セイレーンの歌が聞こえないように、島から離れた場所を運行する船からも、竜達が島に離着陸している姿が時折見えるそうだ。
―――まあ、具体的にどのぐらいの数の竜が棲んでるのかは、誰も知らないんだけれどな。何しろセイレーンが怖くて、近づけやしないんだから」
そう言って、おかしそうに衛士の男性は笑ってみせる。
《これはイズミちゃんのフラグ回収ですね》
《良かったですね、お姉さま! 死に戻りはしやすそうですよ!》
(うーん……)
セイレーンといい竜といい―――強力な魔物が跋扈している『クラーバ島』は、おそらく現在のシズ達が行くにはまだ早すぎる場所なのだろう。
きっと本来は、もっとレベルを沢山上げてから向かうような所なのだ。
とはいえ―――今日は沿岸部や近海に『魔物が出現しない』と保証されているのだから、竜が住む島も沿岸部だけに絞れば、探索は可能かもしれない。
死ぬなら死ぬで構わないけれど。せめて現地ならではの植物素材などを、少しでも回収してから『死に戻り』したいものだ。
衛士の人と他愛もない話を続けていると、程なくユーリ達が再びログインしてきたので、北門の前で合流する。
それから改めて北門を通行して、『浮遊』で東側へ移動して海岸に出た。
《水着生着替えのお時間ですわ!》
《録画の準備はバッチリでしてよ!》
「いや、まあ……着替えるけどさあ……」
シズは【瞬間装備変更】の効果を利用して、その場で瞬時に水着へと着替える。
一瞬のことなので、視聴者からは何も見えていない筈なのだけれど……。
生着替えだとか録画だとか、色々言われていたせいなのか。何だかちょっとだけ気恥ずかしいものがあった。
《お姉さまのスラリとしたお腹、あぁ……魅惑的ですわ》
《ほっぺたですりすりしたいです!》
《何その素敵なサービス! お幾らですか!》
「あら、駄目ですわよ? お姉さまのお腹にすりすりして良いのは、わたくし達の特権なのですから」
「ええ、そうですね。こればかりは譲れません」
「当然です」
ここぞとばかりに、シズのお腹に頬を寄せてくる3人。
気恥ずかしさと擽ったさに耐えきれず、慌ててシズは3人から距離を取った。
「もう……。いいから、とりあえずストレッチをしよう?」
「そうですね、大切なことです」
海岸で全員水着に着替えた後に、入念に準備運動を行う。
これから遠泳するのを思うと、ここは疎かにはできないところだ。
「じゃあ、のんびり行ってみようか」
「はい、シズ姉様」
身体が温まった辺りで、シズ達は再び海へと繰り出した。
陽光で温められているせいなのか、水温は午前中よりもずっと温かい。
―――と、そう思えていたのは束の間のことで。
4人で手を繋ぎながら10分ほど泳いで、沖合まで出ると。その辺りの海水は、昼過ぎのこの時間帯でもしっかり冷たいものだった。
とはいえ夏場の暑気の中では、冷たい水の方が嬉しくもある。
『少し波が出て来ましたね』
パーティチャットに切り替えて、ユーリがそう告げる。
沿岸部に近い辺りは、穏やかで落ち着いた海だったのだけれど。沖合ともなるとやはり状況が変わってくるようだ。
とはいえ〈水泳〉スキルのランクが『5』まで上がっているシズ達にとっては、多少の波など苦にもならない。
海面で波が起こっていようと、海中に数メートルも潜れば静かなものだ。
両足を適度に動かしているだけでスイスイと泳げてしまうし、息継ぎは20分に1度行えば良いから、滅多に海面へ顔を出す必要も無かった。
『お姉さま、お姉さま』
『……うん? どうしたの、プラム?』
『お姉さまの身体に、抱き付きながら泳いでも構いませんか?』
『別にいいけど……』
シズがそう答えると、嬉しそうにプラムが背中に抱き付いてきた。
更にユーリが正面側からシズの身体に抱き付いてきて、イズミもまたシズの脇腹の辺りに抱き付いてくる。
脚をゆっくり動かすだけでもスイスイ泳ぐことができるから、3人に引っ付かれても特に移動面での問題は無いわけだけれど。
とはいえ、何と言うか―――ちょっとこれは幸せ過ぎる時間のような気がして、自然と顔がにやけてしまった。
『シズ姉様のお腹、すべすべです』
『あら、お姉さまは背中だってすべすべですわよ?』
『うふふ♡ シズお姉さまは胸元だってすべすべです♡』
『……うん。とりあえずユーリちゃんは、その指をやめてね?』
ビキニトップスの内側に、こっそり指を侵入させてくるユーリを窘める。
それほど露出が強いものではないから、しっかり胸元を隠してくれるビキニではあるけれど。流石に水着の内側を直接触られるのは、シズとしても恥ずかしいものがあった。
『……あとで私の水着の中に、好きなだけシズお姉さまの手を入れて下さって構いませんから。それが交換条件と言うことで、許して頂けませんか?』
『駄目』
『むう、残念です……』
シズは頑なに拒むと、ようやくユーリは指を入れるのをやめてくれた。
お願いだから―――そういう心が思いっきり揺れるような交換条件を、急に提示してくるのは止めて欲しいと。
シズは内心の動揺を必死で抑えながら、本心からそう思っていた。
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