101. 〈水泳〉と漁具
4人並んで海の中へと走っていき、まず最初にシズ達が気付いたのは。この場所の海は、水深が急に深くなっているということだ。
整備された海水浴場とは違い、陸地から離れるほど徐々に水深が深くなるのではなくて。陸地から一定の距離―――大体20~30mぐらい離れた辺りで、途端に深さが増しているようだ。
きっと、海からの侵食の都合でそういう地形になっているんだろうけれど。
残念ながら知識があるわけではないから、具体的な理由までは察しが付かない。
海遊びが目的のシズ達としては、ただ『急に深くなる』ことにだけ注意しつつ、泳ぎを楽しめばそれで良いのだろう。
泳げる人間からすれば、あまり海岸から離れなくても充分に『泳ぎ』を楽しめる水深に達するのは、これはこれで好都合な面もある。
充分な深さのある場所で、シズ達は4人で一緒に『泳ぎ』を楽しみあって。
そうして―――真っ先に気付いたのが。この身体だと、水中をとても『思い通りに泳ぐ』ことができる、という事実だった。
何と言うか、まるで身体の両手両脚に、高性能な水掻きでも付いているんじゃないかと思うぐらい、水中を軽やかに泳ぐことができるのだ。
もちろん、それはシズだけに限った話では無くて。
ユーリもプラムも、そしてイズミも。その場にいる全員が、あまりに『思い通りに水中を泳げ過ぎる』のを体感して、強い違和感のようなものを覚えていた。
「きっとこの世界では[敏捷]の高さが、泳ぎに影響するのでしょう」
海面に顔を出して、立ち泳ぎしながら4人で数分間ほど話し合った後に。全員の意見を統括して、ユーリが出した結論がそれだった。
シズ達は4人全員が[敏捷]の能力値を、多かれ少なかれ伸ばしている。
だから、その恩恵で4人全員が思っていた以上に素速く、かつ思い通りに水中を泳ぐことが出来ている―――そのように考えるのが、最も自然というわけだ。
何にしても、現実世界よりも遙かに速く、水中を泳げるというのは楽しい。
また息も現実のそれに較べて随分長く持つようで、平気で3分ぐらいなら水中に潜り続けていることが可能なようだ。
シズが近づくと、沿岸部に棲息する警戒心が強い魚たちは、すぐに距離を取るように逃げて行くのだけれど。
高速で泳げる上に息も長く続くから、やろうと思えば逃げる魚と併走しながら、追いかけ続けることができたりする。
こうして魚たちと追いかけっこをしているだけでも、幾らでも楽しく水中で過ごせそうな気がした。
『―――あ、シズお姉さま。パーティチャットが便利みたいですよ』
不意に、頭の中に直接聞こえてくるユーリの声があって。
なるほど、とシズは得心する。
パーティチャットは『意志』を声にして伝え合う機能なので、実際に声を出さなくてもパーティを組んでいる仲間と会話が可能だ。
声を出すことができない水中では、これほど便利な機能も無い。
『これは便利だね』
『うふふ。これでシズお姉さまと何でもお喋りできますね』
そう告げながら、ユーリが顔を近づけてくる。
皆まで言われずとも、彼女が欲しているものがすぐに判ったから。シズの方から水中でユーリの身体に優しく抱き付いて、そのまま彼女の唇を奪った。
《水中キス! 水中キスですわ!》
《てぇてぇ……》
《これが『海の日』か。今後は神聖な日として崇めるべき》
《異論はない》
水中で互いの舌先を絡め合い、呼吸を消費し合うだけのキス。
何でもお喋りできる、という言葉とは裏腹に。舌を絡ませ合っている間ずっと、ユーリはただ静かに、その感触に感じ入っている様子だった。
『お姉さま、ユーリさんとだけ狡いですわ!』
『次は私達ともやるべき』
1分と少しキスを続けた後に、ユーリと唇が離れると。途端にプラムとイズミの2人から、そう強く求められた。
シズの頭上に浮かぶ『天使の輪』は、水中でも煌々と辺り一帯を照らし続けるから。そのせいで、ユーリと一緒に水中で睦び合っていた1分少々の時間は、近くに居たプラムとイズミの2人から丸見えだったようだ。
続けてのキスを彼女達からせがまれるけれど、流石にすぐには応えられない。
『ご、ごめん。ちょっと息継ぎだけさせて』
水中で舌先を絡ませるキスをしていると、隙間から息が漏れ出てしまうせいか、通常の2倍ぐらいの速度で呼吸を消費してしまうらしくて。
危険域に入りかけている呼吸残量を、シズは慌てて水面まで出て、深呼吸することで回復させる。
それからプラムとイズミの2人とも、順に唇を触れ合わせた。
どこへともなく、一緒にゆっくり水中を泳ぎながら舌を交わらせるスローキス。
やっぱりキスをしている間は、息を通常の倍近い速度で消費するらしくて。
1分少々続けているだけで、途端に息苦しくなってくるのが難点だけれど。それでも―――地上では体感できない心地よさがあって、とても幸せな心地になれた。
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★〈水泳Ⅰ〉スキルを修得しました!
スキルポイントは一切消費しません。
▲あなたの『インベントリ』にアイテムが3つ配布されました。
2つの漁具は『海の日』を過ぎると消滅してしまいます。
ボックスにアイテムを収納できるのは『海の日』当日だけです。
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『―――おっ』
『どうされましたか、シズお姉さま?』
『何だか〈水泳〉のスキルが手に入ったみたい』
3人とそれぞれキスを交わしている間も『泳いでいる』と見なされたのか、スキルが普通に修得できたことにシズは内心で驚く。
また〈水泳〉のスキル修得と同時に、シズの『インベントリ』の中にアイテムが3つ配布されたようだ。
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『海の日』の漁具・銛
物理攻撃値:0
装備に必要な[筋力]:0
【期限:自動消滅】
『海の日』に〈水泳〉スキルを修得したプレイヤーへ配布される銛。
海中でこの銛を使って魚を突くと、突いた魚をアイテムとして
『海の日ボックス』の中に自動回収することができる。
このアイテムは『海の日』の翌日に自動消滅する。
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『海の日』の漁具・網
物理攻撃値:0
装備に必要な[筋力]:0
【期限:自動消滅】
『海の日』に〈水泳〉スキルを修得したプレイヤーへ配布される網。
海中でこの網を使って魚を捕えると、捕えた魚をアイテムとして
『海の日ボックス』の中に自動回収することができる。
このアイテムは『海の日』の翌日に自動消滅する。
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海の日ボックス
【期限:海素材自動回収】【状態保存】
『海の日』当日に限り、海の中で手に入れたあらゆるアイテムを
自動的に回収して、状態保存までしてくれる便利な収納箱。
『海の日』を過ぎるとそれ以上収納できなくなるものの、
以降も既に入っている中身を取り出すことだけは可能。
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手に入ったアイテムは『銛』と『網』、そして『海の日ボックス』の3つ。
どうやら〈水泳〉を楽しむついでに、この銛と網を使って、水中に棲息する魚を自由に獲れということらしい。
捕獲した魚は『海の日ボックス』の中へ自動的に格納されて。またこのボックスに収納している間は状態が保存され、品質が劣化しないようだ。
つまり今日捕まえた魚は、いつまでも新鮮なまま保存できるらしい。
―――といったことを、ユーリ達3人にパーティチャットで説明していると。
その間に3人もまた、無事に〈水泳〉のスキルが修得できたようで。シズと同じ3種類のアイテムも入手できたようだった。
『シズお姉さま、早速お魚を捕まえに行ってみますか?』
『そうだね。折角の機会だし、やれるだけ頑張ってみよっか』
ユーリの提案にそう答えて、シズ達は一度水面で深呼吸をしてから、水中を深く潜ってみることにした。
海の浅い部分には、小さい魚しか居ないように見えるから。深い部分まで潜ってみるほうが、大物の捕獲を狙えると判断しての行動だ。
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お読み下さりありがとうございました。