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01. 『第4世代』って凄い(前)

新しくVR-MMOモノの投稿を始めます。

本作もどうぞよろしくお願い致します!

 


     [1]



「はーい!」


 ―――午前9時。

 予約していた時間帯に差し掛かると同時に鳴らされたチャイムの音に、そう声を上げて応じながら、白石(しずく)は玄関のほうへと向かった。


 現在、雫がひとりで暮らしているマンションは『全室防音』を売りにしている。

 だから室内から応答したところで、外にいる人へ声が届くことは無い。

 そんなことは判っているんだけれど―――反射的に声を上げ、在宅を知らせようとしてしまうのは、つい先日までずっと実家で暮らしていたからだ。


「おはようございます、荷物をお届けに参りましたー」

「暑い中お疲れさまです」


 応対に出た雫は、宅配便を持ってきてくれた大学生ぐらいのお兄さんから荷物を受け取る。

 今日は今年初めての真夏日になるだろうと、朝の天気予報で言っていた。

 冷房の効いた室内にずっと居た雫にとっては、あまり関係が無いけれど。猛暑の中で働いている配達員の人はきっと大変だったろう。

 それに配達してくれたダンボール箱も結構大きく、重さも大きい方の米袋と同じぐらい―――5kg程度はありそうに思える。


「ありがとうございました。重い物を運ばせてしまって、ごめんなさい」


 暑い中で重い物を届けてくれた感謝の気持ちから、自然とお礼の言葉が口を突いて出た雫を見て。

 配達員の人は一瞬だけ驚いたような表情をしてみせると。やがて少し照れくさそうに顔を綻ばせて、微笑んでみせた。


「ありがとうございましたー!」


 来た時より少し嬉しそうな声色でそう告げ、立ち去っていく配達員のお兄さん。

 その背中を見送ってから。雫は玄関の扉を閉めて施錠し、嬉しそうにスキップを踏みながら、受け取ったダンボール箱をリビングへ運んでいく。

 ダンボール箱に貼られた配達伝票の差出人欄には『柊』と書かれていた。


(ラギさんの本名って『(ひいらぎ)』って言うのかー)


 新たに知った、数年来の付き合いがある友人の情報に、思わず雫は頬を緩める。

 友人のくせに今まで苗字も知らなかったのか―――と思うかもしれないけれど。ラギは雫が毎晩のように入り浸っている『VRチャットルーム』での友人なのだ。

 ネット上でしか会うことが無い相手だから、ラギというHN(ハンドルネーム)は知っていても、苗字や名前といった他の個人情報は何も知らない。


 柊という苗字だから『ラギ』というHNを付けたのは、ちょっと安直とも思う。

 けれども雫は、彼女の気さくな性格によく似合っている『ラギ』という名前を、友人の立場からとても気に入っていた。


 残念ながら性的な好みが違うから、ラギとは友人以上の―――例えば恋人のような関係になることは無いだろうけれど。

 それを抜きにしても、末永く仲良くしていきたい相手だと思っている。


「おお……。な、何だか凄く、メカメカしい……!」


 リビングで箱を開封して、中から出て来たのは大きなヘルメットだ。

 と言っても、もちろんただのヘルメットではない。これは少し前に実用化されてから世間でとても話題になった、第4世代の『没入型(ダイブ・イン)VRヘッドセット』だ。


 これは今までの―――第3世代までの機種では不可能だった『嗅覚』や『味覚』のような感覚表現も可能とし、また既存の機種でも再現できていた『視覚』や『聴覚』、『触覚』といった感覚についても、より鮮明な再現に成功した機種らしい。

 もはや『五感』全てが現実と遜色ないレベルで表現可能だと言われており、この世代の機種をもって『VR』は完成とされるだろう―――と。そんな風に専門家の人達が、口を揃えて言うほどの製品だ。


 とっても高性能なだけあって。実はこれ、目が飛び出るほどのお値段がする。

 お値段は堂々の『6桁』。しかも一番上の桁には『4』の数字が付く。

 これ1つだけで、かなりハイエンドなパソコンがセットで買えちゃうのだ。

 もっとも―――それほどの値段がするにも拘わらず、このヘッドセットはお店で販売される時にはいつも抽選販売で、しかもその倍率も凄まじいことになるぐらいの人気があるらしい。


 そんな高級品が、どうしていま雫の手元にあるのかというと。

 送ってくれたラギが、この機械を開発したメーカーで働いているからだ。


 よく見てみると、この製品が通常の市販品で無いことはすぐに判る。

 保証書が付属していないし、製品が入っていた箱にも大きな文字で『非売品』と書かれているからだ。

 だから新品ではあるけれど、この製品を販売店などに持ち込んでも、たぶん買い取って貰うことはできないだろう。


(もちろん、売るつもりなんて無いけれどね)


 折角ラギが手を回して届けてくれたものだ。

 全力で遊ぶ以外の選択肢が、どうしてあるだろうか。


 ちなみに箱が結構重かったのは、箱の中に付属していた全部で3冊ある説明書がとにかく分厚く、重たかったのが原因らしい。

 ヘッドセット自体は高機能な割に意外なほど軽く、これなら長時間付けっぱなしにしていても、身体への負担は小さそうだ。

 とはいえ没入型VRヘッドセットは原則『ベッドなどに体を横たえて』の使用を前提としているから。機器の重量は使用時の快適性と、あまり関係ないかもしれないけれどね。


「あ、ゲームも入ってる」


 箱の中にはヘッドセットだけでなく、ゲームのパッケージも一緒に入っていた。

 ―――ゲームのタイトルは『プレアリス・オンライン』。

 いわゆる『MMO-RPG』ジャンルのゲームで、プレイするために第4世代の没入型VRヘッドセットを必須とする、世界初のタイトルだと聞いている。


 第4世代の機器の使用を前提とする『プレアリス・オンライン』は、その製作にゲームメーカーだけでなく、没入型VRヘッドセッドを開発したメーカーも大いに関わっている。

 ラギさんは機器メーカー側に籍を置くわけだけれど、このゲームの開発に要した1年半の期間は、ずっとゲームメーカー側に出向する形で勤務しているらしい。

 つまり彼女は『プレアリス・オンライン』というゲームの開発自体にも、充分に関与しているわけだ。


 雫の元へ没入型VRヘッドセット機器とゲームパッケージがセットで届けられた理由もそこにある。

 オンラインゲームは、販売したらそれで終わりというものじゃない。

 むしろ販売はスタート地点でしか無く、そこから『ゲームの運営』という本番が始まり、続いていくものだ。


 『プレアリス・オンライン』は新品価格で8000円らしいけれど。第4世代の機器に対応したゲームの開発には非常にコストが掛かかっているから、このゲームパッケージの売上だけでは絶対に採算が取れない。

 だから開発コストを回収して利益を上げるためには。ゲームを長期的に運用し、ユーザーに課金していくことが不可欠となるわけだ。


 そして、どうやらゲームメーカーの人達には、本作を『普段ゲームをあまり遊ばない層』や『女性』にも遊んで欲しいという、強い想いがあるらしい。

 その気持ちは理解できるものだ。古今を問わずゲームの遊び手は圧倒的に男性が多いものだし、またゲームに縁がない人は、全く縁が無いまま人生を過ごしていく傾向がある。

 なので効率良く収益を上げたいのなら、間口を広げてゲームを遊んでくれる人達自体の母数を増やす努力が必要になるのは当然のこと。


 『プレアリス・オンライン』は第4世代機器が必要な最新ゲームという時点で、どうせゲーマーからの興味は自然と集まってくるだろうから。

 そちらよりもゲーマー以外の人達に対するアプローチに重点を置くというのは、販売戦略として正しいと思う。


 今回ゲームメーカーの人達はまず、開発スタッフの知己にいる2つの条件の両方に該当する人たち―――つまり『女性』で、かつ『普段ゲームをあまり遊ばない』人にゲームのモニターを依頼しようと考えたらしい。

 モニターとは言っても、別に製品のフィードバックを得たいわけではない。

 そうではなく―――彼らはモニターの人に製品の宣伝(・・)を行わせたいのだ。


 『プレアリス・オンライン』はゲーム自体に『プレイ動画をインターネット上で配信する機能』が備わっているため、それを使えばゲーム内のプレイヤーやゲーム外にある配信サイトに、プレイ中の映像を届けることができる。

 だから条件に該当するプレイヤーに、その機能を利用して『配信』して貰えば。それが同じような他の人の目に触れることが期待できると考えたわけだ。


(そう上手く行くものかなあ……)


 ―――と、雫は少し訝しく思う。

 配信機能がついているとは言っても。結局ゲームのプレイ動画を視聴するのは、元々ゲームに興味がある人だけじゃないかと思うからだ。


 だから2つの条件に該当する人。―――つまり雫のような人間が、このゲームをプレイしている様子を配信したとしても。

 それを見てくれる人が居るとするなら、それは『普段ゲームを遊ばない』層でも『女性』でも無いような気がしてならない。


(……ま、そこまで私が考える必要は無いか)


 ラギは雫に、このゲームを「ただ遊んでくれれば良い」と言っていた。

 「できればプレイ中の大半を配信してくれると嬉しい」とも言っていたけれど、逆に言えばそれ以外に求められていることは無いわけで。


 雫が配信するプレイ映像が、実際にメーカーが届けたいと思っている人達に届くのかどうか。また、そういう相手の購買意欲を刺激できるかどうかは、雫が考えるべきことではない。

 だから『配信機能』だけは毎回忘れずオンにした状態で、雫はただこのゲームを純粋に楽しめばいいんだろう。





 

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