乙女、決行。
お待たせいたしました。
「........誰も、いませんわね」
空は雲に覆われ、月の光は閉ざされている。
今夜は、どこかに忍び込むにはちょうどいい。
「見張りの方が戻ってくるまで、あと数分........」
というより、今まさに忍び込もうとしている。私は保管庫の見える角にこっそりと身を隠し、様子を窺った。
あの表にある通り、見張りは一人。入り口に立っているだけのよう。
「........しっかりするのよ、エミリア。リリス様の無実を晴らすには今しかないの。」
今は王国の最高戦力がいない。こういうことをする、最初で最後のチャンス。
「........いくわよ。」
私は小さな声で呟き、魔術を使うための杖を握りしめた。
「『海の月』。」
つい先日、窓の外にいた変な人に教えてもらった呪文。唱えた瞬間、私の体は透明になった。
「........よし。」
私はこんな術を習ったことは無いけれど、便利な術があるものね。どうやら壁も通り抜けができるようで、鍵の問題が一瞬で解決したわ。
私はなるべく息を潜め、足音を立てないように、そっと保管庫へ近づいた。
1つ弱点があるとすれば、音だけは聞こえてしまう事。それだけには万全の注意を払わなければならない。
屈強そうな警備員が立つドアの、すぐ横。壁の前に立った私は、そっと右手で壁に触れた。
「........!!」
普段なら堅い感覚が伝わるはずの手は、音もなく中へと吸い込まれていった。
何回か練習はしてみたけれど、実際に入り込んでいくと少し恐ろしいわね。
侵入可能なことを確認した私は、そっと壁に向かって進み、難なく保管庫への侵入に成功した。
「......リリス様のお部屋にあった薬草はどこかしら......」
私は棚を隅から隅まで見まわし、それらしきものを探した。保管庫には他の事件の証拠品も保管されていて、事件ごとに籠にまとめられ、ラベルが張られていた。
リリス様が追放されてから、大きな事件は特に起きていない。この辺りの日付が近いから、どこかにあるはず。
「.... 『リリス・フローレスの国王毒殺未遂に関する証拠物品』......これだわ。」
ラベルが少し頭にくるけれど、これがまさしく目的の物だ。
そっと籠を引き出すと、リリス様の部屋から持ち出した品々に混ざって、「毒殺の証拠」とされた薬草が瓶の中に保存されていた。
「......これで、いい、はず。」
私はそれを手に取ると、肩から下げた鞄に入れた。
これで私の用事は済んだ。後は、これを薬草辞典と照合して、報告書通りに毒草なのか否かをはっきりさせればいいだけ。
「帰りましょう。見張りが帰ってくる時間だわ。」
こんなところに長居する必要はないわ。むしろ、早く出たほうがいい。
急いでそこら辺の雑草を詰めた別の瓶を入れ、籠を元に戻し、音を立てないように壁をすり抜け、見張りが来る前に、自分の部屋に戻った。
「『海の月』................ふう。」
自室に戻り、術を解いた私は、どっと疲れに襲われた。
悪いことをした後って、なぜか疲れるのよねえ........まあ、ほとんどないけれど。
「でも........これで......」
リリス様の無実を晴らすための物はそろった。これが毒草ではないのなら、リリス様はそもそも毒殺なんて企んでいなかったことになる。それを調べるのは私の仕事。
「リリス様、もう少し、もう少しだけ待っていてくださいね。私が、必ずや無実を晴らして見せますわ。」
私の言葉に答えるように、近寄ってきたリコがニャー、と鳴いた。