応急処置と洪水
「いくぞっ!最小限に抑えるんだ!」
結界が割れた瞬間、溢れんばかりの炎が一気に地上へと散っていった。
あの薄さでこの量の炎をとどめていたのか。なくなった後でその価値を知るって言うのはこういう事か。
「思ったより広い範囲に行きそうだな。......威力は落ちるが....『海原の抱擁』!」
「ん!」
オーガの掛けた威力元帥があると言えども被害は大きい。水竜だけでは防ぎ切れないぶんは自分でカバーするしかないだろう。
「リリス坊、炎鳥にも気を付けろ!」
シャトーの声にふと前方を見ると、炎鳥がこちらに炎を放とうとしていた。
「......『鉄砲水』」
俺が唱えた術は即座に大きな魔法陣に変わり、大量の水を炎鳥に浴びせた。
「怒らせたらたまらないからな.........あ。」
先ほどより力を落とした攻撃をしながら、俺はふと思いついた。
「ひ!もり、もえる!!」
降り注いだ炎は物理法則に従って森の木々に着弾した。木はすぐに黒く包まれ、その色は隣の木へと移った。
「思ったより燃え広がるな!リリス坊、どうする?先に鳥を倒すか?」
「いや、応急処置になるが.........『大洪水』、『増殖』、『砂時計』。」
すぐさま魔法陣が展開し、そしてそれは森の至る所に文字通り「増殖」していった。
「.........なにするんだ?」
「りりす?」
火があるなら、水を出せばいい。燃え広がるなら、その分水があればいい。
「これでまあ、何とかなるだろう。」
そもそもモンスターしかいないこの森に、突然水が降ってきても驚く奴なんていないだろう。安心してくれ、城は守ってある。
直後、数えきれないほどの魔法陣から一斉に水が降り注いだ。魔術の反復効果を付与する「砂時計」の効果で、燃え広がる炎とほぼ同じペースで水が降りそぐ。
「なるほど.........」
「みず!いっぱい!」
「これで暫く炎鳥に専念できるぞ?」
これぐらいの術なら簡単に使えるから、制御も心配する必要が無い。
「よし!じゃあ、始めようぜ!できればなるべく早く終わらせてくれ!」
願望をそのまま言うな。
ともかく、森の火災は一応何とかなったので、改めて俺は炎鳥を見た。恐らくまだ怒っているであろう炎鳥は、体を黒々とした炎で覆われていた。
まずは行動阻害だ。このまま帰られてはこの森の将来が危ない。
「『昇り龍』、『大樹の根』。」
.........水系統ではないから、「大樹の根」はお飾りにもならないか。
だったらこっちのほうがいいな。
「『髑髏蛇』、.........『砕岩流』っ!」
今まで結界を気にして撃てなかった「白水蛇」。気にしなくてよくなったのはお互い様だ。
「効いてるみたいだな!」
いつもの数十倍にも強くなった術から、炎鳥へと容赦ない攻撃が行われる。
「.........これむしろ、結界が無い方が.....いや、だめか。」
確かに、シャトーの言った「力では勝っている」は本当だったらしい。オーガの攻撃もあり、炎鳥は確実に弱っている。
「.........結界がないとな、代償が凄まじいんだ。」
攻撃が止むと、今まで無視していた森のモンスターの阿鼻叫喚や木々が倒れる音が聞こえた。
この調子だと城も危ないな。
「このまま何とか押し切ることもできなくないんだが......こう、一発で倒せるやつは無いのか?」
我儘言わないでくれ。そんなことできたらとっくにやってる。
「それがあったら.........」
俺が言いかけたとき、聞き覚えのある声がすぐ近くで聞こえた。
「いやいや、すごい事になっているなあ。」
「!フロウ!!」
「フロウ?」
声のする方を見ると、朝見た姿と変わらない、白い長髪をなびかせたフロウが何故か悠々と浮いていた。