経験則と集中
「あるにはある。が......」
俺が言葉を濁すと、シャトーが明るく言った。
「あるなら言ってくれリリス坊!何とか出来ることならオレが何とかするからさ!」
その言葉、有り難いがどこまで信用できるかだな。まあ、言うだけ言ってみるか。
「俺の家に伝わる魔術......相手と意識を一体化させる術だ。」
「ほうほう。」
「相手と意識を共有できるから、相手を半分操れるようにできる。あいつに俺の魔術を使うようにできれば......」
「なるほどな!竜本体だけじゃないくて、意識ごと操るのか。」
確かに今俺はあの水竜を操っているが、それはあくまで「水」を操っている。あいつに意志があるかどうかは知らないが、魔術は撃つことができない。この魔術を使えば、俺と竜の意識が一体化する。そうすれば俺が怒れば竜も怒るし、俺が魔術を撃てば竜も魔術を撃つことができる。
「まあ、憑依みたいな物、だそうだ。」
「で、それがどうしてちょっと心配そうに言ったんだ?なんか問題でもあるのか?」
シャトーが不思議そうに言った。
「ああ。これは、俺の家では主に言葉が言えないほど弱った患者や、自分では説明できない患者に対して使ったんだ。相手と意識を共にすれば、どこが痛いとか、どこが悪いとかがすぐ分かるだろう?」
「なるほどな。だから、こんな魔力の塊に対しては効果が保証できない、と。」
「そうだ。しかも相手には意思があるかも分からない。今まで意思がない物......無機物や、モンスターには使ったことが無いから......」
魔力化け物といて分かったが、人間が使う魔術なんて大したことはない。しかも今まで患者にしか使ったことがない物が、果たして神の化身に通用するかどうかは微妙だった。
「そうか............」
シャトーが今までにない真剣なトーンだ。何か策があるのか?
「......まあ、やってみようぜ!」
なんだその適当な返答は。
「..........はあ?」
俺の怪訝そうな返事に、シャトーはあのな、と答えた。
「オレの経験則から言ってな、大体の事はやってみればなんとこなるもんだぜ!それに、そういう、意識を乗っ取るような奴は大体上級の部類に入るから、多分大丈夫だ!それに、何にもやらないよりはマシだろう?」
前半がよりすごく心配な理由だな。もちろん後半も言わずもがなだが。
「まあ、やらないよりは......」
ただ最後の理由はもっともだ。少しでも可能性があるならやったほうがいい、と言うのは医者の信条でもある。
「じゃ、やってみようぜ!次の攻撃を回避したら決行だ!」
シャトーが言うと同時に、盾に変化した水竜の両側を2種類の炎が通過した。
タイミング良過ぎないか?
「..........わかった。」
炎鳥が攻撃態勢に入っていないことを確認すると、俺は盾に変化させていた竜を元に戻した。
「りりす、なにする?」
一連の会話が聞こえていなかったらしいオーガが、不思議そうに言った。
「オーガも見ていてくれ!リリス坊が今からカッコいいことをするからな!」
話を盛らないでくれ。
「!!オーガみてる!」
ほら、オーガは純粋だから......
「......」
俺は一連の会話をシャットアウトし、水竜を見ながら集中した。
この魔術のコツは、意識を一体化させたい相手に集中することだと父親が言っていた。あと、逆に意思を乗っ取られないように意識を強く持つことだと。
「......よし。」
準備の整った俺は、悠々とある竜に向かって魔術を唱えた。
「......『炎の分かち合い』」
途端に俺の目の前は真っ暗になり、強く引っ張られる感覚がした。
「リリス坊!リリス坊!成功したぞ、リリス坊!」
シャトーの声に、ゆっくりと目を開けた。
「............!」
ふと下を見ると、白かったはずのローブは透き通るような水色に変わっていた。髪も水色に代わり、左手には透き通るような魔導書が浮いていた。
「これが........竜との一体化か。」
「りりす すごい!かっこいい!」
首だけこちらを振り返っていたオーガが興奮した声で言った。