乙女の賭け
「出発されましたわね........」
王宮のバルコニーから決起会兼出発式を見届けたお兄様とお姉様の後に続き、私もバルコニーを後にした。
今までにない規模の大規模討伐だから、よほど何かあったのかしら。でも、ガルーン様がいらっしゃれば大丈夫よね。
それよりも、私にはやらなければならないことがある。
「エミリア様、本日の御予定は........?」
「今日はどこにも行きませぬの。下がっていて構いませんわ。」
「は!畏まりまりました!」
そのためには、申し訳ないけれど彼にはいてもらっては困る。私の返事を聞いた兵士は、部屋の前まで付き添った後、一礼をして帰った。
「さて........これで、一人........と、リコね。」
私の気配を察したらしいリコが、窓辺から駆け寄り、すり寄った。
「機会は1週間、ぐらいかしら。」
私は何としてもこの警備が薄い間に、リリス様の持っていた薬草を手に入れなければならない。
そのためには、まずは保管庫の警備の巡回表を手に入れん、警備が手薄な時間を調べる必要がある。それが終わり次第すぐにでも薬草を手に入れなければ、一刻の猶予も無い。
巡回表なんてそんな簡単に手に入るものではないけれど、これに関しては一か八かだが、手を打ってある。
「ドアの鍵は........よし。窓のカーテンと鍵も....大丈夫ね。」
誰かに見られたらすぐ終わり、しかも成功するか分からない。私は深呼吸をし、椅子に腰かけた。自分の前に小さな鏡を置き、そのまま引き出しから宝石で飾られた小さな杖を取り出した。
「まさか、これを稽古以外で使う日が来るなんて....」
私の稽古嫌いを知っているリリス様だったら驚くかしら。
リリス様ほどではないが、私も魔術を使うことができる。王族の人間は嗜み程度の魔術は術師から教えてもらうもの。私もお姉様と一緒に多少のものは教えてもらった。通常はこんな杖なんていらないみたいなのだけれど、不慣れな人は使わないと力が安定しない、とリリス様に教わった。
「よし、じゃあ........」
今から使うのは、鳥のように空を飛びたい、と言ったお姉様の願いを叶えるために教えてもらった、本来は用途の違う魔術。
でも、成功すれば巡回表なんてすぐわかる。
「いくわよ........」
リコが見守る中、私はゆっくりと杖に力をこめ、呪文を唱えた。
「........『我が眼となれ』。」
次の瞬間、一瞬で視界が黒く閉ざされた。
この魔術は、指定した相手と、視界を入れ替えるもの。もちろん、子供だましのものだから効くかどうかは相手次第。術にかからなければ、しばらくの後に自分の視界に戻る。
しかも、術を使っている間は自分の目が青く光る、というおまけつき。だから、誰かに見られたらすぐにわかってしまう。
術を掛けた相手は、さっきの兵士。彼が私についていない時は司法省にいることは知っている。更に彼は、今は人手が足りないから総出で保管庫等の警備をしている、とも漏らしていた。これは、まあ、誘導尋問をしたのだけれど。
あとは、かかるかどうか。
どうか、お願い。
「........!」
鏡に映る瞳が青く光った。そのすぐ後から、長い廊下の映像が目に入った。
成功だわ。私が部屋に入ってすぐに使ったから、まだ司法省に戻っていなかったのね。この廊下は........多分もうすぐ司法省。
「........あ。」
そんなことを思っていると、視界が右に曲がり、司法省、とかかれた部屋に入った。
よし。後は巡回表を見てくれればいい。そしたら、私がもう一仕事すれば、完璧だ。
司法省に入った兵士は、同僚に挨拶をした後、くるりと後ろを振り返った。
その視界には、巡回表、と書かれた紙が飛び込んだ。
今だ。
「『絶対記憶』っ!」
とっさに杖を握り、二つ目の術を使用した。その瞬間、「我が眼となれ」の効果が切れ、視界が元の部屋に戻った。
「........ふう。」
どっと疲れが出てきた。時間にして数分。なんでも不慣れな人が魔術を使うと疲れるのだそう。特に私は稽古の復習のサボってたから、相当疲れたみたい。
とにかくこれで、巡回表は覚えた。あともう一仕事、頑張らなくては。
「えっと、紙を用意して........」
私は大きめの紙を用意し、その上に杖を置いた。ゆっくりと深呼吸をし、最後の術の呪文を唱えた。
「........『記憶再生』。」
これは先ほどの「絶対記憶」とセットになっている魔術。「絶対記憶」で記憶したものを写し取ることができる。
「わあ........!」
見る見るうちに私が記憶した巡回表が紙に写し取られていった。
「これで........ついに........!」
薬草を手に入れる支度が整ったわ!
あとは、決行するだけ。
リリス様、待っていてください。リリス様の無実は、私が晴らして見せますわ!
ここから怒涛のエミリアラッシュです