乙女の旅立ち
「はあ......」
国王の前での「断罪」から十数日、私は自室でぼんやりと外を眺めていた。空にはあの日のような満天の星。静まり返った部屋に私のため息だけが聞こえる。
リコもゴロゴロと喉を鳴らし、うとうとしている。一見するとかなり平和なようにも思えるが、私は大きな悩みを抱えていた。
「リリス様は、一体どちらにいらっしゃるのでしょうか....」
一時はどうなるかと思ったが、サランディア・クルスと名乗る魔術師の協力もあり断罪は成功した。主犯の男は今頃それなりの罰を受けている事だろう。しかし、無実が証明されたはずのリリス様はいつまでたっても帰っていらっしゃらない。国王陛下....もといお父様はリリス様を王宮に連れ戻すことを約束してくださったものの、罪人の追放先に関しては限られた人間しか知らない、とのことだった。知っている人間としては護送に付き従った兵士と馬車の馭者が該当するそうだけれど、兵士は行き先を聞いておらず、ただ着いて行っただけのよう。さらに馭者のお爺様はどこに住んでいるかがわからない、との報告があった。
「......今、忙しいのは承知の上ですけど....一刻も早く戻ってきてほしいものだわ」
兵士や術師を使って捜索すれば早いのだけれど、今は大事な討伐のために国軍が結成され、つい先日出立したばかりだ。多分、サランディア様が言っていた。例の龍の討伐でしょうけれど....
何とも言えない気持ちを抱えながら、リコをなでていると、突然カーテンが強くなびいた。
「え?」
驚いて窓の外を見ると、あの時と同じような人影がいた。
「お久しぶりでございます。エミリア第6王女様」
「貴方......森に向かわれたのでは?」
その姿はまさしくサランディア・クルス様だった。サランディア様は恭しく頭を下げると、急に真面目な顔になった。
「本日は突然の訪問になり誠に申し訳ございません。エミリア様にお伝え致したいことがございまして」
「......別に急に来ることは構わないわ。それよりも伝えたいことっていうのはなにかしら」
私が訪ねると、サランディア様は少し声を潜めた。
「実は.....私、リリス様を見つけてしまったのです」
「なんですって!?」
大声に驚いたリコかぱちりと目を開けた。
リリス様が見つかった、ですって!? 一体どうやって? しかもこの短い期間で?
「そして、今リリス様がいらっしゃる場所がとても安全とは言えない場所でございまして.....エミリア様にすぐにお伝えせねばと思い、馳せ参じた所存でございます」
「は.......?」
まだ混乱が収まらない私に、サランディア様はさらに報告を続けた。
安全ではない場所? 確かに罪人の追放先が安全と言う訳ではないことぐらいはわかるけれど、リリス様かそれ以上の実力を持つこの男が安全ではない、と言うことは相当な危険が迫っているというという可能性が高い。
私は恐る恐るサランディア様に尋ねた。
「......リリス様は、どちらにいらっしゃるの?」
「『龍の森』でございます」
「龍の、森...? それって....」
「ええ。国軍が今まさに向かってる場所でございます。いくらのリリス様であったとしても、我が国の総力をあげた軍隊に攻めこまれては安全を確保することは厳しいかと。しかも、軍隊には誰一人知る人間はおりません」
......まさか、リリス様があんな場所にいるなんて.......てことは、もしかしたらあの時の戦いのときもかなり危険だったのではないかしら....
「リリス様の罪はもう晴れました。私はリリス様の居場所を知っております故、すぐにでもエミリア様をお連れすことができますが......どういたしますか」
サランディア様の問いかけに、私は間髪を入れずに答えた。
「すぐに連れて行ってちょうだい。私がリリス様をあの森から避難させます」
私はその時、サランディア様が不敵な笑みを浮かべたことに気が付かなかった。
その後、私はすぐに出立の支度をし、リコとサランディア様と共に城を後にした。