乙女の断罪 弐
「エミリア様?と、医務長様?何故故こちらに?」
思わぬ来訪に、大臣を始め、その場にいたものは驚きを隠せなかった。
「エ、エミリア様!私は止めましたのに!」
エミリアが無理やり引っ張ってきた兵士は、錚々たる面子に顔を引きつらせた。
「貴方は私の兵士でしょう?」
兵士とは対照的に、全く怯む様子のないエミリアは、訳も分からないまま連れられ、説明しろと騒ぎ立てている医務長の腕を掴んだまま、ずんずんと王の前に進み出た。
「エミリア、今は大事な会議の途中でな、父に用事があるのなら、夕食の後に........」
国王はというと、普段は大人しい末の娘が突然、こともあろうに会議中に押しかけて来たことに少なからず動揺し、なだめすかすようににして笑いかけた。
「いいえ、お父様。今でなくてはなりません、いえ、もう少し早くてもよかったことですわ。........でないと、証拠を消されるところでしたから。」
何かが吹っ切れたように堂々としている、否、怒りに燃えているエミリアが、それを聞くはずがなく、兵士を隣に呼び寄せると、木箱から、数枚の報告書を取り出した。
「お父様は数か月前、王宮お抱えの医師、リリス・フローレン様が追放されたことはご存知?」
「追放?あ、ああ。彼が城を去ったことは、私も司法大臣から聞いている。」
国王がちらりと視線をやると、司法大臣は小刻みに頷いた。
「でしたら、理由はご存知?」
「理由........確か、家族が病気で......」
「......やはりそう伝わっているのね。」
エミリアは思った通りだ、とため息をつき、手に持っていた報告書を国王に渡した。
「まず、リリス様についての一応の真相を確認してくださいまし。」
未だ見たことのないエミリアの気迫に圧されつつ、恐る恐る報告書に目を通した国王は、目を見開いた。
「何だと........!」
「ええ、そうよ。リリス様はお父様暗殺未遂の嫌疑で追放された。この事はお父様の耳に入らないように、秘密裏に処理されたわ。」
「あの者が........私を暗殺など........」
国王自身、リリスの医療の上で前には大きな信頼を寄せていた。リリスが王城を去ったことにも、少なからず肩を落としていたところだった。
「そんなことをするはずがない。そう仰りたいのでしょう? お父様。」
エミリアはこれは好機と畳みかけた。
「私も信じられなかった。リリス様はそんなことをするお方では無いもの。だから、今までずっと、一人で調べていたのです。」
それを聞いた隣の医務長の顔が青ざめた。
「そして辿り着きましたわ。リリス様は無実であることに。この男がリリス様を嵌めたのですわ!!!」
広間にいた皆に聞こえるような声で宣言したリリスは、毒殺の証拠とされた薬草は、リリスが取り寄せた物ではない事、この辺りには
この毒草と似た無毒なな薬草が自生しており、リリスが事件発覚の数日前にそれを採取していたこと、そして、証拠品の薬草は毒草ではないかったことを、実物を木箱から取り出し、朗々と説明した。
「街にある薬草の店の店主様に教えて頂きました。これは間違いなく毒草ではないと。だとしたら、なぜこの男以下数名の医師は『毒草である』と答えたのかしら?」
騒然とした広間の中で、ただ一人黙りつづけている医務長を、説明を終えたエミリアはじろりと睨みつけた。
「これが本当の事であれば、大事件であるぞ」
確かに、と医務長の方を見た国王に、医務長は咄嗟に叫んだ。
「確かに私は『これは毒草である』と申し上げました!しかし、誰にだって間違いはございます!私が故意に彼を陥れたという証拠が、どこにございましょうか!?」
確かにそれを言われてしまえば元も子もない。エミリアがどうしようかと黙っていると、広間の扉の向こうから声がした。
「『我が善良なる友よ。我が誠実なる友よ。今こそここに示したまえ』........国王陛下、エミリア王女。ご機嫌麗しゅうございます。」
広間にいた全員がそちらを向くと、壁際に立った一人の魔術師 ——「死の讃美歌」サランディア・クルスが、ぺこりと礼をしていた。