悪食ではいられずとも
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とりあえず、ゼロは外せない用事があると言い、今日だけはハヤトに十二時間以上働いてもらうことにした。まぁもうすぐ十二時ではあるし、そこまで気にすることでもないだろう。
執務をこなしたいと彼が言った為、ならば執務室にルエを連れていけばいいと言ったが、それはそれでユンシャルがいるのでいい気分ではない。それが例え、ルエが決めた隊長であったとしても、だ。
ゼロとしては二人が同じ部屋にいようとも構いはしないのだが、やはりそこは王族と騎士。ルエにも毎日の勉学がある為、ナズナと共に過ごす部屋にて、三人仲良くいてもらうことにした。
そんなゼロの用事は、ウィンチェスター家に通う子供たちにある。ハヤトは知らないが、いや言ってもいないが、実は子供たちの相手を密かにしていたりする。ちなみにジェッタにはバレた、バレたくはなかったのだが。
「みんな、元気かー」
敷地内の訓練場で、いつも通り昼休憩をしていた子供たちに向かって手を上げると、花が咲いたような笑顔でゼロの周囲に集まってきた。遠くで騎士たちが苦笑いしているが、子供たちを止めるようなことはしない。
「ゼロだー!」
「あそんでー」
「ゼロにいちゃん、けんおしえて!」
目線を合わせ、ゼロは手を広げ全員を包むように抱きしめてやる。子供たちは不思議そうに目を丸くし、それから「やー」とケタケタ笑い始めた。
「にいちゃんなー、ちょっとお仕事入ったからさ。しばらく来れねーんだ。でも終わったらまた来るから、それまでにちったぁ勉強しとけよー?」
「ちゃんとおしごとしてたの?」
「どうせあそぶんだろー」
「生意気だなー、お前らー」
ふざけて襲うように手を広げると、子供たちは捕まるまいと一目散に逃げていく。それを追いかけながら、ゼロは、民に被害が出るまでに事態を収めたいと考えていた。
流石に騎士から止められ、ゼロと子供たちは渋々と鬼ごっこをやめた。手を振る子供たちに振り返してやり、ゼロは城へ戻るかと来た道を歩き出す。早く帰って寝なければ、このまま徹夜コースまっしぐらである。それだけは避けたい。こう見えて、しっかり八時間睡眠しなければ動けないのだ、この身体は。
欠伸を噛み殺し、教会前の通りを歩く。もう少し先の角を曲がれば、城までは真っ直ぐな道が続いている。しかし、教会内から聞こえる声に、ふと足が止まってしまった。
「ん?なんだ?」
苦しげな呻き声だ。もしかしたら誰か倒れているのかもしれない。それを放っておくほど、ゼロは人でなしでもなく、早く帰りたいと思いつつも敷地内へと足を踏み入れた。
声の主を探していると、それは裏手の墓地から聞こえていた。最奥にある古びた墓の前に、髪と髭が伸び放題の男の姿があり、どうやらその男が呻き声を上げているらしい。
「おい。おっさん、大丈夫か?」
声をかけると、その男は肩を震わせた後、ゆっくりとゼロを振り返った。髪でよく見えないが、その顔つきはどこか見たことがある気がし、誰だったかと記憶を手繰り寄せていると。
「ぁ……、み……」
「は?なんだって?」
声が聞き取れず、ゼロは仕方なしに男の隣にしゃがみ込んだ。鼻をつくような臭いに、つい顔が歪みそうになったが、流石に失礼かと思ったのでなんとか堪える。
「み、みず……」
「水?ちょっと待ってな」
ゼロは立ち上がると、教会の中へと入っていく。時間も時間だが、司祭くらいいるだろう。水くらいねだったところでバチは当たるまい。
案の定、水をもらいに行ったはずが余分なものまで渡されてしまい、仕方がないので、水と一緒に渡されたもの、キュウリもあの男にやろうと決める。相変わらずあの司祭はよくわからない。寒くなってきたというのに、未だに半袖シャツに短パンであるし。
「おっさん、お待たせ。水もらってきたぜー」
最奥にいる男に水のカップを掲げてやる。男は墓にもたれかかるようにして休んでおり、ゼロの持つカップを見ると、少しだけ口の端を持ち上げた。
ん、とカップを持たせてやると、男はそれをすぐに飲み干してしまった。勢い良すぎてむせてしまったのを、優しく背中を擦って落ち着かせてやる。お代わりを聞くと首を横に振ったので、ゼロはカップだけ受け取り、男の隣に腰を下ろした。
この際、睡眠時間は諦めた。
「恩に切る、心優しき少年よ」
「なんだ、話せるじゃねーか」
「何、喉が乾いていてな。しかしこんな出で立ち故、なかなか人が話を聞いてはくれぬ。そこに少年。君が来たわけだ」
「運がよかったなー」
こちらは運が悪かったが。
しかし、あのまま野垂れ死なれては目覚めも悪いことこの上ないし、むしろ助けてよかったのだと自分を納得させた。
男の顔はやはりよく見えないが、微かに見える口元から見るに、本当に感謝をしているのだろう。男は黄色い歯を見せて笑っている。
「んじゃ、オレ帰るからさ」
安心と共に立ち上がるゼロの服を、男は無遠慮に掴み、そしてすがりついた。自分よりも大の男にこうされて正直嬉しくもなんともないが、困った者を放っておけないのは身体に流れる血故なのか。
ゼロは「離してくれ」となんとか引き剥がすと、再び座り込む。辺りは既に暗い。
「少年。困ったことがある」
「なんだよ」
「出で立ちを正そうにも、今は手持ちがどこにもない。優しき少年なら、貧相なこの男に恵むこともいとわないはずだ」
「勝手にオレの行動を決めんなや」
そう言いつつも、ポケットから何枚かの硬貨を取り出す。数えてみれば、男一人が宿に泊まる分はありそうだ。
その代わり、ゼロがしばらく文無しになること間違いなしだが。最悪、親友にせがもう、そのくらい許してくれるはずだ。多分。
「ほら。これだけあれば、今日の宿と飯代には困らないだろ。早くしゃんとしろよ?言いにくいけど、おっさん臭えからな?」
「流石優しき少年だ。どれ、名を聞いてやろう」
「ムカつくおっさんだな……。ゼロだよ、ゼロ・ライビッツ。じゃーな、おっさん」
今度こそ背を向けたゼロに、男は手を振って見送ってやると、地面に指を這わせ、地面から何かをほじくり出した。
ミミズだ。
「まぁ。俺が欲しかったのはこっちなんだがな、優しき少年」
土から出され、うねうねと身体をくねらせるそれに笑みを深くし、男は躊躇することなく口の中へ運ぶ。
くちゃくちゃと音を立て、そして飲み込むと、すっかり日の暮れた町へと繰り出していく。もらった金もあることだ、久しぶりに身なりでも整えようか。そこまで考え、男はゼロの言葉を思い出す。
「……ライビッツ。ライビッツ?」
昔、そう名乗っていた商人がいたはずだ。水の村の生まれだが、商人として生きると決め、名を捨て、そう名乗っていると聞いた覚えがある。
はて。彼に息子などいただろうか。しかも白髪の。
「ゼロ少年。また君とは会いたいなぁ、いや会いに行こう」
どこに住んでるとも聞いていないが、白髪は目立つ。明日にでも、明後日にでも民に聞けばいい。ここの民は皆優しい。まるで今の王を象徴するかのようだ。
男は笑う。
自分が、自分こそが、今の王を守るのに、相応しいのだと。
※
夕食を済ませた二人の前に姿を現したゼロは、目の下にクマを作っていた。
ハヤトとルエは、ルエの自室に運ばれた食事を済ませ、ルエは渡された課題をこなし、ハヤトは反対側で本を広げているところだった。ノックと同時に入ってきたゼロは、二人に軽い挨拶だけ済ませると、隅のソファにそのまま倒れ込んだ。聞こえてきた寝息に、ハヤトはため息を零し、ルエは苦笑いをする。
「どこに行ってきたのか知らんが、自分の管理も出来ないのか、こいつは……」
「いいじゃないですか。昨日もあまり寝れてないようですし」
「全く……。このまま寝かせてやってくれ、俺は廊下で」
警護すると言いかけたが、どうやら目の前の恋人はそれを望んではいないらしい。手元の課題と、そしてハヤトに交互に視線をやる姿は、ここにいて欲しいと言いたげで。だからハヤトはため息をつきつつも、時間が来るまではと、本に視線を落とした。




