非常識に隠れた方法論
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昨日は散々だった。
久しぶりに帰った家では、義母のレイナが鼻歌混じりに料理を作っているところで、そのままではろくなものが出てこないと手伝っていたのだが。
弟のショウが、昼の恨みを晴らすまいとナイフを投げつけ邪魔をされ、下の弟ケルンからは義眼の調子を見てほしいと連れられ。父親ジェッタは我関せずとばかりに紅茶を飲んでいた。
結局出来上がった料理はろくでもなく、スープは塩辛いし、オムレットは真っ黒だし、しかも部屋の隅にあった観葉植物は、何ヶ月か前にルエを触手プレイよろしくまとわりついたあれではないか。
思わず火の術で焼いた。
レイナが「うそー」だの「珍しいのに」だのと言っていたが、それらは全て無視を決め込んで寝床へついた。観葉植物なら、今度自分が見繕ったものを渡せばいいのだ。無理にあんなものを育てる必要はない。
「……おはようございます、レイナさん」
朝食の用意をしていた小さな背中に声をかけると、少し頬を膨らませながらも、律儀に「おはよ」と返してくれた。後で謝ろうと決め、それから部屋を見渡し、ジェッタの姿がないことに気づく。
「団長はどうしました?」
「……昨日、城の騎士が変貌したらしくて、ハーくんたちが寝た後に城に戻っちゃった」
「なぜ俺に言ってくれなかったんですか!」
つい朝から大声を出してしまい、ハヤトははっとして視線を下げた。
「すみません……」
「いいの。ジェッタ様は連れて行くって言ったんだけど、アタシが今日くらい休ませてって頼んだだけだから。……円卓の間に行くって言ってたわ」
レイナは可愛らしい布を取り出し、それで手元の箱を包むと、なんとも言えぬ表情で微笑み、ハヤトに手渡した。
「ハーくん。三大騎族は、確かにお互い思うところがあると思う。でもね、その誓いはきっと、皆本物なのよ。だからぶつかる、だから譲れない、だから別れた。けれど、ルエちゃんへの誓いは疑わないでね」
ユンシャルの顔がよぎるが、確かにあれもまた、ルエへの誓いと思いは本物なのだろう。少し歪んだ方向へ傾いているとは思うが。
渡された包みに礼を述べ、ハヤトは準備もほどほどに城へと向かっていった。
円卓の間。
騎士団団長、各隊長、そして剣と盾の騎士、サガレリエット家の王が揃い会議を行うそこは、城の最上階にある一部屋にて行われる。
本来ならばルエを連れてここへ来るのが自分の仕事だが、ゼロと共に来るということで、ハヤトは一人で円卓の間に着いた。
「失礼します。サガレリエット家第一王女盾の騎士、ハヤト・エイピア・ウィンチェスター、ただ今参りました」
軽いノックと、礼式通りの言葉と仕草を終え、ハヤトは部屋へと入る。
既にジェッタや隊長たちが揃っているのを見、やはりルエを連れて入ってくるべきだったと今になって反省した。
「あらん?王女サマはどうしたの?」
やはり最初に突っかかってきたのはユンシャルで、ハヤトは相手にするだけ無駄だと自分の席へと座る。といっても、執務室だけではなく、ここですらユンシャルの隣な為、無視をしようとも何かしら話しかけてくるのだが。
「……剣の騎士がお連れしている。わかったらユンシャル殿、少しは静かにして頂けないか」
「嫌よ?だって、貴方と話してるところ見せつけたら、王女サマがどんな顔するか楽しみだもの。どんな歪んだ顔でアタシを見てくれるかしら。あぁん、ゾクゾクするわぁ」
うっとりする目でハヤトを、というよりも、想像の中のルエの表情を思い浮かべ、ユンシャルは高揚した両頬に手をやった。
咳払いが聞こえ、ユンシャルが「あらあら」と笑みを浮かべる。黙っていればそれなりに見えるのだから、一生黙ってほしいとハヤトは思った。
コンコンコン。
乾いたノックの音が響き渡り、全員の背筋が伸びる。続いて姿を表したルエに合わせるように、その場の全員が立ち上がり、各々の武器を右手で持ち顔の前で掲げると頭を下げた。
ルエに続き姿を表したゼロが扉を閉め、ルエが自身に割り当てられた席へと着くと、ゼロも席へと向かい、同じように武器を掲げる。
「皆さん。朝からお集まり頂きありがとうございます」
澄まし顔でルエが言い、そして全員に一度視線をやると「着席を」と促した。一糸乱れず座り、ジェッタが「では」と口を開きかけたところで。
「ねぇ、王女サマ。始める前に聞きたいことがあるの」
すぐさま隣に座るハヤトがユンシャルを睨むが、ルエは特に意に介する様子もなく、逆にユンシャルに薄く笑ってみせた。
「構いませんよ。なんでしょう」
「どうしてアタシを騎士団隊長にしたのかしら?アタシだけじゃないわ。そこにいる二番隊の隊長サマも、余り好ましくないはずよ?それを説明してもらわないと、そこの剣の騎士サマが落ち着かないんじゃない?」
指を指されたゼロが僅かに息を止める。
「殺気を隠すのなら、もう少し上手くしなさいな?」
「この……!」
鋭く睨みつけると共に立ち上がったゼロを諌めると、ルエはひとつ深く頷いた。わだかまりがあったままでは統率が取れたものではない。特に、この女騎士に対してはゼロだけでなく、ハヤトも余りいい顔ではない。
「この場にいる、私の選んだ方々は、私に対し忠義を尽くしてくれる方々です。ユンシャル様、貴方は確かに私を辱めました。しかしそれは同時に、私に対しての絶対的な忠誠心を持っていると感じました」
「面白いことを言うのね。また泣き顔を見せてくれるの?」
本気かわからないユンシャルに、ゼロがやはり我慢ならないと牙を剥こうとし。
「可笑しなことを言いますね、ユンシャル様」
そう笑う表情は、いつもの笑顔とは別の、背筋を何かが這い上がるような薄気味悪さを含んでいた。それを見たユンシャルは、全身が、心が震え上がるのを感じ、堪らないとばかりに自身を抱きしめた。
「一番近くで見れる特等席をご用意したんですよ?楽しんでください。最後まで、です」
「ああん、いい、いいわ!やっぱり最高ね、だから好きよ王女サマ。いっぱいいっぱい見せてちょうだい?貴方の、泣く顔も、啼く声も、ね」
全身を震わせたままのユンシャルに、冷たい視線だけやり、ゼロは次に二番隊の隊長に目をやった。目元まで隠れた前髪で、表情がいつも見えない。確か、彼はショコラリエ家の嫡男だと聞いていたが、この様子では戦えるのか疑問である。
「モーブ様のこともご説明したほうがよろしいでしょうか」
ユンシャルに向けたものとは別の、いつもと変わりないふわりとした笑顔を二番隊の隊長、モーブ・ショコラリエに向けるが、彼は左手の爪を噛んだままで、何も返そうとはしない。
「ぼ、ぼ、僕、は、いい」
「そうですか、では始めましょう。ジェッタ様、よろしくお願いします」
ルエの声にてジェッタは頷くと、手元の書類に目を通し始める。
滞りなく会議は進んでいく。ずっと爪を噛み続ける者、恍惚の表情を浮かべながらルエを見つめる者がいる以外は。
「緊張しました……」
自室のソファに背中を預けたルエは、少し離れた椅子に座るゼロと、そして入口近くの壁にもたれかかるハヤトに向けてぽつりと呟いた。
「ルーちゃんまじお疲れ様!どんなこと言ってもルーちゃんは可愛い!」
「もう。またそればっかり……」
ルエは苦笑いするが、その笑顔にはいつもの明るさは感じられない。それはそうだ、このように集まったのは今回が初めてなのだから。出来ればもうやりたくはないが、自分が王族である以上、避けては通れない道でもある。
ルエの隣に遠慮なく座り、ゼロはあやすようにルエの頭を優しく撫でてやる。嬉しそうに、けれど少し恥ずかしそうにしながらも、ルエはそれを黙って受け入れる。
「今回の件だが、ゼロ、本当に死んだ者が動いていたんだな?」
「さっきも言ったけど、本当だ。嫌な感じがした」
撫でる手を止め、ゼロは自身の右手をじっと見つめる。
あの騎士を掴んだ時、確かに彼は冷たかった。
「東で似たものを見た。神機を死体に埋め込み、無理矢理支配下に置いたのだろう」
ハヤトの頭の中に、数ヶ月前東大地で見た嫌な光景が浮かんだ。人とは思えぬ業を犯した者の末路は、自身ですら人では無くなってしまったことは記憶に新しい。
先程まで行われた会議の結果、今回の事件はどうやらそれに連なるものであることが予測された。ジェッタの顔が一瞬曇ったことに気づいたのは、恐らく自分だけだろう。後で聞きに行ったほうがいいかもしれない。
それはそれとして。
こうなった以上は、執務ばかりをしているわけにもいかず、本来の任務として、二人はルエの護衛につくことになったわけだ。
「でも二人は時間大丈夫ですか?他にもお仕事ないですか?」
「な」
「一応ある」
ない、と言いかけたゼロよりも早く、ハヤトが口を挟む。それに恨めしそうな目を向けてみるが、ハヤトがこれで気にする人柄なら、これほど軽口は叩けなかっただろうとも思う。
「俺とゼロで十二時間ずつ。交代は、そうだな……、十二時がキリがいいだろう」
「待って。それいつ寝るんだよ」
「十二時間もあれば寝れるだろう?」
当たり前だと言わんばかりのハヤトに、そうだこいつはこういう奴だったと、ゼロは内心ため息をついた。




