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微妙に短い恩返し。

 ※



 町へ繰り出し、とりあえず酒場で情報収集を兼ねた昼食でも取るかと、ゼロは通りを歩いていく。家々から漂う香りが腹を空かせていき、これはお昼をたらふく食べようと鼻歌交じりに向かう。

 夜の酒場も賑やかだが、昼もそれに負けじと大盛況だ。ここの料理は評判もよく、ゼロもよく食べている。


「よっ、久しぶり!今日も混んでんなー」


 店に入り、近くの女店員に声をかける。彼女はここの一人娘で、ゼロと年もそう変わらないのに器量よし、見た目よしの引く手数多の可愛らしい女性だ。

 低めにまとめたサイドポニーが揺れ、彼女は少し怒り気味でゼロを睨みつけた。昔、元からツリ目なのだし、そんなに怒らなくてもいいじゃないかと言ったのだが、きつい平手打ちをもらったため、それからは言葉に気をつけるようにしている。


「あら。えらぁい騎士様じゃないですか。こんな貧相な酒場になんの御用でしょうか」

「相変わらずだなー。昼飯食べに来ただけ。あ、あと昨日の話聞きたくてさ」

「席は今空いてないし、誰の手も空いてないよ。わかったら後で……」


 出直せと言いかけた彼女の奥に、見たことのある茶髪の少し大柄な男が見えた。ゼロはそれをよく見ようと覗き込む。

 ゼロとさほど変わらない青年と、それから小柄な女性が見える。その席はあとひとつ空いているようで、ゼロはそこへ座ろうと決めた。


「ちょ、ちょっと。話聞いてよ」

「あれグレイだろ?あそこ空いてるし、あそこに座らせてもらうぜー」


 彼女が止めるのも聞かずに、ゼロは早々に席へと向かった。





 賑やか、というより少し騒がしい昼は、何か話していようと誰も気に留める様子はない。だからこそ話をするには都合がよいと踏んだのに。


「グレイー!ここ座らせろー」


 まさかの知り合いに、グレイだけでなくジェッタも小さくため息をついた。テネットだけが不思議そうにゼロを見、しかし彼も騎士なのだろうと納得したのか何も言いはしない。


「ゼロ。お前さん、ルエ様の護衛はどうした」

「その話、やっぱグレイも聞いてるんだなー。大丈夫だって、ハヤトがいるし。あいつなら五日くらい寝なくてもいけるって」


 先程までは三日だと言っていた気もするが、ゼロの中ではどちらも変わりはしない。近くを通りかかった店員に注文を済ませると、見慣れない青年に気づきまじまじと見つめた。


「あれ?お前……、どっかで会ったこと、ない?」


 もちろんそれはジェッタのことで、あからさまに俯くジェッタを見て、ゼロは訝しむように眉を寄せた。

 すると、テネットがゼロの肩を優しく叩きふわりと笑う。


「始めまして、ゼロ様。私、テネットと申します。先日の亡くなった騎士は私の主人でして、主人を亡くした私を心配した“弟”が、様子を見に来てくれたのです」

「あー。そーなんだ……。その、なんか……ごめんな」

「いえ。主人も、覚悟していたことですから」


 店員が料理を運んできた。

 湯気の立つそれは、ゼロの好きなデミグラスハンバーグとパンのセットだ。日替わりスープは、今日はパンプキンスープらしい。舌なめずりをし、ゼロはパンにかぶりついた。


「でも、なんでグレイが?」

「口に物を入れながら話すな」


 相変わらずの行儀の悪さに、グレイはため息と共にナプキンを差し出してやった。これで本来の姿はこの国の王子であり、世界を統べる王だというのだから示しがつかない。

 注意をするも、よほど腹が減っていたゼロは、食べる手を止める様子が見られない。仕方ないと、グレイはコーヒーを一口飲み、


「迷子になっていた弟さんを、夫人の元へ送ってな。その際に、一緒に昼はどうかと誘っただけだ」

「はー、そーなんだ。んじゃオレの分もグレイが払ってくれよ」

「お前、支給されている金はどうした?」


 剣の騎士(シュヴェルトリッター)であるゼロは、基本的には城で暮らしている為、衣食住の心配はないのだが、それでも多少なりとも金は支給されている。一般的な騎士と比べると少ないが、自分の小遣い程度なら困りはしないはずだ。


「金ね、金なー。この間よくわからんおっさんにやった。身なりも酷えし、くっせぇし、泊まる金もねぇって言うからさ」


 ハンバーグをソースまでたらいあげ、ゼロはスープを飲み干し「ごっそさん」と手を合わせた。


「よくわからんおっさん……?」


 空いたカップに水を入れてやり、ジェッタはそれをゼロに勧める。


「そ、教会んとこで。髪もボサボサ、髭は伸び放題、目はよく見えなかったけどさー。墓にもたれかかっててバチ当たりなおっさんだったんだぜー」


 水を飲み、ゼロは「サンキュ」とジェッタに笑いかけた。


「その墓は、もしかして一番奥の古びた墓だったか?」

「なんだグレイ、見てたのか?ならちょっとは声を」


 かけてくれと言いかけたが、考え込むように黙ってしまったグレイとジェッタを見、ゼロもふざけるのをやめる。


「……もしかしてさ、今話題の奴だった、とか」

「そのもしかして、だな」

「で、でもハヤトやだんちょーから聞いたのとは別人だったぜ?目の色……は、見えなかったけど、そんなおかしな奴じゃ、なかった……」


 信じられないと空の皿を眺めていると、テーブルを通り過ぎた店員が一言述べ、皿を下げていった。


「ま、なんだ。ついでにちょいと夫人を送ってやってくれ。支払いの代わりだと思ってな」


 支払いだと言われてしまえば、ゼロには拒否するのは難しく。最後に水をまた飲み、行くかと立ち上がった。本当は情報のひとつでもと思ったが、テネットから話を聞くのもありかもしれない。


「じゃ、お言葉に甘えるぜー。弟くんはいーのか?」

「いや何、せっかく来たみたいだし案内してから送ろうかと思ってな」

「ふーん」


 ちらりとジェッタを見るが、俯いておりその表情はよく見えない。人見知りなのかもしれないと思い、あまり考えないようにして酒場を出ていく。

 テネットも二人に小さくお辞儀し、ゼロに続いて酒場を出ていった。店員たちからの「ありがとうございました」の声が聞こえた瞬間、ジェッタは疲れたとばかりに肩を落とした。


「はっはっは、やけにお疲れだな」

「当たり前だろう。まさかここへ来るとは思っていなかったしな」


 出入口をちらりと見、やはり執務をやる気はないのかと内心ため息をついた。これではまた、息子が不機嫌になるのが目に浮かぶ。


「まぁ、二人でバランスも取れていることだし、私たちがとやかく言うことではない」

「そうかもしれんが……」


 確かにゼロは字が綺麗とは言い難く、報告書を書かせればほぼ落書きにも近い何かが仕上がってくる。ある意味才能ではないかと思うが、生憎その才能をわかる者は今のところいない。


「さて、ゼロが見たというのは、奴で会ってるな?奴は地下道のことは知らんのだろう?」

「知る前に出ていったからな。あそこを通ることはない、だろう。あぁ、それもだがグレイ」

「ん?」


 近くを通った店員に甘味をいくつか頼み、ジェッタはさも面倒くさいと言わんばかりに頬杖をついた。


「今城に、犬がいてな。躾は行き届いているのか」


 グレイは一瞬目を丸くし、それからにやりと笑みを深くした。


「安心しろ。あれは有能だ、飼い主よりも、な」

「そうか。ならばいい」


 運ばれてきた甘味を前に、ジェッタもまた笑みを浮かべる。全く、あいも変わらず甘味に目がない奴だとグレイは苦笑いを浮かべた。








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