敏感な反撃
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「ジェッタ様、失礼致します」
軽くノックをし団長室へ入る。真っ先にルエが目にしたのは、左肩を負傷したハヤトの姿だった。どうしたのかと駆け寄りたいのを抑え、ルエは至って平静を保ちつつジェッタの前まで歩いていく。
「ルエ様、わざわざ御足労させてしまい、大変申し訳なく思います」
「いえ……。あの、それより……」
落ち着かない様子のルエと、ルエの視線から逃れたくてたまらない様子のハヤト。ジェッタは咳払いをし、それからルエに苦笑してみせる。
「人払いは済ませておりますので、何か気になることがありましたらどうぞ」
「えっ?ぁ、それ、は……」
ちらちらとハヤトの肩を見ているが、声をかけるべきか悩んでいるようだ。それに痺れを切らしたゼロが、わざとハヤトの肩を強めに叩いた。
「これ。どーした」
「……っ」
ハヤトにしては珍しく、僅かに声を上げかけた。つまりはそれだけ痛むということだが、ゼロはそれよりも、叩いた手についた血が目に入り、渋い顔をハヤトに向ける。
「ハヤトくん、血、血が……!」
「馬鹿が叩いたから開いただけだ。大したことじゃない」
「大したことない割に、結構酷くやられたみたいじゃねーか」
「……」
何を言うでもなく、ハヤトはただ黙ってゼロを睨む。それを特に気にするでもなく、ゼロはハヤトに笑ってみせ、それからジェッタへ向き直った。
「何があったんだ?ま、確かにハヤトはオレよりよえーけど、こんなになるのはおかしいだろ」
何か言いたげな視線をゼロに投げるが、実際ハヤトは負傷したことは事実であり、何か言えるような立場でもないので黙ることにする。大切な騎士を二人も失ったのは、どう足掻いても変えられないのだから。
「団長。あの男、何人か食っていました。塔で発見した騎士だけではなく、恐らくそれよりも前から……」
「……ショウから南でも同じような遺体があったと聞いている。まだアイツは憎んでいるのか……」
「だんちょー?」
いつもは見せない顔をするジェッタを、ゼロは覗き込むようにして屈んでみせる。ハヤトに頭を叩かれたのでやめたが。頭を押さえ、わざとらしい涙を浮かべながら、ハヤトに文句のひとつでも言おうとしたところで。
「私は、その男を知っている」
ジェッタからの言葉に、ゼロは言葉を飲み込んだ。
「その男は……、ストレイフ・ウィンチェスター。ハヤトの祖父にあたる男だ」
「ハヤトくんの、お祖父様……?」
「ま、待った待った!つまりだんちょーの親父さんで、その、ストレイフとかいう奴が騎士を殺してるってこと、だよな?は?ごめ、意味わかんな……」
口元に手を当てたまま固まるルエと、理解が追いついていない様子で苦笑いを浮かべるゼロ。しかし、ジェッタの様子から、それが嘘でも冗談でもないのはよくわかった。
「なぜ、その、祖父は、こんなことを……」
絞り出すようなそれに、ジェッタが少し悲しげに微笑んでみせる。
「アレは私が十の時に家を出ていったきり、しばらく姿を見せていなかった。私が隊長職についた頃に姿を見せてな。その際に斬ったのだが、まさか生きていたとは……。すまなかった」
外から聞こえる小鳥のさえずりは、室内の空気とは不釣り合いで。耐えられないとばかりに、ゼロが窓を開け空気を入れる。
「アレが神力を求めるのは、母親、ハヤトの祖母の為だと後から知った。病弱で、いつも寝たきりで、実家からは疎まれていたそうだ。神術で治ると思ったアレは、自らにない力を求めるようになった」
「病気は、術では……」
治せない、と言いかけたハヤトに、ジェッタは「そうだ」と頷き、窓から入ってきた小鳥に指を差し伸べる。ふわりと留まった小鳥に薄く笑いかけ、ジェッタは話を続ける。
「もちろん治せない。しかし既に何人食らっていたと思う?許せるか?生かしてやれるか?なぁハヤト。仮に、水の使い手を百人捧げればアリアを神柱から開放出来るとしよう。アリアの為だと言って、私がそれを成し遂げようとす」
「させるわけないだろう!」
自分でも驚くほどの、叫びにも等しい声だった。隣のルエが、驚きで肩を震わせたのがわかった。それほどまでに、そんなことをさせたくなかった。
指先に留まっていた小鳥が再び窓から飛び立っていくのを見送り、ジェッタは、俯くハヤトを黙って見つめる。
「俺が、俺に……、頼むから、母さんを言い訳に使わないでくれ……」
「そうだな。すまない」
そうジェッタは苦笑する。
過去、同じことを言ったのだ、自分もまた、あのどうしようもない父親に。只の言い訳でしかない、奪ったものを正当化する為の、醜い自己都合だ。
「よし!じゃ、そのストレイフって奴、今度こそ懲らしめようぜ!」
ゼロはそう言い、ガッツポーズを決めてみせた。それにルエは小さく吹き出しながらも「はい!」と大きく頷く。そんな二人にハヤトは目を一瞬丸くし、しかしすぐに頬を緩めてみせると、
「特徴も何も伝えていないのに、どうやって懲らしめるつもりだ」
「あ!」
大袈裟に声を上げたゼロに呆れながらも、ハヤトの表情は安堵の色が浮かんでいたのを見、ルエもまたふわりと笑った。
団長室を出、三人は庭園へと足を運んだ。少し眠そうなハヤトを引きずってまでここへ来たのは、あの子犬が気がかりだったからだ。ハヤトは「二人で行け」と渋ったのだが、そんなハヤトも気にはなったのか、様子だけ見たら休むと言いながらついてきた。
「あっれー。いねーなー」
手入れをする庭師たちの間をすり抜け、ゼロが花々の間を確認していく。ルエは庭師たちに声をかけつつ、時折朗らかに笑みを見せつつ子犬を探す。庭師に一応聞いてはみるものの、まだ今日は見ていないと言う。
少し離れた場所にある、屋根のついた建物――ガゼボで休もうと、ゼロが我先にと椅子に座る。その反対にルエが座ると、ハヤトはその隣に座った。
「どこ行ったんだ?飯でも食ってんのかな」
「お前と一緒にされるとは、あの子犬も可哀相なものだ」
「オレをバカにしてる?」
ついいつもの口喧嘩になりかけるが、ハヤトが珍しくルエの肩にもたれかかるような形でうたた寝し始めた。ゼロは仕方ないと息をひとつ吐き、それを眺めるだけにする。緊張からか、ルエが固まっているのも、もうこの際放っておこう。
「疲れたんだろーな。多分、止血すんのに相当力使ったはずだし」
「やっぱり、深いんですね」
「深いってか、多分肉抉られてる。動かせるだろうけど、痛そうだなー」
それを聞いたルエも、眉を寄せハヤトを心配そうに見るが、当の本人が起きる様子は全く見られない。
このまま昼になれば、ハヤトは休む暇などほとんどないまままたルエの護衛になる。それは避けたいと、子犬はまた後にしようとルエが言いかけた時。
「……んっ、だ、だめ」
「ルーちゃん?」
ルエの頬が染まり、なぜか落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。しかしハヤトを起こすわけにはいかず、潤んだ瞳をゼロに向けるだけだ。
「ちょ、ルーちゃん、え、何」
色んな表情を見てきたが、恐らくこれは自分が見てはいけないものだ。隣で眠る彼だけに向けるものだろうに、一体なぜ、どうしたというのか。
ゼロがどうしたものかと様子を伺おうとしていると、ルエのドレスの裾がふわりと広がり、膝の部分が不自然に膨らんだ。もぞもぞと動くその何かは、ルエの肌を堪能するかのようにそこから離れようとしない。
「ゼ、ゼロ、助けて……」
「え?ハヤト起こせばいーじゃん……」
「疲れてるのに……そんな、の、できな……ぁ」
ぴくりと反応するルエを見れば、おおよその予想はつくし、それが肌を堪能する何かのせいだとすれば、余りゼロにとっても嬉しくはなく。早くと訴える目を向けられては、はいはいと立ち上がる他ない。
「ちょっと失礼するぜー」
仕方がないので、ドレスの上から叩いてみる。その何かは驚いたのか大きく跳ねた後、もぞもぞと下から這い出してきた。
「なんだお前か……」
「わんっ」
それはあの子犬だ。
満足そうな顔に見えるが、犬が肌を楽しんでいたと考えるのも馬鹿らしく、ゼロはため息と共に再び座った。
「よかったなー。ハヤトが起きてたらお前死んでたぞー」
足元を走り回る子犬に言ってみるが、理解しているのかないのか。この様子だと伝わってはいなさそうだ。
まぁ、犬だが。
「ねぇ、ゼロ」
「ん?」
改めて、膝の上に乗ってきた子犬を撫でてやりながら、ルエはぽつりと呟いた。
「目を食べるなんて、どんな気持ちなんでしょう……」
視線を落としたままのルエは気づかない。ゼロがあからさまに肩を震わせたことを。
「逆に聞くけど、ルーちゃんはストレイフをどう思った?ハヤトは多分、許せないとか、止めるとか言うと思う。でもルーちゃんは?」
子犬を撫でる手が止まる。しかし、何かを口にすることは出来なかった。
「それが、ルーちゃんの気持ち。今感じたこと、思ったことを、真っ直ぐに持ち続ければいい」
「……はい」
まだ俯いたままのルエと、庭園に目をやるゼロ。二人の間に吹く風は微かに冷たさを含んでおり、それはもうすぐ、季節が移り変わることを教えてくれた。




