静かに死んだ花向け
※
城内が騒がしくなったのは、ハヤトがルエの部屋を出て執務室へ向かっている最中だった。
三階から下を見ると、微かに照らされた中を、門の警備を担当しているはずの騎士が一人が、従騎士の少女に肩を貸す形で歩いているところだった。少女の怯えた顔を見るに、何やらよくないことが起こったことはすぐに察しがついた。
ハヤトは執務室へ向かうのは後回しにすると、急いで階段を駆け下りていった。
「何があった……!」
入ってすぐのホールにて、ハヤトは従騎士の少女に駆け寄り声を張り上げた。少女はハヤトを見て一瞬肩を震わせたが、ここが安全だとわかると、糸が切れたかのように涙を零し始める。
「ぁ、あぁ……、男が、先輩が」
崩れそうになる身体を騎士が支え、少女を落ち着かせようと背中を優しく撫でる。撫でる手は止めぬまま「失礼します」と断りを入れて話し始めた。
「私も城門で聞いた限りで詳しい話は聞けておりませんが、酒場で拘束した男が暴れ始めたらしく、団長に知らせようと来たのだとか」
「団長に?」
只の喧騒ではない。少女の怯えようからそれは明らかだ。
「従騎士、お前の名は?所属はどこだ?」
「ミスティ、と申します……。第一小隊隊長の元で務めさせて頂いております……」
第一小隊の隊長と聞きハヤトは思案する。今日の見回りは確か、大剣使いの中年男だったはずだ。あれでも彼は小隊長であり、酔っ払いや野盗ごときに手こずりはしない。そんな彼が、従騎士である彼女、ミスティを遣いに出したということは、彼ではどうにもならない可能性が高い。
「あ、あの!」
ミスティが縋るようにハヤトに抱きついた。それを抱き留めてやり、ハヤトは何を言うでもなく、ミスティをただただ見つめる。
「お願いします!ハヤト様にこのようなこと、頼める立場でないのはわかっています!でもどうか、お二人を助けて下さい!」
「……お前は騎士になるのだろう?なら、やることは助けを請うことじゃない」
その言葉にミスティが愕然とした表情を浮かべた。助けてはくれないのかと、怒りでミスティが身体を震わせる。しかしハヤトはミスティの頭を優しく撫でてやり、
「迅速に情報を伝え、仲間をそこへ導くことがお前の役目だ」
「!」
ミスティははっとしたように顔を上げた。小隊長から何を学んでいたのだろう、これではまだまだ騎士にはなれない。
涙を無理矢理拭って止めると、ミスティは未だふらつく足で、しかしそれでもしっかりと立ち、右手を胸に当て頭を深く下げた。
「酒場通りを過ぎて裏路地へ続く辺りにて、不審な男と交戦中です!急ぎ応援を頼みます!」
「わかった」
ハヤトは近くの騎士へ、ジェッタへの伝言と、持っていた書類を執務室へ置いてほしいと頼むと、足早にホールを出ていく。その背に向かってミスティが「私も行きます!」と声をかけるが、他の騎士によって止められてしまう。
「私も行かせて下さい!小隊長と先輩の助けになりたいのです!」
自分を止める騎士に叫ぶが、離してくれる様子もなければハヤトが止まる気配も見られない。それでもミスティが食い気味に言い続けると、呆れた顔でハヤトが振り返った。
「俺はお前のお守りをする気はない。わかったなら好きにしろ」
「……っ」
ミスティは大きく頷いてみせ、そして騎士に「ごめんなさい」と小さく呟く。騎士もまた、仕方がないというように手を離してやり、各々の持ち場へ戻っていく。
離れてしまった距離を埋めるため、早足でハヤトを追い、ミスティは緊張した面持ちで腰に刺した短剣をそっと撫でた。
※
漂う鉄の香りと、半分失くなったぼやける視界、それでもなぜだか意識ははっきりしているものだから、とても不思議な感覚だ。若い騎士は、見えなくなったその半分の世界に、まだ生まれていないはずの赤ん坊を抱いた妻の姿を見、いやまだ死ぬわけにはいかないと歯を食いしばる。
「ほーうほうほう。まだ頑張るわけか、流石騎士サマときたもんだ」
「うっ……ぁぅ……」
若い騎士の身体がぴくりと動くが、それ以上の反応は示すことなく、口からは嗚咽にも近い声が漏れるだけだ。
離れた位置には、既に事切れた中年の騎士の胴体が転がっており、その目はくり抜かれていた。自分は逃げようとしたものの、足元を凍らされ動けなくなったところ、強い衝撃を頭に受けた。
そこからだ。こんな不思議な感覚を味わうようになったのは。
「やっぱ若え奴はうめぇなぁ、うめぇよ、ほんとに。ゼロ少年は騎士じゃねぇのかなぁ、食べてみてぇなぁ」
「ぅ……ぁぅあ……」
男が何をしているのかもわからないが、どうやらこの場に引き止めることには成功しているらしい。ならば後は拘束しなければならないのに、身体は一向に言うことを聞きはしない。
「あそこです!」
それは、自分たちについていた従騎士の少女、ミスティの声だった。応援を呼んでくれたのかと、きちんと礼を言わなければと思うが、悲しいかな声も身体も動かない。
「せん、ぱい……?」
「ミスティ、下がれ!」
ミスティの表情はよくわからないが、声だけでわかる。彼女はきっと今、青白い顔で――青白い?なぜ?
「ぁ、ぁぁあ……!」
そこで若い騎士は理解した。自分はあの時頭蓋骨を割られ、倒れたところをこの男に抱えられたのだ。なら男がうまいと言っていたものは?なぜ自分は動けない?
やっとのことで捉えた、半分の視界の先。もう殆ど見えないが、隣の空色の髪が、月明かりに照らされ淡く綺麗に揺れている。
「さっきの嬢ちゃんか。上等なデザートを連れてきてくれたようだなぁ」
男が笑う。若い騎士にはもう興味がないとでもいうように、無造作に地面へ投げ捨てた。
小さく悲鳴を上げたミスティを庇い、ハヤトがちらりと若い騎士に視線をやり、それから男を見据えた。明らかな怒りを含んだ、冷たい瞳で。
「中央に何の用だ」
「用?用ってそりゃあ、新しい王サマ見に来たに決まってんだろ。なんでも若いお姫様がトップに立つんだろぉ?あ、王サマってか、女王サマか?」
呂律が回っていないのは酔いのせいか、元からこうなのか。しかしそんなことはどうでもいい。
男は二人の騎士に手をかけた。理由はそれだけで十分だ。
「生憎だが、お前のような下衆に合わせる王族はいない。生かして帰すとも考えていない。弁明も不要だ」
「怖いねぇ、ほんっとに怖い。これだから騎士ってのは嫌いなんだ……」
男は真っ赤に染まった口元を袖で拭った。にやりと笑った瞬間に見えた真っ赤な歯に、吐き気が込み上げてくる。
腰から銃を抜くと、ハヤトは後ろ手でミスティへと渡してやる。ないよりマシだろう、あの二人の為にもミスティだけは守ってやらなければならない。もう動くことがない中年の騎士と、悲惨な状態になりながらも生きている若い騎士に心の中で謝罪をし、ハヤトは小さく詞を紡いだ。
「火の詞、二の章。我が声に応え、爆炎と成せ」
若い騎士に向かって左手をかざす。すると、その身体に火が一瞬にしてつき、みるみる内に灰へと還していった。ミスティが小さく呻いたが、ハヤトのそれに意を唱えることはしなかった。
「同じ騎士を殺るとは、てめぇも頭イカれてんなぁ?結局騎士もそんなもんってことだ。誰も、何も守れはしない、誓いなんてなんの得にもならねぇ」
「やけに騎士を嫌っているようだな」
「あぁ。嫌いさ。嫌いだね。少年、お前にもわかる、いやわからせてやろう」
男が地面を蹴る。
それは、ヒトとは思えない速度でハヤトの目の前まで距離を詰めると、ハヤトの瞳を抉ろうと手を伸ばす。それを寸でのところで見極め、ハヤトは身体を横にずらして避けるが、左肩を掴まれたのか、肩の肉が抉られ穴が空いた。
「……っ」
滴る血に顔をしかめるが、痛みで止まるわけにはいかず。
ハヤトはすぐに距離を取り、右手を男にかざし詞を紡いでいく。
「火の詞、三の章。焔と成すは業火の鉄槌。生まれし不死鳥、灰に還る天命の楔。我が声に応え、烈火と焦がせ」
ハヤトの背後から背丈ほどの火の鳥が現れ、それはひと鳴きすると男へ向かって口から熱風を吐き出していく。ともすれば周囲にまで被害が出そうだが、神機と違い、使用者の意思によって対象を絞れる為、周囲への心配をする必要はない。
しかし男は慌てる素振りすら見せず、にやりと笑い、その熱風を正面から受けてみせた。
「なっ!?」
相殺するわけでもなく、男はそれを受けきってみせ、焦げた服と髪に小さく舌打ちをした。しかし身体にはなんの怪我も、火傷すらなく、加護を受けていないヒトが耐えられるものではなかったはずだ。
「お前……、何人食ってきた?」
流れる血を抑えようと、ハヤトは軽く術を自身にかけながら男に問う。男は少し考え、
「昨日、少年は何を食べた?」
「……」
「一昨日は?一週間前の飯を覚えているか?」
何も答えないハヤトに、男は「当たり前だろ」とさも普通だと言わんばかりに答えていく。
「あー、でも特別な飯は覚えてるだろ?誕生日、記念日、ちょっと豪華な飯。俺が覚えてるのは、とある商人だけだ。アレは特別美味かった、教えてやろうか」
「遠慮する……!」
ハヤトが右に飛ぶ。後ろに控えていたミスティが、握った銃のトリガーを引く。
黄色の閃光が走り、それは男の腹部を見事貫いていった。その箇所からすぐさま石化していく様に、男は残念だとばかりに舌打ちし、ふわりと跳躍し屋根へと降り立った。
「少年。安全な場所がどこか知っているか?それはな、己の中にしかないんだよ」
嫌な笑みを張りつけたまま、男は闇夜へ消えていった。
とりあえず止血をしなければと考えつつ、ハヤトは力なく膝をついた。




