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戦慄の果てに

 ※



「兄さん。あぁ、そうか。兄さんは馬鹿だから聞こえてないんだ、そうかそうに違いない」


 目元まである前髪の隙間から、前を歩くショウを盗み見、ケルンは納得したとばかりに手を叩いた。といっても、袖まで隠れている服装のせいで、手など見えていないのだが。

 もちろんショウは聞こえているが、弟のこれに付き合っていると時間がいくらあっても足りないと割り切り、聞こえないフリをしてずんずんと歩いていく。

 時刻は既に真夜中。

 町を歩く人影はなく、いや一応まばらにはあるのだが、それほど多くはない。その中を無言で歩くのは、ある目的のためだ。

 最近まで、ショウは(サウス)へ滞在していた。従騎士(エスクァイア)として、他の騎士と当たった任務のひとつだが、そこでとある話を耳にした。

 目をくり抜かれた死体が見つかったというのだ。自分たちにも言えることだが、ヒトの神力は瞳に宿っており、その目を食べることで、力を取り入れることが出来る。薄気味悪い話で、そんな外道をするヒトなど、耳にしたことなどなかったのだが。


「いるみてェだから困ンだよなァ」

「僕ならいるけど。あぁ、兄さんは馬鹿だから見えないんだね、それなら仕方ないよね」


 指の関節を鳴らし、額に青筋を浮かべたショウが振り返った。明らかな怒りを滲ませているが、それにケルンが動じる様子は全くない。


「ケルンンン、ぶっ殺してやろォかァ?また目ェ潰してやっても……」

「あぁ、聞こえてた。よかったよかった」


 相変わらず表情の読めない弟だ。弟というものは実に面倒くさい。自分のことは棚に上げ、ショウは舌打ちをした。

 居住区を抜け商業区へ出ると、先程より町に活気がみなぎってきた。遅くまで開いている酒場、娯楽施設、旅人を受け入れる宿。どれも明かりが灯り、時折喧騒が聞こえては、呼ばれたであろう騎士たちが慌ただしく入っていく。

 酒場の前で足を止めたショウは、舌なめずりをしにやりと笑う。


「オレも一杯やるかァ」

「兄さんは飲めないことを忘れたのかな。馬鹿だしな」

「ケルンンン」


 元々ショウは気が長いほうではない。

 ケルンの首でも締めて黙らせようと考え、後ろを歩くケルンへ手を伸ばした。が、ケルンはその手を掴むとギリギリと捻り上げる。


「あ。やっちゃったな、しまった。これは謝ろう、ごめんね兄さん」

「いてェ、離せバカヂカラ!」


 ケルンには曽祖父の(イスト)の血が色濃く出たのが本当に恨めしい。何も鍛錬せずとも、これだけの力を持っているのだから。

 同様に、兄のハヤトのことを嫌う理由もそれだ。生まれ持った高い神力と、父親からの期待。神機さえも扱う才能に恵まれなかった自分は、本当にウィンチェスターの恥さらしではないだろうか。

 何回かケルンに離せと騒いで、やっと離してくれた腕をさする。手形の残る手首を見、どれだけの力で握ればこうなるのかとため息をつきたくなった。


「……、……!」


 酒場から聞こえた騒ぎ声と共に扉が勢いよく開かれ、二人組の騎士に片手ずつ抱えられた男が出てきた。酔っているのか、遠目にわかるほど顔は赤く、よほど酒臭いのか、騎士の顔が歪んでいるのがわかる。その後ろについているのは、恐らく従騎士(エスクァイア)だろう。ショウたちと変わらぬ年端の少女だ。

 中央(セントラル)では大して珍しくもない茶髪と、燃えるように赤い瞳のその男は、呂律の回らない舌で、騎士たちに何かしら罵倒を浴びせている。


「いるよね、酒に溺れて気が大きくなる奴。主に僕の隣にいる奴とか」

「おいィ、誰のこと言ってンだァ?」

「その返し。自覚あったんだね、兄さん。偉いなぁ」


 ケルンは「あはは」と笑うが、口だけで笑う姿に鳥肌しか立たない。元々前髪のせいで見えづらいというのに、もう少し考えて発言できないものか。騎士に連れて行かれる男を見送り、ショウはさてと顎に手をやる。

 今夜の目的は酔っ払いの見学ではない。

 最近起こった騎士が死んだ件、余り公にはされていないが、両目を抉られていたというではないか。まぁ、(はらわた)も喰い荒らされていたため、野犬の類だと処理されているらしいが。

 その真相を暴けば、自分も少しは認められるのではないか。ウィンチェスター家の人間として、そして騎士として、恥じぬ地位を確立できるのではないか。


「……どうせ、兄貴しか見えてねェンだろ」

「何か言った?いつもみたいにデカい声でいいなよ」

「黙ってろォ」


 なんにしろ、情報収集は酒場が手っ取り早いのは確かであるし、しかしケルンを連れて入る気は起こらないし。勝手についてきたのはケルンなのだから、ここいらで振り切って酒場へ入ってしまえばいいのだが。


「やっぱ明日にすっかァ」

「飲むなら先に言えばいいのにね。あぁ、馬鹿だから出来なかったんだ」


 それなら仕方ないと、家路につくケルンの背に、小さく舌を出してみせ、ショウもまたポケットに手を突っ込んで歩き始める。

 ふと先程の男に見覚えがある気がし振り返るが、昼間と違い街灯しかない道の先は、もう何者も見えなかった。



 ※



 何が起こったのだろう。

 そうだ、拘束した男が何かを紡いだのだ。その瞬間、男の両手から炎が発現し、余りにもそれが熱く手を離してしまったのだ。

 しかしおかしい。人に害を為す術は、加護を受けし者しか紡ぐことが出来ないというのに。目の前で狂った笑みを浮かべる男の髪色は、自分たちと同じ茶だというのに。


「なあんで、紡げるんだって顔してんなぁ?無能で無役な騎士様方」

「くっ。貴様、一体……」


 男が髪を気怠そうに掻き上げた。月光に照らされたその瞳は、先程までは赤く染まっていたというのに、今は爽やかな風のような緑になっている。


「貴様、その目、もしや」


 何かに気づいた騎士が、後ろに控えていた従騎士(エスクァイア)を庇うように腕を広げる。


「逃げろ!そして応援を!」

「ぁ、あ……でも」

「早くしろ!」


 年若い少女が走っていくのがわかる。

 自分がここで、この気味の悪い男を抑えなければ、走っていった従騎士(エスクァイア)の少女は捕まってしまうだろう。例え自分が殺されたとて、ここで止めるしかないのだ。

 中年の騎士は隣の、昨年騎士になったばかりの男をちらりと見る。確か、もうすぐ子供が産まれるのだと言っていた。


「おい、お前も……」

「引きません。ここで引けば、きっと嫁さんに笑われちまうんで」

「ちぃっ。なら絶対返さねぇとな!」


 中年の騎士は大剣を担ぐように構え、そして若い騎士は槍を低く構えた。決められた騎士しか神機を扱うことは許されていない為、二人のこれは只の武器でしかない。

 武器を向けられているにも関わらず、男は愉快だと言わんばかりに夜空を仰ぎ、そして顔に手をやると、指の隙間から二人の騎士を凝視した。


「嫁さん、かぁ。いたいた!俺にもいたなぁ、弱っちぃ嫁。せっかく嫁にしてやったのに、アレは俺を否定ばっかしやがった。あー、思い出したらムカついてきたわ、本当イラつくわ。だから」

「っ、来るぞ!」


 中年の騎士が地面を蹴り、担いだ大剣で叩き潰すかのように男へと振り下ろす。しかしそれは地面を歪めただけで、男はふわりと宙へと身体を踊らせた。

 それを見越していたかのように、若い騎士が槍を投げつける。それは男の頬を掠め、一筋の赤い線を作った。


「武器を手放して、どう戦うつもりだ?あぁ!?」


 男は傷を拭い、若い騎士に挑発するように中指を立てる。


「なんの算段もなしにするわきゃねぇだろうよ」

「あ?……っ!?」


 宙に浮く男の腹に、戻ってきた槍が後ろから突き刺さる。貫通こそしていないが、腹を抉るように刺さっている槍は、簡単には抜けなさそうだ。

 身体が傾き、地面に落ちたところを、中年の騎士の大剣が叩き潰しにかかる。それはその重さも相まって、先程の倍の速さで振り下ろされた。男はそれを避けられず頭が半分ほど凹む。潰した大剣の下から血が飛び散るのが見えた。

 どうやらなんとかなったらしいと、中年の騎士が胸を撫で下ろす。確保する予定だったが、この際仕方がなかった。若い騎士も安堵したように頬を緩め、それに手を上げてやると。


「地の(スペル)、四の章。還りし命、形ある源、合わせ繋ぎて、ひとつに成らん。続けて風の(スペル)、一の章。凪いでそよぐは一迅の音、旋風と成りて切り刻め」


 潰したはずのそれから(スペル)が聞こえ、中年の騎士は反射的に後ずさりをしようとし。


「あ、れ……?」


 気づいた時には、自分の腰から下を眺めていた。

 それが、胴体から真っ二つにされたことで、地面に頭のほうが転がったと理解したのは、数秒遅れて倒れた自分の胴体を見てからだった。


「がっ、はっ……」


 なぜ、どうして。そんな疑問が沸き上がるが、もう助かりもしない自分がそれを考えたとてどうしようもない。

 ならばと、中年の騎士は男の足に縋りつき、少しでも時間を稼ごうとする。その意思を組んだ若い騎士が、悔しげに顔を歪めつつ背を向けるのを見、男は面白いとばかりに、歪んだ笑みを張りつけた。



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