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心配

 俺は確かに死を覚悟したはずだった。

 だが、その瞬間はいつになっても来なかった。

 古びた石階段に叩きつけられる代わりに、誰かが俺を受け止めたからだ。


 瞳を開くとそいつはいた。見覚えのある顔。さっき上っている時にいたコスプレ巫女だ。

 やはりというか格好は変わっていない。あの赤と白のヘンテコだ。だが、間近で見たそいつの瞳はひどく冷たい印象を受けた。


「お前が助けてくれたのか?」


 本当なら俺はただ済まなかったはずだ。けど、おそらくこいつが受け止めてくれたおかげでこの場に立っていられる。そのことには感謝しかない。


 だが、空中に投げ出された俺をたった一人で受け止めることができるものだろうか。

 古い階段で苔も生えていて、足場も悪い。下手したら……いや、下手しなくても一緒に転がり落ちる危険性だってあったわけだ。

 なのにこいつはどうして俺を受け止めようと思ったんだ。


「なぁ、お前は何者なんだ」


 俺の問いかけにそいつは何も答えない。いや、俺なんかはなから眼中にないようだ。俺を支えていた手を離し、静かに階段を上っていく。

 俺はその後ろ姿を見て急いでそいつの手をつかんだ。


「邪魔をしないで」


 そいつは冷めた目で、冷たい声で俺にそう告げてきた。

 やっぱりただ無視してただけか。なら幾らでもやりようがある。


「助けてくれたのには感謝している。だから忠告だ。ここから先に行くのは止めた方がいい」


 落とされたおかげで頂上は少し上に見える。どういうわけかアレはあの鳥居から先には来ていない。

 あんな奴と関わるなんて死にに行くようなものだ。実際俺は死にかけた。

 そんな場所に向かおうとしている奴を見かけたら止めるべきだろう。恩人で、しかも女ならなおさらだ。


「私の邪魔をしないで」


 そいつは俺の手を振り払うと、俺の目の前に刀を向けてきた。

 俺がもう少し顔を乗り出していたら黒光りするその刀身が当たっていただろう。


 それを俺に向けるそいつは俺なんて一瞬で消すことができるとでも言いたげに見える。実際、斬られたら一巻の終わりだろう。


 ったく。今日はなんて日だ。どうして一日に何度も死の危険を感じなきゃいけないんだ。

 これもヒイロがお使いなんて頼んでくるからだな。なんかきな臭いと思っていたんだ。


 しばらく俺が抵抗しないのを見て、そいつは刀を鞘に納めて背中を向けた。この先に行く意思は揺るがないらしい。

 離れていくその背中を見上げながら思う。俺は確かに忠告した。それをどう受け取るかはそいつ次第。

 だから、これ以上は俺のあずかり知らぬことだ。


 だがせめて。せめてこいつが無事でいられることだけ祈っておこう。

 なに。俺は毎日参拝している。なんなら直に神に食事を運んでいる。俺以上に神頼みに適任な者はそうはいないだろう。 


「あなたがこの先で何を見たかは知らないけど、あれを消し倒すのが私の使命。だから邪魔だけはしないで」


 階段の頂上に構える鳥居の中でそいつは立ち止まり、そんなことを言った。

 さっきまでの俺へ態度の理由の意味を教えてくれたのか? 冷たい表情はそのままだが、わりと律儀なところがあるらしい。

 まるで面識のない俺のことを助けてくれたぐらいだしな。

 だったら俺もまだ言いたいことがある。


「後でお前にも恩返ししてやるからな」


 今の俺ははっきり言って足手まといで、助けられた側だ。けど、それだけで終わらせるつもりはない。

 何があっても受けた恩は返す。それがけじめってもんだ。


 だから後で、俺が問題なく動けるようになったらこいつの願いも叶えてやる。あいつらと同じように。

 どうせ俺にはいくらだって時間がある。だからいつか、必ず恩を返す。

 俺に啖呵を切ったんだ。それまでは無事でいろ。


 俺の言葉に何も返すことなく、そいつは鳥居の先に消えていった。

 去りゆく背中には俺が持ち合わせていない強さが宿っているように見えた。



 さて、俺も帰るとするか。無駄に時間もかかったし、思わぬアクシデントもあったが、どうにかなった。

 だが俺は二度とこんなお使いをやるつもりはない。何があってもこの日より前には戻らないことにすることにしよう。こんな疲労も、怪我も、もうこりごりだ。


 陽が沈み一気に暗くなって行く中、しっかりと下の段を確認しながら階段を下っていく。

 上るよりはマシだが、怪我をした片足を補ったまま降りていくのはそれなりにきついところがある。万が一にも足を踏み外したらそれこそ一大事だ。せっかく助かったこの命、不注意で失うわけにはいかない。だからとことん慎重に降りていた。


 そんな時になって、俺のポケットに入れっぱなしの端末が鳴った。

 それはいつも通り、あいつからの電話だ。


『七詩! ったく。あんたどこ行ってんの』


 時計を確認する必要もなく、もう既に暗い時間だ。いつものように幸憂が俺を心配していると言ってきた。

 普段は時間を戻してこんな電話がかかってこないようにしていたんだが、今回ばかりはその手が使えない。


「悪いな。今帰るところなんだが、結構遅くなりそうだ」


 俺は詳しい事情を省いて、帰る時間だけを伝えた。階段を降りきるのはもうすぐってところだが、片足を補いつつ歩いていたらそれなりの時間がかかる距離がある。

 いつもなら幸憂が夕飯を用意してくれているが、恐らく俺は間に合わないだろう。いつも夕食は豪華だから、毎日の楽しみだったんだがな。仕方ない。今日は冷や飯を食べることとしよう。


『ふ~ん。足でも怪我してるの?』


 どうしてか在希は俺の状況を言い当てた。なんだこいつ。まさか俺をストーキングしていたのか。

 いや、まずそんなことはないだろう。けどなぁ。なんか腑に落ちないぞ。


「いや。そんなことはない。元気だ元気」


『しょうがないわね。迎えに行くから場所教えなさい』


 はなから俺の言葉なんて聞いてなかった。


 その後も色々とごまかそうとしたが無駄に終わり、俺は結局現在地を教えてしまった。

 あいつが迎えに来る……どういう風のふきまわしだ?

 未だにあいつが何を考えているのかわからなくなることがある。時計で時間を繰り返せる分、色々な反応を見ているから、それなりにわかってるつもりなんだがな。それだけあいつが型破りな奴ってことか?


「そういや……」


 ヒイロが言っていたことを思い出す。在希は予見の魔法が使えると。どんな感じかはわからないが、未来を見られるというなら、俺の今の状況を知っていてもおかしくはないのか。


 だが、それなら……。


「俺がやっていることにどれだけ意味があるんだろうな」


 あいつが持っている予見。そのままのことが実際に起こる。それはつまり、未来は決まっているということだ。俺が何度も時計を使っているのに、だ。

 俺は時計で最善の行動を選んでいるつもりだ。それで変わったことは幾つかあるはずだ。


 けど、もしどうやっても変えられないものがあるとしたら、俺はそれを受け入れられるのだろうか。

 例えばそう……大切な人の死とかだ。


 今日の出来事で俺は自分の死を直感した。人は簡単に死んでしまう。

 だから俺は後悔のないように生きている……つもりだ。


 けど、それは時計を持っている俺だからできることで。例えばあいつらにはそれができない。

 もしかしたら俺があいつらに願い事を聞いたのは、ただの恩返しという意味だけでなく、あいつらに後悔したまま終わって欲しくないせいなのかもしれないな。


 だったらなおさらだ。

 俺はもっとあいつらのために行動するべきだろう。何度だって時計を使って。いつか来るかもしれないその日を受け入れられるように。


「それでいいんだろ? あの手紙の差出人さんよ」


 俺に指令を出すあの手紙を書いたのは誰だかはまだわからない。けど、そこに悪意はないとは思う。

 だからいつか会いたいと思っている。そして聞きたい。どうして俺に手紙と時計を託したのかを。そうして俺に何をさせたかったのかを。

在希「南の社って……遠いんだけど」

七詩「別に来なくていいぞ。俺は平気だ」

在希「待ってなさい。急いでいくから」

七詩「いや、街灯もない上に暗いから待ちたくないんだが」

在希「幸憂。夕飯遅めにして」

七詩「おい、聞けよ」

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