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南の社

 あらすじやタグをちょっと整理しました。

 あと、今回から後書きはちょっとしたオマケになります。

 一時間ほどかけて歩いた後のことだ。ようやく奴に頼まれたお使いの場所が見えてきた。まったく。いくら俺がヒマしているからって人使いが荒くないか。


 実は一回断ってみたが、それはそれは恐ろしい力で頭を爪で捕まれた。奴の爪は鋭い上に腕力もかなりあるんだよな。身体も体格も顔も幼い癖に。額から流れる血を見た時点で時間を巻き戻して二つ返事で了解してやった。


「んで、ここか」


 俺が来た場所は街の最南端。この壁を上っているような錯覚を憶えるほどの急な石階段を上った先にある小さな社で水を汲んできてほしいというものだった。


 水なら水道から出るものがあるじゃないかと言ったが、それだと浄化されていないらしい。

 だったら神社の参拝用にわき出ているアレを使えばいいと言ったら理不尽にも爪を見せびらかされたので、結局どうしてここに来なければならなかったのかはわからないままだ。どうせただの思いつきなんだろうが。


 しかし、どうしてわざわざこんな階段を作ったんだ。歩きづらくてしょうがない。さらに誰も使っていないのか大量の苔が繁殖していてさらに上りづらい。この街の連中、どんだけ信仰心薄いんだよ。

 うちの神社も常々ひどいもんだと思っていたが、ここと比べれば遙かにマシだろう。

 だが、ここまで来た以上、手ぶらで帰るわけにはいかない。どうせ今日帰っても明日行かされることだろう。だったら一度に済ませた方がいい。


 しかし、俺の意思に反するように、一向に頂上は見えない。小さい社とは聞いていたが、昔の人はどうしてこんなところに作ってしまったんだ。行かされる俺の身のことを考えてくれよ。


 時計を見ると上り始めてからまだ十分も経ってなかった。けどすっかり疲れた俺は階段に腰を下ろして休憩する。行ってこいとは言われたが時間指定はされていないからな。あくまで俺のペースで歩いていいはずだ。幸いまだ昼過ぎで暗くなるのはずっと先だ。

 さすがにこんな場所に街灯はないし、夜は真っ暗だろう。急ぐつもりはないが、かといって遅れるのも良くない。適当に休んだらまた続き歩み始めよう。


 そうして何気なく上ってきた道を眺めると、ひとり、上ってくる人がいるのを見つけた。こんな場所を訪れる物好きが他にいるなんてな。


 そいつは白と赤の装束に身を包んだ女だった。もしかして、巫女ってやつか。小さくても社があるらしいし、いてもおかしくないか。

 むしろ、うちの神社にそういうのがいないというのがおかしいのかもしれない。まぁ、やるとしたら在希ぐらいしかいないが。ああ、あいつこういうのも似合わなそうだな。


 と、そんな巫女だが、何も言わず俺の隣をすり抜けて普通に上っていった。慣れているのだろうか。俺より健脚なのかもしれない。

 だが、そんなことより気になったことがある。


「あれ……刀だよな」


 家の床の間や、社の中で飾られているのを見たことがある、細長い刃物。鞘に入ってはいたが、そいつはそれを腰に携えていた。

 巫女ってのはそんなものを持ち歩くものなのか? 比較対象がいないからわからない。

 しかし、何にも楽しみのないお使いだと思っていたが、面白そうな発見をしたものだ。


「追いかけてみるか」


 休憩を終えて立ち上がり、また階段の上を向く。頂上は遠そうだが、楽しみがあるだけさっきよりも気力はある。これなら行けそうだ。


「しかし速いな」


 あの巫女はかなりの速さで階段を上っている。やはり健脚なのだろうか。だとしたら少しイメージと違うんだが……まぁ、刀を持っている時点で同じようなものか。

 俺は彼女を追いかけるように、しかし足は踏み外さないように階段を上っていった。



 それから十分ぐらいでどうにか階段の頂上にたどり着いた。その頃にはもう足はクタクタで、さっそく休憩をとりつつ周囲を見渡した。

 周囲の竹や針葉樹が好き勝手に伸びる林の中にあの巫女の姿はない。社もなく獣道みたいなのしかないが、まさかここを辿れということだろうか。どうやら道はまだまだ長いらしい。

 一応、彼女の足跡は残っているから、まぁ道に迷うことはないだろう。日陰で薄暗いおかげで暑さも大分マシだった。


 休憩を終えて周囲を見つつゆっくり歩くと崩れた石像みたいなのが幾つか見える。階段の感じもそうだし、ここも長年放置されているのだろうか。


 一色に聞いたことがある。この街の人々は神への信仰が薄いと。神社に人がいなくて、所々古くなっているのはそのせいだ。

 それでいて厄介なことがあったら神頼みに来たり、神のせいにしてきたりと、それはひどい扱いだそうだ。

 だからって蔑ろになんてできないから一色は社に籠もってこの街を常に見守っている。俺にできることは外であったことをあいつに話してやるか、こうして言うことを聞いてやることぐらいだ。賽銭もそんなもんだろう。


 しかし、ここの社は分社だと聞いた。管理人がいないとも。だとすればあの巫女は何者なんだ。まさか、あれが例のコスプレとかいうやつなのか。



 数十分歩いた頃だろうか。林の中に建物らしきものを見つけた。らしきと付けるのは、あまりにもボロボロで崩れかけているからだ。床下から竹が貫いているし、いつ倒れてもおかしくないぐらい大自然と同化してしまっている。

 ここまで来ても巫女の姿は見えない。もっと奥があるのだろうかと思ったが、これ以上行くと迷いそうだからやめておいて、俺は当初の目的を果たす。


 社の傍に何人も乗れそうな大きな岩がある。どうしてか昔からそこは清い水がわき出るらしい。見てみると涸れてないようでしっかりとわき出ている。

 そこに水筒を置いて水を入れていく。わき出る量があまり多くないため時間がかかりそうだが、まぁ、日が暮れる前にどうにかなるだろう。

 それまでは……本でも読んでいるか。


 この時計、時間を巻き戻すことはできても、先に進めることはできないんだよな。なんというか、微妙に不便だ。だってそうだろ。戻ったところまでたどり着くにはそれだけ時間をかけなきゃいけないんだ。何年も戻ったならそこまでまた何年もかかる。考えるだけでも辛い。



 そうして本を読み終えたあたりで丁度水筒がいっぱいになった。しっかり蓋をしめて、空を見る。もうすでに陽が傾きかけている。これは急いだ方がよさそうだ。暗い中あの階段を下りたくない。


 そうしてその場を離れようとした時、近くの草むらから音が聞こえた。なんだ、あの巫女はまだいたんだなと思ってそっちを確認すると、薄暗がりの中それは飛び出した。



 人ではなく、動物であることはひと目でわかった。犬にしては大型だし、狼か? これだけ自然豊かなんだから、いてもおかしくはないか。

 それはじりじりと俺の方に寄ってきた。人慣れしているのだろうか。


 別に俺は動物が嫌いではない。特別好きではないが、撫でるぐらいならしてやってもいい。

 手を伸ばして噛まれそうだったらすぐに引けばいいんだ。


 そうして俺はそいつを撫でてやろうと思って手を出そうとしたところで突然、違和感に苛まれた。

 その違和感の正体は影だ。夕暮れの林の薄暗がり、木々の間から入り込む淡い光が作るそいつの影はそのままの姿を映してくれない。四足歩行の背中から幾つもの何かが伸びて揺らめいていた。


 伸ばしかけた手を引き戻し、そいつから離れる。

 見かけは薄灰色の大型の犬。しかし、よくよく見てみるとそいつの瞳に光はなく虚ろな目で俺を見ていた。


 嫌な感じだ。

 関わってしまうと俺の身が危ない。ここは逃げるべきだろう。


 俺はそいつに背を向けて、一目散に逃げ出した。


「ちっ。やっぱり追ってくんのかよ!」


 林に響く俺の駆ける足音と、そいつの足音。俺は死にものぐるいで走っているのにいくら経っても距離は離れてくれない。

 早く撒きたいんだが、いかんせん足場が悪い。上ってきた階段がある方向を見失わずに走るので精一杯で、突き出た枝で腕に何度も傷がついている。


 それでも今はまだ足下が見えるだけマシだ。もう少ししたら陽が完全に沈みきる。さすがに月明かりでここを走るのはご免だ。

 それまでに、絶対、階段まで走るんだ。


「……見えたっ!」


 身体が限界を訴え始めたころになってようやく階段が見えるところまで来た。

 あと少し。あそこを降りれば街に出る。あいつの縄張りがどこまでだか知らないが、街まで追ってくることはないだろう。それでやっとこの追いかけっこも終わる。


 そんな希望が出始めたところで、俺は何かに足をひっかけて転んだ。なんとか頭を打つのは避けられたが足をやってしまった。


「くそっ……」


 動きづらい右足を引きずりながらも動く。直接確認はしていないが結構な血が出ているだろう。

 痛みはひどい。だが、アレに追いつかれるよりはマシだ。

 俺にはまだ、やらなければいけないことがあるんだ。


 やらなければいけないことって何だ?


 ふと頭に浮かんだその言葉を思い返す。そんなもの、俺にあったのか?

 俺が持っていない記憶の中にそれがあるのか?

 わからない。けど、ひとつだけわかっていることがある。ここで死んだらどっちにしろ叶えられない。だったら足掻くしかないだろう。



 階段までたどり着いて後は降りるだけ。そうなった瞬間、俺は背中を押された。アレに攻撃されたのだとすぐにわかった。

 そうして俺の身体は空中に投げ出された。急な階段、俺がどんなに運動ができても、ここに綺麗に着地することはできないだろう。

 俺は死を覚悟して、次の瞬間に来る衝撃に備えた。

一色「動物は好きか?」

七詩「長い耳と角が生えている奴は苦手だ」

一色「どうしてだ」

七詩「撫でられないだろ」

一色(撫でるのが好きなのだな)

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