なんて書けばいいのかな
今回は視点が違います。
「お前の願いを七つだけ叶えてやる」
あいつからこんなことを言われた。
あたしは正直あっけにとられた。それはあまりにも突飛な出来事であったのもあるし、なによりなんで上から目線で言われなければならないのかがわからなかったから。
「なんなの、あいつ」
寝転がりながら足で布団を叩く。ポスポスと子気味良い音が鳴る。強くかかと落としをくり出すと、ボフッと大きな音が返ってきた。
ホント、あいつは何を言ってんだろう。初めて会ったその時から意味不明な雰囲気をまとっていたけど、ここまでひどかったっけ。もう少しまともだった気がするんだけど。
『人の布団を叩かないでください』
天井の明かりを見るあたしの視界を細い字が書かれたメモが遮る。
あたしがやっていることを止めさせようとさせていることはわざわざそんなメモを読まなくてもわかってた。
幸憂はあたしのひとつ下の弟。産まれた時から知ってるんだから、考えてることぐらいわかって当然。
でもこれはいいの。だってこれはあいつの布団だし。埃がたまってるのをわざわざあたしが掃除してやってるんだから、多少のストレス解消には目をつむって欲しいものね。
連続でかかとを落としてみる。連打だといまいちいい音は鳴らない。楽器としては微妙ね、この布団。もっと叩けば鍛えられる? ならあたしが飽きるまでやるわ。
『姉さんはどんな願い事をしたんですか?』
うん? 幸憂が聞いてくるなんて珍しい。普段は必要最低限ぐらいしか筆談しないのに。
まぁ、もしこの子がおしゃべりだったらうちは今頃メモ帳の切れ端で埋もれてるだろうけど。
それはそれで飽きない日々がおくれそう。
「あたしの願い事は……」
途中まで言おうとして、やっぱりやめた。なんとなく言いづらい。この子、あいつにかなり懐いてるみたいだし、あいつを困らせたい一心でやった願い事だってことを知ったら絶対怒る。
この子、見た目は穏やかそうだから怒っても大したことはないんだけど、問題はうちの料理当番がこの子に一任されていることなのよね。
確かに料理は上手だし、リクエストにも応えてくれるんだけど、怒ったときだけは別。人が嫌いなものをとことん混ぜ込んでくる。
別に一食分ぐらい抜いたところでどうにでもなるけど、食べないなら食べないですごく寂しそうな顔をするもんだから見てて辛くなる。
結局いつもあたしが折れることになる。まぁ、だいたいあたしが悪いんだけどさ。
「……秘密」
とりあえずここは秘密にしておくとしよう。きっとこれが一番無難な答え。幸憂のことだからこれ以上詮索はしないはずだし。
『姉さん……』
なんかすごい怪訝な顔をされた。こらっ。実の姉をジト目で見下ろさないの!
というか、どうしてここまであいつに固執するのか。あたしはあんたの実の姉よ? まだ会ってから半年そこらしか経ってない居候より信用無いわけ?
「幸憂。あいつのことどう思ってる?」
ふと、どうしてこの子があいつに懐いてるのか気になって聞いてみた。話題を逸らす理由もある。
あたしの質問に対し、幸憂はかなりうなった。と言っても声は出ないけど。ただ唇に左手の人差し指を当てつつ、右手のペンでメモ帳に何かを書こうとしては止めて、空中に何かを書いていた。
この子は考えがまとまらない時、よくこんな動きをする。たぶん今回もそう。けど、そんなに悩むこと?
幸憂の答えが出るまで時間がかかりそうだからあたしも考えてみる。
あいつのことをどう思ってるのか。
うざい。なんか上から目線っぽくてうざい。
居候。なんかやたらと態度がでかい。
あとは……よくわからない。
これはあたしがそう感じるだけじゃなくて、あいつ自身もそうだと思う。記憶がなくて、なにをすればいいのか誰も教えてくれない。
そんな中であたしが名前を与えて流れるままここで居候することになった。
あいつ自身、自分がどういう存在なのか、何をしたいのか……そういうことがわかってないんじゃないかと思う。
ひょっとして、昨日あんなことを言い出したのはそれが理由?
ダメ。考えれば考えるほど面倒くさくなる。あたしはこういうのが好きじゃない。もっと直情的に、深いことなんてなにも考えずに生きていくの!
「ん? 答え出た?」
幸憂が折ったメモの切れ端を渡してきた。開かないと中が見られない。
そして、メモを渡すなり部屋を出て行った。そろそろ夕飯の準備をする時間だから、きっと台所。
あたしは今はヒマしているけれど、これは休憩。なにせ学園に行くという重労働を終えてきたわけで身体を休めるのは当たり前の権利。
決して料理が得意じゃないからやらないわけじゃない。あたしだってレシピを見れば人並みにはできるはず。
まあ、そんなことはさておき、幸憂がどんな答えを出したか。
あれだけ悩んでたんだし、きっと愉快な答えなはず。
けれどもあたしはそのメモを開いて中身を読んだ瞬間、これをあいつが決して読むことができないよう、びりびりに引き裂いた。
『兄だったらいいなって思っています』
布団でリズミカルな音を奏でつつも、なんか納得した自分に腹が立つ。
はぁ、こんな気持ちになったのはあの子の姉をやってきて初めてだわ。
とりあえずあいつが帰ってきたら「幸憂の兄にだけはならないで」と願い事をしておかないと。残りの願い事の回数は何回だっけ?
まぁ、気にしなくてもいっか。なんでもって言ってたから「あと七回叶えて」と言っても聞いてくれるでしょ。
「そういえば、まだあいつ帰ってこないのね」
いつもどこにいるのかわからないけど、どうしてか見透かしたように先に帰ってきていて、いつもいつも変な話題をふってくる。昨日のは変ってところじゃなかったけど。
記憶がないとかそういうの、正直あたしにはよくわからない。
ただ、半年間一緒に過ごしてきて感じたのは、あいつには全くと言って悪気はないこと。それがたぶんあいつとあたしの違い。あたしがあいつを気に入らないのは、きっとそれのせい。
あの子はそれがわかってるから、あいつに懐いたの?
「そっか。妬いてるってこれを言うのね」
長年過ごしてきてわかってることもあれば、わからないこともある。
けれど、あたしはそれじゃいけない。だって、あの子のたったひとりの姉なんだから。
とりあえず今はあいつが帰ってくるのを待たないと。メールでもした方がいい? なんて書けばいいの? 早く帰ってきなさいって?
どうしてあたしがそんなことを書かなければいけないの。まるであたしが心配してるみたいだし。
そうね。ここは電話にしよう。理由は「幸憂が心配している」ってことで。
嘘は言ってない。あいつが帰ってこなかったら、きっとあの子は心配する。
あたしは端末を手にとって、電話帳に登録してから全く使ってなかったあいつの番号に電話をかけた。
家は基本的に和室で畳、食事もちゃぶ台で食べているという設定です。
私は普段ベッドで寝ているので、布団で寝ると視点が低くて落ち着かなくなります。