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またその人と出会う

 それからしばらく縁側で過ごしていると、いつの間にか陽の光が変わってくる。そろそろ夕方か。あいつも学園から帰ってくるだろう。

 幸憂は俺がやった本を持って自分の部屋に戻っていった。あまり部屋から出たくないらしい。そのことについて俺はなにも言わない。詳しい事情を知っているわけでもない部外者だからだ。あいつらも、触れられたくないことだろうしな。


 手に取った時計を夕陽にかざす。金属の表面が光を反射して眩しさを感じる。

 どうして俺はこの時計を拾ったんだろう。その問いには誰も答えてくれない。

 あの本の主人公のように俺にも何かするべき使命というものがあるとしたら、それはきっとあの手紙に従うことなんだろう。だとすれば俺は今のところ問題なくできている。


 だが、それだけでいいのだろうか。時々不安になる。

 だから俺は、やりたいことを決めた。思い立ったのが春の終わりのことだったから、夏を丸々使ったことになるが、後悔はしていない。


「ただいま~」


 カラカラという玄関の音と共に、聞き慣れた声が響く。

 それに俺は当たり前のように「おかえり」と返す。


「なんだ。あんた家にいたの」


 時計をポケットに隠し、縁側の席であいつがやってくるのを待つ。丁度向かいの席が空いているおかげであいつはそこに座った。


「またどっか行って後で帰ってくんじゃないかと思った」


 ご名答。だが、残念ながらその未来は選択しなかったことにした。今の俺はしっかりと家を守っている。

 こうして家にいる分には何も文句ないだろう。


「なぁ、在希アキ


 幸憂とそっくり、けど長くて艶やかな黒髪は見分けるのには十分な姉。こいつが記憶の無い俺を拾い、七詩という名前をくれた、在希だった。

 あの時のことは、一度だって忘れたことがない。


 そんな彼女に、俺はあることを投げかける。


「お前の願い事を七つだけ叶えてやる」


 それを聞いた在希は固まった。唖然としたようだ。

 ふふふ、そうだろう。まさか俺がこんなことを言うなんて思ってなかっただろう。


 別に七つというのには深い意味はない。ただ俺の名前に七があったのが理由だ。こいつが付けてくれたものだしな。

 それにどうやっても叶えられないような不可能な願い事はなしだ。あくまで俺が努力すれば叶えられそうなもの。まぁ、時計がある分、普通の人間にはできないこともやるかもしれない。


「ふーん。どんな目論見があんのか知らないけど」


「おい。俺は純粋な善意で言ってるぞ」


 だから人を胡散臭そうな目で見るんじゃねぇ。


「わかった。何でもいいのね」


 そう言うと在希は考え出す。別にすぐに考えなくても後でも聞いてやるつもりなんだが……まぁ、いいか。

 しばらくかかりそうだから、冷凍庫からアイスをとってきて渡した。

 在希はそれをチロチロと舐める。いつもならかぶりついてあっという間に食べるくせに。それだけ考えてるんだろうか。


 何分もかけてそれを食べ終わったあたりでようやく考えがまとまったのか、答えを出した。


「明日を見つけるのを手伝って」


 それがあまりにも突拍子もないものだったから、俺は胡散臭そうな目を返した。悪いがお返しだ。


「なんだそれ。謎かけか?」


 はっきり言って意味がわからない。抽象的すぎると言うべきか。仮にこれを神頼みしたとしたら、神様は困惑するだろう。


「別に。それで、手伝ってくれるんでしょ?」


 席を立ち、完全に夕陽が落ちきって暗くなった部屋に明かりを灯しながら、在希は俺の方を向いた。


「あ……ああ。わかった」


 願いがなんであれ、叶えると言ってしまったのは俺だ。意味はわからないが、とりあえずやるしかないだろう。

 夕飯のために台所へ向かった在希を追いかける。



『後悔をなくすために』


 手紙の最初にはこんな一文があった。

 俺の持つ時計は時間を巻き戻せる力がある。

 その力は様々なことに使える。良いことにだって、悪いことにだって。

 たぶん、俺が何をしたって、そんなこと誰も気にとめないだろう。

 だから俺はやりたいことを決めた。悩み悩んで、半年もかかったが。


 俺は、恩人たちの後悔をなくすためにこの時計を使おう。

 それはきっと、俺にしかできない、あいつらへの恩返しだ。

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