それは秋の始まりのこと
連載小説始めました。
できる限り毎日投稿していくつもりです。
青い空、白い雲……そんな天気の良い日に何をするか。無駄に元気な行動派な奴らは外で遊ぶだろうし、親もそうやって健やかに育つのを望むのだろう。インドア派の連中は知らん。年中やってることそう変わらないだろ。
そんなことを言う俺はもちろん外出している。通い慣れた公園でベンチに座り、本を読んでいる。わざわざ外に出てまで本を読むのかと言われればそれまでだが、意外とこれが落ち着くものだ。自然の音を聞き流すのがいいんだろうか。専門家でもない俺にはよくわからない。
読んでる本は古本屋で買ってきたやつだ。ジャンル分けもされずに値段で陳列されている中から適当にとってきたもののせいで、読む日によって内容が全く異なる。別に中身は気にしていない。ただ何か読めればそれでいいだけだ。さすがにシリーズものの二巻目とかになったらまるで話についていけずに投げるが。
しかし、まぁ、夏が過ぎたばかりのこの時期はまだ暑い。もう少し薄着で出てくればよかった。
けれどここから家はそれなりに距離がある。はっきり言って着替えるためだけに戻るのはだるい。だから気にしないことにした。
本に指を挟め、自販機で買っておいた缶コーヒーに口をつける。残りのページは……もうほとんどないのか。クライマックスなのはわかるが、このままだと伏線も回収しきれずに終わりそうだが、果たしてどうなるか。
時計を見るとまだ二時を過ぎたくらい。今日はこの一冊しか持ってきていない。このままだとすぐにヒマになりそうだ。
どうしたものかと公園の中を見渡すと、三人組の少年たちを発見した。見知った顔だ。小さい奴と、ノッポな奴と、少し丸い奴。話したことはないが、夏休み中もよくこの辺で遊んでいるのを見ていた。ちょこちょこ動いて騒がしいがやかましいってほどでもない普通の子供。
いつもはボール遊びやおいかけっこ、あとたまにカードゲームやらをやってるのを見るが、今日はアキ缶を蹴って自販機の隣のゴミ箱に入れる遊びをやっていた。
観察してみるとノッポな奴は缶を上手く蹴り上げられずゴミ箱に直接ぶつけている。
一見して運動ができそうな小さい奴はまさかの空振り。そういえばサッカーとかも苦手そうにしていたっけな。
意外にもできるのが丸い奴だった。何度やっても必ずストンと入って得意げになっている。おお、俺は今お前を褒めてやりたい。
と、そんな俺の視線に気づいたのか少年たちがこっちを向いた。しかし俺はその前に本を開き、いつものポーズをとっている。少年たちよ、まさか自分たちがいつも観察されているとは気づいていまい。
その後再び始まった少年たちがまたゴミ箱に缶をぶつける小気味良い音を聞きながら、俺は本の残りを読み進めた。
無事本を読み終わった後、俺はまた周囲を確認する。あの少年たちはもう帰ってしまったようだ。他に遊んでいる子供も、長すぎる世間話をしているヒマそうなおばさん方もいない。
よし、俺の番だ。
とっくに飲み終わっているコーヒー缶を地面に置いて、しっかりゴミ箱に狙いを定める。缶蹴りなんてやったことはないが、あんな丸い子供に簡単そうにできたことだ。俺にだってできるはずだ。
蹴り上げると共に柔らかい缶は歪み、ゴミ箱に向かって飛んでいく。その軌跡を目で追っていく。缶はあまり時間もかけず小気味良い音を鳴らした。
しかし、缶は放物線を描いてゴミ箱に入ったのではなく、ただ地面すれすれをまっすぐ飛んでいってゴミ箱の側面にぶつかっただけであった。くっ。まさかあのノッポと同レベルのことになってしまうとは。
だが、まだ一回目だ。何も俺も初めからできると思っていない。きっとあの丸も相当に練習したはずだ。おれは丸の才能ではなくその努力を褒めたいと思ったんだ。
その後も何度も挑戦してみたが、綺麗にゴミ箱に収まってくれることはなかった。縁にぶつかってなんとか中に入ったことはあったが、あんなものは認めない。ストレートに入ってこそなんだ。
と、また新たな缶を用意して定位置にセットしたところだった。ポケットの中から着信音が鳴った。俺はまだ諦めるわけにはいかないんだが、やかましいから端末を手に取った。
「あー、もしもし……」
『七詩! ったく、あんたどこ行ってんの』
電話に出ると着信音よりもさらにやかましい声が聞こえてきた。まぁ、どうせ俺にかけてくるのなんてこいつぐらいしかいないから、わかっていたことだが。
「どこって、公園」
前々からヒマな時はいつも公園に行っている。俺が家にいない時はそういうものだといい加減理解して欲しいものなんだがなぁ。
『とっとと帰ってきて。幸憂が心配してんの!』
心配って……な。俺は子供じゃないんだぞ。別に迷子になって帰れなくなるとか、誰かに攫われたとか、何かの事件に巻き込まれて動けない状況だとか……こんなご時世でそんなことはまずないだろ。
「あぁ……まぁ、わかった」
だがまぁ、現実はどうであれ心配をかけて良い気はしない。とっとと帰るにこしたことはないだろう。
電話を切った俺は再び缶を見据える。せっかく用意してそのままにはしておけない。助走をつけて蹴り飛ばした。缶はあらぬ方向へ飛んでいった。
「さて、戻るか」
ポケットに手をつっこむ。さっきの携帯端末が入っている方じゃない。反対側のポケットだ。
取り出したのは懐中時計。右手に持って蓋を開けると、幾つもの歯車が干渉し合って時を刻んでいるのがわかる。
今の時刻は夕方の四時を過ぎたあたり。リューズを引いて回し、針を左回しにしていく。そうして四時間ほど戻したあたりでリューズを押して瞳を閉じる。
再び目を開いた時には、夕暮れの空は青色に戻っていた。俺が読んでいる本の影で、あの少年たちもまた缶を蹴っている。変わらない景色だ。
本を閉じてベンチから立った俺は飲み終わった缶をゴミ箱に放り投げる。手首のスナップをきかせたおかげか綺麗に放物線を描いて小気味良い音を響かせる。一躍少年たちの注目を浴びるが、そんなことは気にしない。俺は早く帰らないと心配されてしまうからだ。
『もし時間を巻き戻せたら、なにをする?』
さっき読んだ本の中でこんな言葉が出てきた。同じような言葉を、もう俺は何度も聞いている。そしてその度に、俺は何度だって同じ言葉を返す。
『後悔だけはしないように生きる』
物語の主人公のように、世界を救うなんてことをするつもりはない。ただ俺は、俺を拾ってくれたあいつらに恩を返したいだけだ。
きっとそれが、俺がこの時計を持つ意味だからだ。
俺は何度だって繰り返す。
二度と後悔しないで済むように。
時計の時間合わせるやつって、リューズと呼ぶらしいです。