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建国

 終戦を宣言してから数日が経った。その間にしたことは軍を使って、民たちへの炊き出しだったり、負傷者や重病人を治療、亡くなったものや失踪者の確認など多岐にわたるものだった。そこで分かったのだが、魔族が対価として連れて行った者が王弟だけではないことが分かったのだ。地方領主だったり、王城に務めていたりした者など王弟に近くにいた者たちは全てのようだ。その者たちの屋敷などに調査に入って、王弟との関係性を確認もしているので間違いはないだろう。


 彼らを除外すると、失踪者はほとんどいないことになったのだ。もっとも戸籍などに不備が多いため、確認しただけでも数十万人の人口が増えてしまった。王弟が王国を支配するようになってからの新生児については、全く記録されていなかったようだ。つまり、五百数十万人が一度に公国の民になったということだ。さぞかしゴードンは頭を悩ましている頃だろう。幸い、まだ作物は作れる時期だ。なんとかなるだろう。


 王都では破壊された中心街の瓦礫の撤去などが行われていた。王城は消失してしまったので、ライロイド王は王城の次に大きな施設である教会で執務を取っているようだ。そして、今日、ライロイド王と今後のことについて話し合いの場が持たれることになった。主に領土についての話がほとんどだろう。それに公国と王国の関係もだ。


 この話し合いにはレントーク王のサルーンも同席にすることになっている。本来であれば連合軍の一国、サントーク王にも同席してもらいたかったが、体調を理由に辞退してきた。そして全ての権限を僕に譲渡してきたのだ。確かにサントーク国は公国の傘下に入ったが、もう少し王には仕事をしてほしいものだ。


 初めて王都の教会に足を踏み入れた。なるほど。立派な建物だ。ガラスをふんだんに使っているだろう。光の屈折を上手く利用した空間はそれだけで一つの芸術品のような品格がある。その奥の一室でライロイド王は執務を取っているようだ。その部屋に向かうと、なんとも粗末で物置小屋のような部屋だ。その中に机が置かれ、いくつかの書類が机の上に積まれていた。


「ライロイド王よ。体調は随分と良くなったかな?」


「おかげさまで。今は仕事が楽しくてしょうがありませんよ」


「それは良かった。さて、今回はこの戦についての話だ。ここにレントーク王のサルーンも同席し、話し合いをしようと思う。もちろん、今日だけで話を決めるつもりはない。我々はまだしばらくはここに駐屯することになるからな。ゆっくりと話そうではないか」


「そうですね。僕もロッシュ公とは話をしたかったですから。でも、この話は早く終わらせたいものですね」


 そういって、ライロイドは数枚の紙を取り出し僕達に手渡してきた。その内容はまさに今回話すべき内容だった。そして、王国として……というよりライロイド王の意見が書かれていたのだ。しかし、この内容は……。サルーンも何度も紙を読み返しては、唸っている。


「改めて僕の方から説明させてもらいますね。アウーディア王国としては領土の大半を連合軍参加国に割譲します。王国には王都より西の土地を残していただければ言うことはありません」


 これが驚きだ。アウーディア王国の領土は広い。公国の四倍はあるほどだ。これの殆どを放棄するというのだ。


「もはや王国は存在しません。王国の民も一万人まで減ってしまいましたから。彼らを食べさせるためにも領土は少しは必要なのです。ですから西の土地だけでもと思いまして」


 西の土地か……折角なら公国領に隣接した場所に土地を求めたほうが良いのではないのか? はっきりというと公国の領土から一歩外に出れば荒廃した土地だ。そんな土地で農業を始めても、いくらも作物は採れまい。それならば公国から堆肥や肥料を運び込み、土地を豊かにするほうが良い。それに食料も手に入れやすいだろう。先々を考えるのならば、西の土地など僻地に行く必要性はないだろうに。しかも、王都より西は山岳地帯だ。耕作できる土地も少ないだろうに。


「なぜ、西の土地にこだわるのだ?」


「それは……アウーディア王国の初代様が祀られている墓があるのです。せめて王国をなくしてしまった私が供養をしてやりたいと思いまして」


 そんな場所に墓が。なにか、王国にとって意味のある土地なのだろうか?


「僕には分かりませんが、一説にはアウーディア王国の発祥の地だとか。といっても僕も知らなかったんですよ。ルドベックお兄様に教えてもらっただけで。本当に自分の無知には恥ずかしいばかりです」


 なるほど。この事か。ライロイドがルドに頼んだことというのは。自分のこれから住む場所を探していたのだな。しかし、そうはいっても西の土地とはな……。まぁ、やってみるのもいいかもしれない。意外と常識外の事のほうが上手くいくことがあるかも知れないな。


「サルーン、どう思う?」


「私に異論はありません。少し驚きましたが。領土については我らは一寸の土地も求めるつもりはありません。元々無くなっていたかも知れないレントークの土地だけあれば十分ですから。全ては公国に帰属させるのが宜しいかと」


 ふむ。これについては僕が首を縦に振れば問題は終わりだ。もっと紛糾すると思っていた話だったのだが。僕は了承をした。次の議題は公国と王国の関係だ。


「僕はアウーディア王国が保有する全ての財産を公国に譲渡します。そして、公国の属国とならせて頂きたいです。そして、僕はこれから新たな国を興すつもりです。アウーディア王国の発祥の地で再出発することになりますね」


 ふむ。僕は頷いた。もはや王国には力はない。そして新たな国となるというのであれば、それを支援するのもいいだろう。その方がこの大陸の大地が蘇る日も近くなるだろう。


「分かった。しかし、裸一貫で新天地での興国は至難の業だ。何らかの援助はしたいと思っているが、それは受け取ってくれるのだろう?」


「もちろんです!! 公国の知識や道具を是非とも頂きたいのです。ロッシュ公にも色々と教えてもらいたいのです」


 随分と欲張りなことを言ってきたな。


「構わないぞ。なんなら住民の一部を公国に派遣すると良い。それで技術を学び、新天地に活かしたほうが良かろう。レントークも同じことをしているからな。文句はなかろう」


「義兄上。私は文句なんて言うつもりはありませんよ。それで新たな国に名前はあるんですか?」


「義兄上……いい響きだな。ロッシュ公は考えてみれば我が姉上の夫。つまり義兄となるわけですよね。折角なので私も義兄様と呼ばせてもらっても宜しいでしょうか?」


 む? まぁ構わないが、無視されたサルーンがちょっと嫌な顔をしているぞ。


「ちょっと待ってください。いきなり現れたライロイド王が義兄上を義兄様と呼ぶのは不敬ではないですか? もう少し親睦を深めてからにすることが定石かと思いますが?」


 そっちか。なんでこんなところで僕の呼び名で喧嘩になってるんだ?


「二人共やめろ。僕はどっちでもいい。実際、ライロイドは義理の弟に当たる存在。間違いではあるまい。それでサルーンが聞いたことはどうなんだ?」


「国の名前ですか? まだ決めておりませんがアウーディアを名乗るつもりはありません。その国は消滅してしまいましたから」


 勿体無いと思ってしまった。アウーディア王国という名前は、この大陸では知らぬものはいないだろう。歴史もあり、大陸の覇者として十二分な力を有していた大国だ。それを捨ててしまうとな……。


「義兄様。それで頼み…・・というよりも僕の願いなのです。王を名乗っていただけないでしょうか? そして公国ではなく王国と改めていただけないでしょうか?」


 ん? なんで変えないといけないんだ?


「もはやイルス公国は他に並び様のないほどの大国です。それが公国というのは変な話です。そもそもレントーク王国が公国の傘下などおかしな話。なにゆえ、公国を名乗っているのです?」


 公国は辺境伯領を独立するときに名乗った名前だ。確かに王国を名乗るという選択肢もあったが、当時アウーディア王国の勢いは強く、新生の国など簡単に葬り去る力があった。なるべく目立たない方法を考えた末に出されたのが公国ということだ。


「それならば、もはや公国にこだわる理由はないわけですね」


「まぁそうなるなかな」


「どうか、お願いです。イルス王国と改名し、ロッシュ王としてこの地に君臨していただけないでしょうか?」


「それは私の方からもお願いしたいと思います。それがおそらく万民の願いかと」


 二人が頭を下げるように頼み込んできた。公国という名前に愛着はある。それゆえ手放すことに躊躇があるが、王国と名を変えることで皆が喜ぶというのならば……。


「分かった。万民の願いというのならば、公国を改め、王国としよう。国名をも少し変えよう」


「国名も……?」


 新たな国名を決めた。イルス=アウーディア王国と。アウーディアという名前は捨てるべきではない。きっと初代様と呼ばれる人物は自らが作る国に対して様々な夢を抱いていたはずだ。それを僕が継承する。そしてイルス公国の想いも新国名に刻むのだ。


「ありがとうございます。義兄様。アウーディアの名前を残してくださるのですね。これで安心して、新天地に赴くことが出来ます」


 これでほとんどの話し合いは終わりだ。後日、僕とライロイド王、サルーン王の三人連名で共同声明を出すことになった。そして、それと同時にアウーディア王国とイルス公国は消滅し、新たな国が立ち上がった。イルス=アウーディア王国として。それは万人からの支持を得ることが出来た。特にルドやマグ姉が喜んでくれたのだった。


 それから数日後にはライロイドは一介の王となって、アウーディア発祥の地に向かって旅立った。その旅には数千人が従い、その他はイルス=アウーディア王国に残り、技術を学ぶことになったのだ。


「僕達もそろそろ都に帰ろう。皆が待っている」


 軍のほとんどを残し、僕達は都に凱旋することになったのだった。

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