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カミュ

カミュを召喚した。そしてカミュには爪切りをお願いすることになった。


「じゃあ、早速爪を出してくださいね。足から? それとも手から。私のお薦めは左手からがいいかしらね」


 どうでもいいことに凄いこだわりを感じるぞ。本当に対価が一番安いのか? するとミヤがカミュを制止した。


「ここじゃダメね。場所を変えましょ」


「なんでよ? ここでもいいじゃない」


「いやよ。ここは私の部屋なのよ。爪が落ちるのが嫌なのよ」


「何よ、それ。じゃあ、どこだったらいいの?」


 ミヤは手招きしながら、場所を移動しようとする。しかし!! 服は来てくれ。なぜ全裸でも恥ずかしげもなくうろつくことが出来るのか、謎だ。これが王族のなせる技なのだろうか? でもマグ姉が全裸で歩いている姿は見たことがないな。ミヤが特別なのか? カミュは? カミュは微塵も疑問に思っていない様子。魔族特有か!!


 そんなどうでもいいことを考えながらミヤの後ろに付いていく。ミヤが向かおうとしている場所はなんとなく察しがつく。ちょうどカミュの後ろを歩く。ん? なにやら甲高い音がすると思えば、カミュの靴か。いい靴だな。公国ではまずお目にかかれないヒールの付いた靴だ。実に足が綺麗に見える。ということではない。この城は土足厳禁なのだ。


 注意をすると、すごく嫌そうな顔をしていたがミヤにも諭されて渋々脱いでいた。


「それにしてもこの城は凄いわよね。魔界でもまず見ないわよ……って、これ!!」


「気付いてしまったわね。そう、この城の調度品の多くにエルフの家具が使われているのよ。機能だけじゃない、見た目にもこだわりを求めた一品ばかりよ。ロッシュとエルフは強い結びつきがあるからこそできることね。そこにある椅子だけでも魔界で手に入れようと思えば……分かるでしょ?」


「ええ。小国程度なら簡単に手に入ってしまうわね」


「貴女の目が腐ってなくて助かるわ。ちゃんと価値が分かるのね」


「失礼ね。これでも家具の目利きには自信があるんだから」


 ミヤは特に言葉を返すことなく、進むことを再開する。そしてある一室に到着した。そこは城の中でも全く使われていない部屋だ。倉庫みたいな感じで利用している一角にある部屋だ。そこにあるものを見て、カミュは開いた口が塞がらなかった。


「分かったでしょ? 貴女の目が腐ってなくて助かった理由が」


 その部屋にはエルフの家具が所狭しと置かれていた。その数は三十以上にも及ぶ。大小様々だが、どれもがエルフの里でも一級品と言われるようなものだ。それが使われることもなく倉庫に置かれている。その意味をカミュは全く理解できていないだろう。


「凄い……これだけのエルフの家具を見たことはないわ。魔界にある現存するエルフの家具を合わせても、もしかしたらこの部屋にある数に負けるかも? いや、それはないか。でも凄い。でも勿体無いと思わないの? こんな部屋に押し込めて。せっかくの家具が台無しよ。ミヤこそ、目が腐っているとしか言いようがないわよ」


「バカね。これが何のためにあるかわからないの? 貴女の負債を返済するためにロッシュがエルフにお願いをして作らせたものなのよ。これ全てが貴方の仕事に対する対価。さあ、爪を切って対価を受け取りなさい。そして、こっちに戻ってきなさいよ」


「ミヤ……そこまで私のことを」


「私に感謝してもダメよ。ロッシュに感謝をして。そして誠心誠意、仕えなさい」


「はい。ロッシュ……本当にありがとう。これで私は魔王から解放されるわ。だけど……」


 カミュの心配していることはよく分かっている。所有者が僕に変わるだけだ。精々、この召喚という仕事から解放されるくらいで身分は奴隷に近い。これを喜べるほどカミュは変態ではあるまい。


「カミュ。僕は君の背負った負債を解消し、所有が移ればすぐに君を開放しよう。僕は君を縛るつもりはない。これは全てミヤに頼まれたからしているに過ぎないのだから」


「ロッシュ!! 余計なことを言わないでちょうだい」


「ミヤ……やっぱり私のことをそこまで……」


「ふん。友達が奴隷のままなんて気持ち悪いだけよ」


 ついにミヤがカミュのことを友達と呼んだのだ。再び、二人の世界に突入しようとしていたが、僕が耐えられそうにない。とにかく、対価を支払ってカミュには自由になってもらおう。それで僕の肩の荷が降りるというものだ。


「分かりました。それでは誠心誠意、爪を切らせてもらいますね」

 

 カミュは僕に身を寄せ、静かに爪を切り出した。時折感じるカミュの吐息がなんともくすぐったい。ゆったりとした時間もすぐに終わり、名残惜しそうな顔をしながらカミュは僕から離れていく。そして、再びカミュは澄ました顔に戻った。


「これで貴方の願いは叶えました。対価を差し出しなさい」


 エルフの家具を指差した。その瞬間、カミュの目には涙が止まらず出てきた。そしてエルフの家具と共にカミュは消えていった。


「ありがとう……」


 去り際にカミュの声が聞こえてきた。家具が消えたことで部屋は一気に広くなり、なんともいえない寂しさだけが残った。とにかく、これで王国攻略の最大の問題。魔導書絡みの問題は解決したのだ。さらにカミュの所有は誰でもなくなり、自由となるのだ。


 すぐに軍の会議が開かれることになった。議題はもちろん王国への侵攻だ。その場にはレントーク軍の将軍アロンとレントーク王に就任したサルーンも同席している。


「僕は王国にある魔族召喚に用いられる道具を押収することに成功した。これで王国の切り札である魔族の召喚はできないだろう。これは我々にとって最大の好機だと考えている。この機に王国に打撃を与え、王弟を引きずり降ろさなければならないのだ」


「義兄上。ついにこのときがやってきたのですね。我々もアロンと共に軍の再編を進め、打倒王国で準備を進めてまいりました。いつでも進軍は可能です」


 ライルも言葉を発する。


「公国陸軍も準備完了しているぜ。八万人がすぐに動員できる態勢は整っているぜ。それにしてもようやくここまでやってきたんだな。長いような短いような間だったが、オレ達が王国に進軍するなんて信じられないぜ」


 ガムドも同意をする。


「尤もですな。私も信じられない気持ちでいっぱいです。公国の誕生から見てきただけに思いはなんとも不思議なものです。ただ、我々にはそれだけの力が備わったのは、我々のたゆまぬ努力があってこそ。なんとも誇らしい気持ちになりますな。そう、我らが公国海軍三万人もいつでも動員可能です。大型軍艦十隻、輸送船二十隻、いつでも出港可能です」


 これに対してアロンも加わってくる。


「サルーン王もおしゃったようにレントーク軍の再編は滞りなく終わりました。こちらは六万人の動員が可能となります。七家軍のときよりも数は減りましたがその分、精鋭揃いとなります。ちなみに、今回参加していませんが、ガモン将軍よりサントーク王国より五千人の兵を出すという打診がありました」


 サントークも参加してくれるのか。そうなると公国、レントーク、サントーク連合軍となるわけか。総勢十七万五千人の大軍。それらが二分して王国の東西より攻めることになった。一方、対する王国軍は五十万人とも言われているが、その内容はひどいものらしい。王国の信頼は失墜の一途を辿り、数ばかりの兵となっているようだ。訓練をしていない者が大半を占め、正規兵と言われるものはそのうちの一割程度とも言われている。


 さらにこちらは王国の海域をすでに掌握している。そのために物資は安全に、かつ大量に海上輸送されることになる。これで戦争で問題となる兵站の負担を軽減することができる。兵たちは身軽に行軍することが出来、荷車に合わせて行動する必要性がないのだ。そのため、行軍速度は従来の倍以上となり電光石火のような攻撃を可能とするだろう。


 将軍たちとレントーク王サルーンに対して、王国討伐の軍令を出したのだった。すぐに各部署が動き出し、物資を積んだ船と軍艦が先に出向した。王国近郊の港を制圧するためだ。そこに一大集積地帯を作り、連合軍に物資が提供されていく。


 ライル率いる第一軍は南の砦より出陣。グルド率いる第二軍は城郭都市から出陣。各軍とも王国に至るまでにある王国貴族の領土を制しながら進軍することになっている。ニード率いる第三軍は遊撃軍として各軍をサポートすることになっている。そのため、どちらにも軍を出しやすいように公国寄りの地点に駐留することとなった。


 レントーク・サントーク軍は西より王都を目指す。西には有力諸侯というものがいないため、最初に王都に接触するのは西軍六万五千人ということになるだろう。


 各軍は王国貴族領への進軍を開始した。その間、王国軍の動きに目立ったものはなかったため、貴族たちはすぐに降伏勧告に応じる始末だ。そのため、思ったよりも早く王国貴族領は公国の制圧下に入っていった。


 僕はそれよりもずっと後で進軍することになった。王国攻城戦はおそらく長丁場になることが予想されるため、その拠点が出来上がってから僕が出陣することになったのだ。ついに拠点が出来たことを知らせる報告がやってきて出陣を目前としたときにカミュが戻ってきたのだ。それは唐突に本が僕の前に姿を現し、詠唱もする必要もなくカミュが出現したのだ。


「ただいま帰りました!!」


「戻ったか。それで首尾はどうだったのだ?」


「魔王様、目が飛び出るくらいビックリしていましたよ。おかげで負債どころか、たくさんのお金までくれましたよ。このお金で領土を取り戻して、父の部下も戻すことができそうです。本当にありがとうございました」


「そうか。それはよかった。それで? 僕は君の所有を放棄するにはどうしたらいいのだ?」


「本当にいいのですか? 離したら二度と戻りませんよ」


「構わないさ。これがミヤの願いなんだから」


「そうですか……なんか羨ましいですね。分かりました。私に向かって、所有を放棄すると唱えるだけでいいです」


「そうか……僕はカミュの所有を放棄する」


 そういうとカミュの体から鎖のようなものが現れ、それが粉々に散った。これでカミュの縛りはなくなったのだろう。するとカミュは僕に抱きついてきた。


「もう所有者ではないのだ。そんなことは無用だ」


「いいえ。せめて、わたしにできることはこれしかないので」


「そんなことはない。ミヤの友で有り続けてくれれば僕が君に望むものはないのだ。それに僕は王国討伐のために移動しなければならないのだ」


「あら? 随分と早い行動ですね。でも大丈夫なんですか? それとも知らないのかな?」


 何を言っているんだ? 今回は盤石にしてから進軍を開始したはず。心配するようなことはないはずだが。


「王国に蔵書されている魔導書は私の分だけではないですよ。私より強い魔族はいないですけどね」


 なに……!? まずいぞ。魔族なんかが召喚されれば連合軍に甚大な被害が出てしまう。僕はカミュを置き去りにし、すぐに皆を集めたのだった。

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