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七家軍の苦戦

 未だに耳の中に王国兵の断末魔の叫びが残っている。ちょっと気持ちが悪いな。七家軍の一部は住民を誘導するという目的で七家領に駐留している。その者たちに王国兵の後始末を頼み、エリスとシェラの救護所の支援をしてもらうことにした。すると、クレイが申し訳無さそうな顔をしていた。


「ロッシュ様。私も救護所でエリスさん達の手伝いをしたいと思います。どうやらミヤさん達についていくのは難しいですし、ロッシュ様の横で護衛することもできそうにありません。どうか、許可を」


「分かった。だが、救護所の仕事も重要なものだ。一人でも多くの領民を救い出してくれ」


 ハヤブサに騎乗し、西の道を進み公国軍との合流を図った。思ったよりも深くまで入り込んでいたようで、予定の王国の背後に回る脇道を通過してしまっている。ようやく見えてきた公国軍は西の道に展開していた王国軍を打ち破り終わったところだった。近づくと、イハサが気付いたみたいですぐにやってきた。


「イルス公。こちらは五千人を打ち破ることに成功しました。しかし、残りの王国兵は……」


 どうやらイハサ達は七家領が襲撃されたことに気付いていなかったようだ。説明するとイハサは愕然とした表情を浮かべ、頭を下げてきた。


「なぜ、私はあんなに軽率なことをしてしまったんだ。王国の作戦に引っかかってしまうなんて。少し考えれば、怪しまなければならなかった。もし、イルス公が対処していなければ、七家領だけではなく、此度の戦に甚大な被害が出ておりました。この責任は……」


「イハサ。まだ戦争は続いている。この話はあとにしよう。それに王国軍一万五千人をなんとか食い止めていたのはガモン隊だ。死にものぐるいで抑えていてくれたから、被害が少なく済んだのだ。ただ、ガモン隊は被害が大きいから、これからの戦いには使えないぞ」


「分かりました。それではすぐに七家軍と合流しましょう。もはや敵は北の道の王国軍のみ」


 イハサの言う通りだ。公国軍はガモン隊が抜けたのは非常に大きな損害だが、それ以外の被害はほとんどない。とにかく早く七家軍と合流しなければ。おそらくかなり苦戦していることだろう。イハサには軍をしばらく休息させるように命じ、猟師道を軍が通れるほどに広げる作業に入った。


 シラー、ルードとで手分けをして道を切り開く。元々道があったので、拡張するだけの簡単な作業だ。数時間で北の道に通り抜けることができる脇道を作ることが出来た。慎重に北の道に出たが、王国軍の姿は見られなかった。王国軍はもっと七家領寄りにいるのだろう。


 それからすぐにニード率いる公国軍二万五千人が脇道を通ってきた。


「イルス公。我々は先に向かいます」


「この戦いはまだ予断を許さない状況だ。よろしく頼むぞ」


 ニードは馬上で頭を下げ、ゆっくりとした足取りで七家領に向け進軍を開始した。僕達も公国軍の後ろを進むことにした。この戦はこれで終わりだ。先程の出来事が頭から離れずにずっと考え込んでいたが、気持ちをなんとか切り替えることにした。ちょうど、七家軍の状況を調べに行かせていたハトリが帰ってきた。状況の報告を聞くことにした。


「報告します。先に七家軍と王国軍が交戦を開始。序盤は大砲の一斉射撃により王国軍が怯む様子があったため七家軍が有利となりました。しかし、王国軍のクロスボウ隊による遠距離攻撃と騎馬隊の突撃、歩兵の近接戦と匠に動かれ、徐々に王国が有利になっています。大砲隊の援助により、かろうじて戦線は維持しておりますが……七家軍七万は壊滅寸前です」


 本当か!? 信じられない。七家軍は七万人もの大軍だ。王国軍は八万人とほぼ拮抗している。それがたった数時間で壊滅状態まで追い詰められているだと!! ハトリに再び聞き直したが、結論は同じだった。これで公国軍二万ちょっとが戦場に参加したところで状況は変わるのか? こうなったら……ハトリにニードに対する命令書を手渡した。


 使う予定はなかったが仕方がないだろう。ハトリがいなくなり、数十分後……遠くの森からだろうか一条の煙が上がった。煙が上がった場所が戦場であることがわかったが、その煙には別の意味があった。すると、遠くの方から轟音が聞こえてきた。そして煙が上がった場所あたりには土煙が大いに上がり始めた。


 実はこの戦場の最も近い海にガムド軍を配置し、煙を目印に大砲を撃ってもらうことにしていたのだ。一斉射撃の後、一定の時間を置いて、煙が上がり続ければ更に一斉射撃を繰り返すことになっている。もちろん、公国軍と七家軍には周知しているので、被害はないはずだ。とにかく、これで公国軍が戦場に到着する前に王国軍は混乱状態となるはず。それに七家軍が立て直す時間も稼げるだろう。


 それから北の街道の戦況報告が入った。七家軍はなんとか立て直しているはずだ……しかし、それは希望的観測だった。内容は七家軍の左右翼、中央と展開している内、左翼が壊滅したということだ。さらに王国軍は中央に兵を集中したため、七家軍の右翼が中央に救援に向かったため陣形が崩れてしまったというのだ。そして、王国軍半数は七家領に向け進軍を始めたと言う。


 くそっ!! なぜ七家軍は持ち直せないんだ。公国軍が到着しても、王国軍が領内に入ればこの戦争は負けだ。こうなったら、後ろについて来ているミヤたちに顔を向けた。


「報告は我らが不利ということだ。更には王国軍は七家領内への侵攻を開始してしまった。これに兵を割けるほど七家軍には余力はないだろう。この戦場を突き破れるのは僕達だけだ。僕達はこのまま王国軍本体を突破し、七家領内に入ろうとしている王国軍を叩く!! 皆のもの、付いてこい!!」


「おお!!」


 皆が声を上げ、突破するために全速力で領に向かった。公国軍を抜かす間際、イハサに事情を説明し、七家軍壊滅の場合は撤退するように、とだけ告げた。そして、一刻も早くミヤ達に追いつくため、全力でハヤブサを走らせた。そして遂に戦場に到達した。


 そこはまさに地獄絵図のようだった。辺りには大穴がいくつもあいている。大砲によるものだろうか。飛び散った血潮を大地が吸収しきれないのか、辺りには血が水溜りのようになっている。死んでいるのか生きているか分からないような兵士がそこいらに横たわっており、先を見ると七家軍が王国軍に包囲されているのが見えた。


 七家軍もなんとか持ちこたえようとしているが、あと一時間もすれば決着が付きそうなほど勝敗が決したような感があった。それには目もくれず、とにかく領内に侵入する部隊だけを狙う。そして、ついに王国軍に追いつくことが出来た。幸い、侵入部隊の数は多くない。すぐにフェンリル達と魔馬隊を差し向け、部隊を壊滅させた。このまま領の守備をしていたいが、それが許される状況ではない。ただ領内を無防備にするわけにもいかない。


「ミヤ。眷属十人とここの防衛に当たってくれ。残りの眷属は、一緒に七家軍救援に向かう。そして、ドラドもこちらに連れてきてくれ。おそらく最も危険なのは北部だ。ドラドを七家領南部で遊ばせておくわけにはいかない。ルードもここに残り、やってくる部隊長をとにかく狙撃しろ」


 皆は頷いた。


「ロッシュ。ここは私に任せなさい。中にはエリスとクレイと……シェラがいるからね。一匹も通さないわ。ただ、シラーだけは護衛につかせて。これが私がここに居てあげる条件よ。サヤ、そっちは任せたわ」


 ミヤは眷属のリーダーであるサヤに、吸血鬼眷属の指揮を委ねた。


「分かった。ミヤとルード、よろしく頼むぞ!!」


 踵を返し、七家軍救援のために動き出した。ただ、王国軍も僕達が七家軍に合流するのを防ごうと、大多数の兵を割いて、こちらに群がってくる。それに対しフェンリル隊を楔として王国軍を分断していく。フェンリル達は本当に強い。人垣があっても野を走るように、抵抗なく進んでいく。フェンリル隊であけた穴の両側を、魔馬体五百騎とミヤの眷属で屠っていく。魔馬は巨大な体躯を使い、体当たりと全体重を前足にかけた攻撃で兵士を潰していく。


 急ぎ七家軍と合流するため、シラー、ルード、ハヤブサで王国軍を突破し、七家軍と合流した。その中から、アロンを探し出した。


「アロン!! 無事か?」


「ロッシュ公。申しわけありません。王国軍を抑えることが出来ませんでした」


「今はいい。いいか? 状況は逼迫している。これから公国軍が王国軍の背後に取り付く。その隙に反攻が出来るよう兵をかき集めろ!! それが最後の機会だと思え。良いか!!」


「承知しました!!」


 近づく王国兵に対して、風魔法を使い、強い風圧で敵兵を吹き飛ばし、鋭利な風で相手に致命的な傷を負わせていく。それでも王国兵の士気が衰えることはない。


「大砲隊!! 早く大砲を放て!!」


 僕の声は虚しく響いた。どうやら大砲は撃ちすぎて、砲身が焼けただれてしまって使い物にならないようだ。


「誰か!! 狼煙を上げろ。海上の船に知らせるのだ」


 しかし、誰も狼煙を上げる余裕がない。押し切られてしまう!! その時、ようやく公国軍が王国軍の背後に取り付くことを確認した。


「アロン!! 準備は出来ているか!?」


「もうしばらく!! もうしばらくお待ちください。部隊が混乱していて、収集がつかなくなって」


 七家軍は持ちこたえられそうにない。王国軍が、公国軍に対応するために半分以上の兵を反転させたことで、七家軍への圧力が下がった。それに乗じて、七家軍兵士達が勝手に軍を離れる者が続出したのだ。まずいな……。王国軍の兵は士気旺盛だ。公国軍だけでは押し切るのは難しいかもしれない。やはりミヤを連れ戻すか。しかし、守りが手薄になれば間違いなく領内に侵入されてしまう。どうすれば。


 まだ、七家軍は立て直せない。このままでは公国軍が各個撃破されてしまう。せっかくの機会が……僕達だけでも突撃するしかないか。そんなことを考えていると、後方から大砲の音が聞こえ、王国軍の中軍に落ちたのが見えた。大砲が直ったのか? いや、そうではなかったようだ。


「ロッシュ公!! ライルが第一軍、遅参した。これよりロッシュ公の下に付く。何なりと命令をくれ!!」


 さらに別の方角からも攻撃が音が。


「兄う……ロッシュ公!! グルドが第二軍見参! さあ、王国に目にもの見せてくれるわ」


 なぜ、二人共がここに!?

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