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天辺山へ

 夜が明け、僕は再び周囲を一望に収める場所に移動をした。昨日は霧に覆われて何も見えなかったが、今ははっきりと見えることができる。これが魔の森か……。深い森が延々と広がり、ところどころが砂地や平原になっている。そう思えば、切り立つ山々や大地に大きな傷が出来ているような谷がそこかしこに点在していた。僕達が向かう天辺山はその中でもやはり存在感を強く放ち、まるでその山に大地がひれ伏しているようにすら見える。


 「ロッシュ君。早いな」


 「トランか。素晴らしい景色だな。魔の森と恐れられているが、魔獣がいなければこれほど豊かな森も存在しないだろうな」


 「我々にしてみたら、魔獣は食料にしか見えないから障害に思えないな。まぁ、かつては人間界もこの魔の森が広がっていたと先祖から聞いたことがある。我々魔族は、その当時の人間に魔界に追いやられてしまったというのだ。信じられると思うか? 残念ながら真実のようだが」


 そのような話はいつぞやに聞いたことがあったな。しかしトランの口から聞くと妙に生々しく感じるのは気のせいだろうか? しかし、人間が魔族をね。魔族は人間に比べて、圧倒的に強力な戦力だ。信じられないな。


 「その教訓があるからね。我々魔族はどんなに弱い存在でも人間に手を出さなくなった。それは長い年月をかけて、不文律の掟のようになっていった。シュリーはそれを破って、ロッシュ君を襲ったんだけどね。シュリーも分かっただろう。その不文律の意味を。もっとも、ロッシュ君は人間の中でも特別な存在のようだけどね」


 トランは笑いながら、僕の肩を何度も叩いた。さて、そろそろ皆を起こして、朝食を済ませたら出発をしよう。ここから見る限り、決して平坦な道を歩いていけそうにない。山や谷も超えなければ。そして最後は天辺山をぐるりと囲むような山脈だ。ここから高さを推し測ることは難しいが、相当高そうだ。おそらく、一番の難所と言えるだろう。


 「朝食が済んだら、天辺山までの道を確認しよう。オリバもいることだし、多少遠回りになっても平坦な道を選びたいんだ」


 「優しいな。ロッシュ君。その優しさに皆が惹かれるのだろうな。まぁそろそろ斥候が戻ってくる頃だ。その者たちから話を聞いてから行動しても良いだろう」


 おお、頼もしいぞ!! トランが頼もしく感じる。やはり、王なんだと再認識させられるな。


 僕達は、斥候の情報を頼りに一旦、山を降り始めた。この山を登ったのは正解だったようで、一直線に向かえる唯一の山だったようだ。他の山を選んでいれば、その周りは深く切り立った谷が広がり、とても超えることは難しいようだ。そのため、天辺山に向かうには、空を飛べない限りこの山を登るしかなかったようなのだ。


 山を降りてから一旦休憩を入れることになった。今回の旅はオリバの体調を見ながら、旅をしていくことになりそうだ。それを知ってから、オリバはすごく申し訳無さそうな顔をよく作るようになっていた。


 「ロッシュ様。申しわけありません。ミヤさんが言っていたことがよく分かりました。これほど魔の森というのが人間が入り込んではいけない場所だったとは思ってもいませんでした。この地に入ってから体調が優れないばかりで、体力を奪われていくのです。もし、このまま私が足手まといになるのなら、ここに置いていってください」


 僕は落ち込んでいるオリバを見て、笑い顔を見せた。


 「オリバらしくもないな。確かにオリバには辛いかも知れないが……どうだ? 得るものはあるか?」


 「勿論です。見たこともないような風景。魔獣。植物。どれもが新鮮で、創作意欲を大いに湧き立たせてくれます」


 「そうか。それだけでも来た甲斐があったというものだな。これから先もどのようなものが待ち構えているか、僕にも分からない。そんな景色を見てみたいとは思わないのか?」


 オリバはコクっと頷いた。


 「しかし、それには皆の協力が必要なのだ。それは最初から分かっていたこと。皆もよく理解している。だから、ここは堂々と借りを作っておけ。あとで何かの形で返せばいいだけの話だ。僕はオリバの夫だ。協力するから、とにかく天辺山まで頑張ろう。そういえば……」


 僕はオリバに一つの薬包を差し出した。これはオコトとミコトが特別に作ってくれたものだ。なんでも体力になんらかの効果があるようだが。きっと、僕にくれたのだから飲んでも問題のないものだろう。オリバはじっとそれを見つめて、僕が何の効果があるかも言っていないのに、疑いもなく飲み始めた。


 「どうだ? 体に何か変化はあったか?」


 「分かりません。特に変化は見られませんが……」


 ん? 一体、何の薬だったのだ? トランがこちらを心配してやってきた。どうやら出発を打診にやってきたようだ。僕はオリバに体調を聞くと、問題ないというので再度出発することになった。


 我々は、野を歩くように深い森を歩いていく。魔獣が現れれば簡単に屠り、それが次の食事に供される。本当にトランに護衛を頼んだのは正解だったようだ。それから休憩をせずにどんどんと進んでいく。そういえば、オリバはどうなった? 僕は横を歩いているオリバを見ると、出発したときから顔色が変わっていないな。


 「オリバ。体調は大丈夫か? ずっと休憩していないが」


 「それが不思議なんです。私、体力には自信があったので魔の森探索に同行を申し出たんです。しかし、この場所に立ち入ってから、まるで体力が無くなったかのようになってしまったのですが……あの薬を飲んでから、本来の体力に戻ったような気がして。これならば、いくらでも。ロッシュ様の夜の相手だって」


 オリバは恥ずかしそうにそう言った。ああ、なんとなくわかったぞ。忍びの里秘伝の薬の目的が。今回はいい方向に転がったが、なんというものを渡すんだ。今回は感謝するが……エルフの里といい、忍びの里といい秘伝の薬は全部そっちの方なんだな。


 僕達の前には、最初の難所となる大きく切り込んだ谷が眼前に広がっていた。底を覗き込むが、すくなくとも光が届く距離に底はないようだ。降りて渡ると言う方法は難しそうだ。そうなると谷を迂回して、谷が途切れる場所を探すか、それとも橋を作るかだ。


 「ロッシュ君。迂回しても途方もない距離を回らなければならなそうだな。少なくとも数十キロメートルは谷が途切れることはなさそうだ。どうだ? 橋を作れそうか? ここから一キロメートルくらい先に谷の幅が狭いところがあったが」


 とにかく、その場所に向かってみよう。この谷はどうやって出来たのだろうか? 谷幅は約一キロメートルくらいはあるだろうか。谷というか、もしかしたらクレータみたいなものなのかも知れないな。トランが指差す先には、なるほどやや幅が狭まっている場所があるな。それでも、五百メートル以上はあるぞ。ここに橋を掛けるとなると……僕が思いついたのは鉄の橋だ。城郭都市で作ったものだ。


 しかし、問題は……鉄がない。ここで掘るか? シラーに聞いてみると、首を横に振った。どうやら、この辺りに魔鉄の鉱脈はなさそうなのだ。そうなると……僕は辺りを見回し木々に巻き付いている太い蔓を見つけた。僕はそれを手にとり、これを橋の材料にすることは出来ないだろうか?


 僕はトランに頼み、ありったけの蔓を集めてもらうことにした。これだけあれば……僕達はなるべく捻りを加えながら頑丈に橋を作っていく。なんとか、橋を作ることが出来た。これで谷を超えられる。そう思ったが、大きな問題を見つけてしまった。


 どうやって、橋を架ければいいんだ? 五百メートルを跳躍して……無理だ。僕は谷を前に途方に暮れていると、トランが僕の肩に手を置いてきた。


 「ロッシュ君。もしかしてこれを向こうに渡したいのかい? だったら、私が向こう岸に行って、紐かなんかで引っ張ればいいんじゃないか?」


 えっ!? この距離を飛び越えられるというのか。


 「ぎりぎりだな」


 そういうやいなや、近くに置いてあったロープを握って、谷に向かって大きくジャンプした。というより飛んだのだ。対岸に近づいて、もう少しというところで突風に煽られて態勢を崩してしまった。このままでは谷に……そう思ったが、何故か不自然な動きのように対岸に着地した。一体何が……。対岸ではトランが手を振っている。


 どうやら、僕の横でルードが魔法を使っていたようだ。僕はルードの頭に手を置き、よく褒めてやった。トランの設置したロープに橋を結び、それを辿ってもらった。橋はなんとか設置することに成功し、無事皆を渡らせることが出来た。それにしても……怖かった。


 なんとか谷を超えた僕達だが、それからも難所が次々とやってきたがそれらもなんとか乗り越えて、最後の山脈だけが残された。山脈の前に立つと、なんと大きな山だろうか。とても頂上を見ることが出来ない。とにかく、ここを超えなければ、天辺山に行くことは出来ない。


 僕はオリバの体調を気にしたが、あの薬を飲んでから苦しそうな様子は一切見せることはない。さて、出発するか。その山脈はただ高いだけではない。そこに出てくる魔獣が今までに出てきたものと一線を画するものだった。トランもさすがに手を焼いているようで、今まで順調に進んでいたのが嘘のようだった。


 それでもトランの眷属達は華麗な連携を見せ、魔獣達を倒していく。実は、その間に蛇の魔獣が大量に出没していたので、出来るだけカバンに放り込み持ち帰ろうとしていたのだ。それに魔金属の宝庫でもあったようだ。シラーがしきりに鼻を動かし、様々な匂いを感じていたみたいだ。


 「ご主人様。ここは是非、もう一度来てみたいですね。きっとすごいですよ。山の全てが鉱物でできているのではないかというほどです。魔界でもこのような場所を見たことがないですよ」


 シラーは僕の護衛を忘れて、あちこちと出掛けていってしまった。シェラは相変わらず、僕におんぶを要求してくる。とにかく自分の足で歩きたくないようだ。オリバはというと、ここにきて息切れの回数が増えてきた気がする。もしかしたら、薬の効力が薄くなってきたかも知れないな。それとも毎晩、張り切りすぎてしまったからか。オリバに迫られると、つい……。


 それでも一歩ずつ、山脈を超えていく、ついに天辺山の裾を拝むことが出来た。やっと、ここまで来れたのだな。ここいらでドラゴンの鳴き声が聞こえれば、と思ったが……すると天辺山の方から地響きがなるような叫び声のような声が聞こえてきた。一体、何の声なんだろうか。

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