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天才建築家

 ガムドが諜報機関設立のために村を出発した直後に一人の男がやってきた。その男は白髪に白い長髭を風になびかせながら、屋敷の玄関に立っていた。その男は自分のことをキュスリー=ドークと名乗っていたらしい。らしいというのは、僕が応対したわけではないからだ。オコトが失礼な男ですと門前払いをしたらしい。なんでも僕のことを気さくにロッシュ、ロッシュと呼ぶからだそうだ。


 そんなことでいちいち目くじらを立てなくてもいいのに、と思ったが思わぬ横槍が入ってきた。マグ姉だ。


 「ロッシュ。まだそんなことを言っているの? 貴方は一国の主なのよ。そんな失礼な男、門前払いしたオコトは正しい判断をしたわ。早く自覚を持ってちょうだいね」


 凄い剣幕で怒られてしまった。僕は思う。こんな調子で屋敷で怒られているから自覚が芽生えないのだと。もう少し褒めて育ててほしいものだ。


 それから数日後にガムドから手紙がやってきた。その手紙には家族と再開したことを長々と綴られていたが、最後に白髪に白い長髭の者が尋ねると思うが、変人と思わずに会うように頼むものだった。


 うん。大事な内容は最初に書こうね。……ちょっと待て。その男、来なかったか? 一体何者なのだ? 手紙の本当の末尾に小さな字で書かれていた。きっと家族のことを書きすぎて、紙が足りなくなったのだな。なになに……なるほど。その男は城設計の専門家のようだ。芸術肌ゆえ傍若無人であるが、腕は確かなようだ。もっとも王弟に嫌われて、王都から追放されたらしいけど。


 ガムドには一度注意したほうがいいな。家族は大切だけど、手紙は明確に。


 とにかく探さなければ。僕はハトリにその男。キュスリーと言ったか。その者を探すように命令することにした。するとハトリが表に出て口笛を吹くと五人の忍びが現れた。忍びというのは僕が勝手に言っているだけだけど。なにやら指示を出すと五人の忍びは四方に散って行った。一時間もしないうちに発見されたと報告が来た。倉庫で眠りこけていたみたいだ。しかも、村の食料に手を付けている。これは重罪だ。


 僕は自警団にその男を拘束するように命じ、自警団本部で拘留してもらうことにした。僕は本部に設置されている牢屋に行くと、その男は壁に何か落書きをしていた。僕が近くの自警団に、男が何をしているか聞くと、首を傾げていた。僕はその絵を眺めていると、どうやら何かの設計図のようだ。建物か? 倉庫か。そうに違いない。僕は思ったことをつい口走ってしまった。


 僕の声を聞いて、キュスリーが振り向いてた。


 「よく分かったな。小僧」


 その瞬間、自警団がキュスリーに暴行を加えようとしたので、それを止めた。とりあえず自警団には引き下がっていてもらおう。


 「まさか、小僧がロッシュではあるまいな?」


 僕が頷くと、キュスリーはため息を漏らした。


 「それは済まないことをしたな。ロッシュ。いや、ロッシュ公と言ったほうが良さそうか。後ろの兵士が殴り掛かってきそうだ」


 「どちらでも構わないさ。君はどうせ処刑される身だ。僕と会えるのもほんの僅かだろう。それで、その絵は倉庫のようだが? どういう意味だ?」


 「意味? これは私が考えた究極の倉庫だ。あの寝ていた倉庫はダメだ。あれでは中の食べ物がダメになってしまう。現に食べてみたが、せっかくの食料が台無しだ」


 「何!? どういうことだ?」


 「ロッシュ……公も気付かないとは嘆かわしい。いいか? 食料保存は湿気と温度が重要になってくる。そして通気性がその鍵を握る。その通気性があの倉庫にはない。倉庫の中で温度にムラがあり、端に行くほど湿気が高い。これでは良い保管場所とは言えない。そしてこの設計は通気性を重視し、湿気が溜まらないような仕組みになっている。わかるか?」


 キュスリーは結構親切な男だ。僕が聞いてもいないことを丁寧に図を混じえながら分かりやすく教えてくれる。最後の方では僕もすっかりと感化されてしまい、その設計図を正確に取って倉庫を作るように指示をした。


 「素晴らしい考え方だったな。それほどの才能がありながら、食料を盗み食いをしただけで失われてしまうとは。本当に残念だ」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ。私の話を聞いていなかったのか? 倉庫の悪い部分を見つけるために食べたのだ。もちろん、腹も減っていたのは認めるが……なぁ、あの図面で許してくれないか?」


 僕は笑ってしまった。傍若無人な男でも命は惜しいらしいな。


 「冗談だ。キュスリーのような才能のある者を処刑するわけはないだろう。驚かして済まなかったな」


 僕は自警団にキュスリーを牢屋から出すことを命じ、屋敷に案内するように頼んだ。団員はキュスリーを見て嫌そうな顔をしたが、嫌々牢屋から連れ出していった。屋敷に戻ってから、僕はキュスリーに食事を提供するようにオコトに頼み、キュスリーには風呂に入ってもらうことにした。あまりにも不潔だったからだ。


 風呂からようやく上がったキュスリーは感動した面持ちで風呂を賞賛していた。


 「あんな風呂は初めて見たな。素晴らしい物だ。私は自分を天才と思っていたが、まだまだ世界は広いようだな。あれはロッシュが考えたものか? すごいな。私はそのような物を作れる者を尊敬するぞ」


 おお、なにやら凄い感動ぶりだが。その前に聞きたい。お前は誰だ? いや、キュスリーというのは分かるが風呂に入る前と後で全くの別人なのだ。長い髭を剃り落とし、ボサボサの白髪は後ろで一本に束ねている。お爺さんのような外見が一変して、高貴な雰囲気がある中年の男性になっていた。


 「ああ。こんな形をしているが昔は伯爵家の長男だったんだぞ。捨てちまったがな」


 そんなことをいいながら目の前に食事をがさつに食べていく。とても元貴族とは思えないぞ。満腹になったのか最後に一杯のワインを飲んで一息ついた。


 「旨い!! こんな料理は久々……いや、初めて食べたな。王宮だって食べれないぞ。さて、ロッシュ。こんな私にこれほどの食事を出してくれるのは親切心からだけではあるまい。そろそろ話をしよう」


 僕は頷くが、ん? 待てよ。先日、キュスリーは何の用があって屋敷にやってきたのだ?


 「忘れていたな!! ガムドに頼まれてな。ロッシュの相談に乗ってくれと頼まれてきたのだ。もっとも門前払いを食らって牢屋に行ってしまったがな」


 そういって笑っていると、ドアがバン!! と開けられた。そこには怒りを必死に隠そうとしているマグ姉が立っていた。


 「話が耳に入ってきましたが、そこの男!! 先程からロッシュ公に対して無礼な言いよう。聞き捨てなりません。改めるつもりがないのなら、牢屋で頭を冷やしてもらうことになりますが」


 キュスリーは怒りを顕にしている女性を見つめていた。そして、愕然とした表情を浮かべ、座っていたソファーから降り、膝を付いた。


 「まさか、この場でマーガレット姫にお会い出来るとは。キュスリー=ドークでございます」


 なぜかキュスリーが汗を流している。一体、何があったというのだ。


 「ドーク……伯爵? あら、久しぶりね。そのような身なりをしていたから気付かなかったわ」


 この二人は一体、どういう関係なんだ? まぁ、王国の姫と王国の貴族なのだから接点がないわけではないだろうが、ちょっと尋常ではないな。ただ、その前に……僕はマグ姉を宥め、キュスリーに敬称で呼ぶように約束させてから部屋から出てもらうことにした。だって、マグ姉、明らかに部屋着なんだもん。ちょっと、人に見せたくない格好だったのだ。


 とりあえず、嵐が去ったところで僕とキュスリーはワインで乾杯をした。妙に連帯感が生まれてしまった。さて、マグ姉との関係を聞いてみるか。しかし、キュスリーはあまり語りたがらなかったのか口が重かった。


 「実は私は王の命令で王城の修繕を任せられておりました。修繕は王城全体に及んだため、多くの時間を必要としました。しかし、我が家を妬む者が工作をして納期を作られたのです。それに遅れると当然打ち首です。私は必死に仕事をしました。そんな時に妨害……いや、依頼が来ました。それは部屋の模様替えをしてくれというものでした。それは簡単な仕事でしたが、一度では終わらなかったのです。何度も何度も」


 そこまで話してキュスリーの表情は青ざめていた。その時のことを思い出して、恐怖を感じているのだろう。しかし、まだ話が見えてこないな。


 「その模様替えに思ったより時間を要してしまい、納期を超えてしまったのです。しかし、私は完璧な仕事をしたつもりでしたから打ち首などはないだろうと高をくくっていましたが、予想を裏切り、打ち首の沙汰が出たのです。私は何度も不服を申し立てましたが、叶わなかったのですが最後の不服と思っていたら、それはすんなりと通って、沙汰は取り消しになったのです」


 なかなか面白い話だ。キュスリーを裏で庇ったものがいるということだろう。しかし、一体誰が?


 「私も気になったので調べたのですが、分からなかったのです。そんなある時、マーガレット姫が現れたのです。そう、私の沙汰取り消しに口利きをしてくれたのはマーガレット姫なのです。まだ少女である姫がですよ。とても信じられませんが、その時は感謝を申し上げました。すると、マーガレット姫はこういったのです」


 「キュスリー。いいこと? 私は命の恩人よ。この恩は絶対に忘れてはダメよ」


 「そう言うんですよ。少女の姫が。私は姫が恐ろしく感じました。王宮という場所もそうですが、その中で生きている少女が……それ以来、私は王宮に近寄ることはありませんでした」


 そういうことがあったのか。今のマグ姉からは……うん、想像できるな。しかし、キュスリーは可愛そうだな。話に出ていた模様替えがなければ、納期に間に合いマグ姉に貸しが出来ることはなかっただろうに。模様替えか。マグ姉も模様替え好きだよな。年に何回もしているからな。その城の者も模様替えが……まさか。


 「そうなんです。模様替えを何度も頼んできたのはマーガレット姫なのです。狙ってるか分かりませんが、私を窮地に追い込み、それを救うことまで計算していたのかもしれません。それが分かったからこそ恐ろしかったのです」


 そうか。と、とりあえず、飲もうか? うん、飲んで忘れることにしような。


 「マグ姉には言っておくから、貸しに思わなくていいぞ」


 「あ、ありがとうございます。ロッシュ公。あのマーガレット姫を制することが出来るロッシュ公に一生付いていきます。どうぞ、お守りください」


 なんとも暑苦しい男になってしまったが、キュスリーという天才建築家が公国にやってきてくれた。


 後日、マグ姉に確認してみた。


 「キュスリーに恩を感じさせてどうするつもりだったんだ?」


 「そんなことあったかしら……あっ!! そうよ、猫よ。ドーク家に可愛い猫が生まれたって噂になったから手に入れようとしたのよ」


 「猫だけのためにあんな芝居を?」


 「模様替えは本気よ。妥協は出来ないもの。でも口利きは嘘よ。お父様に私が我儘を言っていたことを告げたら、取り消しにしただけよ」


 お父様というのは先王のことか。国王はちゃんとした王であり父親だったのだな。それで猫はどうしたんだ?


 「猫は手に入らなかったわ。だって、キュスリーが王宮からいなくなってしまったんだもん」

 

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