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錬金肥料工房 街バージョン

 僕はロドリスの案内で、錬金肥料の工房建設の予定地に行くことにした。出掛ける前にシラーを呼ぼうとしたが、部屋を覗き込むと静かに眠っているのが見えたので、ゆっくりと休ませることにした。シラーには、北の地から仕事を任せていたから休む暇がなかったのだ。少しでも休めるように。僕は静かに扉を閉めた。


 僕達が向かう目的地は街の北西部に広がる小さな森だ。街から二キロメートルほどしか離れておらず、利便性も非常に高い。しかも、ここはあまり人が立ち寄らない場所だ。将来的はともかく、今は北部と東部、南部に広がるように農地を開拓している。西部は砦があるため、基本的には農地は作らない予定だ。


 森に入ると、小道が続き開けた場所に出た。なるほど、ここは見覚えがあるな。マルゲルとアンドルと出会った場所だ。あの時は、周囲を大人数で取り囲まれて冷や汗をかいたものだ。たしかに、ここなら僕の条件に合致する。開けた場所に崖が前面に広がっている。なおかつ、街に近く物流の利便性も高い。錬金という秘密を保持しつつ、すばやく肥料を農地に届けるところが理想だ。まさに、理想通りの場所だ。


 「ロドリス。ここであったとは、僕も盲点だった。ここならば、想像している錬金工房を作ることが出来るだろう」


 「それは良かったです。それでは、ここに資材を運び込ませましょう。この広場に工房を建設すると言うのでよろしいのでしょうか? ただ、ロッシュ公がお話してくださった村の工房を想像しますに、やや手狭なような気もしますが」


 「そうではない。工房はこの広場に作るのではない。工房を作る場所は……」


 そういって、僕は崖に近づいていって、むき出しになった岩を叩いた。呆然とするロドリスを他所に僕は、崖に向き合った。そして、土魔法を使って崖に大きな空間が出来るように坑を掘っていった。ここの岩は相当硬度を有しているようだ。掘った空間は相当大きなものであったが、崩れるような気配は一切感じられなかった。


 といっても崩れれば、ここで作業をする者たちに大きな怪我を負わせてしまうかも知れない。そのためにも、支えとなる柱を作っていく。その柱にはここから取り出される石材を使うのがいいな。四角く切り取った石材を重ねるだけの簡単なものだが、柱として十分に機能はしてくれるだろう。あとは、木材で内装を整えれば、立派な工房となるだろう。


 あとは、入り口だ。今はぽっかりと穴が開いているだけだ。これほどの入り口はいらない。精々、肥料を持ち出すだけの高さがあればいいのだ。今は七メートルほどの高さがあるが三メートルもあれば十分だろう。横幅も同じくらいでいいだろう。


 四メートル×一メートル×一メートルの石材を作っていく。これを積み上げていくことで、三メートル×三メートルの入り口を作ることができる。少し隙間が出来てしまったが、崖を削り、石の大きさを微調整することで綺麗にはめ込むことが出来た。外から見ると、かなり無骨な入口になってしまったが、これから木材の枠を取り付けたりすれば、良くなるだろう。ただ、それは装飾だ。構造的にはこのままで十分なはずだ。


 僕は久しぶりに一人でやる作業にかなり没頭してしまっていたせいで周りが全く見えていなかった。作業を始めてから、数時間は経っているだろう。いくらか日が沈もうとしているから、それくらいは経っているだろう。僕は周りを見渡すと、ロドリスが工房の中を物色していた。全然気付かなかった。そして、シラーの姿があった。なんか、物凄く怒っているな。これはまずい展開か? すると、ハトリが近づいてきた、というか目の前に急に現れた。


 「ロッシュ殿。見ての通り、シラー殿はかなりご立腹の様子です。黙って出ていったせいで、街中を巡って探していたようですよ。オレが里のものから報告を受けて、迎えに行ったのですが、その時点でかなりお怒りの様子でした。しかも、ここに連れてきてからもロッシュ殿は作業に夢中でシラー殿など眼中にない様子で……」


 僕はハトリの言葉を遮った。もう聞かなくてもいい。おおよそは分かったが、そこまで集中していたのか。僕はシラーに近づくと、怒りに満ちた顔から急に泣き顔に変わった。


 「ロッシュ様。起きたら、お姿が見えずに心配しました。なにかに巻き込まれてしまっているかも知れないと……」


 それほど心配してくれていたのに、僕は完全に無視していたのか。随分と悪いことをしてしまった。僕は素直にシラーに謝り、そして感謝を言った。


 「シラー。心配してくれてありがとう。君の気持ちを考えずに行動してしまったことを許してくれ」


 「これからは出かける時は必ず、必ずですよ。ひと声かけてください。護衛はハトリがいるから安心かも知れませんが、複数を相手にする場合、ハトリでは対処できないこともありますから。それと、なんでこんな楽しそうなことに私を誘ってくれないんですか!!」


 楽しそうなこと? 工房建設のことか? こくこくと頷いているところを見ると、そのようだ。シラーはこういうのに興味があるんだな。鉱物だけかと思っていたが、意外だな。


 「私が好きなのは、坑を掘ることなんですよ。鉱物も好きですけど。その坑道を建物のようにしてしまうなんて、なかなか出てくる発想ではなくて、面白そうじゃないですか。私も将来はこんな家に住んでみたいです」


 なんだか、シラーの新しい一面を見れて嬉しかった。しかし、機嫌はすぐには直ってくれず、シラーが満足するまで夜の相手をしてようやく、次の日の朝、いつものシラーの笑顔を見ることが出来た。というのは、少し置いておいて、作業現場に戻る。


 工房を見て、呆然としているロドリスにも感謝を言わなければ。


 「ロドリス。いい場所を案内してくれた。おかげでいい工房を作ることが出来た。建物が出来れば、あとはスタシャ達、錬金工房の連中が勝手に改良を加えていくだろう」


 「ロッシュ公。いやはや、驚いてばかりですよ。崖をくり抜いて、建物にしてしまうなんて。しかも、この大きさは街にもない規模の倉庫です。これをたった数時間で作ってしまうロッシュ公には恐ろしさすら感じてしまいますな。しかし、いい勉強にもなりました。この作り方はきっと、何かの役に立つことでしょう」


 シラーも言っていたが、そんなに珍しいことなのだろうか。人工的にくり抜くと言うよりは、自然に出来た空洞に手を加えるという程度というのは、さほど珍しいようには感じない。たしかに、これほど大々的に手を加えるというのはないかも知れないな。


 僕はしばらく完成した工房にいて、状態を確認したりしていた。そこで僕は失敗に気づいた。この工房の通気性の悪さだ。これでは、熱が篭ってしまい、夏場の作業が困難となってしまう……だけではない。錬金術というのは見るからに怪しい煙が出ている。きっと、有害なものもあるかもしれない。それらが密閉された空間に溜まれば、ホムンクルスと言えども支障がでかねない。僕は通気口を作るべく、シラーに相談した。あざといが、シラーにも相談することで少しでも機嫌を緩和するためだ。


 シラーは的確に坑を開ける場所を指示してきた。煙は当然、上に登る……ということはない。当然、空気より重ければ下に沈んでいく。そのためにも上だけでなく、足元の方にも換気口を設けなければならない。そして、空気の流れを意識して作ると、風が流れてより換気の効率が上がる。


 坑を開ける作業はシラーに任せ、僕は資材となりそうな木材をその辺りから調達してきた。通気口が完成し、再び工房に入ると、微かに空気が流れているのが分かる。シラーの髪がなびいているから間違いないだろう。とりあえず、ここでの作業は終わりだ。僕達は街に戻ることにした。ただ、森の小道では肥料の運搬に支障がでてしまうため、道を拡張しながら街に戻っていった。


 街に戻ると、住民がシラーを見てちょっとビクついているような印象だった。シラーは照れ笑いをしていて、要領を得なかったが、ハトリに聞いてみると、ちょっと引いたような表情を浮かべた。


 「シラー殿は焦っていたのでしょう。ロッシュ殿の居場所を聞き出すために、住民に対して恫喝まがいのことをしておりました。きっと、それを恐れているのでしょう」


 なんてことだ。シラーを心配させてしまったのは、僕の責任だ。僕は謝るために、近くにいる者たちを集めた。


 「皆のもの。僕の婚約者が迷惑をかけてしまったようだ。シラーも君たちに危害を加えようと思ってやったことではないのだ。許してやってくれ。そして、その原因を作った僕だ。申し訳なかった」


 僕は頭を下げることはなかったが、真剣な気持ちで謝罪をした。それを見ていた住民たちは僕の謝罪に対して、動揺しているようだった。その中の誰かが急に前にでてきた。


 「ロッシュ公。気にしないでください。その女性の剣幕が凄まじいもので少し驚いているだけですから。それに、美しい女性を間近に見れて喜んでいるやつもいるくらいですから。本当に気になさらないでください。それにしてもその女性のように私を愛してくれるものがいてくれるといいのですが。本当に羨ましい限りで」


 なんだか変な方向に行こうとしているが、シラーの事を怒っているものはいなさそうだ。とりあえず、ホッとしたが、そんなにシラーが焦っていたのか。ちょっと、見てみたかった気がするが、そんなことを言ったら本当に口を利いてくれなくなりそうだったので、我慢した。僕とシラーは住民たちに手を振り、屋敷へと戻っていった。すると、シラーがぼそっと言った。


 「ロッシュ様。あのような公衆の面前で、私のことを婚約者と言ってくれて、とても嬉しかったです」


 なんて可愛い子なんだ。僕はシラーの手を取り、仲良く屋敷に入っていった。それからの二人の夜は朝まで続いた……。


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