視察の旅 その36 湯けむり
温泉を発見したのだ!! 僕は大声で叫びたくなる。なぜ、温泉にここまでの喜びを感じてしまうか、不思議なほどだ。とはいえ、今はお湯が湧く沼地に過ぎない。本来であれば、先を急がなねばならないかも知れないが、もう一度、整備された温泉に浸かりたいのだ。僕の熱はなかなか皆に伝わることはなかったが、僕が気持ちよさそうに入っているのを見て、興味は湧いてはいるようだな。
さて、どのように整備をしようか。まずは、この沼地の地形を調べなければならない。僕達がいる場所は沼地の最も低い場所にいる。高い場所からお湯が低い場所に流れ込んでいるようだ。この場所が適温となると、高い場所は……やはり温度がかなり高いな。ゆっくりと下っていく中で冷めていっているのか。
そうなると、設備は一番下の場所か。いや、更に一段下げて場所に穴を掘って浴場とするのがいいかも知れないな。そのほうが良さそうだ。必要となる素材は、木材だな。石材があるといいが、周りに森はあるんだけど……って考えてみると、ここって山の間に出来た空間だ。周りが山で囲まれているんだから、石が取り放題ではないか。僕はシラーに質の高い石材を探してきてもらうように頼んだ。
こういう時のシラーの行動は早い。何の迷いもなく行動の方に向かって走っていった。あの感じだと、すでに目星は付けてあるのだろうな。後は木材だ。木材の伐採と加工は僕が引き受けたほうが早そうだ。運搬と建築は、ガムドの兵たちと自警団に任せよう。彼らは拠点設置の訓練を受けているせいなのか、建築が意外と得意な者が多い。しかし、大工道具が……いえ、あります。魔法の鞄から大量の大工道具を取り出し、皆の前に山のように積んでいく。これにはガムドはかなり驚いた表情をしていた。
「ロッシュ公。いやはや、参りました。貴方様の温泉への情熱はこれほどのものだとは。これは皆、力を合わせて温泉とやらを完成させねばなりませんな」
ガムドは兵や自警団達を奮起させ、すぐに作業に取り掛かってもらうことにした。僕は、一足先に森の中に入り、風魔法で木を伐採していく。風魔法では切った感触というのはなく、この木の質を伺うことは出来ないが、経験上、年輪の詰まった木材は建材に向いていることを知っている。そうなると、ここの木はなかなか上質そうだな。風魔法で加工をして、長い角材を何本も作っていった。後は現場で寸法を考えながら、再加工していけばいいだろう。角材を山積みにして、運搬をガムド達に丸投げした。
僕は再び沼地に戻ると、すでにシラーが大量の石材を持ち込んでいた。さすが仕事が早いな。きれいに加工された石材はそれだけでとても美しい光沢を放っている。これは素晴らしい。よし。温泉作りを始めよう。
まずは、穴を掘ってみよう。土魔法で慎重に湿り気を帯びた土に穴を掘っていく。掘った途端にすぐに崩れてしまい上手く穴を開けることができない。まずは壁を作る必要があるな。シラーの持ってきた石材を僕が掘った穴にすぐに入れてもらい、それを繰り返すことで横一列に石材が埋め込まれた場所を作り出した。更に続け、石材の列がぐるりと輪になるように設置していく。これで石材に囲まれた場所には泥が流れ込んでくることはない。
後は泥を移動していくと、石材に囲まれた深さ一メートル、三十メートル四方のプールみたいのが完成した。底は未だに土がむき出しだ。底に石材をはめ込んでいけば完成だ。後は湯を流し込む水路を作らなければ。水量が豊富そうな沼を探し出し、そこに水路を接続する。途中でお湯を溜めておくためのプールを作り、そこでゴミなどの汚れをきれいにする。ここに、スタシャからもらった錬金過程で出来るカスが大量にある。それはゴミを取り除いてくれる優れ物なのだ。
これで、一つの浴場が完成した。男女湯を作らなければならないので、もう一つも作らなければ。ただ、要領が分かっているので、作るのは簡単だ。僕が二つ目の浴場に着手する頃、ガムドたちが浴場脇に休憩所としての建物の建築を初めたのだった。ガムド達は手慣れた手付きで縄張を初め、設計を開始していた。二つ目もすぐに完成し、立派な浴場が出来上がったのだ。
僕は試しに靴を脱ぎ、裸足で浴場を歩いてみることにした。いわゆる足湯だ。やはり、なんだかんだで寒いのだ。僕が岩床を歩いたときだった。僕の足はつるつると滑って、浴場に落ちてしまったのだ。浴場の中の床もつるつると滑って、とても風呂に入っていられない。これは危険だ!! なんてことだ。シラーが作ってきた石材がこれほどの滑るとは。すでにこの石材を敷き詰めてしまったぞ。どうしたものか。
すると、ガムドが石材に溝を掘ってみてはどうか? と提案してきた。なるほど、それならば今からでもできそうだな。風魔法で岩を削るような要領で石材に風を当てていく。すると、石材に薄い溝が何本も掘ることが出来た。今度こそは、と思い裸足で歩いてみると、全く滑らないぞ!! よし、浴場の完成だ。
それからは、ガムド達から上がってきた設定にもとづいて、木材を再加工して建材に適した大きさに揃えていく。釘も山に含まれる鉄分を集め作成し、建物の建設が始まった。ここまで来れば早いものである。人数が多いだけに、同時に二棟建てられていく。すると、ガムドが僕に質問してきた。
「ロッシュ公、この温泉というのは男女が共に浸かるものなのでしょうか?」
ガムドが何を言っているのか分からなかった。二つの浴場があるのだから、男女別に入ると考えるのではないのか? しかし、ガムドの見方は違ったようだ。一つは僕専用。もう一つが公国民が使うようだと考えていたようだ。僕が、ガムドの考えを訂正しようとすると、ガムドは意外なことを言ってきた。
「それはいけません。こう言っては何ですが、ロッシュ公やそのご家族が浸かっている温泉に、我らが浸かることは憚られるでしょう。ロッシュ公あっての公国であることを忘れてはなりません。どうか、私の願いを聞き届けてはいけないでしょうか」
そういうものなんだろうか。困ったな。そうなると、もう一つ浴場を作って、それを僕専用ということにすればいいだろうか? 僕がそう言うと、ガムドはすでに僕専用の建物を建築しているので、もう一つ作る浴場は公国民用にしてほしいというのだ。
そうか。僕はガムドの言葉に逆らうこと無く、もう一つ浴場を作ることにした。しかし、僕専用と公国民謡に違いは設けるつもりはない。同じ大きさ、同じ作りにしてある。どの浴場も距離を離しているので、温度が若干異なる。男女を日替わりで変えるのもいいだろうな。そんなことを考えながら、浴場を作っていた。
それから数日経つ頃には、浴場脇の休憩所が完成したという報告がやってきた。実は僕はその間に坑道の続きをシラーと共に掘っていたので、休憩所の全容は知らなかったのだった。ガムドの紹介で、建物を見て回ることにした。一軒目は、簡素ながらも大人数を収納することに特化した作りとなっている。入り口は広く、中には広い板敷きの間があった。これなら大人数が訪れても雨風に晒される人はいないだろうな。僕はガムドを大いに褒めた。
次が問題だ。その建物に向かうだけで異様さを感じることが出来た。休憩所ではない。どう見ても屋敷だ。村にある屋敷よりも立派なのではないだろうか。一層のこと、ここで執務をしてもいい気分になるほどだ。僕の妻の分の個室が用意されており、それ以外にも応接室や食堂があり、迎賓館としての機能も備え付けられていた。家具がないため、寒々しく感じるがとても温泉にあっていい建物ではない気もするが。
僕は、建物の前で悩んでいると、シェラとシラーはかなり気に入ったみたいで僕の代わりにガムドに礼を言っていた。まぁ、二人が気に入っているのなら、いいか。しかしなぁ……。しばらくは受け入れられなそうだ。ガムドたちは、あと一軒を建てると言って、三つ目の浴場に向かっていった。
残されたのは、僕とシェラ、シラー、そしてトニアとティアだ。とりあえず、完成したばかりの僕の別荘? に入ることにした。シェラとシラーは自分の個室を先取りしようと先を争って部屋取りをしていたが、家具が何もないため、すぐに戻ってきた。仕方がない、風呂に入るか。
僕が先に温泉に浸かることにした。浴場の周りには、柵が設けられており周りの景色が見えないのは残念だが、遠目に見える山々がとても美しい。体を湯に浸けるとこれほどの幸せがあるのかという気分になってくる。満喫していると、後ろからシェラとシラーの声が聞こえてきた。すぐに来ると思っていたが、随分と遅かったな。
僕が振り向くと、二人が湯けむりに覆われてなんとも幻想的な雰囲気を漂わせていた。シェラは女神なだけあって湯けむりに写るシルエットがなんとも神々しく感じられる。シラーも背は小さいが女性らしい体つきをしていてなんとも妖艶な雰囲気がある。二人が僕の両隣で湯に浸かってきた。
僕が遅かったな、と言うと、トニアとティアを誘って一悶着あったようだ。シェラは二人を誘ったのだが、僕の前で裸を晒すのは好ましくないと言っていたらしい。それはそうだろう。僕は二人に理性があって本当にホッとした。少しティアのことを想像してしまった……あと三年は想像するのは止めよう。
それからは火照った体。両隣には美女が二人。夜空に星が輝くまで、三人で温泉を満喫した。トニアとティアは僕達が遅すぎて、温泉の入り口でアタフタしていたのは後で知ったことだった。




