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視察の旅 その30  三人の部落長

 僕の目の前には、グルドと三人の初老の男たちがいた。二人は人間、一人は亜人だ。三人はなぜ、ここに連れて来られてたのか分からないといった様子で、僕を訝しげに見ていたのだ。たしかに、僕は代表者に会いたいから連れてきてくれって言ったけど、説明とかしてくれても良かったんじゃないかな? グルド。グルドは、仕事をしたと言わんばかりに堂々としたものだった。


 「三人がこの地の代表者ということでいいのだろうか? これから話すことは、この集落全体の話となるが、問題ないだろうか?」


 三人はただ頷くだけだった。僕が誰なのか分からいない以上、何も情報を渡したくないのだろう。もしかしたら、集落を潰しにきた人だと思われているかも知れない。まずはそこを訂正しておかなければ、胸を開いて話もすることが出来ないだろう。


 「まずは、僕のことを話そう。僕はロッシュだ。イルス公国の主をしているものだ。この周囲一帯はガムド子爵が治めていたが、僕が治めることになったのだ。ガムドは僕の部下となった。それゆえ、この森に住まう君たちの処遇について話し合いにやってきたのだ。そして、結論から言おう。君たちを公国に迎えたいと思っている。そのためには君たちの意志を確認しておかなければならない」


 僕がそういうと、三人の初老はお互いに顔を見あい、困った顔をした一人の人間の初老が僕に話しかけてきた。


 「私は、三部落の一つの代表をしているスータンという。ありがたい申し出だが、急な事ゆえ、少しの時間だけ三人で相談させてもらえないだろうか。これから交渉するにしても、部族間の意志を共通にしておきたいのだ。いいだろうか?」


 僕は当然だ、とばかりに頷き、建物からの退出を認めた。残ったグルドと二人になってしまって少々気まずい雰囲気が流れた。僕をガムドの父親に似ていると言ってから、見る目がとても期待に満ち溢れた表情なので、やりづらい。僕があの三人の人となりを聞いてみることにした。


 「そうだな。この集落は三つの部落から成り立っている。一つは先程のスータンが代表をしている人間の部落だ。元は西の公爵領の者たちでそれなりに高い地位だったものもいたが、いわゆる口減らしで追い出された者たちだ。次が、テカッドが代表をしている人間の部落。彼は元男爵で男爵領の全ての民を引き連れて、流狼の旅をしていたのだ。最後がワーモスだ。やつの風体を見て変わっているのに気づいているだろうか? 魔族と亜人の混血らしい。この周辺に集落を構えていたところ、スータンとテカッドが入ってきたと言ったところだろうか」


 なるほど。公爵家の住民と男爵家の住民、それに魔族と亜人の混血か。なんとも、いろいろな者たちが集まったものだな。グルドの話では、ワーモスはスータンとテカッドの集団とは距離を置いているらしい。それはそうか。元はこの辺りはワーモスたちの縄張りだったのだ。そこに後から入ってきた者たちと仲良くするのは難しいのかも知れない。


 しかし、ワーモスが魔族の血を引いているのならば、この地を去ることは難しいかも知れないな。僕とグルドが話をしていると、三人が戻ってきた。なるほど、ワーモスの風体をよく見ると、熊の亜人なのだが立派な角があるのだ。熊の亜人に詳しくはないが、熊には角はないか。そんなことを考えていると、三人は元の席に着くと、スータンが話しかけてきた。


 「我々は、ロッシュ殿の話に前向きに考えたいと思っている。色々と確認したいことがあるのだが、まずは我々が公国に帰属した際の扱いについて聞きたいのだ」


 僕は頷き、外に待機してもらっていたサリルを呼び出し、条件について説明してもらうことにした。サリルには先程まで、許可を得て、集落の状況を調べていてもらっていたのだ。僕に一礼してから、三人に向かい合って話をし始めた。オーレック領に続いての交渉のため、少し手慣れているのが頼もしく思えた。


 「私はサリルと申します。物流を担当しているのですが、交渉は私が引き受けます。質問があれば、いつでもおっしゃってください。まず、待遇ですが……」


 移民についての待遇は何人であろうとも公国内では変わることはない。働けば、それに見合うだけの衣食住は提供する。子供にはなるべく教育を提供する。あとは刑罰の説明をし、最後に種族感の差別は絶対に許されない旨を言って話を終えた。


 しかし、静まり返っていた。三人の部落長は各々サリルの話を咀嚼しているのだろう。最初に口を開いたのは、ワーモスだった。ずっと黙っていただけに少し意外だった。


 「私が聞くのはこれだけだ。隣の建物で酒を飲んでいたのは、魔族か?」


 ワーモスが言っているのはシラーのことだろう。これは僕が答えると、ここにいる理由を問われた。どこから話していいかわからないがワーモスが知りたいことは、公国内に魔族がいるのかということだろうな。


 「公国は、イルス辺境伯領が土台となっている国だ。辺境伯領は魔の森に接しているのは知っているだろうか。そこには当然魔族が住んでいる。公国ではその魔族の協力を得て、共存している関係を築いているのだ。エルフ族、ドワーフ族、吸血鬼が関係を持っている魔族だ」


 ワーモスは震えているように見えた。すると、急に席を立ち上がり、我が部落は公国に属することを誓った。それに驚いたのは二人の部落長だ。ワーモスを止めようとしているのだ、如何せん熊の亜人だ。とても止められるようなものではない。


 「お前たちには分からないのだ。我々の中には魔族の血が流れているのだ。我々はずっとルーツを辿っていたのだ。それがようやく目の前にあるというのはじっとしていれられるものではない。二人には済まないが、我らは先に公国への帰属を決めたぞ」


 それ以上は二人は何も言わなかった。ワーモスはどんと席に着くと目をつむり、その後の成り行きを見守るつもりのようだ。仕切り直すように、テカッドが話し始めた。


 「私はテカッドです。男爵をしておりました。恥ずかしながら、我が領土では食べていくことが出来ず、領民全てで流民となって旅をしておりました。私から求めるのは一つです。なにとぞ、領民と離れ離れにならないようにしてもらいたいのです。皆家族のように接しておりました。領民もきっとそれを望んでいると思います。何卒、希望を叶えてくださいませ」


 サリルは初めて聞いた願いだったので、僕の方を見てきた。僕は頷き、サリルはテカッドに向き直し、返事をした。


 「それについては善処しましょう。ただ、全員となると条件が厳しくなるかもしれませんが、それでもよろしいのでしょうか」


 テカッドは無理を承知で言っているのだから、条件が厳しくなっても気にしません、と言ってきた。それからはテカッドから話は出てくることはなかった。どうやら、それが一番の気がかりだったようだな。僕はそういう領民を思う者がとても好きだ。彼らには厳しいかも知れないが、土地の新規開拓をしてもらうことを考えよう。きっと、一致団結して良い結果が出るだろう。


 最後の質問者となったのは、スータンだ。スータンから出た質問は、意外なものだった。


 「我らの故郷は王都の北部に領を構える公爵領からやってきた者たちだ。そこから追い出された者たちで構成されているのだが、我が故郷は一度、イルス辺境伯領に王都軍と共に攻めたことがある。それについて、どう考えているのかだけ、聞きたいのだ」


 僕は何を言っているのか分からなかったが、スータンからすると気になることなのだろう。一応は公国に弓をひいた記憶が新しいため、劣悪な待遇をされるのではないかと危惧していることなのだろうな。


 「僕はそんなことは気にしてないな。大切なのは、スータン達が公国をどう思っているかだ。スータン達が公国に貢献し続ける限り、僕は君たちを蔑ろにするつもりは一切ない。ガムドを知っているか? ガムドは王国軍でも最後まで抵抗して公国軍と戦った者だ。僕は彼を軍の代表の一人として使っている。その意味がわかるか?」


 スータンは最後の言葉が一番効いたのか、我ら一同その言葉が一番聞きたかった、と答えた。これで三人の話は終え、結論としては公国に帰属することになったのだ。所属先については、追って知らせることになっているが、当面はサノケッソの街で暮らすことになるだろう。ここは、年中温暖でも魔獣が生息する危険な場所だ。そのような場所に公国民を置いていくことは出来ない。


 僕は一旦、話の区切りが付いたと見て、酒樽を取り出した。まずは公国に帰属することを祝すためのものだ。そして、公国の発展を皆で力を合わせることを誓うために。自警団にも酒樽と渡し、集落の者たちで飲めるものに少しでも振る舞うように頼み、僕達は盃を合わせることにした。

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