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視察の旅 その9 アンドルとマルゲル

 不審者騒動も片付き、二万人の人を連れて、街へと戻ってきた。街の郊外に、もともと街の開拓者が使っていたテントがあるのでそれを展開して、当面はそこで過ごしてもらうことになった。食料は大丈夫だろうか。ゴードンの顔を見るのが怖いな。


 「ロッシュ公。食料はなんとかなると思いますぞ。一村と二村、それと街からかき集めれば、当面は凌げるでしょう。それまでに、村とラエルの街から緊急で食料の輸送をお願いしておきましょう。そろそろ魔の森の畑では収穫期を迎えるでしょうから、公国全体の不足状態から解消されるでしょう」


 僕は胸をなでおろした。食料の問題がないのであれば、僕が二村に戻っても大丈夫そうだな。今回、増えた二万人の移住者を受け入れるための準備をするためだ。一応、村長格であるマッシュに相談をしておかなければならない。僕は、当面の予定を伝えるために、移住者の代表者であるマルゲルとアンドルを呼び出した。二人共、久しぶりにまともな食事をしたのか、心持ち顔が明るくなった気がする。僕と顔が会うとアンドルがお礼を言ってきた。


 「ロッシュ公。この度の配慮、皆を代表してお礼を申し上げます。あのような温かい食事は何年ぶりでしょうか。特に乳飲み子を持つ母親は大層喜んでおりました。それに寝床まで。至れり尽くせりとはこのこと。今夜から野犬を気にせず、ゆっくりと休むことが出来ます」


 相変わらず、移住者の前の暮らしというのは、厳しいものなのだと思わせられる。僕は、簡易な居住場所と質素な食事を提供しているに過ぎない。それにこれは対価なのだ。感謝されるべきものではないと感じてしまうが


 「気にしなくていいぞ。これからはアンドルやマルゲルは公国の民として貢献してもらわねばならない。そのためのものだ。決して、施しと思ってもらっては困るぞ」


 すると、アンドルが少し難しい顔をして僕に少し語気を荒くして答えた。


 「僭越ながら。ロッシュ公の考えは違うと思います。我らは施しと思って感謝しているのではありません。窮地を救ってくれ、なおかつ、我らに生きる希望を与えてくれたことに感謝しているのです。我らとて、誇りを持って生きております。決して、乞食など思ってくださいますな」


 「決して侮っていったわけではないが、深く謝罪しよう。僕の言い方が悪かったようだ」


 「こちらこそ、申し訳ありませんでした。しかし、ロッシュ公の言われることもごもっとも。我らはまだ何も公国のためにしたわけではありません。ロッシュ公の期待を裏切り、見捨てられないように皆一同、精進して参る所存。決して、後悔させません」


 「そうか!! 見捨てはしないさ。たが、貢献してくれると言ってくれるのは有り難いな。よろしく頼むぞ。その前に、皆の体調をしっかりと整えてからだ。体調の悪いもの、治療が必要なもの、極度に体力を消耗しているもの、とくかく、健康にだけは気をつけてくれ」


 「ご配慮、本当にありがとうございます」


 アンドルとマルゲルは深々と頭を下げ、感謝を表していた。その後は、今後の予定を説明することになった。ここからはルドの出番だ。あまり僕が下々の者と話すと、親近感は湧くが、威厳がなくなってしまうとルドに言われいたので、ルドに任せることにしたのだ。僕は、親近感の方が嬉しいんだけどな。


 ルドが話す内容は、事前に僕とゴードンとを交えて話し合いをしていたことであった。アンドル達は、しばらく街で休養を取ってもらうことにしてある。先程も言ったように、食事を十分に摂っておらず、不安定な居住空間であったため体力の消耗が激しい者が多い。その点、街には砦が近いこともあり、薬などの備蓄が多く治療をするには適している場所なのだ。それに、二村では受け入れのための準備をする時間が必要となるだろう。


 二村には三千人程度の人が住んでいるが、急に二万人もの人が増えれば対応に苦慮するだろう。居住区の確保が出来ていないうちに移動は好ましくない。さらに、二村の人達への説明と理解を求める必要もあるだろう。彼らは、すでに二村を永住の地として覚悟を決めて移住している者がほとんどであると聞いている。これから、共に暮らすとなると、お互いの理解が不可欠だろう。


 僕とルドが二村に先行する形で、マッシュと相談をすることにしてある。マルゲルだけ僕達と共に二村に同行してもらうことにした。移住者についてもっとも詳しいアンドルが付いてきてくれることが望ましいが、やはり移住者には不安に思っている者が多いだろうから彼らと話すべきではないだろう。その点、マルゲルは外部の人間だが、代表格を務められるほど移住者の事は詳しいので、マルゲルが最適だと判断した。


 ゴードンには、街とアンドルの調整役と食料などの物資の管理をお願いすることにしてある。今回は、周辺の食料の備蓄をすべて移住者に割り振られてしまうため、ラエルの街や村からの物資輸送に齟齬があって、食料が不足する事態になったら大変なことになってしまう。ゴードンに任せるのが無難だろう。


 移住者が二村に移った後の話の詳細は避けようとしたのだが、アンドルがどうしても知りたいと言ってきたので、まだ煮詰まっていなかったが話せる範囲でルドが話した。


 「現在、二村は漁村として開発をしている。当然、農地も拡大していくのだが、漁業を行ってもらう者が出てくるだろう。そうだ、牛の飼育もあったな。それらは、一応は希望者を募ってやるつもりだが、人数が少ない場合は強制的に従事してもらうことになってしまうだろう。また、船の物流も行うつもりだ。倉庫の管理者なども必要となろう。それらを一から作ることになる。それを移住者にやってもらう」


 「それを聞いて、皆も安心しましょう。やはり、公国に来てよかった。我らを人として扱ってくれる。疑っていたわけでありませんが、このご時世ですからどのような扱いを受けるか不安に感じる者も多いのです。お気を悪くしないでください」


 ルドは、アンドルの言い分に理解を示し、移住者に説明するといいと許可を与えた。それに、わからないことがあればゴードンさんを頼るように、と付け加えアンドルを安心させていた。さすがだな、ルド。


 僕は、ライルとゴードンに移住者の健康管理や食料の供給、万が一に備えて警備を頼み、ルドとマルゲルを連れて、二村に向かうことにした。ミヤとシェラは自警団と共に少し遅れて来ることになった。砦にいたというのもあるが、向こうは馬車だ。すぐに追いつけるだろうという判断だ。ミヤあたりが置いていったことに怒るかもしれないな。


 道中、マルゲルと話すことになった。マルゲルは僕と会ったときから、ずっと申し訳無さそうな顔を終止していたから気になっていたのだ。


 「マルゲル。僕がお前の子供に会った時、大層心配していたぞ。なぜ、黙って姿をくらましたのだ。言いたくなければ答えなくてもいいが」


 マルゲルは答えにくそうにしていたが、ゆっくりと話し始めた。


 「正直に言いますが、ロドリスがロッシュ公と交わした約束が信じることが出来ませんでした。もちろん、その判断は間違っていたわけですが、それでも皆を守るためにその時は正しいと思っていたのです。私だって、助けてもらえるなら助けてもらいたい。皆が餓えに苦しむ姿は見たくありませんから。しかし、搾取される姿はもっと見たくないのです。ですから、皆を扇動し、なんとか約束が嘘であると強く主張したのです」


 その考えはとても理解できる。僕も当時はそう思われても仕方がないと思っていた。ロドリスが従順すぎるのだ。もっとも、疑われていれば、受け入れの話もなかったと思うが。当時は、受け入れられる保証もなく、ただの口約束に過ぎなかったからな。マルゲルはそこを疑ったのだろう。


 「しかし、ロドリスの方が正しかった。私の行いはロッシュ公が与えてくれた助け船を沈めるようなものだったのです。私はすべてを捨てて、命を絶とうとしたのです。しかし、アンドル達と会い、かの者たちも助けを求めている者達だった。もしかしたら、私はこの者たちに希望を与えることが出来るかもしれない。そう思い、公国の話を、ロッシュ公とロドリスが交わした約束の事を教えたのです」


 それで、アンドルとマルゲル達と僕達は出会ったというわけか。しかし、よくぞ命を絶たずにいてくれたものだ。それもロドリスは恥ずかしそうにしながら、子どもたちと再会し、皆が自分が生きていることを喜んでいる姿を見たら、生きていたいと思ったらしい。


 僕はその話を聞き、公国に来るものが皆、そのように希望を抱き、明日を生きてくれることを望む、そんな国造りをしたいと感じた。マルゲルは二村に着くまでの間、子供の自慢を嬉しそうに語っていた。僕もこれから産まれてくる自分の子供を想像しながら楽しい時間を過ごした。それもミヤと合流するまでだったが。案の定、置いていったことをご立腹で、機嫌を直すのに苦労したのは言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミヤが色々とうざ過ぎる
[気になる点] 誤字報告 『もともと街の開拓者が浸かっていたテントがあるのでそれを展開して、当面はそこで過ごしてもらうことになった。』 にて、『使っていたテント』が『浸かっていたテント』に、 『見捨…
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