休日 その2
休日生活も半月が過ぎるとやることが無くなっていくものだ。屋敷にこもって酒ばかり飲んでいるわけにもいかず、資材置き部屋の整理をしたり、執務室の片付け、寝室の片付けをしようと思ったものの、実際には資材置き部屋はリードが、執務室や寝室はエリスやマグ姉が普段整理していてくれるおかげで、やることがないのだ。屋敷裏に作った果樹園もすくすくと成長しているものの、特にやることもない。
なんとかリードに頼んで、家具作りのお手伝いを買って出てしまうほど退屈になっていたのだ。僕は、リードが喜ぶと思って、つい奮発してオリハルコンを取り出したがリードは喜ぶどころか怒ってしまった。どうやら普段使う家具という美学に反するようだ。僕が言われるがまま、魔鉄や魔銀を取り出し、加工を施していった。細かい部材を頼まれたので、なんだかんだ楽しく時間を潰すことが出来た。その部材を家具にはめ込んでいく様子は見ていて飽きるものではなかった。
家具はただのタンスだが、妙に愛着が湧いてしまって、リードと二人で、エリスから食事の用意が出来た、という言葉がかかるまで、いつまでも眺めていたのだった。マグ姉にも薬づくりの手伝いをさせてもらえないか頼んだが、なかなかいい返事をもらえなかった。仕方がないので、諦めるふりをして、こっそりと薬局まで付いていくことにした。これも、マグ姉を守るためだと一人言い訳をしながら。
薬局には、既に何人か薬待ちをしている村人がいた。僕が中にはいると、皆気付いたみたいで挨拶をしてくる。僕も挨拶を返していると、ようやくマグ姉が気付いたのだ。
「なんで、ここにいるのよ。家で休んでなさいって言ったでしょ!!」
僕は風をひいた子供か? と思いたくもなったが、ここは冷静に対処をしなければ。
「マグ姉の仕事ぶりを見ようと思ってね。僕は一応、この村の村長だからね。見届ける義務があるんだよ。分かったら、仕事を見せてくれないか?」
僕はここぞとばかりに、権力を振りかざしマグ姉を説得にかかった。僕の手札のなさに、我ながら嫌になる。さすがにそう言われたマグ姉はため息混じりに奥の調剤部屋に案内してくれた。中に入ると独特な薬の匂いに充満していた。仕事をしている証拠だな。
マグ姉は慣れた仕草で椅子に座り、すぐに調剤を始めた。薬草の粉末を取り扱っているのが見えたので、なるべく近づかないようにした。息で吹き飛んでも嫌だしね。僕があまりに遠くにいるものだから、マグ姉も落ち着かないのか、近くに来ても大丈夫よ、と声を掛けてくれた。僕はその言葉が嬉しくて、つい近づきすぎてしまった。
逆に、ちょっと離れてと言われて、落ち込みながら一歩後ろに下がった。それからは、無言で作業を続けていく。最初はマグ姉の手元の調剤しているところを見ていたが、徐々に上の方に向かっていき、顔や全身をつい見てしまう。どうして、仕事をする女性はこんなにも美しく感じてしまうんだろうか。つい、抱きしめたくなる衝動にかられてしまう。しかし、ここで抱きついてしまうと、ここを間違いなく追い出されてしまうだろう。
僕は、一段落着いた頃を見計らって、手伝いを申し出ることにした。難色を示していたが、頼み込むと意外にも了承してくれた。黙って付いてきた甲斐があったな。僕に与えられた仕事は、薬草を粉末にする作業だ。薬草によってすり鉢を変えたり、道具を変えたりするらしいが、僕に任せられたのは風邪薬の原料となる一種類の薬草だけだった。今は、とにかく必要量が多いみたいで、いくらあっても足りないらしい。
僕は一心不乱に薬草を粉末にする作業を続けた。ハッキリ言って、僕は政治や軍事よりこういった単調な作業が好きだ。といっても、作業をしていると色々と見えてくることがある。単調な作業の問題点は、疲れと飽きだ。この二つを克服すれば、いくらでも出来てしまうものだ。疲れは、道具の持ち方や体の向きや角度なんかを調整すると、上手くいくことが多い。必要があれば、道具の手入れも重要だ。しかし、マグ姉はしっかりと道具の手入れをしているのか気になることはなかった。
あとは、飽きの克服だが。これは人それぞれだが、僕は作業効率を上げる方法を探求し続けることだ。それだけで時間はあっという間に過ぎていく。もっと長い時間となれば、話は別だが。そんなことを考えていたら、あっという間に時間が過ぎ、目標量以上に粉末を作ることが出来た。これには、マグ姉は素直に感謝をしてくれた。なんだか、こういう関係というのは新鮮でいいな。
それから、しばらくマグ姉は作業を続け、僕とマグ姉は二人、手を繋ぎながら帰っていった。道中では、アルコールが入っていない酒風飲料をどうやって作るかで盛り上がった。その後、試作品が完成して妊娠している人に大いに人気を博した。その後、公国内でも飲まれるようになったのだが、それは別の話。
家でゴロゴロとしていると、ゴードンが僕の暇つぶしを手伝いにやってきてくれた。というのは冗談で、公国内の報告をまとめたものを持ってきてくれたのだ。それでも時間が潰せるとなるとありがたい。僕はゴードンを執務室に案内して、ついでに酒を持ってきてもらった。相手を変えて飲むのもいいものだろう。
「ロッシュ村長、なかなか寛げているようで良かったです。ずっと、公国のために気を張り詰めていらっしゃっていたので、休みを取られたのは良かったと思っております。皆も安心しておりますでしょう」
ゴードンのこういった言葉は、父上を思い出してしまう。どうも、ゴードンに父上を時々見てしまうのは良くない癖だな。ゴードンは用意した酒をぐっと飲んで、いつになく感心した声をあげた。
「最近の酒は特に美味しくなりましたな。公国内でも非常に評判になっているんですよ。毎日飲みたいという声が日に日に増している始末で。なんとか、増産をして実現してやりたいものですね」
ほお、そんなことになっていたのか。確かに品質が向上していることは僕も同意だ。しかし、年々増産をしているはずだから、毎日飲めるくらいには在庫はあるはずだが……そこでふと、ミヤと眷族、ドワーフ達を思い浮かべてしまった。まさかな。あんな少人数で酒の供給量に穴を作るはずがない。そこで、あの吸血鬼とドワーフの飲み比べを思い出すと、有り得るかもと考えをすぐに改めてしまった。すまない、公国の民よ。
「ゴードン。公国の民には安心せよと伝えてくれ。すぐに、増産態勢を強化するつもりだ。酒倉からも増産の相談が来ていたが、作りすぎてもと心配していたが、僕の杞憂だったようだな。早くとも今年の秋くらいには、量を出せるんじゃないか?」
ゴードンは、嬉しそうにそれがよろしいと思います、と同意をしてくれた。秋と言えば、祭りだな。祭り……そういえば、王国との戦いに勝ったことを祝する祭りをすると言っていたが、忘れてないか? それに成人式もあるし、結婚式もあるぞ。祭り尽くしではないか。ゴードンに相談すると、もちろん準備は進んでおります、と期待を持たせてくれる言葉が返ってきた。さすがだ、ゴードン。しばらく、二人で酒を飲み交わしていた。
「ロッシュ村長。そういえば、公国内の街や村からお願いが出ておりましたぞ」
ほお。なんだろ? まぁ、出来たばかりの街ばかりだからな。要求が多いのは当り前だろ。しかし、基本的にはゴードンだけでも片付けることは簡単なはずだ。それを言ってくるということは、なにやら重い話か? 酒を飲みながら話す話ではなかったら、後日に回したいところだな。僕は話の続きをゴードンに促した。
「各地で、農地の開拓を急がせているのは周知のことです。それは問題なく進んでおります。しかし、生活物資の確保が難しくなってきたのです。なぜかと申しますと、職人の不足です。鍛冶、服飾、大工などは十分に確保出来ていません。一応は確保するために各職人には努力をしてもらっているのですが、間に合いそうもないのです」
なるほど。たしかにそれは大きな問題が。人が暮らしていくためには衣食住は欠かせない。食はともかく、衣住がままならなくては不満も出てもおかしくないだろう。ゴードンの言う通り、今は各職人に内弟子という形で教育をしてもらっているが、どうしても職人も仕事をしなくてはならないため、教育に時間を割けないでいるのだ。そのため、育成に時間がかかっているのが現状だ。となると……
「ゴードン。学校を作ってみるか。以前、子供が通う学校というのを話したと思うが、職人を養成するための学校だ」