久しぶりに新村に行こう
ハヤブサが屋敷に来て、一時騒然となった。特にミヤは魔獣の生態は知っている方なので、屋敷に連れてきたことを物凄く非難してきた。僕は、なんとかミヤを宥めて、ハヤブサはここにいても大丈夫になったんだ、と言ったのだが、全く信用しようとしなかったのだ。だったら、一晩、僕とハヤブサを見張っていようか? というと、どういうふうに捉えたのか、少し顔を赤らめ、コクリと頷いた。一応は、勝手にハヤブサを連れてきた僕にも責任はあるからな。それに、ミヤの言うのように危険がないわけではない。今晩くらい見張っておく必要性はあるかもしれない。
ただ、魔石のことを言わないで説明することは難しい。こういう時はリードに相談するほうがいいな。魔石の秘密をこの屋敷では唯一打ち明けられるからな。リードを人気のないところに呼び出し、ハヤブサが魔の森外で行動できる理由に魔石が絡んでいることを説明すると、意外にも言っても大丈夫ですよと言ってくれた。
「魔石は、意外ですが魔の森では希少ですがないことはないんですよ。こっちだとアダマンタイトみたいな扱いだと思えばわかりやすいと思いますが。問題は、その魔石をリリ様が作り出せることを知られることがマズイんです。ロッシュ殿も有用性に少しは気付いたと思いますが、魔石を欲しがる者は数多といるんです。それにエルフが関わりたくないということなんですよ。ですから、魔石のことはいいですが、リリ様から手に入れたというどころだけ伏せてください。採掘のときにでも見つけたと言ってください。困ったら、私に振っても構いませんから」
ありがたい。リリの秘密を知ったときから、こんなに悩むとは想像もしていなかった。でも、近くにリードがいてくれて本当に助かる。僕は何度も礼を言って、一緒に居間に戻っていった。僕達が二人で会っていたことを詮索するものがいないのは、皆のいいところだ。
僕はハヤブサのことについて、打ち明けることにした。信じてもらえるかわからないが、と前置きを忘れずにした。
「フェンリル、というか魔獣が魔の森の外に出るとおかしくなってしまうのは、知っていると思う。フェンリルもその例外ではないが、魔石という魔力を封じ込めた石があるそうだ。僕は偶々その石を持っていたのだが、それをハヤブサに取り込ませたら、魔の森の外でも変わらずに行動できるようになったのだ。僕もまだ半信半疑だが、今夜はそれを確認しようと思っている」
魔石という言葉に反応したのは、ミヤだけだった。それはそうか。知っているとすれば、ミヤだけだからな。
「色々とわからないところがあるけど、まあいいわ。それよりもどうして、ロッシュが魔石なんて超貴重なものを持っているのよ。オリハルコンの時も驚いたけど、私からすればそれ以上よ。魔王だって、手に入れるために方方に兵を送って、少し手に入るかどうかってものよ。しかも、それを魔獣に使うなんてもったいないわ。あれを魔酒に入れたら……」
最後のほうはかなり脱線してしまったが、僕はリードに言われた通り、採掘で偶々見つけたと言うと、ミヤは更に突っ込んできて、どうして魔石だってわかったのか、と聞いてきたので僕が窮しているとリードが助け舟を出してきた。
「ミヤさん、それは私が教えたのよ。ロッシュ殿が不思議な石があるというので見せてもらったらね、それが魔石だったの。ミヤさんの気持ち、よく分かるわ。魔石だものね。でも、ロッシュ殿なら持っていても不思議でもないかなとも思ってしまいましたけど」
そう言われてはミヤも引っ込むしかない。最後に、魔石を魔獣に使うって方法をどうやって知ったのか、と聞かれた。これは簡単だ。
「それは、ハヤブサが話してくれたのさ。僕も驚いたけど、今、ハヤブサは普通に人の言葉を話すんだぞ」
今日一番の驚きの声が上がった。分かるぞ。僕だって、悲鳴をあげたくらいなんだから。その話をすると、皆がぞろぞろと軒下にいるハヤブサの元に向かい、皆が一斉に話しかけた。しかし、ハヤブサは何も反応することはなかった。あれ? もしかして、話せないくなったのか? それとも、やはり体調を崩してしまったのか。僕は、ハヤブサに大丈夫か? と話しかけた。
「主。私は大丈夫だ。少し寒いが、なんとかなるだろう」
それを聞いただけで、周りは歓声をあげている。余程、物珍しいのだろう。再び、皆は話しかけたが、やはり反応がない。それどころか、牙を向いてくる始末だ。僕がどうしたんだ? と聞いた。
「これは私の習性だ。主と認めたもの以外に靡くつもりはない。例え、主の番でもそれを変えるつもりはない」
そうか。まぁ、元は野生動物だからな。仕方ないこともあるだろう。まぁ、ハヤブサが何を言っても興奮は覚める様子はなかったが。僕達はハヤブサを残し、再び屋敷の中に戻った。それからはハヤブサが話したことを話題に宴会が始まり、魔の森の畑付近で獲れた魔獣の肉をつまみに今日も酒を痛飲することになった。今日からは、マグ姉が僕と一緒に寝ることを遠慮したので、ミヤとシェラの三人で仲良く寝ることにした。結局、ミヤはハヤブサを見ているのは面倒くさいといい出したので寝ることにしたのだ。僕は、クレイがまだ新村から戻ってこれないことを心配しながら、寝ることにした。
次の日から、僕はハヤブサに騎乗してラエルの街や新村に行くことにした。ハヤブサは単独でもかなりの力を持っているので、魔獣に遅れを取ることは決してない。ましてや逃げるなどは容易に出来てしまうのだ。だから、僕一人でも、ラエルの街に行けると言ったのだが、どうしてもミヤの眷族だけはつけてもらうとミヤがしつこかったので、結局、眷族を同行する形になった。
僕は眷族がハヤブサに付いてこれるか疑問だったが、何も問題はなかった。しっかりと付いてきているのだ。吸血鬼の俊足を見て、ふと、吸血鬼が追い出された魔界の恐ろしさを考えてしまった。寒さなのか、恐怖なのか、ブルっと体が震えてしまった。あっという間にラエルの街に到着した。そこで、ルドと会い、ハヤブサを紹介した後、ドワーフを受け入れることになったことを説明し、僕は再びハヤブサに乗り、新村に向かった。
新村は、僕が最後に見てから更に風景が変わっていた。ここはやや南に下だっているため、雪は然程積もっておらず、歩くのに支障がまったくないのだ。ただ、さすがに農業は出来そうにはないな。僕はクレイのいる場所に向かっていった。クレイのいる建物も随分と立派になっていた。普通の家という感じだ。更に奥に屋敷のようなものが建設されている途中であることを見ると、ここに新村の代表が住むことになるのだろうな。
代表って誰になるんだろ? とりあえず、クレイに会いに行くか。僕は建物に入り、受付? みたいな人がいたので自分の名前を告げて、クレイに会いたいと言うと、しばらくお待ちくださいと言われ、待つことになった。そこには、何人か先客がいたようで、僕もぼーっと待つことにした。なかなか順番が来なかったので、僕は船大工のテドのもとに向かうことにした。受付の人に、また来ますとだけ言って建物を離れた。
船大工の工房は、東の港を作る予定地に建てられている。僕が行くと、立派な工場が出来上がっており、中では船大工達が船の骨格を作っている真っ最中だった。僕がそこ作業風景を見ていると、テドが慌てた様子でこっちにやってきた。
「ロッシュ公じゃないですか。さっそく、見に来てくれたんですね。今、作っているのは公国では一号機となる船ですぜ。30人乗りの小さな船ですが、ここの木材はかなり上質なんでね。いい船が出来上がりそうですよ。早くて、一ヶ月といったところですか。まだ、新人の船大工ばっかりだから遅いですが、一年もすれば、大型船の挑戦していきますよ。それまで、気長に待ってくれると助かります」
30人乗りはそんなに小さい船ではない気がするけど。テドは新人船大工と言っていたが、とんでもないと思う。手際を見ていたが、素人目からしても腕がいいように見える。要求するレベルが違うのだろうが、テドの言う一年後というのがどんなことになっているのか非常に楽しみなところだな。
「ところで、ロッシュ公はなぜ一人で、ここに? てっきり、村長と一緒かと思ってましたが」
村長? 誰のことかと聞くと、クレイさんだと答えた。いつの間になっていたんだ。まぁ、この新村についてはクレイに任せているから、村長と名乗ってもいいんだけど。僕は、クレイがいる建物に入って面会を求めたけど、なかなか会えなかったから、こっちに来たことを言うと、テドは顔を真っ赤にして怒り心頭といった様子だった。
「あいつら。ロッシュ公になんてことしやがるんだ」