魔の森への旅の準備
ロドリスとの会談も終わり、砦、街、村の同時建設がいよいよ始まろうとしていた。日々、村から一時集積場所としているラエルの街に荷車が送り出されていく。特に製材された木材が多く送り出されていく。新たに作られる街や村の周辺でも森があるため、そこから建材を取る予定だが、どうしても初期の住民の簡単な住居などを作るのに製材された木材が必要となる。そのための物だ。家屋が出来てくれば、後は必要に応じて、木の伐採をして加工すればいいのだ。鉄も追々運ばれていくことになるだろうが、鉄を使う場面はまだ当分は先になるだろう。
新村からは、良い便りが届いた。船大工であるテドが、ついに造船を始めたという報告だ。僕からは、漁船を作ってもらうように頼んでいたが、造船場を建造してからという話だったので、もしかしたら春になるかもしれないと思っていたが、建築を急いでやってくれたようだ。テドは、元は部下を多く抱えた船大工だっただけに、腕は確かだろうから、失敗をするということはないだろう。そうなると、早くて一、二ヶ月の間には船を完成させてくれるだろうから、本格的な漁業はそれからということか。となると、必要となる網を調達しなければならないな。
幸い、この村には綿が豊富にある。年々、綿畑を拡張してきたのと、父上が遺してくれた綿のおかげで人口が爆発的に増えた今でも在庫を多く抱えていられる状況なのだ。だけど、実際は綿を消費する服飾の職人が圧倒的に少ないから消費も少ないのが実情だけど。なかなか職人を増やすのは難しいらしく、新たに住民となった者たちに経験者がいないか探したが、残念ながらいなかったのだ。僕は、服飾店のトールを尋ねた。
トールの店には、多くの従業員が忙しそうに動いており、次々と服を作っている様子だった。僕の姿を見ても、挨拶はしても、手を休める者がいないほどだ。店の片隅には、山のように服が積み上がっているが、どれも発注品のため、すぐに無くなってしまうらしい。僕が、皆の仕事を眺めていると奥からトールがやってきた。
「ロッシュ村長。ご無沙汰しております。狭くて申し訳ありません。弟子が増えたせいで、店が手狭になってしまって。近々、増築をしようと思いまして、大工のレイヤさんに頼もうと思ったのですけど、新婚さんですからね。遠慮して、他の大工に頼んだ次第で。とにかく、一日も早く弟子たちには巣立ってほしいと思って、休みなく働かせているんですよ」
そんな事態になっていたのか。しかし、そうでもして服飾の職人を増やしてくれないと、皆、ボロを身にまとっていなくてはならなくなるからな。それだけは避けなければならない。トールには、大きな負担をかけてしまっているな。僕は、トールにここに来た目的である漁業に使う網について説明した。
漁業で使う網だが、綿を使用するつもりだ。綿の繊維に捻りを加え、一本の糸にして、数本を束にして捻りを加え、太い一本にしていくとかなりの強度を得ることが出来る。用途に応じて、束にして捻るという回数を増減させるとよい。
「トールには、漁業用の網を、綿糸を製造しているところに作ってもらえないかお願いしてもらえないだろうか? 」
それに対して、トールは快く返事をしてくれた。せっかくなので、新作の水着について、いろいろとトールと話し、有意義な時間を過ごすことが出来た。僕はその足で、鍛冶工房に向かうことにした。釣り針もいくつか鍛冶工房に依頼しておくためだ。網での漁業を中心に行っていく予定だが、船が増えていけば、釣り針を用いた漁業も始めていく予定だ。釣り針は構造は簡単だが、魚に応じて大きさや強度が異なるため、いろいろな形を要求されるものだ。だから今のうちに釣り針を作っていた方がいいだろう。
鍛冶工房のカーゴも快く受けてくれた。鍛冶工房も弟子がかなり増えていて、最初の弟子がすでに弟子を教える立場になっていたのには驚いた。よっぽど、カーゴの教育がいいのだろう。是非、今度秘訣を聞いてみたいものだ。カーゴとは、新兵器について色々と話し、今度試作機を作るという話でまとまった。
方々に指示を出し、漁業の準備を急がせることにした。食料の在庫が心許ない現状では、冬の間でも獲れる海産物はかなり優良な資源となる。もちろん、魔の森があるため、冬の生産は出来ないことはないが、やはり魔獣の存在があるため、簡単に面積を拡大することは難しい。そのため、魔の森に頼らずに食料生産をするのが望ましいのだ。
僕は、ゴブリンの女王に会うための準備をすることにした。ゴブリンの女王は、僕が眷属化して以降、見返りもなく村に多くの鉱物を運び込んでくれているのだ。ただ、魔の森産の金属や宝石類は加工が非常に難しい。正確には魔力を持たない者にはだが。そのため、その殆どが在庫として魔牛牧場の片隅に保管されている形になっている。時々、スタシャが取りに来ているみたいだが、それでも全体量からすれば微々たるものである。
ゴブリンの女王に会う目的には、その鉱物のお礼が含まれるが、主として小さな巨人、ドワーフの居場所を聞き出すためだ。ドワーフは、魔の森産の鉱物の加工をさせれば、魔界でも随一の技術を持っていると言う。この村にも唯一、ドワーフ製の油絞り器があるが、魔鉄が完全に劣化しているため使い物にならない。しかし、構造からするとかなり高度な技術があることが伺える。実際に使ってみたかったが。
ドワーフに会ったら、油絞り器を修復してもらうことを第一の目的としているが、まずは会ってみたいという好奇心だ。魔界でも職人として名高い者たちが、会おうと思えば会える距離にいるのだ。是非会ってみたいという衝動に駆られるのは仕方がないことだろう。
僕はエリス達に魔の森に入って、ゴブリンの女王に会い、ドワーフを探す旅をすることを話し、皆を説得する時も殊更に公国のためという部分を強調したところ、エリスやマグ姉は心配しながらも同意してくれた。リードは、魔金属の加工が出来る者という部分にひどく興味を持ったようで、いろいろと設計図を持ち出してきて、僕に見せてこようとしたが、すぐに断った。今回は、会えるかわからないのに、設計図を持ってなんて行けないだろ。リードは、かなり落ち込み、今回は加工をしてもらえないと分かると一気に興味を失っていた。
クレイは、魔の森というものにかなり興味を示していた。王国でも魔の森はかなり知れ渡っていて、かなり恐ろしい場所という認識だったのが、僕みたく魔の森をよく出入りするのを見て、魔の森に入ってみたいと感じていたようだ。ただ、クレイには新村での役割があるため、まだ連れて行くのは難しい。それに、魔獣を相手に戦うのは困難だろう。行けないことが分かると、落ち込んだものの、僕を心配して見送ってくれるようだ。
ミヤとシェラは、僕が魔の森に行くなら付いていくという態度を変えるつもりはないようだ。僕も、この二人は連れて行くつもりだったので特に何も言うことはなかったが、ミヤだけはドワーフに会うことにかなり躊躇している様子だった。魔界にいた頃に、魔酒をドワーフにすべて買い占められた記憶が恨みとして忘れられないようだ。シェラは、回復要員としても使えるので、僕に何かあっても対処できるので、長旅をするなら付いてきてもらったほうが助かるのだ。
今回の旅は一ヶ月位を予定している。大体、それくらいに戻らなければ、色々と予定が狂ってしまう。その間の屋敷のことはマグ姉に任せることにして、僕とミヤ、シェラの三人とミヤの眷族を数人連れて、目的地であるゴブリンの女王のもとに向かうことにした。




