魔獣飼育施設
僕達は、会議室に戻り、簡単に新村についてに予定を決ていった。クレイは、新村に同行したいと言うので、街に残ってもらうことにした。僕は、近くの部屋に二人を迎えに行くことにした。部屋に向かう足取りがどうしても重くなる。眷族も非常に申し訳無さそうな顔をしていた。
ミヤとマグ姉がいるだろう部屋に入ると、二人がすっかり村に戻るための支度を終わらせて、優雅にお茶を飲んでいた。あれ? 酒を飲んでたんじゃないのか? どうやら、酒がなくなってしまったので村で飲み直すために支度して待っていたそうだ。そうか、亜人達に街の備蓄の酒の殆どを放出したから、二人の飲む分がなくなってしまったのか。まぁ、酔っていなくて良かった。
僕達と眷族で村に戻ることにした。ライル達自警団は明日の新村にゴードンと共に向かうために残すことにした。馬に乗って村に向かった。馬に乗って魔の森を抜けていくと一時間で村でたどり着くことが出来るので、眷族がいる場合は、街と村を簡単に行き来することが出来るのだ。
魔の森の草原地帯に入った時、行きの時も見た魔獣飼育の実験場が見え始めてきた。僕は、ミヤとマグ姉に実験場に向かいたいと言うと、マグ姉はかなり興味があったようですぐに賛成してくれてたが、ミヤは駄々をこねていた。
「いやよ。魔獣なんて見て何が楽しいのよ。それよりも村で魔酒が私を待っているのよ。すぐに帰ってあげないと。マーガレットだって、村で飲み直したいってあれほど言っていたじゃない!」
マグ姉がちょっと心が揺らいでいるようだ。この二人の酒好きには本当に困ったものだ。
「いいか。魔獣を村で使うための実験なんだ。魔獣は村で使おうと思っても、数時間しか使えない問題があるんだ。魔獣が魔素のない場所に置くと、数時間で体調を崩したり、凶暴化したりするのだ。それを解決するためにある施設なんだ。施設では足が早くて、力の強い魔獣が選ばれるだろう。これが実用化されれば、物流だって大きく変わるんだぞ。薬草を大量に運搬することだって出来るんだぞ。それに酒だって今まで人力だったから多く運べなかったけど、大量に運ぶことだって出来るんだ」
僕が説明すると、自分に都合のいいように解釈をしてくれたのか、ミヤとマグ姉はすぐに行きましょう、と態度を変わったので、そのまま、行くことにした。今のところ、村の物流ってあまり困っていることはないので、僕の言っていることは間違ってないけど、急激に何か変わるということはあまりないのだ。むしろ、長距離での輸送に影響してくるのだ。人と物資の輸送量は、公国が大きくなるほど多くなっていく。現状、輸送に使える動物は、馬だけなのだが、物を運ぶのに適していないのだ。人力による輸送をなるべく減らすために、今のうちから手を考えなければならない。
二人の気が変わらない内に、眷族達に先導してもらって、急いで向かった。近づいてみると、かなり広大な牧場と言った感じで、まだ建物などは途中と言った感じだ。獣舎も建築されていないため、魔獣の姿は見られない。まだ、誰もいないのかな? と思っていると、狼系の魔獣にまたがって、こちらに向かってきた吸血鬼がいた。ミヤも久しぶりと声を掛けていた。
「あの子、この施設を作るって話が出てから、ずっと魔の森を探索していて、牧場の方にほとんど顔を出さなかったのよ」
ほう、そんな子がいたのか。しかし、見た目は狼だが、魔獣ってなんでこんなにデカイんだ? 大きめな馬くらいあるじゃないか。大丈夫と思うが、面と向かうとかなり恐ろしいな。僕が近づくと、跨っていた吸血鬼が手慣れた感じでさっと降りてきた。
「お初にお目にかかります。ロッシュ様。勝手にこのようなことをして申し訳ありません。村の方から魔獣飼育の施設を作るという話を聞いて、居ても立ってもいられずに、こちらに出向いてしまいました」
「ほお。君は魔獣を扱うのが得意なのか? この魔獣は随分と君に懐いているようだが。まさか、魔界では、それと関係している家業をしているとか?」
「私の家業は、狩人ですが、魔獣と接する機会が多かったので、昔から魔獣を探して躾をして飼っていました。この魔獣はフェンリルといって、比較的従順になりやすいので、魔獣飼育には適していると思います」
なるほど。こんなところで魔獣飼育の経験者と出くわすとはな。しかし、この施設はゴードン辺りが指示を出して作ったものなんだろうか? 僕が提案したことを実行に移していてくれるとは、流石だな。この施設の建設を見た限りでは、建物さえ完成すれば、すぐにでも稼働できそうな状態だな。しかも、ここにこの施設を任せられる者もいることだしな。
「君には、この施設の責任者を任せたいのだが、どうだろうか? 僕はこの施設に期待するところは非常に大きい。君のように魔獣の扱いに長けている者がここの責任者となってくれることは非常に心強いのだ」
吸血鬼は気色を浮かべて、是非ともと快諾してくれた。よし、これで話を進められそうだな。と思っていると、後ろにいたミヤが僕の肩をポンと叩き、名前を与えてくださいと言ってきた。やっぱりそう来るのね。ククルと言う名前を付けた。
「ありがとうございます。ククルという名前を大切にします。ロッシュ様」
ククルには、当面は稼働しないものの、狼系の魔獣フェンリルを数頭を確保しておいてほしいと頼んだ。出来れば、雄と雌を確保してほしいが、それは難しいかもしれないということだ。そもそも、従順になるほど躾けるだけでも大変だからな。一応、僕の従属魔法があるが、それはまだ使わないでおこう。それと、もう少し人が欲しいと言うので、ミヤに頼み、人を割り振ってもらった。ククルからは、この施設の裏にトマト畑が欲しいという願いがあったので、吸血鬼のトマトへの執念を感じつつ、了承した。
施設の見学が終了したので、ククルと別れ、僕達は屋敷に向かうことにした。今回は途中幾度となく魔獣に襲われたが、眷族達が難なく撃退していった。その中で、蛇のような魔獣がいたのだが、それを見た眷族達は大興奮していたのだ。どうやら、その魔獣の肉はかなり美味で、滅多に手に入らないので幻と言われるほどらしい。村の近くの魔の森で発見されるのは初めてのようだ。僕もその話を聞いてから、どうしてもその魔獣の肉を食べてみたいと思うようになった。
魔獣の討伐自体はすぐに終わり、眷族達は手慣れた手付きで、魔獣を捌き、肉の塊に仕上げていく。牛一頭分かそれ以上か。とくかく大量の肉塊を持って、屋敷へと向かった。眷族たちとは屋敷の前で解散となったが、その蛇の肉塊の半分近くを持たせてやることにした。どうせ、これだけの量があっても食べきれるものではなかったし、なによりも、眷族達の目が哀れで、分けてやらないと夢に出てきそうだったのだ。
屋敷に戻ってから、エリス達に帰りを報告し、蛇の肉塊の料理を頼んだ。意外だが、普段料理に口出しをしないミヤが、これには多く注文を出してエリスを困らせていたが、久しぶりに難敵に出会ったかのようにエリスは腕まくりをして気合が入っていた様子だった。これなら、夕飯はかなり期待できそうだな。
僕が着替えを済まし、居間のテーブルに着く頃、シェラが部屋から出てきた。ずっと眠っていたのか、かなり寝ぼけたような顔をしていた。
「とても刺激的な匂いがするわね。不思議と目が覚めてしまいましたわ。あら、ロッシュ。おかえり」
とりあえず、顔を洗ってこいと注意をした。面倒くさそうにしながらも、従ってくれたが、どうして、あんなに残念なんだ? 僕がシェラの後ろ姿を見ている傍らで、ミヤとマグ姉は早速酒盛りを始めだした。相当我慢していたのか、いきなりハイペースで酒を消費していく。もう、その光景が当り前になってきたせいか、何の感情も湧かなくなってきた。むしろ、魔獣の肉の方がはるかに気になっている。シェラの言う通り、匂いだけでも全身に震えが来るほど興奮してくる。口にしたら、どんなことになるか想像がつかない。
エリスは複数種類の料理を出してくれるようだ。まず出されたのは、生肉を少し炙っただけのものだ。蛇って生でも大丈夫なのか? とかなり怪しんでいたが、ミヤが構わず、口にして恍惚とした表情をしていたので、僕も小さな一切れを口にすると、全身に電流が走ったような感覚に襲われた。なんて、美味なんだ。旨すぎて、これだけを食べているのは危険だ。僕は目の前のコップになみなみと酒を注ぎ、ぐっと一気に飲んだ。最高の組み合わせじゃないか。マグ姉も僕達の光景を見て、手を伸ばすが、首を傾げている。
「確かに美味しいけど、そこまでかしら。ちょっと、ロッシュもミヤ過剰に反応しすぎなんじゃないの?」
この旨さが分からないだと? そうか、マグ姉には魔力がないからか。前にミヤがそんなことを言っていたな。残念だな……マグ姉。シェラも、スッキリとした顔をして、蛇肉に貪りついていた。そうか、シェラも魔力を持っているから、この肉の虜になっているんだな。僕はすっと酒の入ったコップをシェラに差し出すと、シェラは一気に飲み干し、恍惚とした表情をしばらくやめなかった。
僕とミヤとシェラは、今晩の料理にずっと興奮しっぱなしだった。エリス達は、僕達の興奮に少し引いていたが、仕方がない。だって、旨すぎるんだもん。夕飯が終わり、風呂に入ることにした。かなり酒を飲んだはずなのに、足取りが軽い。とても気持ちいい気分だ。むしろ、元気が有り余っている気がする。この蛇肉は、元気になる成分でも入っているのか?
僕は、ちらっとミヤに目をやると、分かっていたのか、ニヤッと笑って一緒に入ることにした。もちろん、シェラも便乗してきた。マグ姉はもう少し飲むと言って風呂は辞退してきた。僕とミヤとシェラ、三人でのぼせるまで風呂場で楽しんだ。