クレイ③
僕はエリスとリードと静かに食事をしながら、二人の質問に答える形で昨日と今日の出来事を振り返り話していた。エリスは僕の話に色々な感情をして聞いていたが、リードはやはり戦場に出たかったみたいで、次こそは私も!! と息巻いていたが、子供の話をしたら、落ち込んでいた。さすがに母親となるのに戦場に出すわけには行かないだろ。
楽しい夕飯を楽しんだ後、僕は明日に備えて、早めに寝ることにした。ただ、昨日から戦場に出ていたので、体がとても気持ち悪い。僕は風呂に入る準備をしようとしたところで、マグ姉に止められた。
「ロッシュ。もしかして、お風呂に入るの? だったら、私達も一緒に入るわ。昨日から入ってないから気持ち悪くて仕方なかったんだもの。飲むのは後にして、クレイも一緒に入りましょう。ここの風呂は最高よ。露天風呂と言って、広くて、夜空を見ながら湯に浸かるのよ。とても、気持ちいいんだから」
「風呂ですって⁉ それは、暖かい湯が湧いてくるもんですか? 私、一度入ってみたかったんです」
湧いてくるって、温泉のことかな?
「残念ながら、温泉ではないぞ。水を温めているだけだ。クレイの国にはなかったのか?」
「我が国では、そのような風呂というものは存在しません。しかし、暖かい湯が地面から湧き上がる場所があるという噂を聞いたことがありまして、それのことかと勘違いいたしました。温泉というのですか。それにしても、ロッシュ様はなんでもご存知なのですね」
するとマグ姉が、温泉って何? と聞いてきた。どうやら、温泉というものは一般的ではないみたいだ。たしかに、この辺りで温泉らしいものを見たことがないな。火山地帯とかがあれば、温泉というものに巡り会えると思うんだが。僕が温泉について、説明すると、それを聞いていた女性陣全員がそれに入りたいと言ってきた。温泉か……あれば浸かりたいものだな。
とりあえず、風呂に入るという話でまとまったと思ったら、クレイがここで入るのを拒絶しだした。
「ちょ、ちょっと待ってください。ロッシュ様も一緒に入るのですか? ということは、裸を見られるということですよね? その、私、まだ心の準備が……」
そんなことを言っていると、マグ姉とミヤが結託したかのように、クレイを強引に露天風呂に連行していった。別に僕とずらして入ってもいいと思うだけど。まぁ、成り行きに任せよう。
僕とシェラも露天風呂に向かった。エリスとリードは、食事の片付けを先に済ませたいから、風呂は後で入ると言っていた。風呂場に着いたが先に向かったはずの三人の姿は見えなかったのだ。まぁ、あとで来るだろうと思いシェラと共に湯に浸かっていると、後ろから女性たちの声が聞こえ始めた。
僕は声のする方向を見ると、湯気に紛れた三人のシルエットが見えた。三人とも特徴的だからすぐに分かった。僕は確認した後、正面に向き直して、深く湯に浸かった。隣りにいるシェラも気持ちよさそうにしている。すると、真後ろから、クレイらしい声が聞こえた。らしいというのは、口調が全然違ったからだ。
「あ、あの。ろ、ロッシュ様。私も一緒にお風呂に浸かってもよろしいでしょうか?」
僕は、もちろんだよ、と声をかけようと、後ろを振り向いた。そこには、タオルで体を隠しているが、とても戦場に出ていたとは思えないような細身の体だが、よく見ると、全身がかなり絞まっているのが分かる。まさに、虎系の亜人と思わせる、とても美しい体だ。しかし、クレイの表情を見るに、先程の自信に溢れ、気高い印象の彼女とは一転して、自信がなく、弱々しいかった。とても、同一人物には。待てよ、そういえば、クレイを助け出したときもこんな感じだったな。
疑問はさておき、とりあえず、湯に浸かってもらうことにした。外は寒い。風邪を引かれても困るしな。マグ姉とミヤは既に風呂に浸かっていたので、何も声はかけなかった。改めて、クレイに、僕の疑問をぶつけると、ビクッとした様子で、なかなか話し始めない。すると、マグ姉が間に入って話し始めた。
「クレイね。面白い秘密があったのよ。クレイはね、武器を持つと性格が変わるのよ。ここにいるクレイが本当の姿で、さっきまでが変わった性格の彼女だったの。私は初めて見たからビックリしたわ」
僕は、クレイに本当なのか? と確認すると、コクっと頷いた。少しビクついて、小さな声で話し始めた。
「マーガレットさんの言う通りです。この性格は、王家の者に遺伝しているみたいなんです。ですから、幼少より武器を手放さないように教育を受けて育てられるんです。本当は、風呂に武器を持っていこうとしたんですけど、マーガレットさんとミヤさんに奪い取られてしまい、このような姿を晒すことになったのです。失望しましたか?」
なるほど。クレイが常に武器を手放さなかったのはそういう理由だったのか。
「疑問が解けて、とてもスッキリした気分だよ。でも、王家の秘密とかなんじゃないのか? 僕は、クレイの2つの姿を見れて嬉しいよ。さっきみたいに気高く力強い姿も美しいと思うけど、今の可憐な姿もとても可愛らしくて、僕は好きだよ。クレイさえ良ければ、屋敷では本当の姿を見せてくれないかな」
クレイは顔を真っ赤にして、逆上せてしまったようだ。それでも、なんとか、笑顔ではい、と返事だけはしてくれた。しばらく、クレイの体を冷やしていると、いつもの状態に戻ったようだ。すると、ミヤが僕の方に近づいてきた。
「話は終わったかしら。ここからは、ご褒美をもらう時間よ。私、昨日と今日、いっぱい頑張ったんだから、ご褒美頂戴」
そういうと、シェラとマグ姉も便乗してきて、クレイを置き去りに、四人で楽しむことになってしまった。終わった後、クレイを見ると本当の逆上せてぐったりしていた。僕は慌てて、クレイを抱えて、ベッドに運び込むという一騒ぎがあった。
次の日、僕はクレイが寝ている寝室にいた。といっても、ここで夜を明かしたわけではない。クレイが起きる前にこの部屋に来たのだ。僕がクレイの寝顔を見ていると、彼女が静かに目を開けた。僕の姿を見て、ちょっと怯えた様子をしていたのは少し傷ついたが、昨日の風呂での出来事を見ていれば、そんな目を向けてくるのは仕方がないか。
「おはよう。寝起きに申し訳ないね。クレイに渡しておきたいものがあって、居ても立ってもいられずに来てしまったんだよ」
「おはようございます。こちらこそ、びっくりしてしまって申し訳ありませんでした。それで、渡したいものとは……ここでないといけないものなのでしょうか?」
僕は変な物を渡すと思われているのかな? 僕は、そんなことはないんだけど、といいながら、ポケットから指輪を取り出した。
「これはね。僕と婚約したときに相手に渡すことにしている指輪なんだ。エリス達の指を見ていたかな? あれと同じものだよ。受け取ってくれるかな?」
そういうと、クレイはポロポロと涙を流して、ハイと言って、受取ってから左手の薬指に嵌めてくれた。クレイはしばらく指輪を眺めて、小さな声で、きれい、と呟いた。
「気に入ってくれたようだね。それはね、アウーディア石と言ってね、王国の名前のもととなったものなんだって。とても貴重なものらしいんだけど、指輪にするくらいなら困らないくらいにはこの屋敷にあるから、気にしなくていいからね」
クレイは石の存在を知っていたようで、受取りを拒んだので、無理やり渡した。これを受け取らないと婚約は出来ないと脅しまでして。そんなことは決してないんだけどね。とりあえず、この指輪を僕は妻達との繋がりの証にしたいんだ。それと最後に僕はクレイに言った。
「愛しているぞ。クレイ」




