王国からの侵略 第一次攻防戦①
収穫祭の翌日、僕がやっと眠りについた明け方に、屋敷のドアが強く叩かれた。僕は、ウトウトとした状態から一気に覚醒し、近くにあった服を拾い上げ、急いで着替えた。まだ、ミヤ、マグ姉、シェラは夢の中だ。昨日の酒がまだ体に残っているのだろう。居間の方に行くと、すでに着替え終わったエリスとリードが緊張した顔で立っていた。こんな明け方に乱暴なノックは緊急を知らせるものだろう。
すると、外から僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。この声は、ライルか!! エリスがドアの方に向かおうとするのを制止し、僕が向かうことにした。身重の体に何かあったら、一大事だ。ドアを開けると、ライルが神妙な顔で立っていた。昨夜の浮かれた顔を想像していたが、一転して、考えを改めさせられた。
僕は、ライルを屋敷内に招き、エリスに暖かいものを用意してもらった。もう冬が間近に迫っていることもあって、明け方の寒さは身に堪える時期になっていた。エリスは、すでに準備をしていたようで、すぐに出してくれた。しばらく、沈黙が続き、ライルが口を重そうに開いた。
「村長さん。一大事になりそうだ。心して聞いてくれ。調査隊から報告が来たんだが、西の街道、街から50キロメートル程の場所で王国軍と思しき大軍を発見したみたいだ。数は夜だったため、正確な数字は不明だが、おそらく二万人は下らないということだ。その大軍は、街の方角に向かって進軍しているということだ」
僕はライルの報告を聞いて、言葉が出なかった。側で聞いていたエリスもワナワナと小刻みに震えていた。エリスには聞かせるべきではなかったか。僕は、この重大性をなかなか飲み込めないでいたが、すぐにゴードンとルドを招集するようにエリスとリードに頼んだ。とにかく、一刻も争う事態だ。発見者が見た段階で50キロメートルということは、今はどれくらい離れているんだ?
「呼ぶには及ばないぜ。ゴードンさんとルドベックはすぐに屋敷に来るはずだ。オレはルドベックと共に報告を聞いたから、すぐに駆けつけたんだ。ルドベックは街での仕事を終わったら、すぐに来るだろうよ。ゴードンさんには使いを出してあるから、そろそろ……」
そう言っている時に、屋敷のドアが再び強くノックされた。今度はエリスが玄関に向かった。居間に戻ってくると、ゴードンも一緒だ。
「ロッシュ村長。連絡を受けましたが、大変なことですな。いろいろと疑問はありますが、私は何をすればよろしいでしょうか?」
僕は、ライルに現状の予想を聞くことにした。それを下地にして今後の作戦を考えなければ。リードに、僕の寝室に寝ている皆を叩き起こしてくるように頼んだ。エリスには、濃いめのコーヒーとハーブティーを用意するように伝えた。その間もライルは状況を整理しているのか、目を瞑り考え込んでいるようだった。しばらくの沈黙が続いた後に、目を開け、話し始めた。
「敵の戦力、規模、目的の全ては不明瞭なことが一番の問題だ。この点については、調査隊を多く派遣して情報収集を徹底させているから、今は、続報を待つしかねぇな。敵さんの距離だが、おそらくスピードはかなり遅いはずだ。発見してからの時間を考えても、10キロメートルも進んでないだろうな。もし、この領地が目的なら、明日の朝か昼辺りに見えてくるはずだ」
準備が出来る時間は、丸一日ということか。二万もの大軍を相手をするのには、時間が少なすぎる。街の防備は全く固まっていない時に狙われるとは最悪のタイミングだ。冬までに街を囲む壁を設置しようと思っていたが、優先順位を見誤ったか。しかし、時間があれば、壁を作ることもできるか。そうなると、僕のやることは決まってしまう。ということは、準備を指揮するものが必要となるな。
次、戦力だ。ライルに我が領地の戦力について、聞くことにした。
「これからは、うちの領土のことは公国と呼ばせてもらいますぜ。公国内の人口は一万二千人だ。うち、即戦闘に参加できるのは、元第一王子傘下の兵が450人、士官候補として訓練中の者が100人、自警団が街と村で200人、調査隊が100人、弓に長けた狩猟者が50人というところか。あとは、魔族達がどうか。その辺りが全てです。弓の50人を除けば、皆、剣を武器とした接近戦が主な戦い方になるな。もう少し、遠距離攻撃ができればいいが……」
遠距離攻撃か……もう、あれを使ってしまうのか。僕はライルにクロスボウの存在を説明すると、その存在が戦いでどのような効果を生むかをすぐに理解したようで、手を叩いて喜んでいた。
「そんな凄い武器があったなんてな。それじゃあ、訓練もしていない者でも即戦力になるのか。しかも、200丁もあるんじゃあ、かなりの戦力向上だ。ゴードンさん、とにかく誰でも良いから、肝の座った奴を300人ばっかり揃えてくれないか? 戦になっても、逃げないやつが必要なんだ」
「分かりました。早速探しましょう。しかし、そのクロスボウというのは200丁しかないのでしょ? 300人も集めてどうするんです?」
「分かりきったことと聞かないでくれよ。戦は長丁場になるかもしれねぇ。それこそ、四六時中だ。人は疲れれば休まなくちゃならねぇ。余分に人がいれば休めるだろ? それに聞くにクロスボウの性能はずば抜けている。でも、その数少ない200丁を常に使い続けなくちゃ、意味がねぇ。だから、予備の人は必要になってくるだ」
ゴードンは分かりましたと応えた。クロスボウをすぐにここに集めなければな。僕は、エリスの鍛冶工房のカーゴにクロスボウを持ってくるように頼もうとすると、ライルが間に入ってきて、用を頼むなら自警団を使ってくれと言って、表から数人の団員を屋敷内に招き入れてきた。僕は、団員にカーゴに言伝を頼むと、屋敷を飛び出していった。
戦力については、大体把握した。弓が250人、剣が750人。あとはミヤの眷族たちということか。人数ではかなり心許ないな……僕が頭を抱えていると、ぞろぞろと寝室からミヤ、マグ姉、シェラがやってきた。リードもかなり疲れたような様子だ。エリスはすぐに三人にコーヒーとハーブティーを出しながら、事情の説明をしていた。それにもっとも反応していたのは、やはりマグ姉だった。
マグ姉は。神妙な顔をして、ついにこの時が来てしまったのね、と小さく呟いていた。ミヤは、至っていつも通りだが、僕にいつもの感じで話しかけてきた。
「ねぇ、ロッシュ。その敵がもし私達に攻撃してきたら、八つ裂きにしても構わないでしょ? 私達の安住の地を土足に踏みにじろうとしているだもん。死を持って報いさせるべきよね」
シェラはすこし表情が分からなかったが、なんとなく気持ちは分かった。僕をこの世界に送り出したのは、世界の人達を餓えから救うためだ。その者たちからすれば、この村は希望なのだ。それを潰そうとしているものが現れることに複雑な思いを持っているのだろう。
僕は、ミヤの過激な言葉にいつもなら止めに入るところだが、この絶望的状況下でのミヤの強気な言葉は僕に少し希望を持たせてくれた。僕が、ミヤの言葉に大いに賛同すると言った本人がキョトンとして、僕のことを心配しだす有様だった。このやりとりで、少し雰囲気は良くなった。
「ミヤ。正直な所、ミヤの眷族達の戦力をかなり当てにしているんだが、どの程度なのだ? 僕は眷族達が戦闘をしているところを何度か見たことがあるが、人間相手だとどの程度かはわからないんだ」
ミヤが少し頭を傾げて考え込んでいた。ライルもその辺りを詳しく聞きたいのか、皆がミヤの言動に注目していた。




