301.豪快な人
「カイさん、そう言っているけれど」
イルレさんは困ったような表情でカイに尋ねると、カイはステアーを撫でるのをやめ車体から降りた。
「構わない」
グリーナーさんも椅子から立ち上がるとカイの方に向き直ったのだけれど、何故か二人とも動かない。
カイも剣を抜くこともなくいつも通り立っているだけで、正直自分にはよくわからない。だけど命のやり取りをしている人達にはわかる何かがあるのだろうか。
グリーナーさんは無理に飛び込まず、じりじりと迫り、もう手が届く距離まで近づく。目を見開きグリーナーさんが両手を伸ばした直後、はっきりと見えたわけじゃないけれどカイは片足を振り上げ、グリーナーさんは顎を蹴り上げられそのまま後ろに倒れて動かなくなった。加減はしているだろうから死んではいないのだろうけど。
「ク・・・ク、ハッハッハハッハ! 良いね! 良い雇い主だよ!」
少しして倒れたまま大笑いを上げ、起き上がると少し足元をがふらついたので、その場に座るグリーナーさん。その表情はなによりもただ楽しいというだけで威圧感はあるものの満面の笑顔を浮かべている。
「あんたんとこで働かせてくれ! 給金はいくらでもいいからたまに相手をしてくれよ!」
グリーナーさんはただ本能的に強く成りたいだけの類の人みたいだ。殺し合いたいとかではなく、戦うことが自己表現なのだろう。
「イルレの訓練の時間になら良い。 それ以外はしっかりと護衛としての役目を果せ」
「そうかい! ありがとよ!!」
満面の笑みで今度は立ち上がり、すでに専属で護衛契約をしているハスタルさん達の所行くとこれから頼むと挨拶していた。笑顔なのだけれどそれが威圧に見えてしまうのは仕方ない。
「なんか、凄いのが来たねぇ。 ところでグリーナー、誰か良い護衛に心当たりないかい?」
イルレさんが訪ねると、少し考えるようなそぶりを見せ、何度か首を左右に曲げた後思い当たる節があったようだ。
「心当たりが二人いる。 ただし一人は商隊護衛依頼の最中であと数日は戻らない、もう一人は群れで行動をせずにふらふらしていてどこにいるやら」
護衛の依頼中は分かるとして、群れで行動せずにふらふらってはどうゆうことなのだろうか。
「そうなると、他に募集したほうがいいってことだね。 また少し」
「護衛の奴は、順調ならあと二日、遅くとも5日で戻ってくるはず。 飲む約束をしていた、夕方に酒場で待てば会える」
少なくとは一人は数日すれば戻ってくるというのが分かった。それだけでも十分だし、信頼できる人なら助かる。
ただグリーナーさんみたいに戦うことが自己表現な人だったらどうしよう。ステアー商会は武道集団じゃなくて、料理や籠に石鹸などを売る普通の商会なんだけど。
「アウグさんと追加の食材買ってきたよー」
「バターが安く売ってたので多めに買ってきました!」
デュロがアウグさんと一緒に沢山の食べ物を抱えて戻ってきた。王都だと村や町よりも色々な食材が買えるので、昼と夕方に買い出しに出かけている。
グリーナーさんはデュロを見るとの表情がふにゃっと柔らかくなり、なんとなく気が抜けた気がするので子供には特に優しいようだ。
そのデュロも一年以上一緒に居るうちに、剣と槍の鍛錬に刺繍の練習と、イルレさん曰く並みの兵士長よりも強く、皆の価値観からしても苦手と言う刺繍も十分の腕前、料理もいつも手伝っているのでアウグさん曰く結構上手、旅暮らしで他人を見る目もあるし、時折男爵令嬢であるベレッタさんが気晴らしで身だしなみや言葉遣いやふるまいを教えている。
背も伸びたしたぶんこの世界基準で言う成人まであと少しの年齢らしいし、成人すれば商会を離れて自立したいと言えばいつでも暮らしていけるだけの力はあると思う。
「デュロ、新しい護衛に雇ったグリーナーさんだよ」
イルレさんに紹介され、デュロは荷物を下ろすと笑顔で頭を下げる。運動しやすいようにデュロは普段からスカートは履かないので、貴族の子女がやるようなスカートの端を掴んで挨拶はしない。ベレッタさんに教えられているので出来なくはないのだけれど。
「デュロといいます。 これからよろしくお願いします」
「よろしくな!」
グリーナーさんも威圧感のある笑顔でデュロに答える。旅で色々な人を見かけているし、屋台で少しの関わりもあるから、笑顔に威圧感のあるグリーナーさんにも普通に接していた。
「凄い筋肉、カイさん。 わたしもあれくらいになるまで鍛えた方がいいのかな?」
デュロが疑問に思ったらしく、カイに尋ねるけれど首を左右に振った。
「いや、それぞれ適性がある。 今まで力を主としない技巧で教えてきた、力を主とした物とは相性が良くない。 それとも、一からあれだけ筋肉が付くほど鍛えてみるか?」
カイはそう言うと、グリーナーさんは何か期待するような目でデュロを見る。子供が好きなら憧れられたり、目指されるのはやっぱり嬉しい事なのだろう。
でも、比較的標準のようなデュロがあれだけの体格になるなんて、元々の体質とかもあるだろうけど何年かかるだろうか。
「うーん、私はカイさんみたいになりたいから、このままでいきます」
デュロはカイみたいな技術と力のバランスが取れた剣士で、筋力特化したようなグリーナーさんとは違う方向を目指すらしい。
「かなり、鍛えなきゃいけない。 だからデュロちゃんに合った方法が良いかもしれない」
少しがっかりしたようなグリーナーさん、だけれどデュロが自分自身で決めたのだし、がっかりしただけで無理に薦めないのもやっぱり向き不向きとかを考えているのか。それとも鍛え込むのにそれだけ苦労したからだろうか。
なにはともあれデュロはこれからもカイを目指してくことは分かった。まだもう少し、デュロが一人前になれる年齢までは、商会を継続して一緒に居ることになるかな。
それから9日後。
グリーナーさんを正式に護衛に雇い黙って屋台の側に居るだけ、それで少しは怪しい行動を取る人も無茶を言う人も、皆が寝ている夜に近づこうとする人も全くいなくなった。本当に威圧感が凄いというか、ただ休憩中は屋台裏でステアーを撫でまわしていたりくっ付いていたり、デュロに簡単な訓練を付けていたりと人が好い。
そして戻ってくるらしいグリーナーさんの知り合いを待っていたけれど、護衛をしているはずの商隊が戻らず、王都でそこそこの商会らしいのでおかしいと騒ぎになり始めた。
「どこかで襲われたのかもしれない。 所属しているギルドからも探索の依頼が出ている、探しに行く許可が欲しい」
グリーナーさんはそう言い、護衛として雇われているけれど、商会が出している探索依頼を受けたいと皆に伝えた。
「その護衛の中にいるという信頼できる者がいるなら、商隊はオレとデュロが探してこよう。 グリーナーには皆を守っていてもらう」
「しかし商隊は」
「オレが行く。 それにデュロにも人を斬る経験をさせたい」
少し渋るグリーナーさん、だけれどカイは譲るつもりはないらしく、デュロにも実戦の経験を積ませたいと言っている。
デュロは訓練はカイとイルレさん、そして専属護衛のハスタルさん達としているけれど、まだ獣を狩るくらいしか命のやり取りをしていないのは自分も知っている。だからどのような形であれ、カイは一度人を殺す経験をさせ、それでもデュロが剣士や冒険者を目指すのは確かめたいのかもしれない。この世界では、というより命のやり取りが身近な職を選ぼうとする以上、一度は経験しておいた方が良いと、カイは考えたのかも。
自分は、どうだろう。デュロに覚悟があるのなら、命のやり取りを仕事とするのも良いのかもしれない。アルスト教団によって両親が狂わされて、その両親を殺したのがカイと自分だからこそ、デュロの人生はデュロが自由に選んで進んでほしい。
「護衛をしていたのなら見てきただろう。 冒険者や兵士が初めて人を殺して、そのままで居られるか他の道を選ぶのか」
カイに言われてグリーナーさんは黙り、少し考えた後納得したようで残ってもらうことは了解してもらえた。最初は一緒に行くと言っていたのだけれど。
「大丈夫です。 ずっと鍛錬も続けていたんですから」
デュロがそういうとグリーナーさんも引き下がり、ただ威圧感のあるけれどやはり心配そうな表情をしていた。それでも何も言わないのは、グリーナーさん自身も初めて人を殺めた時のこと、それをデュロが味わう事を考えているのだろうか。
あの酷く吐き気を催す感覚、人によっては非常の快楽らしいけれど、デュロはどちら側だろう。




