第三話
調停者、生き延びる
あの後結局、人型の女性の方が程良く温めてくれたおかげで自分は『彼』に会わずに済んだ。
と言うか、端的に言ってしまえば命を救われた。
とは言え、まだまだ課題は山積みなのだが。
『坊やー、聞こえるー?』
頭の中に声が響く。神鳥の女性の声と同じだ。
『今、念話で呼びかけてるのー。』
便利な能力だが、産まれたての赤子に使うか普通。しかも瀕死状態を脱したばかりで。
「お嬢様!赤ちゃんに念話しても意味は無いかと⋯⋯」
うん、自分もそう思う。
とは言え、万が一もありえるので念話を返せるか試してみる。
神鳥から糸のようなものが伸びている。多分、魔力。色は⋯⋯白か。それなら自分が得意な種類だ。
伸びている糸に触れて、魔力を神鳥に送るイメージ。血管を流れる血液のように魔力を流し込む。
「あらあら、魔力が送られて来たわよ。何か言いたいのかしら」
「え!?いきなり念話使えるんですか!?あー、まあ最初から浄化を使えるのだから当然なのかもしれませんね」
驚かれたが、勝手に納得までしてくれた。楽で助かる。
しかし、言いたい事は伝わっていない。考えてみたら魔力を送っただけだから当たり前か。
とりあえず現状の把握がしたいので言葉を乗せて魔力を込めてみよう。
(此処はどこで、貴女方は誰なのでしょうか?どちらかが自分の母親なのでしょうか?)
『かかさまー、まんまー。』
何でだよ!色々おかしいわ!
自分の知ってる子どもは「まんま」「わんわん」「ぶーぶー」の三つ単語使えたの一歳過ぎてからだぞ。自分まだ生誕初日だから!
しかも伝えた筈の内容すらおかしい。
多分、自分の精神とは関係なく肉体に言動が引っ張られてしまうのだろう。
前世の記憶もほぼ無いのだから、今思い出した子どもが誰なのかも解らないし。
そんな自分の自嘲混じりの思考とは関係なく、二人(?)の女性は会話を続けている。
「あらあら、坊やはお腹が空いたのね」
「そうか!そうですよね!でも、人間の赤ちゃんに食べさせられる物なんて無いですよ⋯⋯」
驚きの発言だ。その発言を受けて思わず人型の女性を見つめる。
鮮やかな赤色の髪に軽くつり上がった目。少々痩せ気味な気もするが美人の部類だろう。
身長は不明。比較する基準が無いのだ。自分が普通の人間の赤ちゃんのサイズなのかすら不明なのだから。
『かかさまー、おっぱいー』
一歩間違えたらセクハラだよな。この念話も無意識のものである。正直、早く空腹を満たしたい。
泣き出す一歩手前。
むしろ、さっきまでのバタバタで泣く体力が残ってるか不安。
「おっぱい?困ったわね。私は人型にはなれないし、そもそも出ないだろうし。ねえ、イリク。貴女おっぱい出ないかしら?」
「出ませんよ、いきなり無茶言わないで下さい、お嬢様」
何、この二人自分の母親じゃないの?人間関係がさっぱり解らないよ。
そもそも人間一人しか居ないよ。自分はハーフみたいだし。
「そうよねえ。なら出るようになってきて」
「そうですね、今から人里に行って適当な男捕まえて孕んで、産めば出るようになりますね!大体一年くらいでしょう!」
物凄く突っ込みどころ満載。いや、突っ込みって言葉も、うん、何でもない。
「火食鳥とは言え、人化出来る貴女なら大丈夫よね」
何一つ大丈夫じゃないです。しかも人間は誰も居ませんでした。
もう泣きたい気分です。
「ふやあぁー」
身体は泣いてました。泣く体力が残っていたのか、それ以上に生命の限界なのか。
⋯⋯産まれてから色々ありすぎだよな。
「あらあら。泣いてても可愛いわねえ。かかさま、って呼び方も良いわね。心が安らぐ感じ」
「それは良かったです。でもお嬢様。若君はお腹が空いてしまって待てないのではないでしょうか」
正解です。
最悪、浄化の時のように自力でミルク代わりになりそうな物を作り出すしか無いのかもしれない。
「あらあら、それは大変。これなら代わりになるかしら?」
そう言うと神鳥は自分を優しく抱き上げる。
思った以上にふわふわしている。
しかも良い匂いまでして心地いい。最上級の羽毛布団のような、って羽毛そのものだ、これ。
神鳥の羽毛、プライスレス。
神鳥は自らの足に爪を立てる。そこに自分の口を近づける。
「私の血なら治癒の効力もあるし、良いんじゃないかしら」
うん、味はよく解らない。でも、きっとそれは幸運なんだろう。
でもさ、まさか転生して初めて口にするのが血だとは思わなかったよ⋯⋯。