表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

温存

 沼田西との試合翌日。

「む~~」

 ヒバリは不機嫌そうに新聞を手に取っていた。

『一年生エース緊急登板!』

と大きく書かれた記事が一面を飾っている。

「凄いわね。2試合続けて一面よ」

 母親が笑いを堪えて言う。

「よくなーい! これじゃ、私より祐輔の方がエースみたいじゃん!」

「そう思うなら次頑張りなさいよ」

「もちろんだよ。行ってきます!」

 ヒバリは家を出る。

 今日を祐輔に対し、「絶対負けないから」と言ってやると誓った。



 五日後、三回戦、伊勢崎東戦。ヒバリが先発する。

「エースは私だからね」

 試合の前、ヒバリは祐輔に宣言する。

「分かってますって」

 祐輔は「またか」と苦笑いを浮かべる。

「あ~~、なんか余裕がありげな言い方。よし、私の実力を見せてやるんだからね!」

 本気の対抗心を燃やすヒバリ。部員たちは笑った。

「1点でも取られたら、エース交代な」

 カズが煽る。

「上等だよ!」

 ヒバリは笑顔で返した。

 ヒバリはマウンドに上がる。大きく深呼吸をする

 そこにはさっきまで騒いでいた女の子はいなかった。

 ヒバリは冷静な勝負師になっていた。

 その投球は圧巻だった。

「やっぱりヒバリ先輩は凄いですね」

 祐輔はレフトから見えるヒバリの背中を見て呟いた。


 吉岡高校は二度目の完全試合で三回戦を突破した。


 ベスト8に入った。春までの目標、ベスト4まであと一つである。

 しかし、今はそれも通過点である。

 前橋大付属に勝った後、部員たちには気の緩みがあった。その結果、二回戦では苦戦することになった。この経験が部員たちは気を引き締めた。甲子園。そこに行くまで部員たちはもう満足することはない。



 二日後、第4回戦、試合直前。

「渋川西高校か。意外なところが残ってるね。そういえば、ここの4番って女子だっけ?」

「青山翠。新田知枝とはまた違うタイプのバッターだな。ホームランも打っている」

「それは凄いね~~。180㎝!? その辺の男子より大きいじゃん」

「因みにお前、青山さんから二本ホームラン打たれているからな」

「ふ~~~~ん、なら、こっちの私の仇討ちをしてあげよう」

 審判団がホームベースに集まり、集合がかかる。

 試合はパーフェクトピッチングを続けるヒバリと、毎回のようにランナーを溜めるが、ホームベースを踏ませない渋川西高校のエース有馬の投げ合いで5回が終わった。

 スコアは0-0である。

 試合が動いたのは7回だった。祐輔がフォアボール→盗塁、そして4番のマサのヒットでついに吉岡高校が先制する。集中が切れたのか、有馬は制球を乱し、この回に三点を失った。

 対するヒバリは7回まで一人のランナーも出してなかった。

 8回、4番青山翠の打席でのことだった。

 カキーン、と快音が球場に鳴り響いた。

 騒がしかった球場が一瞬だけ静かになり、その反動のように歓声が上がった。

 それは夏の大会初の自責点だった。

「あちゃ~~、今日は思ったより早かったな~~、やっぱり疲労が溜まっているよね~~」

 ヒバリは指先を気にした。

「うん、けど、もう問題なさそうだね」

 ヒバリは後続をアウトにし、9回も三人で押さえた。3-1である。

 偶然の一発、そう結論付けられても良いような好投だった。

 しかし、カズはあのホームランでヒバリの欠陥に気が付いた。

「マサ、学校に帰ったらミーティング、開いてくれるか?」

「言われなくても、軽くミーティングを開くつもりだったけど。カズから提案するなんて珍しいね」

「ああ、準決勝のことでな」

 学校に帰った吉岡野球部の部員は視聴覚室に集まる。

「疲れている所悪いが、準決勝に関して俺から提案したいことがある」

 カズはそう前置きした。

「ヒバリを温存したい」

「理由は?」

 聞いたのはヒバリだった。

「お前、惚けるなよ。ホームランを打たれたボール、本当は高回転ボールだったんだろ?」

「…………うん、正解」

 ヒバリは、バレてたか~~、という表情をする。

「2試合連続完投、聞こえは良いが、疲労はごまかせない。勢いで投げるタイプの投手だったら、些細な指先の感覚をどうにか出来るかもしれないが、ヒバリは違う。繊細な制球力が武器だ。もし、四連投なんてことになったら、群馬育英とやる時には完全に疲労している。棒球で勝てるほど、群馬育英は甘くない。甲子園に行くためにはヒバリを温存する必要がある」

「みんなは?」

 マサが問う。

 部員の中から反対意見は出なかった。

「最後にヒバリ自身は納得出来るのかい?」

「私はカズの判断が正しいと思う。正直、準決、決勝と投げたら万全とは言えない。そして、その状態で群馬育英に勝てるだけの力量は私にないよ。だから、みんなの力が必要」

「ここまで引っ張ってきてもらったエースに、そう言われたら、今度は僕らの番だね。祐輔、準決は君が先発で行くよ」

「はい!」

「言っとくけど、エースは私だからね」

「わ、分かってますよ。あんなの新聞の記事じゃないですか」

「新聞の記事? 何のこと??」

 ヒバリはあからさまに惚けた。

「おい、先輩、大人げないぞ」

 カズが言う。

 部員たちは笑った。


 

 準決勝の相手、高崎商工高校は甲子園出場経験のある古豪である。

 しかし、近年の私立校の台頭によって、公立校である高崎商工高校は甲子園から遠ざかっていた。今年は10年ぶりのベスト4である。そして、四半世紀ぶりの甲子園を目指している。

 もう一つの準決勝は群馬育英対太田第一。世間では、こちらが実質上の決勝戦という評価だ。

「順当に勝ち上がってきた私立の強豪と復活を目指す公立の古豪」

 ヒバリが言う。

「そして、場違いな田舎の高校が一校か?」

 カズが続けた。

「だろうね~~。もし、賭けをやってたら、私たちのオッズ、凄いことになっていたよ」

「健全な高校生がそんな発言するな」

「だって、億万長者になるチャンスじゃん。私たちが勝つんだから」

「そこには同意だ。だから今日は見てろよ。俺たちを」

「うん、信じてる。カズを、マサを、祐輔を、そしてみんなを!」

 1回表、吉岡高校の攻撃前の円陣をヒバリは、そう締めた。

 吉岡高校は初回から好機を作る。

 1番のカズが右中間を破るツーベースで出塁、2番の神保が送りバントを決める。そして、夏の大会から3番に抜擢された祐輔がセンター前にヒットを放ち、幸先良く一点を先取した。

 攻撃はこれで終わらない。

 マサの打席、ツーボールからだった。

 カキーン、と乾いた音と共に打球はレフトスタンドに突き刺さった。弾丸ライナーのツーランである。

 3-0。吉岡高校は大きなリードを手に入れた。

 しかし、試合はすんなり進まない。

 一回裏。

「フォアボール!」

 祐輔はストライクが入らない。

 三者連続のフォアボールでノーアウト満塁のピンチを招いてしまった。

 一度、タイムを取り、内野陣がマウンドに集まる。

 祐輔に全員が声をかけるが、祐輔の表情は変わらなかった。

 そして…………

「デッドボール!」

 4番に対して、デッドボールを与えてしまった。押し出しの一点である。

「監督、伝令行っても良いですか?」

「僕は野球のことは分からない。君たちの好きなようにすればいいよ」

 吉岡高校の高橋監督は、このピンチにも動じてはいなかった。

 というより、野球未経験である高橋監督はどんな場面でも選手の自主性に任せていた。

 ある時、少しだけ野球を囓った別の教員から、野球に関するハウツー本を薦められたが、

「今から勉強しても、今まで選手たちがしてきたことを不必要に乱すだけですよ。僕は監督と言うより、マネージャーに徹していれば良いんですよ」

と断った。

 無気力とか、面倒くさがりとか、思う人たちもいたが、結果的にこれが功を奏し、現在の吉岡高校野球部を作っている。

「全く、何をやってるの、みんな」

 ヒバリがマウンドに駆けつける。

「すいません、ヒバリ先輩」

 祐輔はか細い声で言う。

「交代する? もう無理? 私が投げようか?」

「ヒバリ先輩…………」

「でも、今日投げたら間違いなく、明後日の試合までには疲労が抜けないだろうから、私、炎上するだろうな~~。醜態晒すだろうな~~。それは嫌だな」

 ヒバリは微笑んだ。

「だから、私を助けると思って、頑張ってくれる? 二回戦の時、いきなりの登板で、私の代わりに投げきってくれた。本当に助かったよ。今日も助けて。別に私みたいにならなくても良いんだよ。投手の役割は試合を作ること。一人じゃないよ。みんながいる。祐輔のボールは力があるんだから、ど真ん中に投げなよ」

「そんなことしたら打たれますよ! もっとコースを攻めないと」

「その結果がこれでしょ? 自分に出来ないことはやっちゃいけないよ。祐輔の武器は制球力じゃないでしょ? 私にはない球威のある球で強気に勝負しなよ」

 ヒバリは、祐輔の胸をトン、と叩く。

 祐輔の中でスイッチが入った。

 ノーアウト満塁、バッターは5番。

 吉岡高校の内野陣は前進守備をしなかった。

 一点はしょうがない。その代わり、ゲッツーを捕ろうというシフトだった。

 その思惑は成功する。

 ショート正面に強い打球が転がった。

 迷わずにセカンドに投げる。そして、ファーストへ。

「アウト!」

 一塁塁審の手が上がった。

 ゲッツー成立。その間にサードランナーが帰還し、3-2。そして、セカンドランナーが進塁し、ツーアウト三塁。

「オッケー、オッケー! 強気に行こう!」

 ヒバリがベンチから声を送る。

 祐輔は笑った。

 そして、続くバッターをファーストファウルフライに仕留めて、この回を凌いだ。

 祐輔はマウンドで吠えた。

 二回以降は、立ち直った両投手の投げ合いで試合が進行する。

 そして、スコアが動かないまま、五回が終了した。

「みんな、一年生が頑張っているんだよ。先輩がかっこいいとこ見せなよ!」

 六回の攻撃前に円陣でヒバリが言う。

「うるせ、言われなくてもやってやるよ!」

 カズが言う。そして、カズはライトオーバーのヒットを放つ。ファーストベースを回った際に、ライトがクッションボールの処理を誤っているのが見えた。

 二塁を蹴り、三塁へ向かった。

 ノーアウト三塁。

 高崎商工バッテリーはスクイズを警戒し、高崎商工はカウントを悪くした。ツーボールになる。

 三球目だった。ストライクを取りに来るとこを予想していた吉岡高校は、ここでスクイズを仕掛けた。

「セーフ!」

 終盤になって貴重な追加点が入る。

 二回以降、祐輔は二塁ベースを踏ませない快投をする。

「ナイスピッチング」

 八回裏終了、ベンチに帰ってきた祐輔にヒバリが声をかける。

「その言葉はあとアウト3つ取ってからにしてください」

「頼もしいな~~。祐輔、ありがとう」

「別にお礼を言われるようなことはしてませんよ」

 祐輔はヒバリから視線を逸らした。

「そうかもね。だけど、言いたかった」

 吉岡高校の攻撃は三者凡退。残るは九回裏のみである。

「行ってきます」

「頑張れ、時期エース!」

 ヒバリはエールを送った。

 しかし、試合はすんなりと終わらなかった…………



 九回裏、前橋商工の攻撃は1番から始まる。

「出来れば、4番に回す前に試合を終わらす…………なんて考えるなよ」

 カズは祐輔に声をかける。

「分かってます。打者一人一人と全力で向かいます」

「良い答えだな」

 カズは駆け足でホームベースに向かった。

 祐輔が第一球を投げる。


 事件が起こった。


 前橋商工1番の山下は、初球をジャストミートする。そのボールはピッチャーライナーになった。祐輔の右足首を直撃する。

 打球はサードファウルグランドを転々とする。その間にバッターランナーはセカンドへ到達した。

「祐輔!」

 カズが駆け寄る。

 祐輔は立ち上がれなかった。その場に座り込む。

「祐輔!」

 ヒバリも駆けつける。

「すいません。ちょっとタイム、取れますか?」

 痛みを我慢し、祐輔は笑った。

 ヒバリとカズの肩を借りて、治療のためにベンチに下がる。

「おい、これ…………」

 祐輔の足は腫れていた。

 ヒバリは言葉を失った。

 カズは深刻な顔をする。

「これって、骨が…………」

「大丈夫ですって!」

 祐輔が叫ぶ。顔中から脂汗が吹き出していた。

「テーピングで固定して、そうだ、痛み止めってありませんか!? それを打てば……」

「それは出来ない。教育者として、私は君を止める」

 意見したのは高橋監督だった。

 普段は采配を任せっきりの監督がこんなことを言ったので、部員たちは驚いた。

「先生には関係ありませんよ!」

 祐輔が怒鳴った。

「私は野球のことは分からない。しかし、生徒のことは知っているつもりだ。その足で今動けば、後遺症が残るかもしれない。この先、一人の生徒が好きなことを出来なくなる。そんな選択を私はさせない。ここで君がマウンドに戻ることを黙認できない。これは監督命令だ」

 その宣告に祐輔は泣いた。

「監督、私が投げます」

 ヒバリが進言する。

 みんなはそれしかないと思った。

 しかし、高橋監督は別の意見を出す。

「君を使わないのは作戦だったんじゃないのかい?」

「そうですけど、こうなっったら…………」

「吉岡高校にはもう一人、頼れるピッチャーがいるじゃないか。素人の私が見てだがね」

「それは誰のことですか?」

 マサが言った。

「キャプテンなのに積極性に欠け、部を纏める裏方に徹する部員がいるじゃないか。今日くらいは主役、やってみないか?」

「僕は自分に責任が出るような所には出たくありませんよ。適当に部活やって、適当に公務員になって、適度な家庭を築く。それが僕の細やかな願いでした」

 部員のみんなが知っている。マサはどこか冷めている。共和が取れれば良いと思っている。

 でも、だからこそ、部員全員がマサを信頼する。冷めているから正確な、彼を。

「それなのに、どうも引けそうにない」

 そんなマサが前に出る。

「戦犯か、英雄か、ですか」

「敗戦の責任は素人監督にある。勝利の賞賛は部員全員にある、と私は思うのだがね」

「勝ったら、現国の成績5にしてくださいよ」

「心配しなくても、君の現国の成績は5だ」

「それは残念です」

 マサはファーストミットから、普通のグラブに変えた。

 再びナインが守備位置に付く。

「時に監督、私の現国の成績なんですけど、もし、決勝戦に勝ったら…………」

 ナインがグラウンドに戻った後、ヒバリが高橋監督にすり寄る。

「心配しなくても、甲子園に行けたら、その期間中はみっちりと補修してやるからな」

「ひ~~~~」

 ヒバリはどんなに活躍しても、恩赦は出ないという宣告をされていた。

 祐輔は医務室に向かった。

 試合の結果を見てから行きたいと言ったが、高橋監督が許さなかった。

 ノーアウトランナー二塁。

 試合は再開した。



 球場がざわつく。

 ほとんどの者がヒバリの登板を予想していた。

 2番の上原が左のバッターボックスに入る。

 マサが第一球を投げた。

 サイドスーローである。

 上原は見送った。球速は127㎞を示す。平凡なストレートだった。

 サイドスーローのため、若干打ちづらいが、捕らえられない球ではない。

 現に二球目には、完璧に合わせられていた。一塁線を僅かに逸れて、ファールになった。

 三球目の釣り球には微動だにしない。打者からは余裕が見られる。

 カズとマサは視線が遇う。互いに周囲が気付かない程度の微笑をした。

(ヒバリの投球術、祐輔の直球みたいな強力な武器はないけど、僕にだって得意球の一つくらいはあるよ)

 マサの投げた四球目はカーブだった。しかも超スローカーブである。

 バッターの体が泳いだ。ボールを引っかける。

 平凡なセカンドゴロだった。

 これでワンアウト。その間にセカンドランナーは進塁して三塁に到達した。

 サードランナーは帰しても構わない。

 マサは割り切って、3番の清水と向き合う。

 今度はスローカーブから入った。

 前橋商工の3番の清水は見送る。ワンストライク。

 ストレート待ちか?

 カズは考える。そして、選択したのは…………

「ストライーク!」

 スローカーブだった。

 清水はまた反応しなかった。

 三球目は外すか、いや、違うな。

 カズは内角に構えた。

 三球連続スローカーブである。

 清水は打ち損じた。センターに高々とボールが上がる。

 センターが捕球したと同時に、サードランナーがスタートを切った。バックホームするが間に合わない。

 4-3。九回ツーアウトランナー無し。

 しかし、試合は簡単に終わらない。

 4番、5番と連打を浴びる。

 一打同点、長打で逆転の窮地に追い込まれた。

 カズはタイムを取った。

「さすが前橋商工、すぐに対応してきたね」

 マサが言う。平然を装うが、余裕はなかった。

「楽に行こう。ツーアウトだ」

 カズは明るく言った。

 続く6番高橋の初球だった。

 芯で捉えられた。痛烈なピッチャー返しが、マサを襲う。

 避けるのが精一杯、そう思われた打球を捕りに行った。

 しかし、それはグラブをした左手ではなく、素手の右手だった。

 パシーン、という音が響いた。

「マサ、渡せ!」

 カズはすぐにマサに送球は不可能という判断をした。

 マサはクラブトスで、カズにボールを渡した。

 カズは素手で掴んで、矢のようなボールを一塁へ送球した。

「アウト!」

 一塁塁審の手が上がった。

 しかし、吉岡高校に歓喜はなかった。

「マサ!」

 祐輔に続いて、二人目の負傷者である。

「心配ないよ」

 マサは右手を見せた。

 皮が剥け、微かに血が出ているが、問題なく動かせる。

「さぁ、整列だ」

 吉岡高校はヒバリを温存するという目的を達成し、準決勝を勝った。

「マサのバカ!」

 ベンチに引き返した後、ヒバリが怒鳴った。

「らしくない無茶して…………でも、ありがとう」

 ヒバリはマサの右手を強く握った。

「イタッ!」

 マサは顔を歪める。

「バカはお前だ」

 カズがヒバリの後頭部にチョップする。

「ただでさえ、チームの3番がいなくなったのに、4番まで決勝に出られないようにするつもりか」

「そうだ、祐輔!」

「そうだね。まぁ、軽い打撲だろうから心配ないだろうけど、勝利報告に行こうか」

「「えっ?」」

 ヒバリとマサが間抜けな声を出した。

「君たち骨折したことないだろう? 骨折したら、もっと酷い腫れになる。明後日の試合、投手は出来なくても、試合には出る、祐輔君は今頃、そう考えているだろう」

 高橋先生は冷静に言った。

「そうなんですか? 俺はてっきり…………」

「これって骨が…………って、言った時のカズの顔傑作だったね!」

 ヒバリが笑う。カズは顔を赤くした。

「言葉を失って、泣きそうになっていた奴に言われたくねぇよ!」

「な、泣きそうになってないよ」

「いいや、泣きそうになっていた。というか、泣いてた。お前は泣き虫だもんな! 合宿の時だって……」

「わ~~~~~~!! それ以上言ったら、絶交するよ!!!」

「おーい、早くベンチを開けないと怒られるよ。そこの夫婦」

「誰が夫婦だ!」

「誰が夫婦!」

「バッテリーって意味だったんだけどな。何を勘違いしているんだい?」

 マサはしてやったりという顔をしていた。

「マサ、てめぇ!」

「もう一回、握手、いっとく?」

 吉岡高校の部員たちは、明るいムードでベンチから去る。

 ベンチ裏で群馬育英の部員とすれ違った。

 一瞬で静まり返り、ピリッとした空気が流れる。

 ヒバリは、新田知枝と目が合った。


 決勝で会おう。


 お互いに無言でそんなことを思った。

 上泉秀もいた。彼はヒバリと目を合わせず、通り過ぎた。

 上泉秀が完全に通り過ぎてから、ヒバリは振り向く

「ふ~~ん、私なんて眼中にありませんか。…………手リベンジするよ」

 ヒバリは上泉の背中を見て、静かに熱く、一人で宣言した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ