邂逅
「おい、ヒバリ、連絡したのに、返信無しかよ」
登校時間になり、カズがヒバリを迎えに来る。
「おはよ~~。しょうがないじゃん。昨日からケータイ鳴り止まないんだもん。アドレスとかLINEの交換をした覚えのない人たちからも連絡がくるしさ~~。電源落としたくもなるよ」
「まぁ、今のお前は時の人だからな。前橋大付属に2-0。しかも完全試合。大会は大荒れ模様って記事に書かれていたぜ」
「大荒れ、っていうのが気に入らないないな~~。私からしたら、同然の結果だよ」
「相変わらず、頼もしい発言だな。とりあえず、一山越えた。トーナメントを見る限り、ベスト8まではすんなりいけそうだ」
「カズ、慢心は駄目だよ。1回負けたら、終わりなんだから。みんなも分かっているのかな? まさか、前橋大付属に勝って満足してないかな?」
「正直、一区切りは付けているかもな」
「心配だな~~。いくら何でも全打者三振には出来ないよ。点だって取って貰わないと勝てないし。それに…………」
「それに?」
「ううん、何でもない!」
二回戦、沼田西戦。
この日の天候は最悪だった。
朝まで雨が降り、午前から30度を超える猛暑日。
気温と湿気で、立っているだけでも体力を奪われる過酷な環境だった。
ヒバリの予感は的中する。
沼田西は決して強いチームではない。群馬県全体から見れば、下の上が良いところである。
しかし、1回にいきなり一点を取られる試合展開になった。
ヒバリは安打を打たれていない。失点の原因は二つのエラーである。
異変はそれだけではなかった。
「フォアボール!」
そして、2回は先頭打者を出してしまった。
四球は初めてだが、この日は初回からボール先行が目立つ。制球力が生命線のヒバリにとっては、致命的である。
カズはタイムを取った。
それに呼応して、内野陣がマウンドに集まろうとしたが、カズはそれを拒否する。
カズだけが、ヒバリの元へ歩み寄った。
「なに、どうしたの?」
ヒバリの表情に余裕はなかった。
「ヒバリ、今日はもうマウンドを降りろよ」
「なんですって!?」
「お、怒るなって」
「怒るよ! また、私のことを信用できなくなったの!?」
「いや、お前、その、アレの日、なんだろ?」
カズは気まずそうに言った。
ヒバリは、カズが濁したことを理解する。
「変態」
「酷い言われようだな!」
「でも、私無しで大丈夫?」
「みんなには良い薬だ。お前がいると、悪い意味で全員が安心する。少し引き締めないとな」
「次の登板機会がない、なんて嫌だよ」
「心配するな。絶対に次も投げて貰うからな。少し、足を引き攣った振りをして、ベンチに下がれよ。この気温だ。そうすれば、熱中症だと思われるくらいで済むだろうからな」
「姑息な手段をありがとう」
ヒバリは、アクシデントがあったように見せて、ベンチに下がった。
そして、残った野手の全員が集まる。
「ヒバリはどうしたんだい?」
マサが尋ねる。
「熱中症だ」
カズは言い切った。
「そうかい。なら、しょうがないね」
マサはそれ以上聞かなかった。
「突然だけど、誰かがマウンドに立たないとだね」
全員の視線が祐輔に集まった。
祐輔は動じたりしなかった。大きく息を吸う。
「任せてください!」
祐輔は力強く宣言した。
集中力を切ると自分が思った以上に不調だったことが自覚できた。
球場の外に出て、日陰を探すと横になる。今はそれだけで十分だと思った。
「思ったより重傷だな~~。薬持ってくれば良かった。でも、バック取りにベンチへ戻るのもな~~」
そんなことを考えている時だった。
「これ、普段、私が使ってるやつよ。飲めば楽になる」
声の主は、知っているが話したことのない人物だった。
「新田知枝さん?」
「初めまして、水沢ヒバリさん」
「どうしてここに?」
「気になる投手の視察に来たのよ。無駄だったけど。それよりもこれ要らない? それとも疑ってる? 私が変なものを渡そうとしているって?」
ヒバリは受け取った。
「ううん、貰うよ。だって、新田さんは真っ直ぐだもん。変なことはしないでしょ?」
「真っ直ぐ? 私が世間でどう呼ばれているか知ってる?」
「感情を表に出さないからアイスドール。もう一つは卑怯者かな?」
ヒバリは強豪校でレギュラーになった女子野球選手のことを、気になって調べた。
「失礼しちゃうよね。身体能力で男子に勝てないのに。男子と同じ方法じゃ、通用しないもんね。あなたのカットも、私の後出し投法も勝つための手段だもんね」
「初めてかもしれないわ。そんな風に言われたの」
「もしかして嬉しいの?」
「うん」
「なら、もっと感情を出しなよ。分からないよ」
「そんなことを言われても、やり方が分からない」
「不器用だな~~。途中で負けないでよ。私、群馬育英にリベンジしたいんだから」
「こっちの台詞、今度はあなたから打ってみせるわ」
「再戦が楽しみだね。…………ところで私の異変によく気が付いたね」
「ずっとあなたのことを見ていたから」
新田知枝は少し危険な発言をする。
ヒバリの表情が歪む。
「もしかして春以降から?」
だとしたら、かなりストーカーの素質がある気がする、とヒバリは思った。
「違うわ」と新田知枝は即答する。
「だ、だよね~~。今日の話だよね? で、女同士分かるものがあるから、私の異変の原因に気付いたんだよね?」
「えっと小学生の時からよ。それ以前は知らないわ」
「怖いよ!」
ヒバリは新田知枝から距離を置く。
「えっ? 新田さんってそういう人? かなりヤバい人?」
「初対面でそこまで言われると思わなかったわ」
「初対面で、あなたのことを小学生のころから見ていました、って言われたら、引くよ! 危機を感じるよ! 新田さんが男だったら、もう叫んで助けを呼んでたよ!」
「?」
新田知枝は「何で?」みたいな表情だった。
「はぁ~~、新田さん、悪い人じゃないと思うけど、世間とイメージが違うな~~。なんで私に固執してたの? 子供ならプロ野球選手とかに憧れない?」
「だって、私にとってあなたは輝いて見えたから。女の子なのに男の子の中に混じって、王様、ううん女王様みたいに中心にいて。憧れた。私もいつか同じようになりたいと思った。成れなかったけど」
「十分すごいじゃん。育英の三番バッターだよ」
「四番にはなれなかった。あなたはエースなのに。でも私、正直、あなたに失望してたの」
「…………失望?」
「身体能力で劣るようになってから、あなたは負けてもしょうがないって野球をやっていたわ」
「せめて、やっていた気がする、って言い方にしてくれない!? 断言は恐怖を感じるよ! 新田さんは私の何を見ていたの!?」
「全部」
「だから怖い怖い!」
「あなたの試合を全部見た。あなたは野球ができることに満足していた」
「……………………」
「私は気に入らなかった。こんな人を目標にしてたわけじゃない。こんな人に勝ちたかったわけじゃないって思ったわ」
「ふ~~~~ん」
「でも、あなたは変わったわ。昔みたいに自信家になった。今のあなたは、私の憧れた水沢ヒバリよ」
相変わらずストーカー的な発言をする新田知枝に対して、ヒバリは突っ込むことをしない。もっと言いたいことがあった。
「新田さん、ひとつ言わせて。中学時代の私、高校時代の私だって頑張ったんだよ。だから、私は今、甲子園を目指せるんだ。育英に勝つ活路を見つけられたんだよ」
「やっぱり甲子園が目標なんだ」
「当然だよ。私はあなたたちを倒して甲子園に行くよ。そして、今までの私があったから、勝てたって胸を張って言う」
「昔のあなたを否定したことは謝るわ。当たるとしたら、決勝戦、お互いに頑張りましょう」
立場は違えど、最前線に立つ二人の女子野球選手は握手を交わす。
ちょっと危険な発言もあるが、良いライバルができた、とヒバリは思った。
「…………ところでケータイ持ってる? ここからだと試合の展開が分からないから心配になってきた。祐輔、炎上してない?」
格好付けておいて今日負けたら洒落にならない、とヒバリは心配になった。
「大丈夫。もう逆転したわ。このままならコールドになるんじゃない?」
「そう、良かった」
薬のおかげか、試合の結果を知ったからなのか、ヒバリの体調は少しだけ良くなった。