春季大会と新入生
高校野球には、大きな大会が三つある。
秋季大会・春季大会・夏季大会の三つである。
秋季大会は、その成績で選抜甲子園に行けるかが決まる重要な大会である。
夏季大会の重要性は言うまでも無い。
そうなると春季大会の重要度だけは一つ下がってしまう。
春季大会、どんなに勝とうが甲子園には繋がらない。だとすれば、春季大会を頑張る理由は無いのだろうか?
そんなことはない。
理由は夏のシード枠。もし、春季大会でベスト8以上に残れば、夏の大会で群馬の二強、群馬育英や前橋大付属に当たる可能性は準々決勝以降になる。
一つでも多く勝つことを考えた時、これは大きい。
だから、好成績を残すことに意味がある。
意味があるのだが…………
「ごめん。初戦の相手、群馬育英を引いちゃった」
抽選会から帰って来たマサの第一声がそれだった。
全員がいい顔をしない。
一人を除いては。
「おーーい、ヒバリ、にやけてるぞ。気持ち悪い」
カズが指摘する。
「気持ち悪いとは酷いな~~」
ヒバリは高揚していた。自分の実力を試せる機会がこんなにも早くやってきた。
春先からの練習試合、ヒバリは無失点記録を続けている。
しかし、それは中堅以下のチームであって、強豪校との対戦は一度も無かった。
ヒバリにとって、初めての機会である。
「さて、夏の大会、群馬育英にはノーシードの爆弾になって貰おうかな~~」
ヒバリは楽しそうに言う。
ヒバリが楽しみだったのは、相手が強豪校だからだけでは無かった。
新田知枝。
同じ性別、それなのに強豪校でレギュラーの彼女と対戦してみたかった。
四月。
上旬に入学式と新入部員の加入。
それに伴う、部活内での配置転換。
新たに7名の部員が加わり、吉岡高校野球部は22名となった。
「まぁ、ほとんどが軟式上がりだから、即戦力と行かないだろうけどね」
とマサは言う。
ヒバリは、7名の新入生に目標を聞いた。
「早くチームの一員になりたい」
「先輩たちの力になりたい」
という類いの発言が6つ続いた。
全員が子供のころから知っている顔である。
「早くレギュラーを奪いたいです」
一人だけ、挑戦的な発言をした。
彼の名前は野田祐輔。
中学では硬式野球をやっていた。
ポジションは…………
「おっ、いいね~~。挑戦的で好きだな~~。レギュラーって言うのはどこでもっていうこと? それとも拘りがあるの?」
「俺、ずっと投手やってます。ヒバリ先輩も知っているでしょ?」
「知っているよ~~、後輩とライバルが同時に出来ちゃった。嬉しいな~~」
ヒバリは心の底からそう思った。
しかし、祐輔の方はそう思ったわけでは無いようで…………
「ヒバリ先輩は確かに昔は凄かったです」
好意的な言い方では無かった。
祐輔は昔から強気だった。真っすぐだった。納得するまで練習するし、試合で失敗したら悔しがる。
一生懸命なのはみんなが知っていた。
そんな祐輔だから、今の吉岡高校のエースに対して不満があった。
「三年生が優先してレギュラーになるとか、無いですよね」
「無いよ~~。もし、私が駄目だと思ったら、実力で奪っちゃって~~」
「俺、140㎞くらいなら投げられますよ。先輩は?」
「私のボールは120㎞前後だよ」
「そうですか」
祐輔は「勝負ありましたね」と言いたそうな顔だった。
「変化球は? 俺、カーブ、スライダー、それにシュート、チェンジアップも投げられます」
「私はストレートだけだよ~~。でも、君よりも打者を抑えることは出来ると思うんだ」
その言葉に祐輔は驚いた。
「おっ、納得してないね?」
「そんなことは…………」
「いいよ、隠さなくて。そうだね、ちょっと、ゲームをしようかな。キャプテン、良い?」
ヒバリはマサを見る。
マサは「構わない」と言う。
「祐輔、打撃の方は?」
「リトルで3番を打ってました。申し訳ないですけど、120㎞くらいの直球だけじゃ話になりませんよ」
「そう思う? なら、一本も打てなかったら、君の負けね。十打打席あげるから」
「十打席!?」
「そう、それで一本でもヒットを打ったら、君の勝ち」
「舐めないでくださいよ」
祐輔は勝ち気な目をした。
新入生たちはオドオドし、2,3年生は酷い結末を予想した。
20分後。
「は~~い、次が最後の打席だよ。頑張って~~」
新入生は驚き、2,3年生は予想していた結末を迎えようとしていた。
「どうして打てないんですか!?」
祐輔には分からなかった。ボールは確かに120㎞前後、打てない方がおかしい。それなのに…………
「剛速球や変化球以外にも武器になるものはあるんだよ」
ヒバリは投球動作に入る。
(次は打つ。コースを攻められても、120㎞くらいのボールなら…………)
祐輔はヒバリ術中に嵌まっていた。
ヒバリの選択は…………
(ど真ん中!?)
打ってください、と言わんばかりの棒球を投げ込んだ。
祐輔はバットを振る。
カキーン、という乾いた音がした。
「そんなに力んじゃ、打てる球なんて無いよ」
ヒバリがフライを捕球し、十打席勝負は終わった。
ヒバリは全てを見透かしたように、祐輔を手玉に取った。
「まぁ、気にするな、後輩。恥ずかしい話、俺たちはヒバリからまともなヒットを一本も言ってないからな」
呆然とする祐輔に、カズが声をかける。
「誰もですか?」
「そうだ。祐輔、ヒバリは俺たちの理解の外の存在だと思った方が良いぞ。昔とは違うがな」
祐輔は満足して、笑った。
「…………ハハハ、さすが、ヒバリ先輩」
「さっきまで馬鹿にしていたくせに~~」
「すいませんでした。確かに俺よりすごいですね」
祐輔はその場に倒れ込んだ。
「まぁ、こいつの球受けてるから分かるが、本当に恐ろしい投手だよ」
「私はどこにでもいる女子高生だよ~~」
「うるせ。普段はともかく、投手のお前は悪魔みたいなんだよ」
「ひっどいな~~。こんな天使みたいな女の子に向かって」
ヒバリはあざとく笑った。
「似合わないから本気で止めろ。その天使のような悪魔の笑顔」
ヒバリはムッとした表情をした。
「ふ~~~~ん、祐輔、もう一打席だけ付き合ってくれる。立っているだけで良いから」
「えっ、あっ、はい!」
言われるがまま、祐輔はバットを構えた。
ヒバリからの威圧で、従うしか無かった。
だが、目的が分からなかった。
それはすぐに理解した。
(低い!?)
初めてわかりやすいボール球を、ヒバリが投げた。祐輔は当然見逃した。
「ふぐっ!?」
直後、キャッチャーのカズが倒れ込んだ。
「ごめーん、大丈夫?」
「てめぇ、わざとだろ…………」
祐輔は何が起きたか、間近で見ていた。
ワンバンしたボール球、と言うだけなら話が早かった。
しかし、そのボールは器用にホームベースの角に当たり、イレギュラーした。
それが…………
「私は女だからよく分からないけど、今度からは練習中もカップした方が良いよ~~」
金的になった。
「お前、これ、洒落になんねぇんだぞ…………」
「あははははは!」
この人の制球力なら偶然の事故ということは無い、と祐輔は確信する。そして、もう一つ決めた。
「この人には逆らわない方が良い」と。
祐輔は今までの行動が、どこまで命知らずの行動だったかを悔いた。