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お前は誰だ

 それからの吉岡高校野球部は変わった。

 練習には覇気が出ていた。

 練習の大部分は打撃練習に当てた。

「私がゼロに抑えても、こっちがゼロじゃ勝てないからね」

 ヒバリのその一言が始まりだった。

 二月の終わりから一ヶ月、全員がバットを振った。

 毎日、マメが潰れるのが当然になった。

 なぜ、全員がここまで本気なれたか。

 理由は十五人の部員の全員が少年野球からの付き合いで、ヒバリという大投手の栄光と挫折の歴史を見ていたからだ。少年野球で全国制覇をし、中学も途中までは注目されていた。

 ヒバリ、カズ、マサの三人はリトルリーグに入った。三人でレギュラーになり、中学校でも全国制覇をしようと誓った。

 しかし、現実は残酷で、男子の身体能力に勝てず、ヒバリは中学三年生の夏、三番手の投手だった。直球は通用しない。変化球を覚えた。投げ方も変えた。もう一度、カズやマサと対等に野球がやりたかった。

 しかし、叶わなかった。

 カズとマサはレギュラーになれたが、ヒバリはなれなかった。

 ヒバリは自信を喪失し、地元の高校を選んだ。

 意外だったのは、強豪校の誘いを蹴って、カズとマサが共に吉岡高校に入学した事である。

「三人で野球をやれれば、どこだっていいぜ」

とはカズの言葉である。

 そして、吉岡高校は二人の『良い選手』を要して、県内中堅に位置していた。

「ふ~~ん、なるほどね~~」

 ヒバリはこのことを一ヶ月かけて、二人から少しずつ聞き出した。

 この世界の、自分がどうして、今の自分とこうまで違う道を歩んだのかを知った。

「こっちの私はきっかけを掴めなかった。気付けなかった」

 ヒバリも挫折はあった。

 中学二年生の時、カズとマサとの対戦成績は良くなかった。

 だから、ヒバリは一度立ち止まった。

 フォームを見直した。プロ野球選手だって、剛速球で無くとも、三振を取る投手はいる。鏡で自分のフォームを修正し、ボールの出所が見えにくいフォームを身につけた。

 そして、もう一つ武器を手に入れた。



「なぁ、ちょっと良いか? 話がある」

 春休み。練習終わりの夕暮れ時、カズはヒバリに声をかける。

「何、告白?」

「ふざけろ。お前の球の秘密が分かった気がしたんで確認したくなった」

 あの日から、また何度か紅白戦を行った。ヒバリは未だにヒットを一本も打たれてなかった。

 一番最近の紅白戦でのことである。

 カズはキャッチャーの交代を頼んで、ヒバリ無双が始まってから、初のヒバリ・カズのバッテリーを結成した。

 その時、ヒバリは一切サインを使わなかった。何しろ、直球しか投げていない。

「お前の直球は3種類あるだろ?」

 カズが行き着いた答えだった。

「ふ~~ん、気付くのが早かったね。私の知っているカズは一年以上気付かなかったよ」

「何の話だ?」

「こっちのはなし~~」

 ヒバリが今の投球スタイルにたどり着いたのは、中学三年生の時である。

 中学生には、ヒバリのやっていることが分からなかった。

「ねぇ、まだ動ける?」

「当たり前だ」

「なら、私の球、受けてよ」

 カズは当然、頷いた。

 ヒバリがマウンドへ、カズがホームベースへ向かった。

「そう、私の直球は3種類あるんだよ。まずは普通の直球」

 ヒバリは1球目を投げた。

「次は高回転球だよ」

 ヒバリがそう宣言した2球目は、1球目より伸びがあった。ホップしたように錯覚する。

「最後は低回転球」

 最後の1球は、沈んだ。

「これが私の投球の種だよ」

「これだけか」

「これだけって、3種類の直球を投げる苦労をくみ取って欲しいな~~」

「すまん。言い方が悪かった。この3種類の直球だけで俺たちを…………」

「完封しているよ。私に有利があれば、それは投げる球を後出しできること」

「後出し?」

「そう、私は投げる寸前で、どの球を投げるか決めているんだ。ギリギリまで打者を観察して、何を待っているかを見極める。それが私の投球の生命線。普通の投手と違うところだよ。念のため、言っておくけど、捕手を、カズを信頼していないわけじゃないよ。むしろ、逆、私のアドリブに合わせてくれるカズのことは信頼している」

 この前の紅白戦、カズは捕球し損ねたのは、初回に3球だけだった。

「お前、凄いな」

「そうかな?」

「本当に凄いよ。男の中で、真っ正面から戦おう、っていう覚悟は本当に凄い。なぁ、もう一つ良いか?」

「いいよ。何だって答えてあげるよ~~。セクハラ以外ならね」

 ヒバリは煽てられて、気を良くしていた。

 それで無くとも、勝負の時以外のヒバリはどこか抜けている。

 だから、カズの次の発言が予想できなかった。



「お前は誰だ?」



 ヒバリは時間が止まったかと思った。

 カズの言葉の意味を飲み込めなかった。

「な、何言ってるよ? 私は、私だよ」

 ヒバリは思いっきり動揺した。

「確かにお前はヒバリだよ。でも、違う。俺の知っている高校生のヒバリは、もっと弱くて、必死だった。今のお前は、あいつの中学時代、男との身体能力の差に絶望する前みたいだ。自信家で、不敵で、中学時代のお前みたいだから、本当に記憶喪失を疑ったよ」

「あれは冗談だよ」

「分かってる。だって、あの頃のお前は、今のお前みたいに直球に変化を付けるなんて事は出来なかった。だから、分からない。全くの別人じゃ無い。お前はヒバリだ。だけど、ヒバリじゃ無い。教えてくれ。俺はお前の言うことなら、信じる」

 カズは頭を下げた。

 ヒバリは考えた。煙に巻こうかと思った。でも、したくなかった。親友に嘘はつきたくなかった。別に隠していたわけではない。誰も信じないだろうから、黙っていただけである。

 なら、話してしまっても良いと思った。

「カズ、私は本当のことを言うよ。でも、あなたが信じるかは分からない」

 ヒバリは深呼吸をした。

「私のここに似た世界、平行世界って言った方が良いのかな? そう、平行世界から来たんだよ。その世界とこの世界の違いは、今のところ一つだけ。スポーツの競技が男女混合か、別かだけ。私の世界で、高校生は男女が別で部活をやっていたんだよ」

「男女が別? そんなことしたら、甲子園はどうなる? 男子がやった後に、女子がやるのか? その逆か? でも、日程が…………」

「無いよ。女子は甲子園を目指せない。全国大会はあるけど、それは甲子園じゃ無い。テレビ中継もされない。高校野球が好きな人でも、女子高校野球で優勝したチームを言える人は何割なのかな。注目度は、一般の人が思い浮かべる『高校野球』と雲泥の差。女の子に生まれた。その一点だけで、甲子園には行けないんだよ」

「そんなのおかしいじゃん! 何で、男女で分ける必要があるんだよ!」

 それがこの世界の現実だった。この世界は男女平等を公言していない。それは当たり前すぎるからである。言葉にしなくても、当然のことだからである。男女は平等に扱われ、そして、スポーツにおいてその力の差は顕著だった。陸上競技で女子の名前は無い。それどころか、ほとんどの競技で女性選手はいなかった。

 ヒバリはそれを悲観しない。面白いと思えた。だって、正面から対等に戦えるから。

「そういう世界もあるっていうこと。それにそこは重要じゃないよ。重要なのは今の話が信じられるか…………ううん、それも重要じゃないね。一番大切なのは、カズが今の私を受け入れられるか、かな?」

 ヒバリは顔を、カズに近づけた。

「カズ、どうする? 今の私は、私だけど、私じゃ無いよ。それでもまだ私の球、受けてくれる?」

 ヒバリは怖かった。世界線が違えど、カズはカズである。カズのことは良く分かっている。分かっているつもりだ。良い、って言ってくれる。心でそう確信している。

 しかし、だから怖い。

 反対の答えが返ってきた時、どう反応して良いか分からない。

「ちょっと、話が飛びすぎて、ついて行けない。だけど、お前のことは信じる。信じた上で、俺の気持ちを言う」

 カズは深呼吸をした。

 ヒバリも大きく息を吸い込んだ。

「お前はお前だ。世界線が違っても、どうせ野球しかやってないんだろ?」

「うん」

「それで俺たちと一緒にいた」

「そうだよ」

「なら、俺も同じようにする。確かに今のお前は強くて、守り甲斐は無いけど、一緒に戦える」

「ありがとう。ねぇ、今の私とこの世界の私、どっちが好き?」

「何だよ、突然!? ヒバリはヒバリだ。どっちとか、そんな選ぶとかは…………」

「引っかかった~~」

 ヒバリは笑う。

 カズはキョトンとする。

「どっちも好き。ってことは、私のことも好きって事でしょ?」

「なっ!?」

「あはは、顔が赤くなってる~~」

「うるせーな! なんだよ、お前は!」

「私はヒバリだよ~~。…………ねぇ、実は私、この世界にいつまでいられるか分からないんだ。声がして。今ここにいる」

「声?」

「あの声がまたしたら、元の世界に戻ることになるかもしれない」

 それはヒバリがずっと思っていたことだった。

 唐突、始まった物語。

 もしかしたら、終わるのは明日かもしれない。

「だけど、その時はこの世界のヒバリと一緒に甲子園を目指しなよ。だって、この世界はそれが出来るんだから!」

「当たり前だ。みんな、馬鹿みたいな夢に本気になったんだ。もう止まれねぇよ!!」

 カズは笑った。

 その顔を見るとヒバリは、せめて八月、いや七月まではこの世界にいたいと思った。


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