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水沢ヒバリは異世界転移し、甲子園を目指した

「起きて」

 聞き覚えのある声がして、ヒバリは瞳をあける。

「私?」

 そこには自分がいた。

「私が誰か分かる?」

 目の前の自分はそう尋ねる。

「うん、元々、あの世界にいた私だよね」

 ヒバリは迷わずそう答えた。

「私の世界どうだった?」

 もう一人のヒバリが尋ねる。

「面白かったよ~~」

「やっぱりあなたは私だけど、私じゃ無いね。私にはそんなこと言えないよ」

「その言葉そっくり返すよ。あなたは強いよ。男子の世界でずっと戦うなんて私には出来なかったかもしれない。少なくとも130㎞のボールを投げる体作りなんて私には出来なかった。出来ないと思ってた。もし、あなたがそれだけの身体能力を身につけていなかったら、私は上泉君に勝てなかったと思う」

 カズと一緒に見た映像の中で、ヒバリは中学生ですでに130㎞に迫るボールを投げていた。それでこの世界のヒバリが、自分より身体能力で上回っていることに気が付けた。

「そのボールだって、男子の中では普通だよ。ううん、遅いくらい。なのに、それを立派な武器にしたのは、やっぱりあなたが凄いからだよ。私には出来なかった」

「もう、今からそんな弱気でどうするの!? 今度はあなたの番だよ!」

「私?」

「そう、まだ水沢ヒバリの物語は終わってないよ! 甲子園に行くんだから!」

「甲子園…………私には荷が重すぎるよ」

「そんなこと無い。そんなこと無いよ。あなたは私なんだから出来るよ。私と同じことは出来ないかもしれない。でも、戦える。前を向けば、大丈夫」

「…………ありがと」

「まっ、所詮は他人事だから、適当なことを言っているだけかもしれないけどね~~本人なのに他人事、なんだかおかしいね」

「そうだね」

 二人は笑った。

「二人ともそろそろ良いか?」

 三人目の声がした。

「そろそろ、来ると思ってたよ」

「ならば……」

「良くない」

「なんだと?」

「ねぇ、お願いもう一度だけ私をあの世界に戻して」

「理由は?」

「今、中途半端なところでこっちに来ちゃった。ちゃんと区切りを付けてから、元の世界に戻りたいんだよ」

「駄目と言ったら?」

「仕方ないよ。もう一人の私に言伝を頼むから」

「ならば、あまり変わらんな。良いだろう。もう一度だけあの世界に戻してやる。ただし、次に目が覚めた時は……」

「分かっているよ。というわけで、もう一人の私、もう少しだけ体を貸してね」

「分かった。待ってる」

「それと先に謝っておく。ごめん」

「えっ、それってどういう意味?」

 ヒバリは回答せずにその空間から、あの世界へ戻った。



 ヒバリが目を覚ました時、始めに感じたのは薬品の匂いだった。

「病院?」

「そうだ」

 カズがすぐに答えた。

 学校の制服を着ていた。

「もしかして結構寝てた? カズ一人? お父さんたちは?」

「もう夜だ。お前んとこの両親は、今、着替えを取りに行ってるよ」

「そっか」

 カズと二人だけの時に戻された。

 なんだか全てを見透かされている気がした。

「夢じゃ無いよね? 私たち勝ったよね?」

「ああ、間違いなくな。今頃は祝勝会をやってるよ。お前が倒れたから、中止にするって案もあったんだが、お前の両親が是非やって欲しいと言ったんだ」

「うん、それが良いよ。勝ったんだから騒ごうよ。でも、なんでカズはここにいるの?」

「お前の女房役だからな。お前のそばにいて当然だ」

「なにそれ」

 ヒバリは笑う。

「…………最後のボール、とってくれてありがとう」

「まったくとんでもないボール投げやがって、アレはなんだ?」

「たぶんだけど、逆回転ボールって言えば良いのかな?」

「逆回転?」

「あの時人差し指と中指の感覚が無かったんだよね。だがら、咄嗟に親指だけで制球を付けたんだよ。だから、回転が逆になったんだと思うよ。あれ1回きりの魔球ってところかな。もう投げられないよ~~」

 ヒバリは自分の右手に視線を移した。

 たった一球投げただけのボールのせいで血豆ができ、爪が割れかけていた。

「やっぱりお前すげーわ」

 カズは呆れて笑う。

「カズ、右手痛くなかった」

 最後の一球をカズは素手で捕球した。

「心配するな。あの一球をすげー軽かった。捕った瞬間、昔遊んだプラスチックのボールじゃ無いかってくらい軽かった」

「うん、すっぽ抜けと同じだからね~~。打たれたら、場外は必至のボールだね」

「けど、すげー重かったよ。なんつーか、お前の執念がこもっていたよ」

「執念ってもっと綺麗な言い方してよ~~」

 ヒバリは照れくさそうに笑う。

「指とか、肩、肘とかは大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ。明日は筋肉痛だよね、これ」

「まぁ、それくらい当然だろ。甲子園までにはまた万全にしてくれよ、エース」

「ごめん、カズ。私、甲子園には行けない」

 ヒバリは平静な声で言った。

「なんだよ、それ」

「実はね、もう帰らないといけないの」

「…………そうか」

 カズの声も平静だった。

「驚かないの」

「驚いてる。でも、取り乱したりはしないし、しちゃいけないと思ってんだ。ここで取り乱すのはもう一人のヒバリが帰ってくるのを拒否することになるからな。お前といられなくなるのは正直残念だ。でも、それが本来の形なんだ。だから、俺は言ってやる。ヒバリ、お前がいなくったって、いや、この世界のヒバリとだって甲子園を制覇してやるってな!」

「甲子園制覇か…………大きく出たね。私だって一度も言ったこと無いよ。それに安心した。もし、こっちの私じゃ駄目なんて言ったら、殴ってたよ」

「言うはず無いだろ。俺はお前の可能性を知ったんだ。もし、この世界のヒバリが弱気なこと言ったら、お前の話をしてやる。水沢ヒバリの凄さを自慢してやる」

「それは恥ずかしいな。でも、嬉しいよ。形は違うかもしれない。やり方は違うかもしれない。でも、やっぱり私は私だと思う。こっちの私は考える時間が無かっただけ、立ち止まる時間が無かっただけ。もう一人の私が、私の世界でどうやって過ごしたかは分からない。でも、無駄にはしてないと思う。成長したと思う。水沢ヒバリは男子にだって負けないよ」

「知ってるよ」

 二人は笑った。

 その笑いが自然に収まるのを待ち、ヒバリは続ける。

「で、ここからは私個人の感情だから、もう一人の私が戻ってきたら切り離して考えてね」

 最初に念を押す。

「それにどうせ、私はこの世界からいなくなるわけだから、怖いものは無いわけだし」

 さらに念を押す。

「これからのことは一切忘れるように!」

 さらに、さらに念を押す。

「なんだよ?」

「ちょっと、いいかな」

 そう言われ、カズがヒバリに顔を近づけた時だった。

「んっ…………」

 不意を突かれたカズは受けるだけだった。

「…………」

「…………!?」

 一秒、二秒…………。

「…………んっ」

「…………!!?」

 五秒、六秒…………。

「はぁ…………限界…………」

 ヒバリは重なっていた唇を離す。

「おま…………、お前!」

「あはは! カズ、顔、真っ赤だよ~~」

とは言ったもののヒバリも平常ではいられなかった。

 心臓の音がうるさいくらいだ。クーラーが止まったと思うくらい熱い。

「じゃあね、お休み!」

 本当ならここで眠って、元の世界に戻る。逃げる予定だった。

 しかし…………

「おい、そんな真っ赤な顔で狸寝入りしてもバレバレだぞ」

「うるさい…………」

 観念して目を開ける。

「なぁ、今のって…………」

「えっ、何かあったかな~~。というか、忘れてください。お願いします。計画的犯行だったんです。逃げる予定だったんです」

「全く…………最後にとんでもない爆弾を投下しやがって…………なぁ、さっきのって、そういうことだよな」

「そういうことだよ。というか、私だってそれ以外でしないよ!」

「それっていつからだよ?」

「どーゆ意味かな?」

「だから、その…………いつ、俺のことを友達とか、幼馴染みとかから、その、そういう対象にしたかって話だよ!」

 カズは顔を赤くする。

「言わないよ」

 ヒバリはきっぱりと言った。

「もし、私の答え次第でこっちの世界の私に対しての接し方を決めようとしているなら、卑怯じゃ無いかな?」

「確かに卑怯だな。お前と同じだ」

「そこは棚に上げさせてよ! カズがどう思っているか、返事を私は聞かないよ。そして、さっきのことに対しても答えない。無茶苦茶だし、我が儘だけど、これが私だから」

「そうか、分かった」

 カズはそれ以上聞かなかった。

 ヒバリも答えなかった。

「ヒバリ、今までありがと、な」

「こちらこそ、ありがと。私一人じゃ、勝てなかったよ。カズが、みんながいたから勝てたんだよ。甲子園、頑張ってね」

 おう、と言って、カズは病室から出て行こうとした。

「待って」

「どうした?」

「眠るまで手を握って欲しいかな」

 ヒバリは照れくさそうに言う。

「なんだよ、最後だからって開き直り過ぎだろ」

 そう言いながら、カズは戻って、ヒバリの手を握った。

「今の私は無敵状態だからね。もうなにも怖くないからね」

「まったく本当に我が儘だな」

「えへへ…………」

 ヒバリは抗えない睡魔に襲われた。

 今にしてみると、この睡魔にはあの声の主が関与しているのかもしれないと思った。

「カズ……」

「なんだ?」

「もう一度言わせて、ありがとう…………」

「ああ」

「それともう一言、あなたのことが大好きです…………」

 ヒバリは最後に爆弾を投下し、今度こそ、本当に眠る。



 次に目が覚めた時、ヒバリはなぜかカズの家にいた。

「よう、起きたか?」

「カズ…………」

 ヒバリは気まずくて、視線を逸らした。

「おはようか? それともお帰りか?」

「その口ぶりだと入れ替わりとその顛末を知っているみたいだね」

「まぁな、もう一人のお前は凄かったぜ」

「そりゃ、私だもん」

「話したいが、まずはお前の話が聞きたいな。あっちの世界は男女が一緒に部活をやっているんだろ? どうだった?」

「言っても信じられない内容かもしれないよ」

「お前が言うなら信じるさ。なんたって、水沢ヒバリなんだからな」

「なにそれ?」

 ヒバリは笑う。

「良いよ。話してあげる。夢のような話を、ね」

 これにて、完結です。

 読んで頂き、ありがとうございました。

 少しだけ雑談を書かせてください。

 水沢ヒバリのモデルになったキャラクターは『ワンナウツ』の渡久地東亜という投手です。というか、投球スタイルはそのまんまです。

 性格は全然違います。

 元々、短編として作成した時は、ただのヒバリ無双で、性格も渡久地東亜に似ていましたが、やっぱりライバルが欲しいな~~とか、支えてくれる仲間が欲しいな~~とか、思っていたら、少し長くなってしまいました。

 そして、性格も丸く、というか全く別物になってしまいました。

 ちなみに女子野球の日本最速は126㎞(間違っていたら、ごめんなさい)、世界最速は137㎞(こっちも間違っていたら、ごめんなさい)です。世界最速は140㎞に迫ります。星野伸之さんより、早いですね(星野さんを馬鹿にしている訳じゃありませんよ!)。いつの日か、水原勇気のような女子プロ野球選手が誕生しないかな、と思っております。

 以上、『水沢ヒバリは異世界転移し、甲子園を目指す』でした!


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