前夜
群馬育英高校。
「珍しいわね。秀があんなに意識するなんて」
「何のことだ?」
「惚けないで。水沢さんのことよ。さっき、目も合わせなかった。あんな態度とったあなたを私は初めて見たわ」
「気のせいだ。それに今は目前の敵に集中するべきだ。今年の太田第一は強いぞ」
「そうね。いつも通り、一戦必勝で行きましょう」
アイスドール、新田知枝は淡々としゃべった。
「俺からも一つ」
「何かしら?」
「今日のお前は口数が多いな」
「気のせいよ」
群馬育英と太田第一。
好カード、一進一退の攻防を期待した観客の期待は裏切られた。
5回を終わって、すでに6-0。群馬育英の大量リードである。
群馬育英は、準決勝までの全てをコールドゲームで勝ち進んできた。
強さは圧倒的だった。
「上泉君を軸にした強力打線。純粋な打線の破壊力だけなら、前橋大付属よりも上だね」
バックネット裏で試合を見る吉岡高校の面々。
ヒバリが感想を言う。
「でも、今年の群馬育英の恐ろしい所をそこじゃないよね~~。勝ち方が派手だから、目立たないけど、この大会でまだ失点がないんだよね。それどころか、無失策」
攻めの前橋大付属。
守りの群馬育英。
そのような評価がされるように、群馬育英は堅守に定評があった。
「でも、今年は堅守過ぎるよ。それに長野君、春の時より全然安定している」
春の時、群馬育英のエースの長野はまだ発展途上だった。今は違う。徹底的に低目をつく投球で内野ゴロを打たせる。
「バックを信頼しているから出来ることだよ。あの投手から一点取るのは大変だよ」
「そんな笑顔で言うことじゃねーだろ」
カズが突っ込んだ。
結局、群馬育英はもう一点加点し、7-0の七回コールドで決勝進出を決めた。
翌日、練習帰り。
「群馬育英、本当に強いな」
ヒバリと二人の帰り道、カズは漏らす。
「何、今になって弱気になった?」
「そんな訳あるか。なんたって、こっちには最強のピッチャーがいるからな」
「うわぁ~~、私任せ? 男らしくないなぁ」
「お前を信じているんだよ」
「はいはい、嬉しいですよ~~」
ヒバリは笑った。
「なぁ」
「んっ?」
「甲子園、行こうな。エース」
「もちろんだよ。女房役」
二人は拳を合わせた。
ヒバリは帰宅し、お風呂に入る。
そして、夕食を食べると急に眠くなった。
自分の部屋に行き、ベッドに身を投げる。意識はすぐに無くなった。
「傲慢なる者よ」
「んっ?」
「久しぶりだな」
「あ~~、あなたですか。お久しぶりで」
「もう少し驚いてくれないか?」
「驚くという感情は、こっちの世界に来た時に出し切ったよ~~」
「初めから、順応していた気もするが…………まぁ、いい。突然だが、ある宣告をしに来た」
ヒバリはなんとなく何を言われるか察した。
「ちょっと待って! このタイミングはないんじゃない!?」
「誤解しているようだが、入れ替わりは明日だ。明日、勝っても、負けても元の世界に戻ってもらう」
「あっ、そうなんだ」
ヒバリは安堵する。
「ずいぶん聞き分けが良いな。負けるつもりか?」
「ううん、勝つつもりだよ。甲子園の舞台で投げたい。そういう本音ももちろんあるよ。でも、全てを求めるのは、強欲かなって。あり得ない経験が出来たんだから、明日で区切りでもいいかなって。だから明日は全力で勝ちに行くよ」
「確かにお前は強かった。もし、この世界ならプロ野球史に女のままで、名前を残したかもしれない」
「何か勘違いしているな~~。きっと、こっちの私も強いんだよ。甲子園に連れて行くまでは、私がやるけど、その後は、もう一人の私に託すよ」
「この世界のお前にそれが出来るとでも?」
「だって、水沢ヒバリだよ。出来るに決まっているじゃん。ちょっと考えれば、分かること、こっちの世界の私がどこに行ったか。…………私の世界にいるんでしょ?」
「正解だ」
「なら、そこで色々な経験をしたはず。強くなってこの世界に戻ってくるはずだから。私は私を信じるよ」
「なるほど、お前はどこまでも傲慢だな」
「でしょ」とヒバリは笑った。
そして、ヒバリの意識はまた混濁する。
「さてと」
朝である。いつもより早く起きた。
「おはよう、母さん」
「おはよう、緊張で寝れなかった、って顔じゃ無いわね。すっきりした顔しているわよ」
「そう? なら良かった。早めに出るね。なんだか、みんなもいる気がする」
「分かったわ。朝食、すぐに用意するわね」
ヒバリは朝食を食べ、持っていく荷物をもう一度確認する。
そして、出かけようとした時だった。
「おはよう」
父親が起きてきた。
「おはよう、お父さん。ごめん、うるさかった? 起こしちゃった?」
「そんなことは無い。今日の試合頑張れよ。父さんも母さんも応援に行くからな」
父親は少し照れくさそうに視線を逸らしながら言った。
「ありがとう、今日も頑張るね!」
ヒバリは元気よく家から飛び出した。
ヒバリが学校に到着すると、予想通り部員の半数以上がいた。
まだ集合時間、一時間前である。
「おいおい、みんな、こんなに早く来て、試合で力尽きるなよ」
カズが言う。
「1番早く来たカズが言うことじゃないね」
マサが言う。
結局、この10分後には全ての部員が集合した。
軽いアップをする。
そして、時間通りに来た高橋監督の引率で、決勝の舞台へと向かう。




