表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

異世界転移?

夏にノリと勢い、伊達と酔狂で作成して、放置していた小説を思い出して投稿しました(季節感完全無視)。

推敲しながら出す予定です。恐らく、十三話になると思います。

読んで頂けると幸いです。




『男なら球史に名前が残っていただろう』

 水沢ヒバリは周囲からそう言われていた。



 2月の終わり、高校野球はこの時期、高校野球は対外試合を禁止されている。だから、試合形式は紅白戦に限られた。

 群馬県のちょうど真ん中辺りに位置する吉岡高校でも、紅白戦が行われていた。

「全く、だらしないなぁ」

 野球は九回裏ツーアウトから、などと言うがここまでゼロ更新のスコアを見る限り、見所もなく終わりそうに思える。

 案の定、Aチーム(レギュラーチーム)の1番バッターを三振に仕留めて、ゲームセットとなった。

「ヒバリ、またやりやがったな!」

 試合後、Aチームの1番バッター、和也が迫ってきた。

「なに? 打てないのが悪いでしょ。4打席連続三振のカズちゃん」

 ヒバリはからかうように笑う。

 女子にしては高めの身長167㎝。そして、標準的な体重。運動に適した体格。

 二人を見ていた他の部員は、「またいつものが始まった」と思う。

「君たちのやりとりを中学の頃から見ているけど、変わらないね」

 チームのエース兼4番、そしてキャプテンの真人が会話に加わった。

「マサは今日の第3打席、惜しかったね。もう少しでやられていたよ」

「褒められているのかな」

「一応ね。さて、試合も終わったし、グランド整備して帰ろうよ」

 幽霊監督、などと言われる吉岡高校野球部は部員の自主性で部活が行われていた。

 高校野球のレベルは、県内中堅の高校である。

「なぁ、マサ」

「なんだい?」

 2人は着替えながら、会話を始める。

「あいつが男だったら、俺たち甲子園、行けたかな?」

「ヒバリが男なら、群馬育英辺りで、エースになっていたんじゃないかい?」

「違いねぇや」

 不定期で行われる紅白戦で吉岡野球部のレギュラー陣は、ヒバリから1点も取ったことがなかった。

「しっかし、やっぱりあいつムカつく! なんか、俺にだけ本当に容赦がないよな!」

 カズは高校生になって以降、ヒバリから1本もヒットを打ったことがなかった。

「俺はうらやましいけどな」

「何が?」

「さぁね」

 2人が部室から出るとヒバリが待っていた。

「遅いよ」

「なんで、お前は男の俺たちより着替えるのが早いんだよ」

「カズ達が遅いだけじゃ無いの? それか、部室でだらだらと話ながら、着替えていたとか?」

「お前、まさか覗いてないよな?」

「それは女子が、男子に言う台詞じゃ無いかな? さぁ、早く帰ろうよ~~」

 水沢ヒバリの現在の役職は吉岡高校のマネージャーである。



「ただいま」

「お帰り」

 母親が返事を返した。

 ヒバリは浴室に行き、浴槽に水を溜め始める。

「母さん、たぶん大丈夫だけど、間に合わなかったら、お風呂のお湯止めといて」

「はいはい」

 母親の適当な返事を確認して、ヒバリは庭に出た。

 庭に作ったブルペンで投球練習を始める。キャッチャーはいない。その代わり、16マスに分割されたストラックアウトがあった。

「さてと」

 ヒバリは振りかぶる。

 右のオーバースローである。ヒバリの武器は速球でも、変化球でもない。変則的な投げ方でもなかった。

 ヒバリは次々にボールを投げる。

 そして、16球を投げ終えた時、ストラックアウトのパネルは無くなっていた。これがいつもの日課である。いつからか、16球で終わるのが当たり前になっていた。

 ヒバリの武器の一つは、この制球力である。

 マウンドをならして、家の中に入る。

 シャワーを浴びて、体を洗って、少し熱めの風呂に体を沈めた。 

「母さん、お腹すいた」

「はいはい、もう出来てますよ。お父さんは遅くなるらしいから先に食べちゃいなさい」

「唐揚げ? 年頃の女子にこれはどうなの? 太っちゃうよ」

 ヒバリは嬉しそうに言う。

「大丈夫よ。あんたは運動量がそこら辺の女子と違うんだから」

 母は笑った。

 ヒバリは揚げたての唐揚げを頬張る。

「運動もいいけど、勉強は大丈夫なの?」

 高校三年生の春、話題は自然と学校の成績の話になった。

「大丈夫、大丈夫。赤点は取っていないから!」

「それって大丈夫なのかしら?」

「野球で例えるなら、毎回残塁3で抑えている感じかな」

「そんな投手、母さんが監督なら使わないわよ」

「結局、ゼロに抑えればいいんだよ。ホームを踏ませなければ、点は入らないから!」

 苦手な話題から逃げるために、ヒバリは野球の話で誤魔化そうとした。

「全く、進路が心配だわ」

 しかし、母は話題を逸らさなかった。

「ねぇ、こんなモノが届いていたの」

 食事を終えたタイミングで、母はヒバリに大学案内のパンフレットと一通の手紙を渡した。

「大正女子大学?」

 パンフレットは東京の大学のモノだった。

「それに石本はじめ? 確か、元女子野球のエースだよね。へぇ、今は大正女子大、ってところで監督しているんだ」

「お母さん、ちょっと調べたんだけど、ここって全国制覇もしているみたいなのよ」

「でも、どうして? 私が公式戦に出たのなんて、小学校までだよ?」

「あんた、その後、テレビに出ていたでしょ?」

「あっ…………」

 ヒバリは古い記憶を思い出した。

 男女混合で野球が出来る少年野球で、吉岡ライオンズは全国制覇を果たした。その時の投手が、ヒバリだった。

 地区大会からノーヒットノーラン(無四球・出塁したランナーはエラーのみ)五回、完全試合四回(内一度は全打者三振)という圧倒的な成績を出した。

「あの成績とこの容姿なら、メディアがほっておかないよね~~」

 ヒバリは笑う。

「お母さんは容姿のことは一切言った覚えが無いけど? よかったわね、お父さんに似なくて」

「お母さんもちゃっかりしているね。そっか、そういえば、その後にテレビの企画で小学生十傑VS私、みたいな企画があったっけ?」

 当時の少年野球で話題に上がっていた全国クラスのチームの4番打者10人とヒバリが、1打席勝負をしていき、1点を取ったら、十傑の勝ち。抑えたら、ヒバリの勝ちというモノだった。

 ヒバリに不利な条件で勝負だった。

 しかし、当時のヒバリにとってはいいハンデだった。結果はヒバリの勝ち。十人の打者の内、ヒットを打ったのは、同じ群馬県の強豪チームの打者「上泉秀」だけだった。

「あの時が私の全盛期だったな~~」

「17才の若者が何を言っているのかしら」

「だって、それ以降はルールのせいで活躍できなくなっちゃったもん」

 中学以降は男女が一緒に野球をやることは無い。女子野球という枠組みになる。前橋や高崎の中学や高校なら、部活で野球もすることが出来たがヒバリは、

「自転車で10分以内の通学がいい!」

と言い、吉岡中学、そして吉岡高校へ進学した。一応、マネージャーという立場で部活に参加し、人数不足の吉岡高校では、相手のチームの許可をもらい、練習試合で登板経験もあった。強豪との対戦はないが、高校通算成績は20試合以上に登板して、無失点だった。

「なんだか、石本監督はずっと私を見ていたみたいだね」

 ヒバリは手紙に目を通す。高校の成績にまで話が広がっていた。

「どう? そろそろ、どっかのチームでやってみたら? あんたなら、全国優勝できるんじゃない?」

「親バカだね。やってみたい気もある。でも答えはノーだよ。だって、東京って遠いもん。通うのは論外だし、一人暮らしって言っても、家事なんて出来ないし」

「そういうのは、後々覚えるモノだと思うけど。それに女の子が、家事できないって言うのもねぇ」

「それにお父さんが悲しむでしょ? どうする、私が帰ってきた時に、彼氏連れてきたら?」

「お母さんはテンション上がっちゃうけど、お父さんは確かに寝込むかもしれないわね」

 母はかなり真剣な顔で言う。

「でしょ。だから、私は地元から出る気はないの。なんだか今日は疲れたからもう寝るね。ご馳走様」

 食器を片づける。

「ヒバリ」

 居間を出ようとしたヒバリを、母が引き留めた。

「ごめんね」

 その言葉に、ヒバリは一瞬だけ心がざわついた。

 しかし、すぐに平静になる。

「何のこと? おかしな母さん」

 笑いながら言って、ヒバリは階段を上がり、自室に入った。

 まだ寝る気なんてなかった。

 もうこれ以上、進路の話をしたくなかった。東京に行きたくない、と言うことはない。出来ることなら、実力を試せる場所に立ちたい。

 しかし、それは壁の向こう側に行くような感覚だった。

 眠くはないと思っていたが、いざ横になると睡魔が襲ってきた。

 ヒバリは呟く。

「なんで私、女なんだろ」と。



 ――――――――それは唐突だった。

「目覚めなさい、傲慢なる者よ」

 妙に重い声がした。

「誰?」

「世界の理の外に居る者である」

「あ~~、分かった。これ夢だ。変な夢」

「夢、確かにおまえは今眠っている。だが、私はおまえの夢の中の存在だけではない。私はおまえに干渉できる」

「へぇ~~、どんな風に?」

「おまえはもし男だったら、甲子園に行けた。プロ野球選手になれた、と思っているだろう?」

「思ってないよ。本当に思ってない」

「嘘をつくな、おまえは…………」

「別に女でも、男子と同じ舞台に立てるなら絶対に負けない自信があるよ」

「そうか、お前は私が思っている以上に傲慢だな。面白い、面白い面白い。本当はおまえを男にした上で異世界へ転移させようと思ったが、やめた。おまえは女のまま、異世界に飛んでもらう。そして、己の非力を知るが良い」

「異世界転移? 中々、面白い夢を見てる気がするな~~」

「夢ではない現実だ。それを身をもって体験するが良い」

 その言葉と共に、ヒバリの体は何かの引力に引っ張られる。上下左右が分からなくなり、そして、気付いた時には…………

「なんだ、知ってる天井じゃん」

 ヒバリは目を覚ました。

 自分の部屋だ。

 立ち上がり、カーテンを開き、外を見る。

 見慣れた風景が広がっていた。

「何、子供っぽい期待をしていたんだか」

 ヒバリは自嘲する。

 はっきり覚えている夢、もしかしたら現実かも、などと思ってしまった。

「さて、朝練に行こうかな」

 階段を降り、居間に行く。

「おはよう」

「おはよう、ご飯できてるわよ」

 ヒバリの母親が、いつもと変わらず、朝食を用意していた。

 日常である。これが当たり前だ。

「ご馳走様。行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 ヒバリは朝食を終えると玄関に向かった。

「…………あれ?」

 いつも使っているエナメルバックがなかった。

 スパイクやグラブは置いてある。

「お母さん、私のエナメルバックは?」

 台所の母の元へ戻った。

「あっ、そういえば、洗濯してたわね。ちょっと、取ってくるわ」

 なぜ、頼みもしないのに母はバックを洗濯したのか、ヒバリは不思議に思った。

「はい、これ」

 渡されたのは『吉岡高校野球部』と刺繍されているエナメルバックだった。

「えっ!?」

 それはマネージャー扱いであるヒバリが持つことは出来ないものだった。

「どうしたの? 早く行かないと遅刻するわよ」

「えっ、あっ、うん」

 ヒバリは呆然としながら、スパイクやグラブを入れる。

「ちょっと、ヒバリ、ユニフォームを入れてないじゃない!」

 母は慌てて、吉岡高校の練習用ユニフォームを持って来た。

「まったく何を寝ぼけているのよ」

「んんんっ!!?」

 あの夢のことで頭がいっぱいになった。

 やっぱりここは異世界?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ