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ママコイ

作者: ももお

数年前にコンクールに応募した作品です。

なのでネタ的に若干古い部分もありますがご容赦ください(笑)

色々な方のご意見を伺いたく投稿してみました。

くだらない話なので、気軽にお読みください(^o^)

ある雨の降る夜、あいつは俺の前に現われた。

寒さと恐怖に震えながら、あいつは俺の胸で泣いていた。

……これが、俺とあいつの出会い。すべての始まりだった。


『運命の出会い』


そんな物を信じるほど俺はロマンティストじゃねぇ。

けど……もしこれがその「運命」って奴だとしたら、神様って奴はよほど悪趣味なんだろうな?
























~1~


俺は、その日の夕方、町はずれの『決闘河原』にいた。

手入れもされず生い茂った雑草が、吹きすさぶ風に揺れている。

そう、ここはまさに『決闘の場所』と呼ぶには十分すぎるロケーションを演出してくれることから、利用者からは大変な好評を得ていた。

その証拠にどうだ、さっきまで快晴だった空模様が、俺がここに来た途端にどんより曇り空に早変わり。絶好の対決日和だ。


俺の肩に、一羽の雀がとまる。

チチチチチ……、

そういえば、チイチイパッパ、チイパッパなんて歌があったが、スズメの鳴き声がそんな風に聞こえたことはねぇ……。

あれは嘘か? 

それとも単に俺のタイミングが悪くて聞き逃しているだけなのか? だとしたら、俺は人生の中でちょっとだけ損をしている事にはならねぇか?

ふと、そんな事が気になったので、俺は携帯を出してウィキペディアで検索することにした。


「待たせたな! 三笠司郎!」

ドスの効いた、聞き苦しい声が静寂を破る。

どうやら、俺を呼んでいるようだが、今はそれどころじゃない。


あれ⁉ 無ぇじゃん!

「すずめの鳴き声」をウィキってみたが載ってない!

なんてこった! 検索の仕方が悪いのか? 「すずめ」を漢字……いや、カタカナで入力すればあるいは……?

「聞こえねーのか、三笠ぁっ!」

苛立ちを隠せない怒号が響く。

だが俺は検索をやめない。

「悪かったよ~っ、遅れたのは謝るからせめて返事してくれよ!」

次第に涙声になってきた。

仕方ない。答えてやるか……。

「遅かったじゃねーか、ビビッて逃げ出したのかと思ったぜ」

携帯を閉じると、俺はその「声の主」を睨みつける。

ボロボロの学ラン、潰れた学生帽、そして下駄……まるで昭和の不良マンガを思わせる時代錯誤な三人組が俺の前に立っていた。


……………………ぷっ!

「てめぇ、今笑ったな⁉」

「わ、笑ってない……笑ってません」

俺は、顔をそむけながら必死で否定した。口を閉じていても、鼻の穴から息が漏れちまう。

ダメ、耐えられない!

「この野郎……俺達『荒くれ三兄弟』を小馬鹿にするとは、いい度胸じゃねーか!」

臨界点突破。

俺は、その場に倒れこみ、文字通り腹を抱えて大笑いした。

ごめんなさい、無理です、勘弁してください。

「あ、荒くれって……ダメ、腹いてー……」

危うく呼吸困難で失神しそうになる。

「この野郎……ふざけやがって!」

リーダー格らしい男の顔が怒りに紅潮し、今にも爆発寸前って感じだ。

あ、ヤベー……向こうもそろそろ臨界点みてーだな?

俺は、深呼吸して心を落ち着かせた。

さっきのスズメが、俺の手にとまった。

「あぶねーから、あっち行ってな。これから……血の雨が降るからよ」

その言葉を理解したのか、スズメは羽ばたいて空に舞った。

「そうとも! てめーの血の雨がなぁ!」

俺を三方向から取り囲む荒くれ三兄弟。

「いくぜ! 地獄のフォーメーション!」


……数分後、河原には荒くれ三兄弟の無残な屍が転がっていた。

俺は思わずため息をつく。

「……お前ら、弱すぎ」

瞬殺だった。驚くほど短時間で勝敗がついた。

地獄のフォーメーションてのも、結局三方向から襲ってくるだけの芸のない戦法だった。

まぁ、ストレート過ぎて逆にビックリしたけどな。

チチチチチ。

さっきのスズメが戻ってきた。

「よっ、待たせたな」

まるで警戒する様子もなく、チョコンと俺の肩に乗るスズメ。 

「相変わらず、動物にだけは好かれるな?」

河原の土手から聞き覚えのある声がした。

そこには、髪を茶色に染めた一人の黒ギャルが俺を見下ろすように立っていた。

玉木純。俺の幼馴染だ。

「終わったんだろ? 帰ろうぜ」

相変わらず、言葉使いの悪い女だ。


俺は、純と歩いていた。

こいつとは幼稚園からの腐れ縁だ。同じ町内だってのもあるが、なぜか俺とはウマが合う。お互い異性を意識したことがない。だからこその関係性って奴だ。

大体、人がケンカしてるのを笑って見てるような女に恋心なんか抱く訳がねぇ。そもそも可愛げがない上に、ガサツでデリカシーの欠片もねぇときてる。論外だ。

「何か言った?」

しかも、変な所で勘が鋭い。心の声までたまに聞こえるらしい。油断できねぇ。

「それより、なんでお前、あんな所にいたんだよ?」

「久しぶりに、おっちゃんのラーメンが食いたくなってさ」

「親父の?」

「何か、たまに無性に食いたくなるんだよね……」

「そんなもんかな?」

「ま、あんたには分かんないか? デリカシー無いもんね」

「お前が言うか―――っ⁉」


***


商店街の外れに、一軒のラーメン屋があった。

「ラーメン一球入魂」

何の事はねぇ、普通のラーメン屋だ。

いまだ雑誌の取材も来たことがねぇ。隠れちゃいるが名店じゃねぇ。石神さんには見向きもされねぇ。それが俺の家だ。(更に言うと、俺の親父は野球には全く興味がねぇ。)

俺は、入り口の前に立つと同時に大きく深呼吸する。

「帰ったぞーっ!」

腹の底から叫ぶと同時に、勢いよくドアを開ける俺!

その視界に次々と飛び込んでくる凶器の数々!

レンゲ!

菜箸!

お玉!

小鉢!

小皿!

どんぶり!

襲いかかるそれらを、鍛え抜かれた動体視力で捉え、見切り、すばやくかわす!

そして顔面に迫る中華鍋を右手でキャッチ!

ホッと一息ついたところで飛んでくる巨大な寸胴!

「寸胴――――っ⁉」

ドゴーン!

飲食店としてあっちゃならねぇぐらい舞い上がる埃。

やがて視界が晴れると、腕を組んで仁王立ちしたヒゲ面の男が、勝ち誇るようにして大笑いしていた。

「まだまだだな、司郎?」

そう、こいつこそ俺の親父、三笠一郎だった。

「相変わらずだね、おっちゃんも」

「お、純ちゃん。久しぶり!」

「ひ、久しぶり……じゃねーっ!」

俺は、クソ思い寸胴をやっとの思いで押しのけると、親父に掴みかかった!

「どういうつもりだ、テメー! 殺す気か⁉」

「親に向かってテメーとは何だ⁉」

「実の息子に寸胴投げつける親がどこにいる⁉」

「ここにいるだろが⁉ あれぐらい避けらんねぇのか、情けねえ!」

「んだと、この野郎⁉」

「面白れぇ、久しぶりにやるか!」 

「上等だ!」

瞬間!

俺と親父は視界を奪われ、同時に強力な「力」に頭を掴まれた。

「アンタ達……店の中で騒いでんじゃないよ!」

俺のお袋、三笠希のアイアンクローが俺と親父の頭蓋骨を今まさに粉砕せんとしていた。

そうそう、幼稚園の遠足で急に腹が痛くなって、みんなと遊べなかったんだよな……。

小学校の運動会……最初は二着だったのにだんだん追い越されて四着になっちまったっけ。

学芸会……舞台の上でアガりっぱなしだったな。

卒業式……いつも泣かないクマオの奴、大泣きしてたっけ……って、おい⁉ これってヤバくない? 何か走馬灯っぽいの見えてるよ! 

お母さん、ごめんなさい! 助けてください!


ハッと目覚めると、俺は奥の居間に寝かされていた。

「あ、気が付いた?」

純がスマホをいじりながら特に感情を込めるでもなく言った。言い捨てた。

「俺……生きてるのか?」

「目ぇ覚めたから大丈夫じゃない? 問題は……」

純の移した視線の先を見ると、白目をむいた親父が横たわっていた。

「おっちゃん、大丈夫かな……?」


***


俺は強ぇ。

かなり強ぇ。

何故なら、この両親に育てられたからだ。


親父は、とにかくケンカが強かった。柔道や空手を広く浅く学び、持ち前のセンスだけでそれらをモノにしていった。やがて周辺の学校にも名前が知れ渡り、親父を倒して名を売ろうとする連中が後を絶たなかった。

その中の一人に、お袋がいた。技じゃなく、その細い体からは想像もつかないような腕っ節の強さと持ち前の気の強さで他の男共をも凌駕し、着々と「てっぺん」を目指していた。

そんな二人を人は、「技の一郎、力の仁藤(旧姓)」と呼んだ。


そしてついに、二人が決着をつける時がやってきた。

場所はお馴染み、『決闘河原』だ。

女には手を出さねぇ主義の親父だが、降りかかる火の粉はふり払わなくちゃならねぇ。

死闘は長時間に及んだ。

やがて……拳を交わし続けた二人の間に「愛」が芽生え、交際へと発展した。

「何じゃそりゃ⁉」

当時、多くの学生がそう思った。俺も思った。


とにかく、そんな馴れ初めで出会った両親だから、子供の教育にも手加減なんかなかった。

暇さえあれば特訓の日々。筋トレ、ランニングは当たり前。水泳、鉄棒、跳び箱、マット運動、大リーグ養成ギブス。とにかく何でもやった。

冗談抜きで、俺はいつも「死」と隣り合わせの環境で育ってきた。戦場やスラム街じゃねぇ。平和ボケした日本の一般市民の家で、「死」を意識するなんて事があっていいものだろうか?

『虐待』じゃねぇか、これ⁉ 今気が付いたぞ!


そんな俺も、小学校に上がる頃にはこの特異な家庭環境にも慣れ、自ら強さを求めるようになっていった。

おかげで俺の動体視力と反射神経は常人より遥かに優れている。

まさにジャパニーズニンジャだ。


「ったく、司郎のせいでラーメン食べ損なったじゃん」

「俺のせいか⁉」

ふてくされる純を余所に、俺はお袋がいない事に気が付いた。

「あれ、母ちゃんは?」

「買い出し。帰ってくるまでに、店の中片づけとけってさ」

「買い出しって……」

時計は、八時を回っていた。

「遅すぎるな……」

親父が不安そうにつぶやく。

って、いつの間に起きやがった⁉

「出かけたの、夕方だろう?」

息子のツッコミをスルーして親父が続ける。

「駅前のスーパーまで行っても、こんなに時間がかかる訳ねーよな?」

「ちょっと、それって……!」

純が不安そうな表情を浮かべた。

まさか……⁉ 

「親父、探しに行こう!」

「いや、俺は行かねえ」

「何でだよ⁉」

「お前は知らねえだろうが……俺はあの後、母ちゃんに怒りのローキックをピンポイントで右太ももに何度となく浴びせられ、とても立てる状態じゃねえ」

「そうか……行かねぇんじゃなくて、行けねぇんだな? 日本語は正確に頼むぜ、親父」

「すまねえ、俺としたことが」

「とにかく、こうしちゃいられねえ! 万が一、母ちゃんに何かあったら……!」

「やっぱ親子だね? 何だかんだ言っても、おばちゃんの事が心配なんじゃん?」

「馬鹿野郎!」

俺は、本気で純を怒鳴りつけた。

「相手の命が危ねえだろうが⁉」

家族から殺人犯が出ることだけは何としても阻止しなくちゃならねぇ!

納得のいかない表情を浮かべて立ち尽くす純を気にも留めず、俺は店を飛び出すと、夕暮れの街へと駆け出していた。


***


どれぐらいの時間が経ったのか? 

お袋が行きそうな場所は片っ端、しらみ潰しに探し回った。

近所でも有名人なお袋だ。町を歩けばみんなみんなが振り返る。必ず手がかりが掴める筈だ。

聞き込みの結果、八百屋と肉屋を回ったことは突き止めた。問題はその後の足取りだ。 

店をほったらかすほど長い時間、道草を食う筈がない。だとすれば、事件や事故に巻き込まれた可能性も否定できねぇ。

くそっ! だから携帯持てって言ったんだよ!

力だけで生きてきた人だから複雑な機械操作が苦手らしい。

それならばと「らく○○ホン」をプレゼントしたら、しこたま殴られた。プライドが傷ついたみてぇだ。


俺は、公園のベンチに腰を落とすと、深いため息をついた。

月を覆い隠す黒い雲が、俺の不安を煽る。

一体、どこへ行っちまったんだよ……? これ以上、心当たりなんて……。

その時、俺の頭に「ある場所」が浮かんだ。

『決闘河原』!(正確には単にワル連中がケンカの待ち合わせ場所にしているだけで、本来は豊富な自然が残された町内でも屈指の癒しスポットです)


俺は、迷わず河原へ走った! 

確証はなかった。でも……そこにお袋がいる! 俺には、何故かそう思えた。

やがて、降り始めた雨が視界を遮り、ぬかるみが走りを邪魔する。

だが、今の俺にはそんな事は何の障害にもならなかった。目的の場所へ辿り着く。それしか考えられなかった。

そして……河原に到着した俺の目に、気を失って倒れているお袋の姿が映った。

「いた……!」

安堵に、思わず顔がほころんだ。

 (どうやら被害者は出てねぇようだ!)

俺は、ホッと胸を撫で下ろすと、お袋に駆け寄った。

目立った外傷はない。脈を確認する。息もしている。

大丈夫だ、生きてる!

「母ちゃん……おい、母ちゃん!」

俺はお袋をソッと抱き起こして、大声で呼びかけた。


…………………あれれ?

俺は自分の目を疑った。

俺の手の中で、若く、華奢な一人の女が気を失っている。


エマージェンシー!

エマージェンシー! 

脳みそコンピューターフル稼働!

○今、俺が抱き起こしているのは、どうやらお袋ではないらしい。

○お袋の服を着ているこの女は、どうやらお袋ではないらしい。

○お袋のエプロンをしているこの女は、どうやら袋ではないらしい。

○お袋の三角巾を頭に巻いているこの女は、どうやらお袋ではないらしい。


じゃ、誰だよ!

こいつ誰だよ⁉

いやいやいやいや……冷静になれよ三笠司郎。そうだ、きっと何かの見間違いだ。

俺は、目を擦ってみた。雨のせいでピントが合ってなかったんだよな。うん、きっとそうに決まってる。

そして、もう一度お袋を見……やっぱ母ちゃんじゃなーい(涙)

俺は泣きそうになった。

何だ、これは⁉ どうなってる⁉

やがて、女がゆっくりと目を覚ました。

そうだ、こいつに聞けば何かわかるかも……!

「お、おい!」

「し、司郎……?」

急に名前を呼ばれ、俺は驚いた。てか、何でコイツ、俺の名前を……?

途端に、女の目に涙があふれた。

ドキッ!

な、何だよ……?

「司郎―――――っ!」

言うが早いか、女が俺に抱き着いてきた!

「ちょちょちょちょちょ! 何⁉ 何なのこれ⁉」

パニックです! もう俺、パニックです!

雨の降る中、若い男と女が抱き合ってるって……何ですか? これって何なんですか⁉


***


『一球入魂』(※ラーメン屋)では、親父と純が俺達の帰りを待っていた。

「帰ったぞ……」

力ない声でそう言うと、俺は入り口の扉を開けた。

「司郎! 母ちゃんは⁉」

「おばちゃん⁉」

思わず、親父と純が駆け寄ってくる。

そして……俺が背負っている女に視線を移す。

「いや、何から話していいか分からねーんだけど……」

「問答無用――――――――っ!」

親父の拳が、俺の頬にクリティカルヒット!

「テメー……ガキの分際で、余所様の娘さんに何て事してくれてんだコラ―――っ!」

「ちょ、誤解! 誤解だって! 純、助けて……!」

って、うわ包丁持ってる―――っ⁉

ダメでしょ⁉ それはダメでしょ、いろんな意味で!

「司郎……大丈夫。痛くないから。一瞬で終わらせるから」

やめて! お前、目がヤンデレ風になってるから! マジで怖いから!

「一緒に死のう、司郎」

「いや、純ちゃん! このバカ息子の始末、親である俺にやらせてくれ!」

どの道、俺の『死』は確定かよ⁉ 

冷静になろう。気持ちはわかるけど二人とも冷静になろうよ!

その緊張感を打ち消すように、大きなアクビが店内に響いた。

「うっさいなぁ……何の騒ぎ?」

女は、その外見からは想像もつかないようなダルそうな態度で、胡坐座りで頭をポリポリと掻いていた。

「何他人事みたいな事言ってんだよ? 母ちゃんのせいでこっちはひどい目にあってんだぞ!」

「母ちゃん⁉」

キョトンと顔を見合わせる親父と純。

「おい、司郎。母ちゃんって……どういうこった?」

親父が素っ頓狂な声で聞いてくる。

「何、アンタまだ話してなかったの?」

「それどころじゃなかったの! それに、どういう風に話せばいいのか……?」

そう、これはとてもじゃないけど一言じゃ説明できないし、しきれるような話じゃない。

「簡単じゃない。私さ、どうやら若返っちゃったみたいなんだよねー」

一言で言いやがった――――っ!

「はぁ⁉」

純が、怒りと困惑の入り混じった表情で俺を睨んだ。

「いや、睨まれても困る。俺だって何が何だか……」

「はっ、くだらねぇ! 何が目的か知らねえが、こんな子供だましのウソに俺達が引っ掛かるとでも思ってんのか?」

「だから嘘じゃねーんだよ!」

弱り果てる俺を余所に、その「母を名乗った女」は店内を見回していた。

「ちょっと……店の中全然片付いてないじゃない?」

悪寒がした。

俺だけじゃない。きっと親父も純も、同じようにドス黒い「負のオーラ」を感じ取っていたに違いない。

「アンタ達……いい度胸してんじゃないの⁉」

瞬間! 女の体から発せられた物凄い『気』が俺達を襲った!

「こ、この『気』……! まさか、本当に⁉」

「だからさっきから言ってるだろ⁉」

「母ちゃんなのか――――――――っ⁉」

これが、親父の最後の言葉だった……。


「って、まだ生きとるわい!」

純に怪我の手当てを受けながら、親父は布団に横たわっていた。

「冗談冗談。ま、このぐらいで済んで良かったな」

「良かねーよ!」

確かに良くはねぇ。現に俺も、隣の布団に包帯姿で横たわっていた。

「それより……まだ納得いかねえ。何だって、母ちゃんが急に若返っちまったんだ?」

「それなんだけどよ……」

俺の言葉を遮るように、若返った母ちゃん(ややこしいからノゾミと呼ぶ)が会話に入ってきた。

「私も、気が付いたらこの格好で倒れてて……司郎に言われるまで自分の状況に気が付かなったんだよ」

「おいおい、まさかこれって……宇宙人の人体実験、とか言う奴じゃねーのか?」

親父が真顔で馬鹿な事を言い出した。

「体にチップとか埋め込まれるとかいうアレか?」

「よーし! 俺がそのチップを探し出してやる――――っ!」

言うが早いか、まるでどこぞの怪盗三世のように布団から抜け出し、ノゾミにとびかかる親父!

バキィ――――ッ!

俺とノゾミの蹴りが同時に親父を捉えた!

「実の息子の前で血迷ってんじゃねーよ」

「いーじゃねーか、夫婦なんだから」

「場所をわきまえろって言ってんだ!」

「そう言えば……!」

ふいに、ノゾミが声を上げる。

「どうした? 何か思い出したのか?」

「私、買い出しの途中でまだ時間があったから、少し散歩してから帰ろうと思ったの……」

その時、ふと立ち寄りたくなったのが、親父との馴れ初めの場所でもある『決闘河原』だった。

お袋が思い出に浸っていると、目の前に一人の少女が倒れていた。

ピンク色の奇抜な服を着ていて、ちょっと関わるのもどうかなーとか思ったけど、怪我をしているようだったので、とりあえず手当てをしてやろうと近づいたその瞬間……!

目の前が真っ白な光に覆われ、お袋は意識を失った。

つまり……、

その少女は宇宙人で、彼女の持つオーバーテクノロジーなんちゃらが作用して、お袋を若返らせてしまった……?


「…………………まっさかーっ!」

俺達はこのバカげた説を笑い飛ばした。

「宇宙人って……お前、それは無いだろう?」

「で、あります! とか言うんかな?」

「ウケる! 超ウケるんですけど!」


「その、まさかだプニ!」

そう叫ぶと、店の入り口を開け……ようとしたが、鍵が閉めてあったので開けられずに困り果てている小さなシルエットが見えた。

その影はしばらく侵入を試みるが、結局扉は開かず、その場に座り込んでシクシクと泣き出してしまった。

「わかった、わかった! 今開けてあげるから!」

ノゾミが鍵を外して扉を開くと、涙と鼻水でグチャグチャになった顔を拭いて、その小さな影の正体は姿を現わした。

ピンク色の奇抜なデザインの服を着た少女……。

「コイツじゃん⁉」

誰もが思った。間違いない! ノゾミが若返った原因は、少なくともこいつにある!

で、こいつ一体何者だ?

「おい、お前誰だ?」

「ハーッハッハ!」

突如、笑いだすピンク娘!

さっきまで泣いてたじゃねーか、お前……。

「我こそは、第一四銀河系ミノタウロス星雲カンビュ星からやってきたコスモ☆ホシミだプニ!」

「何か色々ヤバそうな名前だけど大丈夫か?」

「私にこの星の法律は関係ないプニ!」

あ、やっぱりヤバいのは分かってるんだ。

「ってゆーか、コイツ日本語しゃべってんじゃん」

純が痛いところをついた。

「プニ、とかキャラ作ってるし」

「つ、作ってないプニ! これは翻訳装置が不完全だから語尾がおかしくなってるだけプニ!」

まー、それはこの際置いとこう。話が先に進まねぇ。

「ちょっと待った――――っ!」

言ってるそばから親父が話に割り込んできた。

「この野郎! てめーが俺の愛しのスイートハニーをこんな姿にしやがったのか……」

親父の体全体から闘気が湧き上がった!

燃え盛る炎のような気迫が、俺にも肉眼で確認できた(様な気がする)。

すげー! これがかつて、「技の一郎」と恐れられた男の真の力……⁉

自称宇宙人のホシミが恐怖に怯える。

「本当に……本当にありがと――――っ!」

魂の叫びを聞いた。

これがかつて、「技の一郎」と恐れられた男の成れの果てか……。


案の定、ノゾミの鉄拳制裁を食らい、親父は沈黙した。

この間に話を進めよう。

「単刀直入に聞くぞ。母ちゃんは、元に戻れるのか?」

「単刀直入に答えるプニ。元に戻ることは、可能だプニ」

「嘘じゃねーだろうな?」

「ただし! その為には、この壊れたメルモールガンを修理する必要があるプニ」

そう言うと、ホシミは大破した銃を取り出した。青と赤に彩られたまるでキャンディのような感じの銃だった。

「ひでーな、これ……どうやったらこんな壊れ方するんだ……?」

「その女のせいだプニ!」

ホシミは、ノゾミを涙目で睨みつけた。

「え……私?」

「惚けるなプニ!」


それは、河原でのファーストコンタクトの時だった。

倒れていたホシミを介抱しようと、お袋が抱き起したその時……!

目を覚ましたホシミが、とっさにメルモールガンの引き鉄を引いた!

って言っても、ホシミは責められねぇ。それは恐怖心からの行動だった。

お袋がホシミの事をピンク色の奇抜な服を着た、ちょっと近寄りがたい存在だと感じたのと同じ様に、ホシミもまた地球人に対して警戒心を抱いていた。

無理もねぇ。見ず知らずの惑星で未知の生命体といきなり仲良くなんてなれる訳がねぇ。ましてやコイツは(見た目は)まだ幼い。だからこそ、あの悲劇は起こっちまった。

さっきも言ったように、お袋は周辺のワル達から「力の仁藤(旧姓)」と呼ばれて恐れられていた、口より先に手が出るような人間だ。座右の銘は『殺られる前に殺れ』。躊躇してたら命がいくつあっても足りない。俺はお袋にそう教わった。※何度も言うが、家はごくありふれた一般家庭(の筈)です。

そんなお袋が、こんな小娘に黙ってやられる訳がねぇ!

反射的に繰り出した「奥儀・大回転旋風脚」がメルモールガンを破壊する!

しかし、間一髪間に合わず、お袋はその光線を浴びて体が若返っちまった……と、こう言う事らしい。

簡単に言えば相討ちって奴だ。

油断していたとはいえ、お袋にダメージを与えるとは、このホシミって奴、なかなかやるぜ!

「感心してる場合じゃねーよ!」

純がまたも正論で突っ込んできた。

コイツに正しいことを言われると、なぜかムカつく。ってか心を読むんじゃねぇ!


「とにかくよ、この銃が直れば母ちゃんは元に戻れるんだろ? じゃあとっととやっちまってくれよ。こんな母ちゃん、気持ち悪くてしょうがねえ」

「あら? 随分だね、この子は。こんなカワイイ子と一つ屋根の下に暮らせるんだぞ。嬉しくないの?」

と、言いながら俺に寄り添ってきやがった。

「うわ――――っ! ば、馬鹿野郎! 何考えてんだよ、人前で⁉」

俺は顔を火照らせながらノゾミをふり払った。中身はお袋だけど、見た目が俺とタメぐらい(?)だから調子が狂う。

「へえ……それって、人前じゃなかったら、OKって事?」

ノゾミが悪戯っぽく微笑む。うわ、こいつ……! こういうのを世間じゃ「小悪魔キャラ」って言うんだろうな。

お袋の奴、絶対今のこの状況を楽しんでやがる……!

「ふーん、司郎って、こういう女が好みなんだ?」

純が、面白くないといった、冷めた視線で俺を見る。

いや、「好み」とか以前にお袋だし! 

女の子にベターって寄りかかられたらドキッとするのは、思春期だったら当然だし! 

つーか、何で俺ってば、必死に弁解してるのか良く分からねーし!

とりあえず、もう勘弁してもらっていいですか?


「おい、近親相姦男」

「誰が近親相姦だ⁉」

人を失礼な別名で呼んだ宇宙人にぶち切れる。てか、プニって語尾はどうしやがった?

「銃を直すのは構わないプニ。どの道これは私にも必要な物だからプニ。ただ、すぐに直せるものでも無いプニ。当然、時間と材料が必要になってくるプニ」

「つまり、家に居候させろって、そう言いたいのか?」

「その通りプニ」

「宇宙人、て事は空から来たんだろ? 乗ってきた宇宙船とか無い訳?」

純の質問に、一瞬ホシミの目が泳いだのが分かった。

「いや、あるにはあるプニが……」

視線を外し、言葉に詰まるホシミ。

「何か訳あり、だな?」

「いやいやいやいやいや! 無いプニ! 何にも訳なんかないプニ!」

こっちがビックリするぐらい動揺してんじゃねーか! ちょっとは隠す努力をしろよ。

ま、こっちは銃さえ直りゃそれでいい。後の事はその時考えるさ。

「分かったよ、もう何も聞かねえ。その代わり、ちょっとでもおかしな真似したらタダじゃおかねえからな」

俺は、念押しの意味を込めてホシミを睨みつける。

「幼女に言うセリフじゃないプニ……」

「ま、そういう事だ母ちゃん。しばらくの間、その姿で我慢してくれよ」

「司郎……私」

ノゾミが、潤んだ瞳で俺を見つめた。

「な、何だよ……?」

俺は、その視線に一瞬ドキッとした。自分で、顔が火照っているのが分かった……。お袋だって事が分かってても、、この見た目は反則だ。

ノゾミは、意を決したように叫ぶ。

「私……学校に行ってみたいです!」

高らかに宣言しやがった。

いや、ちょっと待て。話の流れからしておかしいだろ? そんな唐突な展開が許される訳ねーじゃん!

「ね、純ちゃん! 制服貸してよ」

話を聞け―――――っ!

学校ってのはな、きちんとした手続きしなきゃ行けないの! 制服着ただけでホイホイ編入できたらセキュリティもクソもねーだろが! 俺だってそのぐらいの常識知ってるっつーの!

「いやだ! 学校行く!」

「無理だって言ってんだろうが!」

「ぷ―――――――っ!」

すねて頬を膨らませるノゾミ。

何なんだよこの状況……何で息子の俺が母親を説得してんだ? 訳わからねえ……!

「何て言うか、まあ……お前も大変プニね」

宇宙人の、しかも幼女に同情された。

もうダメだ。何か思い切り疲れた。俺はこの『今日』と言う現実から逃れるため、とっとと眠ることにした。


~2~


「今日から皆さんと一緒に勉強することになった、三笠ノゾミさんでーす」

「何でやねん⁉」

俺は、思わず関西弁で突っ込んだ。

担任の深雪先生の横で、ニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべて立っているのは、紛れもなく俺のおノゾミだった。

「純、てめー! 何で制服貸してんだよ⁉」

俺は隣に座っていた純に、声を押し殺して話しかけた。

「私、貸してないよ」

「じゃー、あれは何だ⁉ あそこに立っているあれは何だ!」

「てか、マジで知らないって。自分で買ったんじゃね?」

「買うってどこで⁉ こんな時間に店なんかやってねーだろ! てかよ、採寸とか何とか、色々あるだろ? その辺りはしょり過ぎじゃね⁉」

「三笠くーん、お静かにーっ」

人の気持ちを知ってか知らずか、深雪先生に満面の笑顔で注意された。

いつも笑顔を絶やさない、学校のアイドル的な存在だ。でも、そんな事は今の俺には関係なかった。アイドルだろうが演歌歌手だろうが知ったこっちゃねぇ!

「コラ担任! あんた何か知ってるのか? 何でこの女が編入してきてんだよ⁉ しかも俺のいるクラスに!」

「え――――っ? 深雪わからなーい」

コイツ、ホントに教師か?

そんな事はどうでもいい。

今問題なのは、なぜおノゾミが俺のクラスに簡単に転入できたのかだ。

てか、これはマジなのか? 

タチの悪いドッキリじゃねーのか? 

それとも夏の夜の夢?

「春だし。今、昼間だし」

純が俺の「心の声」に冷たく突っ込んだ。


昔、親父に聞かされたことがある。世の中は理不尽なことがまかり通っている、と。

納得できないこと、我慢しなきゃいけない事がたくさんある。それでも人は生きていなきゃいけない。だって、それが人間だもの。

いやいやいやいや! 納得できるか! 我慢できるかこんな状況に!

「三笠くーん、そろそろうるさいよーっ」

深雪先生が、笑顔のまま苛立ちを隠せない様子だった。

「だって先生よ―――っ!」

バキ――――っ!

俺は、この時初めて教卓にめり込む拳と言う物を目の当たりにした。

深雪先生は、さっきまでの笑顔が嘘のように瞳をギラつかせ、俺をゆっくりと睨みつけた。

「三笠ぁ……テメ、○○引っこ抜くぞコラ?」

聖職者とは思えない発言に耳を疑ったのはきっと俺だけじゃない筈だ。

さすがに身の危険を察した俺は、それ以上何も言わずに静かに着席した。


いや、誤解するな。

俺は強い。

ただ、俺は女は殴らない。それはが信条だ。

それともう一つ、人外の物とは戦わない。だって死にたくないもん。

この担任は主に後者だ。たぶん世の中の理不尽さとか彼女には関係ないんだろう。まさに強さこそ正義だな。


その『力』に屈した俺は、仕方なくノゾミの転入を受け入れる形になった。

深雪先生に促され、たまたま空いていた俺の後ろの席にノゾミは座った。

ある意味究極の授業参観だ。

もうね、ここまで来ると作為的なものを感じて仕方ない訳ですよ。

運命は自分の手で切り開くんだ! とか、もはや「はぁ?」ってな感じでしょ。

どんなに頑張ったって、結局決められたレールの上を走ってるだけ。お釈迦様の手の平から出ることなんて不可能なのよ。

高校二年にして俺は悟ったね。人生、なるようにしかならねーって。

それにしても…………?

「おい、どういうつもりだよ?」

俺は、担任様のご機嫌を損ねることのないよう、小声でノゾミに話しかけた。

ノゾミは、ニコッと不敵に微笑むと、

「別に……ただ、今どきの女子高生ってどんな感じなのか、興味がわいてさ」

「だからって、なんで俺のクラスなんだよ?」

「アンタがいた方が何かと都合がいいんだよ。ボロとか出たらまずいだろ?」

「フォロー係かよ……」

「それに、ここには純ちゃんもいるしね。気心知れた人間がいた方が、何かとやりやすいんだよ。ホラ、母ちゃんてば人見知りだからさ」

「嘘つけよ!」

「それに……」

途端に、ノゾミが珍しく神妙な面持ちで俯いた。

「ほら……私って、ケンカばかりしてたじゃん? だから、その……普通の高校生活って、あまり記憶にないんだよね。だから、少しでもいいから、その気分を味わいたかったんだ……」

それは、結局自業自得なんじゃないか? ……とか思ったけど、俺は口にしなかった。

帰ってからひどい目に合うからだ。

ポン。

それに……ノゾミが言った事もあながちウソじゃないようだ。

ポン。

ここはひとつ、親孝行だと思って協力してやるか……。

ポン。

「だ――――っ! 人の後頭部に消しゴムのカス飛ばしてんじゃね―っ! 小学生か!」

「三笠、うるせー―――っ!」

深雪様の怒号が響き、俺は実の母親のせいでこの後とてもひどい目に合うのだけれど、それはここでは割愛! 発禁にされたら困るからね。

あぁ、人間って、こんなに血が出るんだ……。


***


「いってーっ!」

俺は保健室にいた。保健室ごときで賄えるような軽傷ではなかった筈だけど、『何らかの力』の働きかけがあったようで、残念ながら救急車は呼んでもらえなかった。

何かね、もう誰も信じられないよ……。

「ほらほら、大声出さないの」

俺の手当てを終えた保険医の沢森先生が優しく微笑む。

俺は、その女神のような笑顔に癒されていた。

思えば、今まで俺の周りにこんな優しい女性が存在していた事があっただろうか?

ガサツな幼馴染、虐待母親、そして悪鬼の担任……俺は今、猛烈に感動していた。

「全く……深雪には困ったものね」

沢森先生と、担任の浅見深雪(悪鬼)先生は、高校時代の同級生らしい。なるほど、相反する性格の二人ほど気が合うって事か。

「殺るんなら、苦しまないように一思いにトドメを刺してあげなくちゃね?」

この人が一体何を言っているのか、少しの間理解できなかった俺。

あれ、女神様ってこんな「冷酷」に微笑むっけ? 何だろう、悪寒がするよ。

あー……やっぱり「類は友を呼ぶ」んだね。諺ってすげーな!


俺の人間不信がマックスに達した頃、純が血相を変えて保健室に飛び込んできた!

「司郎、ノゾミが……ノゾミがヤバいよ!」

いや、どう考えても今の俺もヤバいんだけど、とにかくお袋の危機らしい。俺は不自由な体でどうにか立ち上がると、純に駆け寄った。

「どうした? 何があったんだよ!」

「そ、それが……!」


俺は茫然とした。

純と一緒に急ぎ教室に駆けつけると、そこには………携帯でメールを打とうとして指がツッたと悶絶しているノゾミの姿があった。

「もうっ……ノゾミったら慣れない事すっから!」

「だって、純ちゃん~~~~~」

何てこった……!

この人、ら○らくホンでもダメなのか……⁉


~3~


いつからこうなった?

俺は、普通に毎日を過ごしていたはずだ。

確かに、ケンカに明け暮れる生活は若干「普通」とはかけ離れていたかもしれねぇ。それでも、俺はそんな毎日に「日常」を感じていた。

それが今はどうだ?

ヘンテコリンな宇宙人が現われてアラフォーのお袋を女子高生にしやがった!

しかも、その日を境に「俺の設定」がどんどん変わっていくじゃねーか! もうこれ以上ひどい目に合うのはゴメンだ。早く日常に戻らなきゃストレスで胃に穴が開く!

俺は携帯を出すと家に電話した。


『朝から二階の部屋に閉じこもったまま、ずっと作業してるぞ』

親父は、ホシミの様子をそう話した。

修理が順調なのか、それとも行き詰っているのかはこの情報だけじゃ分からねぇ。

気ばかりが焦る。自分にはどうすることもできねぇ苛立ち。そして……、

『なぁ、司郎?』

「何だよ、親父?」

『メル……なんとかガンてのが完成したら、母ちゃんは元の姿に戻れるんだろ?』

「ああ」

『司郎、父ちゃんな……母ちゃんが元に戻る前に、今の母ちゃんと×××な事をしたいんだが、どうだろう?」

「死ね、ゲス野郎!」

俺は怪我の痛みも忘れて馬鹿親父を怒鳴りつけた。

まともな人間は俺の周りにはいないんだろうか?

これってアレじゃね? どこかの工場から変な薬品とか漏れ出して、俺以外の人間が全部おかしくなっちまったんじゃね?

なんとかハザードじゃねーの? 

午前中だけでこの疲労感……もう勘弁してください。


「三笠君?」

俺を呼ぶ声が聞こえた。

今度は何だ……? 

渋々と振り向くと、そこには腕を組み、目を吊り上げて怒っている生徒会長が立っていた。

生徒会長「泉由里奈」。

俺とは中学時代の同級生だ。勉強なんかした事のなかった俺がこの高校へ入学できたのも、コイツに勉強を教えてもらったからだ。 

すらりと伸びたスタイル、長い黒髪、端正な顔立ち……いかにも「生徒会長」って感じのビジュアルだ。人気も高く(特に女子から)、実際、会長選挙の際はファン票が大多数を占めていたって話だ。一方で、融通の利かない面があるため(一部を除いて)男子受けは余り良くねぇ。

「由里奈様に踏まれたいです」

「叱ってください」

「もっと蔑んで!」

等のコメントが添えられた投票は全て無効票になった上、投票者の割り出しがファンクラブ総出で行われ、厳しい粛清が行われたらしい。ま、あくまで噂だけど……。

信者からすると、決して汚してはならない聖者のような存在なんだろう。

「………何だ、会長か」

「何だとはご挨拶ね? 学び舎にふさわしくない下品な叫びが聞こえたから、何事かと思って来てみたんだけど?」

「親子関係でふさわしくない発言を聞いたもんだから思わずな……悪かったよ」

「まぁいいわ。それよりも……聞いたわよ、昨日の話」

ドキッ!

昨日の……話⁉ それって、まさかお袋の……⁉

「だ、誰に聞いた⁉」

俺は、思わず会長に詰め寄った!

「た、玉置さんよ……!」

「純が⁉」

あのバカ!

バカだバカだとは思ってたけど、何てバカなことをしてくれやがったんだ!

よりによって、こんな堅物の会長にノゾミの話をするとか、マジでありえねー!

「珍しいわね、そんなに焦って?」

「そりゃ焦るだろ! ってか会長……驚かないのか?」

「驚く?」

途端に会長は怪訝そうな顔で俺を見た。

「別に、今に始まった事じゃ無いでしょう?」

どういう事だ? 俺の知らないところで既にこういう現象が日常茶飯事的に起きてるっていうのか?

この会長の落ち着き様からすると、キャトルミューテーションやミステリーサークルなんかの類よりも今回の現象は遥かにポピュラーなのかもしれねぇ。

人間が宇宙人の手によって若返る。こんな突拍子もない事件がそれほどまでに多発しているとは……! 大丈夫か日本!

「何をブツブツ言ってるの?」

「頼む、会長! この事は、他の連中には黙っててくれ!」

俺は、会長の手を掴んで懇願した。

「い、言える訳ないでしょ、こんな事!」

会長は、怒って俺の手をふり払う。

「だ、大体、言われて困るぐらいならケンカなんかしないでよ!」

………………………はい?

俺は、ここにきて何かが噛み合わないことに気づいた。

「昨日、ケンカしたんでしょ?」

「はい、しました」

「バレたら、停学になるでしょ?」

「はい、おそらくは」

「その事を、『黙ってろ』って言ってるんでしょ?」

「…………………そういう事にしといてください」

ややこしい事は嫌なので、会長に話を合わせることにした。

そうそう、俺昨日ケンカしたわ。

『荒くれ三兄弟』とケンカした。あ、その事ね。そりゃ会長も今更驚かないよね。

あっぶねーっ! 思わずノゾミの件、自分でバラしちまうとこだった……

「ここだけの話……あなた、副校長先生にかなり目をつけられてるわね」

「副校長? そうなの?」

「気楽な物ね……副校長先生が、生徒会副会長の笘篠君と手を組んで何やら良からぬ事を企んでいるみたいよ。せいぜい隙を見せない事ね。私も、生徒会長と言う立場上、これ以上はフォローしきれないわよ」

忠告のつもりだったんだろうが、その言い方に俺はイラッときた。

「保護者気取りか? 誰も守ってくれなんて頼んでねーよ」

「な⁉ ……もしも退学なんてことになったら、将来どうするつもり⁉」

「親父のラーメン屋でも継ぐさ」

「そういう問題じゃないでしょ⁉」

俺達は、いつも顔を合わせるたび些細なことで口論になる。

干渉されることが嫌いな俺と世話焼きの会長。まさに水と油って奴だ。


「道の往来で夫婦喧嘩っすか? 相変わらず仲いーねぇ」

ヘラヘラと笑いながら純とノゾミがやってきた。

「あら、ひょっとして由里奈ちゃん? 綺麗になったわねぇ」

 会長と面識のあったノゾミは、いつもの調子で話しかける。

当然、困惑する会長。

「え、えーっと、どちらさま?」

「あ、そうかそうか。分からないよね? 私は、司郎の……」

「わ――――――――――っ! 黙れ黙れ黙れーっ!」

人が何とかこの場をやり過ごそうと努力してんのに、何を考えてんだお袋の奴!

「三笠君の、お知り合い?」

「知り合いなんてもんじゃねーよ。もーっと深い関係!」

「純さん! 誤解を招くようなこと言わないで!」

俺は涙ながらに訴えた。

「そう……ごめんなさい。私、邪魔なようね……とにかく、忠告はしたから。せいぜい、気をつけなさい」

そう言うと、会長は小走りに去っていった。なんだか微妙な空気を残して……。

「つーか、お前ら!」

「何を怒ってるの?」

「母ちゃんの件を軽々しく口にするな!」

「何で? 別にいーじゃん」

「良くねーよ! いいか? ホシミが持ってるメルモールガンってのは、使いようによっちゃすげー兵器になるんだ! 全人類を赤ん坊にしちまえば、地球の侵略だって簡単に出来ちまう! もし、そんな物が誰かの手に渡れば……!」

「赤ちゃんだらけの世界か……」

ノゾミと純が、そんな状況を想像してホッコリし始めた。なるほど、これが母性か。

いや、違う違う違う! そういう事じゃなくて!

「でも、そうなったらお世話が大変よね?」

「紙おむつ足りなくならね?」

あー、何かもういいや。

おや……?

俺は、この時、ふと誰かの視線を感じたような気がした。

辺りを見回す。

誰もいない。気のせいか……?


***


「ダメプニ! 直らないプニ!」 

ホシミがドライバーとスパナを投げ出して泣き出した。

どうやらメルモールガンの修理に行き詰ったらしい。

「直らないじゃ困るんだよ! 俺が精神的に限界なんだよ!」

俺も泣き出した。

「そんな事言っても無理なものは無理プニ! 材料が足りないんだプニ!」

「材料……? 何が足りねぇんだ?」

「ヒョンヒョロニウム225が大量に必要なんだプニ!」

「何だそのヒョンヒョロニウムってのは⁉」

俺は半分キレ気味にホシミに訊ねる。

「メルモールガンのエネルギー発生に必要不可欠な物質プニ。これが無いと本体が完成してもノゾミを元に戻すことができないプニ」

「そんな物……地球にねーだろ⁉」

そうだ……メルモールガンは宇宙のテクノロジーが作り上げた未知の兵器だ。簡単に修理できるような物じゃない。それは分かっていた。でも……だからって諦める訳にゃいかねぇ!

「代用できる物質がないか検索してみるプニ」

そう言うと、ホシミは携帯型の機械を取り出した。

 小型のコンピューターか? そうか、コイツで検索しようって事だな。

「あ、ホシミプニ。ちょっとおばちゃんに聞きたいことがあるプニ」

って、電話かい! 

「へーっ、宇宙にもケータイってあるんだ?」

はい、そこ感心しない! しかも、こいつおばちゃんに電話してるぞ!

「うるさいプニ。電話中は静かにするプニ!」

怒られた。何だろう、この納得のいかない気持ちは……。


***


深夜、俺とノゾミは学校にいた。

ホシミがおばちゃん(?)から聞き出した、ヒョンヒョロニウムに代わるエネルギー物質を手に入れる為だ。

ターゲットは裏門。俺とノゾミは懐から出した布をほっかむると、気配を消して裏門へ向かった。

「つか、ここまでしなくてもいーんじゃね? 夜中なんだし誰もいねーよ」

「何事も、油断は禁物でござる」

ノリやすい性格のノゾミは、はしゃぎ過ぎて語尾が忍者になってる。

しかし悲しいかな、その姿はサ○エさんに出てくるコソ泥にしか見えなかった。

つか、相変わらずこの状況を楽しんでねーか……?

俺達は息を殺してターゲットを目指す。

ニンニンニンニンニン。

ニンニンニンニンニン。

ニントモカントモニンニンニン。

こら! それはやめろ! 

やがて、俺達は目標を捕捉する。

あった! 『二宮金次郎』!

かつて、全国の学校にその名を轟かした「勉学」の象徴だ。

そう、ヒョンヒョロニウムの代用品てのは他でもねぇ。地球で言うところの元素記号Cu。日本で言うところの『銅』だった。

とは言え……一般家庭にそんなに大量の銅が備蓄されている訳はねぇ。俺達は「非常時だから」と言う言い訳のもと、止む無く銅像の代名詞でもある二宮金次郎さんを拝借する事にした。

良い子のみんなはマネしちゃダメだぞ!


俺は、辺りを凝視する。

人の気配はねぇ。やるなら今だ!

ミッションスタート!

俺とノゾミは、事前の手筈通り二宮金次郎さんを台座から取り外しにかかった。

作業は慎重に、かつ迅速に行わなければならない。それが戦場で生き残るための鉄則だ。

俺は取り出したドライバーで金次郎さんのネジを外しにかかる。

その時だった!


パッ! パパッ!


眩い光が俺とノゾミを照らす!

各所に設置された巨大な照明が俺達の姿を捉える。

脱獄に失敗した囚人て、きっとこんな絶望感なんだろうな……って、違う違う! 何で⁉

この完璧な計画がナゼ……って言うか何でこんな事に⁉

「いよいよ年貢の納め時だな?」

トレンチコートと帽子がトレードマークのICPO警部が言いそうなセリフを吐く奴がいた。

「その声………………誰だ?」

俺の「お約束」にズッコケる人影。なかなかノリがいい。

「僕の声を聴き忘れたのか⁉ 生徒会副会長、笘篠裕一朗だ!」

見ると、笘篠をはじめ、生徒会の面々(会長除く)が俺達を取り囲むようにして立っていた。

「いや……だってそれほど親しくもないし」

「それは否定しないけど、仮にも副会長だぞ。声ぐらい覚えてくれよ」

「何か、ごめん」

笘篠が泣きそうだったのでとりあえず謝った。

「と、とにかくだ! 三笠司郎、二宮金次郎窃盗の現行犯として生徒会が身柄を拘束する!」

「ふざけんな! 生徒会にそんな権限があってたまるか!」

「では、私が権限を行使させて頂きますよ」

その声の主は、インテリじみた顔つきの男……副校長の森脇だった。

なるほど、これが会長の言っていた……俺としたことが油断した!

「三笠君、君はお父さんに似て世の中の一般常識にいささか疎い様子だから教えてあげよう。窃盗は立派な犯罪ですよ。この場で、今すぐ君達を警察に引き渡したって何の問題もないんだ」

 (コイツ、親父を知ってるのか?)

「そんな事して困るのはアンタだろ?」

俺の言葉に、副校長はニヤリといやらしく笑みを浮かべた。

「君の言う通りだ。正直、在学中の生徒の中から犯罪者なんてものが出た日には、わが校の信用に関わるのでね」

「で、俺をどうする気だ?」

「もちろん、退学」

ストレートに来やがった。

「と、言いたい所だが、さすがの私もそこまでの権限は有していないのでね。君の処分については校長の判断を仰がねばらない。明日の昼、職員室まで来給え」

「いいのかよ、教師がこんな汚ねー罠使って」

「罠? 心外だな。大人の知恵と言ってもらいたい」

「こんな大人にはなりたくねーな」

「君ごときが、私のようになれる訳がないだろう?」

言う事がいちいち鼻につく。コイツ友達いねーんじゃねーか?

「副会長、後の事は任せたよ」

「はい」

副会長、笘篠。こいつも副校長に似てイケ好かない奴だ。神経質そうな顔つきが何となく生理的に受け付けない。

「いい気味だね、三笠君。今の時代に必要なのは腕力じゃない。ここなんだよ」

と、自分の頭を指さす笘篠。

「もう少し上手く立ち回れば、こんな事にはならなかったのにねぇ」

ムカつく奴だ。きっとコイツも友達がいないに決まってる。

「君は……?」

笘篠が、ノゾミに気づく。

「共犯者か? バカな事をしたものだな? ほっかむりを取って顔を見せたまえ!」

笘篠が、強引にノゾミのほっかむりを剥ぎ取った!

その瞬間……時間が止まった。

この気持ちは何……?

体中を電流が流れ、心臓の鼓動が早くなる。

人は、これを「恋」と呼ぶのだろう……。

ってのが、傍から見ててハッキリと分かるぐらい放心した表情でノゾミに見惚れている笘篠の姿がそこにはあった。

ははーん……こいつは面白ぇ。

俺は心の中でニヤリと微笑む。

「き、きき、君は……? み、見慣れない顔だが?」

上擦った声でコンタクトを試みる笘篠。

「そいつは、俺の妹だよ」

俺は、自分の中の悪戯心が抑えきなかった。

「い、妹さん……? そう言えば、どことなく似ているような……」

当たり前だ。母親だもん。

「な、名前は⁉ どこのクラスに!」

「え―ッと、笘篠君、だっけ? 人に、物を、聞くときはー、どうするの?」

「なっ⁉」

俺は、この瞬間悪魔になった。

あの事件以来、ことごとくツッコミ役や被害者的位置に甘んじていたストレスを発散する絶好の機会を得た。

「どうするの、笘篠くーん?」

「お……お願いします。妹さんの、お名前と、クラスを教えていただけませんでしょうか?」

笘篠が握りしめた拳から、血がしたたり落ちているのが見えた。いや、そんなに悔しいか?

俺、どんだけコイツに嫌われてたんだよ……。

「こいつは、三笠ノゾミ。去年までアメリカにいる親戚の家に預けられてたんだ」

「なぜ⁉」

「おじさん達には子供が出来なかった。そこで、どうしてもノゾミを養女に欲しいって言われ、仕方なくな……そんな事もあって、俺達は幼いころ離れ離れになっていたんだ……けど、おじさんが仕事で日本に転勤になったため、こうして久しぶりに再会することが出来たって、そう言う訳さ」

「な、何て言う波乱万丈な人生⁉ さぞ辛かった事でしょう……!」

「はぁ……まぁ」

ノゾミのノリがいまいち悪い。惰性で返事しながら爪をいじっている。元々お袋は、自分に興味のないことに対してはビックリするぐらい無関心だ。息子のために一肌脱ぐとか、そもそもそういう思考が働かないらしい。

「てか、帰っていい?」

ぶっきらぼうな態度でに笘篠に問いかけるノゾミ。

「どうぞどうぞ! 道中、お気をつけて!」

惚れた女に最敬礼する奴を初めて見た。なんか色々と切なくなった。

俺とノゾミは、待ち伏せされた生徒会から、意外な形で見送られながら学校を後にした。

えーっと、俺達何しに来たんだっけ?


***


翌日、俺は校長室にいた。

もちろん、昨夜の「盗難事件」に対する校長の処分を聞くためだ。

校長は、椅子に座ったままニコニコと微笑んでいた。

それとは対照的に、副校長が相変わらず神経質そうな顔でコホンと咳払いをする。

「今更言い訳もないだろうが、何か話したい事はあるかね?」

「別に……銅像を盗もうとしたのは事実だし、それをこの副校長に見られたのも事実だ。これ以上、何も言う事はねーよ」

「何だね、その口の聞き方は⁉」

俺は副校長の声を無視して校長の目をジッと見た。

「三笠、司郎か……なぜ、銅像を盗もうとしたんだね?」

 校長は、穏やかな口調で俺に訊ねてきた。

「それは……」

言えなかった。大体、宇宙人に若返らされた自分の母親を元に戻すためだ、なんて言っても信じてもらえる訳がねぇ。

「言えない、か……」

校長が、またニッコリと微笑む。

「大方、どこぞの犯罪グループにでも売って小遣いにでもしようとしてたんでしょう。全く嘆かわしい!」

この副校長はどうにかして俺を退学にしたいらしい。こういう人間が世の真実を捻じ曲げて冤罪と言うものをはびこらせる原因になる。全く嘆かわしい。

「副校長」

「はい」

「彼と、二人で話がしたい」

「と、申しますと?」

「出てけって事だよ。な、校長?」

「そういう事だ」

「し、しかし……!」

「副校長」

その、校長の言葉に、それ以上副校長は逆らわなかった。

納得のいかない様子で、部屋を後にする副校長を尻目に、俺は校長に疑問を投げかける。

「これ以上、俺に何を聞きたいんだ?」

「その目……そっくりだよ、君の母さんにな」

お袋を……知ってるのか?

「仁藤希……私の教え子だ」

「お袋の……担任?」

驚愕した。こんな穏やかな人物が、「力の仁藤(旧姓)」と恐れられた俺のお袋の担任だったなんて……。

「さぞ、ご苦労だった事でしょう……」

俺は、精いっぱいの気持ちを込めて校長の労を労った。

「その様子だと、相変わらず元気でやってるみたいだな?」

「元気なんて物じゃありません。破壊兵器です」

校長は、嬉しそうに笑った。

「ひどい言われようだな」

決して冗談なんかじゃねぇ。現に俺は、お袋のせいで「走馬灯」と言う奴を見せられたばかりだ。

「彼女はね、確かに手の付けられないワルだったが、バカが付くぐらい真っ直ぐな娘だったよ。自分が間違った事をしていない……それを訴えかける時、彼女はさっきの君と同じ目をしていた。真っ直ぐな目をね」

真っ直ぐな、目……?

「一緒にいた女子、と言うのはお母さんだろう?」

ドキッ!

「や、やだなー、校長先生。そんな訳ないじゃないっすかぁ」

「隠さなくてもいい。話は全部、君のお母さんから聞いている」

「それって……宇宙人の、話もですか?」

「もちろん」

「……信じてるんですか?」

「目の前の現実を疑うほど、頭は固くないつもりだ。まぁ、驚かなかったと言えばウソになるがね」

「俺のクラスへ編入させたのも校長の仕業か……」

「グッジョブだろう?」

「グッドじゃねーよ……俺がどれだけ苦労してると思ってんだ」

「まぁ、そう言うな。で、昨夜の話だが……君達親子の事だ、何らかの理由があって銅像を盗もうとしたんだろう。とは言え、あれは学校の大事な備品だ。譲る訳にはいかん」

「分かってるよ」

「かと言って、副校長の手前、無罪放免と言う訳にもいかん。よって三笠司郎、校内無断侵入の罰として、本日より停学三日を申し付ける」

俺は拍子抜けした。もう少し思い罰がくるものだとばかり思っていたのに……。

「三日? 三日でいいの⁉」

「それだけあれば、例の件の打開策も見えてくるだろう?」

それって、つまり……?

「お母さん、早く元に戻るといいな」

……でかい!

俺は校長に男としての「でかさ」を学んだ気がした。

ありがとう校長。そして今日まで顔を知らなかったことを謝ります。本当にゴメン!


***


「見つかってんじゃねーよ……!」

労を労うでもなく、帰って早々人の失敗をタメ息交じりに責めたてる親父に、俺は渾身のパンチをお見舞いした。

「ごめんね、司郎……母ちゃんのせいで停学になっちゃって……」

「母ちゃんが悪い訳じゃねぇよ。あの副校長、前々から俺を目の敵にしやがって……ったく、俺が何したってんだよ!」

「副校長って、森脇だろ? あの神経質が服来たような奴」

 親父が、鼻にティッシュを詰めながら俺に訊ねてきた。

「知り合いなのかよ?」

「そんな親しい間柄じゃねぇんだが……中学の時の同級生でよ。勉強できるのが鼻につくから、良く仲間内でパシリに使ってた」

「あー、何かそんなキャラだ」

と、笑って見たものの……。

あれ?

おや? 

それって……?

「テメーのせいか⁉」

「この野郎! 親に向かってテメーとは何だ⁉」

「うるせー! んな事やってるから息子の俺が目の敵にされてんじゃねーのか⁉」

「いや、単にお前の学校での生活態度が悪いからだと思うぞ」

「ムカつく! 何かそれスゲームカつく!」

「まぁ落ち着け。俺、今スゲー事思いついた」

親父がいきなり話題を変えた。

とりあえず話を聞く。

「十円玉ってさ……銅で出来てるじゃん?」

「だから何だよ?」

「銅像とか盗まなくても、銀行で、十円両替してくりゃいいんじゃね?」

……………あ!

「馬鹿野郎! なんで早く気付かねーんだよ⁉」

「おめーだって気づかなかったじゃねーか! てか実の親に向かって馬鹿野郎とはどういう了見だ!」

「バカをバカと言って何が悪い!」

「やんのかコラ―っ⁉」

「やかまし――――っ!」

こうしてお袋が参入する事によって、事態は収束する。

明日、銀行へ行こう。怪我が治ってたらね♡


          ~4~


翌日、俺はリヤカーを引いて銀行へ向かった。

必要量の銅を手に入れるため、窓口で十円玉に両替をしてもらうためだ。

平日の真っ昼間に、十円玉だけ大量に欲しがる高校生に怪訝な表情を浮かべつつも、受付のお姉さんは事務的に処理を続ける。

二宮金次郎さんの大きさに匹敵するぐらいの大量の十円玉を手に入れた俺は、早速リヤカーを引いて帰路についた。

俺は思った。

「夏じゃなくてよかったな……」


その帰り道の事だった。

ジュースの自動販売機を、ジッと見上げている幼い少女の姿があった。

歳はホシミと同じか、それよりも幼い感じがした。

ジュースの買い方がわからないのか、そいつは自販機を見上げたまま途方に暮れていた。

「どうした? のど乾いたのか?」

俺は、思わず声をかけた。

そいつは、一瞬俺の顔を見たが、そのまま再び自販機に視線を戻した。

「何だよ、どれが欲しいんだ?」

「あの……黄色いの」

「待ってろ」

俺は、小銭を取り出すとそのジュースを買ってやった。

「ほら、奢りだよ」

俺は、そう言ってジュースを少女に渡した。

「あ……ありがとうニャ」

俯き加減で、照れたように頬を赤らめ、絞り出すような声でお礼を言う。

「じゃーな」

俺は、再びリヤカーを引き、歩き出そうとしてふと気が付いた。

「…………ニャぁ?」

振り向くと、少女の姿はどこにもなかった。

今のは、一体……?


ハンパ無く重いリヤカーを引きながら、俺は息も絶え絶えにどうにか家に辿り着いた。

メルモールガンの修理を続けるホシミに、早速十円玉を届ける。あの野郎、二階で作業してやがるから持っていくのも一苦労だ!

「ど、どうだ、ホシミ! これだけありゃ母ちゃんを元に戻せんだろう?」

「ご苦労さんだプニ。これでエネルギーは確保できたプニ。後は、本体を完成させるだけプニ」

「じゃ、早いとこ直してくれよ」

「それが……そう簡単にはいかないプニ」

え? 何? それってどういう事?

「まだまだ部品が足りないプニ! この家は材料が少なすぎるプニ!」

「今度は何が必要なんだよ⁉ 」

俺は半泣きでキレながらホシミを問いただす。

「まず銃身部分を形成する金属チョスケニウム、内部原子炉を保護するカトチャウム、トリガー部分にナカモンド、砲身部分にはタカブーム、そして原子炉形成にシムライト……」

こら! それ本当か? ネタじゃねーのか?

「こんな時に冗談なんか言ってられないプニ!」

「メルモールガンなのに、何でそんな名前の金属が使われてんだよ⁉」

「これらはホシミの星でも極めて貴重で、リフターズ・ド金属と総称されているプニ」

「もう何か色々とヤバいからその辺にしとけ。ってか、そんな物集められる訳ねーだろ!」

「部品が無きゃ修理はできないプニ!」

「ふざけるな! 元はと言えばお前のせいだろ!」

「壊したのはお前の母親プニ!」

「パンパカパーン!」

俺と宇宙幼女の口論を阻むように、緊張感のない声が割って入ってきた。

見ると、満面の笑みを浮かべたノゾミが、勝ち誇ったように立っていた。

「重大発表―っ!」

「んだよ……帰ってくるなりテンション高けーな……?」

「この度、ワタクシ三笠ノゾミの公式ファンクラブが発足いたしましたーっ!」

おや? この人は一体何を言ってらっしゃるの?

「こ、公式ファンクラブ……⁉」

「ジャンジャジャーン!」

古い効果音を口ずさみ、得意げに会員証を見せるノゾミ(実年齢アラフォー)。

会員ナンバーは0000と書いてある。どうやら本人用らしい。

「公式って、まさか自分で作ったんじゃ……」

俺とホシミは、ちょっと哀れみの目でノゾミを見た。

「そんな寂しい事するか! てか、その目をやめろ! これはね、生徒会の笘篠君が作ってくれたのよ」

あいつ……マジか⁉

「あの子、いい子ねぇ。私、見直しちゃった。ちょっと陰のある所とか、大人っぽくてアリだと思うなぁ……」

昨日はあんなに興味なさそうだったのに……わが母親ながら、何て現金な奴だ!

何か、笘篠が急にかわいそうに思えてきた。あいつ、将来絶対に女に騙されるよ。

「ホシミちゃん。修理、そんなに急がなくてもいいわよ。学校生活が楽しくてしょうがないの。もうしばらくこのままでいいわ」

「まぁ、ノゾミがそれでいいなら……でも、早く戻らないと困るプニよ」

「え?」

「すぐにどうこうという話じゃないプニけど」

うーん、「プニ」の使い方に無理が出てきたような気がするのは俺だけか?

とにかく、揃えられるものだけでも揃えよう。俺はホシミに地球の物質で代用できるかどうかを例の「おばちゃん」に確認させた。

それなりに苦労はしそうだが、すべて代用が利くようだ。不景気の中、余計な出費が増えて親父は泣いていたが、背に腹は代えられねぇ。早速、明日から材料の調達に奔走しなきゃならねぇようだ。それにしてもノゾミの奴……息子の苦労も知らねぇでいい気なもんだ!


***


広い、広い、どこまでも続いている草原に、幼い俺はいた。

俺は直感的に、これが「夢」であることに気づいた。

何故なら、俺の片隅には、聖母の如き穏やかな微笑みを浮かべて、わが子を愛おしそうに見つめるお袋の姿があったからだ。

残念ながら、俺の脳内にこんなお袋の記憶はない。って言うよりありえねぇ。まだ、巨大化して町を破壊して回っている姿の方が遥かに現実性を帯びている。

それでも、夢ってのは不思議なもんだ。本人が夢であることを自覚していても、疑うことなくすべてを受け入れてしまう。だから、目覚めて現実に戻った途端に、この「夢世界のお袋」との接触は俺の精神に多大なダメージを与えることになるだろう。

ま、それはさておき……、その夢の中のお袋は、俺を膝枕しながら優しく子守唄を歌ってくれた。夢の中で眠気が起きるのもおかしな話だけど、俺の意識は暖かい母親のぬくもりと心地よい歌声によって次第に遠のいて行った。

その時……お袋がつぶやいた。

「……さようなら、司郎」


俺は思わず飛び起きた!

春とは思えないほど大量の汗で、俺のシャツは湿っていた。

深呼吸をしながら、ゆっくりと気持ちを落ち着かせる。

時計を見る。深夜三時を少し回ったあたりだった。

「何で、あんな夢を……?」

嫌な目覚めだった。これじゃまるで、お袋が元に戻れなくなるような、そんなフラグじゃねーか。

冗談じゃねぇ! これ以上、俺の平和な(?)学園生活をかき回されてたまるか。この状態で、ファンクラブが出来たとか喜んでるお袋に腹が立つ。

よし、とりあえず笘篠をシメよう。


俺はトイレから出ると、ふと、居間の明かりが点いていることに気づいた。

それにしても、あれだけ大量の汗をかいたにも拘らず、更に水分を放出したくなるのはどうしてだろう? 

人は寝ている間にコップ一杯分の汗をかくと聞いたことがある。しかし下半身から放出される排泄物は(試したことはないが)五〇〇ミリペットボトルだけでは収まらないほどの量であると推測される。もちろん、その日の水分摂取量や体調などにも左右される訳だから一概に言い切れるものじゃないが、そう考えると一晩でおよそ二リットル近い水分を失うことになる。                        

人体を構成する物質のおよそ七〇%が水分であると考えるなら、二リットルの水分が体外に出てゆくということはこれすなわち……、

「うるせー! いい加減俺に絡めよ!」

明かりのついた居間で、親父殿がご立腹だった。


「何やってんだよ、こんな夜中に……」

「久しぶりに、こいつが見たくなってな」

古ぼけたアルバムをしみじみと見つめながら、親父はグラスに注いだ日本酒を口にした。

学生時代、まだ付き合い始めたばかりの親父とお袋……青春の思い出が詰まった写真の数々。

「親父が、まだマトモだった頃の写真だな」

「やかましい!」

「何だよ。過ぎた日の青春に思いを馳せてた……って所か?」

「俺はそんなロマンティストじゃねーよ。こんな事、息子に話すような事じゃねーかもしれねーが……俺は、母ちゃんと出会えて本当に良かったと思ってる。ケンカばかりに明け暮れてた俺と、唯一対等に接してくれた女は、母ちゃんだけだった。一日一日が、楽しくて仕方がなかった……確かに、若返った母ちゃんにちょっとは欲情した。それは認める。でもな……やっぱりあれは、母ちゃんであって母ちゃんじゃねーんだよな。俺と出会って、付き合って、結婚して、お前が生まれて……そういう時間を、一緒に過ごしてきた元の母ちゃんこそが、俺にとってもお前にとっても、本当の母ちゃんなんだよな?」

「親父……」

「だからよ、本人が何て言おうが関係ねぇ。一刻も早く、元の母ちゃんに戻ってほしいんだよ」

「そんなの……俺だって同じだよ」

「この一件が片付いて、笑い話にできるようになったら……このネタを肴に一緒に飲もうや」

「……あぁ」

部屋に戻る時、俺には親父の背中が小さく見えた。何か、少しだけ切なかった……。


~5~


「司郎さん? 司郎さん?」

耳元で、心地よい声が俺を呼んでいた。

この声は、お袋……?

まだ、夢の続きを見ているのか? もういいよ、お腹一杯。

「司郎さん、起きてください」

やがて、声だけではなく、何かが俺の体を揺らし始めるのが分かった。

「何だよ……?」

「朝ですよ。起きてください、司郎さん!」

俺は、ようやく瞼を開け、ぼやけた視界の焦点を合わせる。

「おはようございます、司郎さん!」

何だノゾミか……。

ZZZZZ……………………ノゾミ⁉

俺は二度寝から思わず飛び起きた!

目の前には、体中から尋常ではないぐらいの「清楚オーラ」を発して俺に微笑んでいるノゾミの姿があった。

誰……これ? ってか別人じゃん!

「朝ごはんの用意、出来ていますよ」

「何じゃこりゃ――――っ⁉ 何だよ、母ちゃん! 何の冗談だよ……⁉」

「どうしたんですか、司郎さん?」

ノゾミは、困惑したような顔で俺を見る。

騙されてたまるか! 怯える俺を見て、きっと心の中で笑っているに違いねぇ。お袋はそういう人間だ! 

「いい加減にしろ! 柄でもない事されると気持ち悪いんだよ!」

俺はノゾミの腕を掴んで迫った!

「ちょ! やめてください司郎さん!」

「そりゃこっちのセリフだ! 今すぐそのキモイ芝居をやめろ!」

「い、一郎さん! 助けて―――――っ!」

「実の母親に欲情するとは、とち狂ったかこのバカ息子――――っ!」

かつて「技の一郎」と呼ばれた親父のきりもみシュートが俺を吹き飛ばした!

実の息子に使う技じゃないと思うんですけど……。


全身打撲、その他諸々の外傷の手当てをノゾミに受けながら、俺はホシミから恐るべき事実を聞いた。

いや、その前に救急車を……!

「つまり、そのメル……なんとかガンってのは、単に人間を若返らせるだけじゃなく、人格まで変えちまう効果があるってのか?」

親父は未だにメルモールガンの名前を覚えられない。

「正確には、人格を変えるというよりも新しい方の記憶が消去され、過去の人格に戻ると考えていいプニ」

いやいや、ちょっと待て。

「その話だと、元々俺の母ちゃんは、こんなに清楚可憐なお嬢様だった、って事か?」

「理論的にはそういう事プニね」

俺は笑った。笑うしかなかった。おかしくて笑ったんじゃなくて、何て言うか、こう乾いた笑い? その気持ち、分かってもらえるよね?

「な訳ねーじゃん。母ちゃんはな、高校時代「力の仁藤(旧姓)」と恐れられてた人間だぞ」

「でも、人格が変わってきているのは事実プニよ」

「け、けどよ……!」

「司郎……チビッ子のいう事は間違っちゃいねえ」

親父が、神妙な面持ちで話に入ってきた。

それは、息子の俺でさえ初めて目にする表情だった。

俺は、その様子に戸惑いながらも親父に訊ねる。

「何だよ? 何か知ってるのか?」

「昔、母ちゃんの担任から聞いたことがある」

お袋の担任、つまりはうちの学校の校長だ。

「清楚で可憐なお嬢様が、とあるバカに恋をした。そのお嬢様は、よほどそのバカに振り向いてほしかったんだろうな。体を鍛え、ケンカを繰り返し、やがて学校一のワルになっちまった」

「それって、まさか……?」

俺の問いかけに、無言で頷く親父。

「バカじゃねーの? 人間が、恋したぐらいでそんな一八〇度も人格が変わってたまるかよ!今まで積み上げてきたもの全部投げ出して、別人になんかなれるかよ!」

「なっちまったんだよ、あいつは……だから俺は、あいつの真剣な気持ちに応えなきゃいけねぇって、そう思ったんだ。人の心を動かすには、まず自分自身が変わらなきゃいけねぇ。それをアイツはやってのけた。……本当、大した女だよ」

そんな……それじゃもし、このままメルモールガンが完成しなけりゃ、ノゾミの人格は親父と出会う前に戻ってしまう。それってつまり……!

「予想より進行が早いプニ。時は一刻を争うプニ! 早く材料を集めてくるプニ!」

「よっしゃ! 俺も手伝うぜ!」

「店はいいのか、親父?」

「こんな時に仕事なんかしてられっか! チビッ子、材料のメモを出しな!」


***


昼休み、俺は学校にいた。

皆さんご承知の通り、本来は停学中なので校内にいる事がバレるのはよろしくない。

例の「神経質な面々」に見つかったりすると面倒なことになりかねないので、とっとと用件を済ませることにする。

休み時間。

俺は気配を殺し、廊下から教室に向かって、本人にやっと聞こえるぐらい小さな声でノゾミを呼んで手招きした。

 ノゾミがそれに気づき、驚いた様子で俺を見た。

「司郎さん……⁉」


俺とノゾミは、柱の陰に身を潜めるようにして話していた。

さすがに困惑の表情を隠せないノゾミ。

「いいんですか、停学中なのに?」

良くは無い。良い筈がない。

ただ、どうしても俺は、ノゾミに言わなくちゃいけねぇ事があった。

「いや、朝の事、謝っておこうと思ってさ」

「朝の事?」

「ほら、あの寝起きで……ビックリしたろ、悪かったな」

「ああ……大丈夫、気にしてませんよ」

天使のような微笑みだった。作り笑顔ではない、心底心の奥から醸し出された本当の感情だった。

俺は、思わず赤面して立ち尽くす。

「司郎さんて、優しいんですね」

ドキューン!

胸の何かが撃ち抜かれた気がした。

あれ、これってヤバくない? 何、このドキドキ……? 胸が高鳴り心臓バクバク。

ウソだろ……俺、自分の母親に……?

「どうしました?」

ノゾミが怪訝そうな顔で聞いてきた。

「いや! 別に! 何でもない……!」

参った。

意識すればするほど、俺はノゾミの顔をまともに見ることが出来なくなっていた。

「ありえねー……!」

そうだ、これはきっとあれだ! そういう変な感情じゃなくて、母親に対する安心感と言うかなんというか……いや、でも俺は、生まれてこの方お袋に対して安心感なんか感じたためしがねえ。むしろ常に命の危険にさらされながら生きてきた。でも、そうなるとやっぱ……って事なの⁉ あー――――っ、何だよこの気持ちは⁉

「何、母親見て顔真っ赤にしてんだよ?」

純がストレートに指摘してきた。

「い、いつの間に⁉」

「いや、さっきから居たんだけど……ってかさ、あんたマザコン?」

「ば、バカ言ってんじゃねーよ!」

今度は、キョドった笑いでその場を取り繕った。

「ふーん……じゃ、こういう感じの女が好みなんだ?」

俺は、暴言を吐き続けるバカの手を引っ張り、ノゾミから距離を置いた。

「こ、好みとかそういう事言うんじゃないよ! しかも本人の前で……デリカシー無さすぎだろ!」

「え、何、やっぱ好きなの?」

「バカ! お前だって分かってんだろ? あれは、俺の母ちゃんなんだぞ」

「でも、今はホシミの力で若返ってる……しかも、その影響で性格まで変わってきてるとなると……もう、別人と考えてもいいんじゃね?」

「ゆ、誘導尋問だ!」

「そう言ってる時点で認めてるも同じじゃん?」

「か、仮に俺がノゾミにときめいたとしてもだ、親子であることに変わりはないんだから、これ以上どうこうなる事はねぇ! 断じてねぇ! それに、メルモールガンさえ完成すりゃ……」

「そうなると……今のノゾミはどうなっちまうのかな?」

(……え?)

「元のおばちゃんに戻った時、あのノゾミの人格は消えちまうのかなぁって……ちょっとそう思っただけ」

それは……考えもしなかった。

コイツ、バカのくせにたまに鋭い指摘をする。その辺りを詳しくホシミに確認する必要があるのかもしれねぇ。

「純、ノゾミの事、よろしくな」

「お前に言われなくても分かってるっつーの」

「頼むぞ」

俺は、早速材料集めの為、学校を後に……しようとしたんだけどね。


「三笠司郎!」

聞き覚えのある声が俺を呼び止める。

ドスの効いた、聞き苦しいこの声……。

「何か用か? ささくれ三兄弟!」

「荒くれだ! 今、わざと間違えただろう!」

案の定、先日俺がフルボッコにした不良三人組だった。

「何だよ、俺急いでるんだよ……」

「本気で迷惑そうな顔をするな!」

俺は、ここで素朴な疑問を抱いた。

「って言うか……お前ら、何でここにいるの?」

「はぁ? この学校の生徒だからに決まってんだろう⁉」


……………………………………………………………………はい?


「ちょっと待て! その顔は何だ⁉ その『いや、俺、校内でお前達を見た記憶無いんですけど』的な顔は何だ⁉ 本気でへこむだろう!」

「ごめん、ホントに知らなかった。だってホラ、制服だって違うし」

「果たし状、校内で渡したよね? 俺が直接渡したよね!」

「あ、そうだっけ……マジでごめん」

「ひどい! ひどすぎる! ああ、そうですか! こんなザコキャラなんかあなた様から見たらアウトオブ眼中ですか!」

「いや、そんなネガティブにならなくても……て言うか、アウトオブとか今使わないし……あ、何か用?」

「三笠司郎……お前に、聞きたいことがある!」

「答えられる範囲でお願いします」

「その……何だ……み、三笠、ノゾミさんとは、どういうご関係で?」


……………………………………………………………………はい?


「いや、だから、お前、苗字同じだろ? ノゾミちゃんと、何か関係あるのかよ?」

「俺? 俺はその……あ、兄貴?」

「お兄様――――――――――っ⁉」

うわっ、ビックリした!

「そうとは知らず、数々のご無礼大変失礼いたしました! 平に! 平にご容赦をーっ!」

「ななな、何だよ一体⁉」

「申し遅れました! 私ども三人、三笠ノゾミ公式ファンクラブ、『MKN48』に、先日入会させていただきました!」

うわ、ファンクラブ本当にあった―――――っ!

「つきましては、お兄様に是非ともお願いしたい事がございます」

「な、何でしょう?」

厳つい三人組は、俯き加減でモジモジしながら照れくさそうに話し始める。

「その……あの……! の、ノゾミさんと、お、お食事なんか出来たらなぁ……なんて?」

チラッ? と、上向き加減に俺の反応を確認する荒くれ三兄弟。

「きもっ!」

と、思った。

「お願いします! お願いしますお兄さ―――――――ん!」

言うが早いか、三人の男達はその場に膝まづき、デコを地面にこすり付け始めた。

土下座である。

一度は拳を交えた男達が、己のプライドをかなぐり捨ててまでこの俺に頼み込んでいる。

「叶えてあげたい!」

俺は、そう思った。


でも、相手があっての事なので、

「いずれなー」

と言って、その場を逃げてきた。

って言うか、それどころじゃねー! 早く親父に合流してメルモールガンの材料を探さなきゃならねーんだ!


「おっす、笘篠!」

「やぁ、三笠君」

俺と笘篠は、すれ違いざまにごく自然にあいさつを交わした。

「って、ちょっと待ちたまえーっ! 君は今、停学中の身じゃないのか⁉」

くそっ、気付きやがった! ナチュラルに行けばスルーしてくれるかと思ったが、甘かったようだ。

「頼む、笘篠! ノゾミのご機嫌な写真とか持ってきてやるから、ここは見逃してくれ!」

「ご、ご機嫌な写真……⁉」

笘篠の動きが止まった。生徒会副会長としての責務と、思春期男子としての本能的欲求。その間で揺れる奴の葛藤が、俺には痛いほど伝わってきた。

まさに、天使と悪魔の間で揺れ動くさまを体現して見せてくれる笘篠を余所に、俺は学校を後に……しようとしたんだけど、

「惑わされるか―――――っ!」

煩悩に打ち勝った笘篠が大きく叫んだ!

「僕は花乃菱高校生徒会副会長、笘篠裕一朗だ――――っ!」

こいつ……自分で自分を奮い立たせた! すげぇ!

俺には出来ない。恥ずかしくて。

笘篠は、キッと俺を睨みつけると懐から笛を取り出した。

「ごめんなさい、ノゾミさん!」

ぴゅ~ひゅるるるる~っ!

その笛の根を合図に、教室の扉が一斉に開いたかと思うと、各クラスのクラス委員が一斉に姿を現わした。

「な、何だ⁉」

「緊急指令M460! 三笠司郎を確保せよ!」

笘篠の意味不明な号令により、生徒会の回し者であるクラス委員達が俺を捕まえようと飛び掛かってきやがった!

何だ! ここはショ○カーのアジトか⁉

俺は逃げた! 捕まればまた、あの陰湿な副校長の前に差し出され、ネチネチと嫌味を言われるのは目に見えていた。それに、何より……俺をかばってくれた校長に申し訳が立たない。     

これでも義理だけは重んじるのが俺の信条だ。何としても逃げ切って見せる!

俺は、並み居るクラス委員達をすり抜け、階段へと向かった。

下からも追っ手が来るのが分かった。

……やるしかねぇ!

俺は、走るのをやめずに、そのまま勢いをつけて階段を飛び下りた!

階段を昇ってきた連中の頭上を飛び越え、俺は見事に踊り場に着地すると、そのまま一階までダッシュで駆け降りた!

オウ! ジャパニーズニンジャ!

「追え! 追うんだーっ!」

笘篠が声を裏返らせて叫ぶ!

次々と増えてゆく追手のクラス委員! って言うか何人いんだよ、クラス委員!

くそっ! 分が悪い。このまま校内にいたらいずれ捕まる。どこか、身を潜める場所は無いか……⁉

俺は、前方に男子更衣室を見つけた。

「ここだ!」

とりあえず、ここに隠れて嵐が過ぎ去るのを待とう。

俺はドアノブに手をかける。

ガチャリ。

ノブが回った! 良し、鍵は開いてる!

俺は迷わずドアを開けた!

バタン!

その瞬間、俺の目に見覚えのある顔……そして見慣れないふくらみが映し出された。

突然の出来事に、俺の脳みそは活動を停止し、情報処理能力が著しく低下した。

エマージェンシー!

エマージェンシー!

一体、何が起こったと言うのだ……⁉

俺の目の前には、生徒会長、泉由里奈が、俺と同様に目を見開き、突然の出来事にフリーズしていた。

しかも、丁度、その……何て言うのか、ぶ、ブラ……ブラ……そう、女性用下着を! は、外そうとしてたのか、着けようとしてたのか、その辺りは定かではないんだけど、とにかく、そんな状況の会長が、何故か俺の目の前に立っていた。

やがて、脳の働きが正常に戻るに従い、互いに今置かれている状況の不可思議さに徐々に気が付き、言いようのない気まずい空気が二人の間に流れ始めた。

顔を紅潮させ、震えだす会長。

「いや、違う! 誤解だ会長!」


「キヤ――――――――――――――――――――――――っ!」


会長の絶叫は校内に響き渡った。

その場に座り込み、泣き出す会長を前に、俺はオロオロするしかなかった。だって会長ってば話聞いてくれねーんだもん!

「遂にやってしまったな、三笠司郎!」

当然、今の声を聴きつけて笘篠達も駆けつけた。

「違げーよ! 俺、何もやってないって!」

「停学中に校舎に無断侵入した上、生徒会長の着替えを覗くなど言語道断! 恥を知れ!」

「だから、違うって! 俺は、男子更衣室って書いてあったからここへ……ほら、見てくれよ!」

俺は入り口のドアプレートを指さして無罪を主張する。

「これか……」

そういうと、笘篠はおもむろにそのプレートに手をかけると、ペリッと剥がした。

その下から現れる「女子更衣室」の文字。

うっそーっ⁉

「現行犯だな」

「しょうもねー罠だな、おい!」

「言い訳は生徒会室で聞く」

「おい、会長! 何とか言ってくれよ! これは事故だ。って言うか仕組まれた罠だ!」

「えーん……お嫁にいけないよう!」

ダメだ! 頼りにならねえ!

そこに、騒ぎを聞きつけたノゾミと純がやってきた。

「司郎さん、一体何があったんですか⁉」

ノゾミが心配そうな顔で俺に尋ねる。

「生徒会長の着替え、覗いたんだって。超サイテーじゃね?」

「ガーン!本当ですか司郎さん⁉」

ってコラ純! 躊躇なくノゾミに伝えてんじゃねーよ!

「違うんだよ! これは罠だ! 俺がそんな事するような奴じゃないって事は、お前が一番良く分かってんだろ⁉」

「もちろん! 私も、司郎さんを信じたいです……でも、司郎さんも思春期の男の子だから。魔がさすということも無きにしも非ず……」

「無きにしも無―よ!」

「ちょっと三笠君!」

会長が、ふてくされた顔で俺に詰め寄る。

「何なの、さっきから聞いてればノゾミさんに弁解ばかりして! まずは私に謝るのが先じゃないの!」

「謝るよ! 謝るけど、まずは俺の誤解を解かせてくれよ!」

「どんな理由があるにせよ、私の着替えを覗いたことに変わりはないでしょ⁉」

涙を浮かべて謝罪を要求してくる会長。

「だから、それとこれとは話が別で……!」

「司郎?」

…………へ?

瞬間! 巨大な拳が俺を真正面から捉えた!

よ、避けられね―――――っ!

バキ――――――ッ……………!

キラン!

俺は、星になった。


「ったく……! 女の子を泣かすなんて、男の風上にも置けないね。私ぁ、情けなくて涙出てくるよ!」

「あれ、ノゾミさん。元に戻ったの?」

「元に? 何の事、純ちゃん?」

「ふーん……記憶は無い、か。まぁ、いいや。とりあえずアタシ、司郎を回収してくるよ」

その後、俺は保健室のベッドで目覚めることになった。だから救急車呼んでくれよ!


***


校長は困惑していた。

いや、それなりに人生経験を積んできた大人だ。決して表情に出していた訳じゃなかったが、とりあえず困り果てているのがヒシヒシと伝わってきた。

「えーっ……まず聞こう。被害者は、誰かな?」

ごもっともな質問だ。

目の前には包帯ぐるぐる巻きのミイラ男(俺)。

ただひたすら泣きじゃくる生徒会長。

そして土下座したまま動かないノゾミ。

この状況をいきなり見せられて、理解しろと言う方が間違っている。

「この度は、私のバカ息子の不祥事でご迷惑をおかけすることとなり、誠に申し訳ございませんでしたーっ!」

ノゾミが口火を切った。俺と会長は、まともに話が出来る状態ではないので仕方ねぇ。

「停学中に学校に忍び込み、あまつさえ生徒会長の着替えを覗くなど言語道断! もはや万死に値する愚行……どうぞ、煮るなり焼くなり好きにしてくだせぇ!」

デコを床に擦りつけるノゾミ。

やめてください、何か切ない(涙)


その時! 校長室のドアが開き、副会長の笘篠が飛び込んできた!

「ノゾミさん! ナゼです⁉ なぜ、あなたは、この男の為にそこまで出来るんです⁉」

その問いかけに、赤面し、恥らいながら答えるノゾミ。

「だって……そういう、関係だから」

「ガ―――――ン!」

笘篠は、己の受けたショックを声に出して叫んだ。

「そ、そんな……何て不純な! 覚えていろ三笠司郎! 」

笘篠は、そう言い捨てると泣きながら校長室を飛び出していった。

って言うか、コラ! 余計な事言うから話がややこしくなってんじゃねーか!

「だって親子じゃん。間違ったこと言ってないよ」

「誤解を招く言い方をするなって言ってんの!」

 しかも、よりによってあの副会長に……めんどくせえ事になるのが目に見えている。

何であんな直情径行型の人間が副会長に選ばれたのか?

 ……ふと、俺は隣で未だに泣き止まない会長を見て、

「ああ、伝統か……」

と、妙な納得をせずにいられなかった。

ま、それはさておき、俺の処分はまだ決まっていない。バカげた罠にはめられたとは言え、そもそも停学中に学校にきた俺に責任はある。最悪の場合……俺は校長の答えを待った。

「仁藤……君は相変わらずだな?」

校長はそう言うと、まるで父親のような温かい目でノゾミを見た。

「一直線で、まっすぐだ。生徒会長時代と何も変わってない」

え――――――――っ⁉

「ま、待ってくれ校長! うちの母ちゃん、生徒会長だったのか⁉」

「おや、知らなかったのか?」

直情型生徒会長の伝統は、こんな昔から続いていた。

「だって、ワルだったんだろ⁉ てっぺんに立つぐらいのワルだったんだろ⁉」

「そりゃぁもう……何しろ生徒会長が先頭に立ってケンカ三昧だろ? 毎日が教師と生徒の血みどろの戦争だったよ」

校長が嬉しそうに語ってくれた。

何で笑顔なの⁉ 戦争だったんでしょ⁉

「分かってないね、アンタ?」

お袋が遠い目をして語りだした。

「あの頃は、あたしらはバカなガキだった。先生達も若かった。だから、どうしてもお互い感情的になってぶつかり合っちまう。でも……本気だったんだよ。何をするにも本気だった。だから毎日が、楽しくて仕方なかった。もちろん、今こうして大人になったからそう思えるのかもしれないけどね……」

「世の中ってのは、出口の見えない迷路のようなものだ。真っ直ぐに生きることは難しい。嫉妬、欲望、絶望……大人には、拳だけじゃどうにもならない敵が多すぎる。だからこそ、今、この瞬間を精いっぱい真っ直ぐに生きてほしい。これは、君達だけに与えられた特権なんだから……」

「校長……」

「さぁ、何をしてる三笠司郎? いつまでこんな所で油を売っている。早く、母さんを元に戻してやれ」

でかい! この人はでかすぎるぜ!

初めて「尊敬」できる大人に出会えたような気がする。

俺は一礼すると校長室を出ようとドアノブに手をかけ……たら、その瞬間バーン! ってドアがいきなり開くもんだから思い切り顔面を強打した。

純(犯人)は、校長室に飛び込んでくるなり叫んだ!

「司郎! おっちゃんが……おっちゃんが大変だよ!」

いや、待て。その前にまず俺が大変だ。

あれ、何か意識がもうろうとしてきたよ……?


~6~


俺とノゾミは、純と一緒に「一球入魂」(※ラーメン屋)に駆けつけた!

「親父⁉」

はやる気持ちを抑えきれず、俺は店に飛び込みざまに叫んだ!

「⁉」

俺は言葉を失った。

店の床に、親父が倒れていた。

あの無敵の親父が、白目をむいて、天を仰ぐように倒れていたんだ。

まさか……⁉

俺は一抹の不安を覚え、親父を純とノゾミに任せて二階へ急いだ!

「ホシミ!」

メルモールガンの修理の為、ホシミに貸していた部屋に急ぐ!

「⁉」

ホシミもまた、その場に倒れ、意識を失っていた。

しまった……!

こうなる事は予測できていた筈なのに……メルモールガンは、一歩間違えば悪魔の発明品だ。強力な武器になる。この力を狙う奴がいても不思議じゃない。あまりにもセキュリティが甘すぎた。案の定、修理中のメルモールガンは部屋から無くなっていた。

やられた……! でも、一体誰が?

「ホシミ? おいホシミ!」

俺は、倒れているホシミを抱き起こす。

………ZZZZZ.

良し! イビキをしている。死んじゃいねぇ!

って、コルァ―――っ!

寝てんじゃねーか⁉

起きろ、このチビすけ!

「ムニ……何? ご飯?」

「ご飯じゃねーっ! お前、メルモールガンはどこやったんだよ⁉」

「ほえ? 机の上に……無いっ⁉ どこ! メルモールガンはどこ⁉」

いや、ちょっと待て。

お前、「プニ」はどうした?

「あ……ムニ……何プニ? ご飯プニ?」

そこからやり直さなくていい! つか、そんな事よりマジでどこにやった⁉

「司郎!」

一階から純が叫ぶ。

「おっちゃん、気が付いたよ!」

俺とホシミは一階へ駆け降りる。

「親父⁉ 一体何があった!」

「あれは……夢だったのか?」

親父は、いまだ朦朧とした視線でカウンターに視線を移す。

そこには、ラーメンのどんぶりが置かれていた。

「いや、夢じゃない。あれは確かに……!」

「どういう事だ? 説明しろよ親父!」


親父の話はこうだった……。

昼の客もひと段落した頃、親父は夕方の仕込みを始めていた。

こんな親父だが、ラーメン屋の仕事は割ときちんとやっている。


………ん?

おい、ちょっと待て親父。確か店を休んでメルモールガンの材料探しに協力するとか言ってなかったか? 何で店開けてんだよ!

「あ……忘れてた」

バキッ!

「で? それからどうしたんだよ?」

俺は、親父に内角低めからえぐりこむようにして拳を打ち込んだ後、続きを話すよう促した。


親父の話はこうだった……。

その時、ガラガラと店の扉が開いた。

「悪いな、ランチは終わっちまったよ」

見ると、そこには一人の少女が立っていた。

少女は何も言わず、ただ、店の中をゆっくりと見回すだけだった。

「何だ、お嬢ちゃん? 一人か?」

親父の問いかけにも、全く答えない少女。

やがて……、

グ~~~~ッ。

少女の、腹の虫が泣いた。

すると、それまで無表情だった少女が、赤面して俯いた。

「ハッハッハ。何だ、腹減ってるのか?」

親父の問いかけに、無言で頷く少女。

「座りな」

少女は、言われるまま席に座る。

親父は、手際よくラーメンを作ると、少女の前に置いた。

少女は、躊躇しながら親父を見上げる。

「食えよ。遠慮するな」

少女は、不器用な手つきで割り箸を取ると、ラーメンを食べ始めた。


やがて、ラーメンを食べ終えた少女は、今度は気まずそうに親父を見上げた。

「どうだ? 旨かったか?」

頷く少女。

「そいつは良かった。うちは、割とコッテリ系だからよ。お嬢ちゃんの口に合うか心配だったよ」

「……ごめんニャ」

少女は、申し訳なさそうな顔つきで俯いた。

「何だ? どうした?」

「ユウキ、お金を持っていないニャ」

やっぱりな……親父は薄々そう感じていた。

それでも、あえて空腹な少女の為にラーメンを振舞った。親父はゲスだが、人を見る目は確かだ。この少女が、これに味を占めて度々店に来るような人間ではないと見抜いていた。だから、ラーメンを振舞った。もちろん、元から金など貰う気はない。だからこそ……、

「いらねーよ。俺の奢りだ」

「でも……」

「ガキが遠慮すんじゃねーよ」

「何か、お礼が出来ればいいのにニャ……」

「ん? ……そうだな、それじゃ、おっちゃんにキスしてくれよ」

それは、親父なりのユーモアのつもりだったんだろう。ところがどっこい、

チュッ♡

少女は、何のためらいもなく親父の頬にキスをした。

そして……突然の出来事に、親父はその場で失神した。

これが、事の真相だった。


「ふざけんじゃねーぞ、このロリコン野郎!」

「てめー! 実の父親に向かって何て言い草だ!」

「一郎さん、そういう趣味が……?」

「ノゾミさん、そのキャラで言わないで!」

「そう言えば昔、良くおっちゃんに『キスしよう、キスしよう』ってせがまれてたような……?」

「純ちゃんまでやめて! 思い出を汚すのやめて!」

親父は泣きそうだった。

って言うか、ちょっと待て! 

「親父、そのガキ、ニャーって言ってたのか?」

「いや、ニャーじゃねぇ、ニャだ」

「どっちでもいい! とにかく、おかしな語尾だったんだな?」

「司郎、心当たりあんの?」

そう訊ねた純に、俺は頷いた。

「銀行に両替に行った時、俺がジュース買ってやったガキかもしれねぇ」

あの日、自販機の前でジッと立っていたあの少女……あいつは一体? まさか……あいつがメルモールガンを⁉

「可能性はあるプニ」

ああ、お前の語尾を聞いて確信に変わったよ。

「そいつも宇宙人なのか?」

「おそらく……わが宿敵ハテノ星雲ハテノ星人!」

おい、さすがにヤバいだろ、それは!

「言ったはずプニ。宇宙に地球の法律は通用しないプニ!」

「つーか、お前も何呑気に寝てんだよ⁉ 油断しすぎだろ!」

「こちとら不眠不休で頑張ってるんだプニ! 大体、萌えキャラなのに軟禁状態とかありえないプニ! もっと活躍の場が欲しいプニ!」

「やかましい! 誰のせいでこんな事になってると思ってんだ!」

「お前の母親プニ!」

またも議論は平行線だ。

「ま、それはさておき」

今大切なのは、どうやってメルモールガンを奪い返すか、だ。俺は早々に話題を変えた。

「手がかりはねーのか?」

「ハテノ星人は、私の発する微量なエネルギー波を感知してこの場所を突き止めたに違いないプニ」

「って事は、あのガキの居場所も……同じようにエネルギー波を辿れば!」

「司郎!」

親父が、何かを訴えかけるような真剣な目で俺を見た。

「ガキじゃねぇ、ユウキちゃんだ」

「黙ってろ!」


「お困りのようね?」

ガラッと店の扉が開いた。

そこには、いつも冷静さを取り戻した生徒会長が、長い黒髪をなびかせて立っていた。

「か、会長……?」

会長は、その細い切れ長の目を更に細め、不敵な微笑みを見せる。

「詳しい事は分からないけど、私にできることがあれば協力させていただくわ」

会長は、そう言うとノゾミに視線を向けた。

「おば様を、早く元に戻さなくてはいけないのでしょう?」

な、なぜ会長がそれを⁉

「私のすぐ横で大声でしゃべってたでしょう⁉ 聞こえない方がおかしいわよ!」

って言うけど……

「信じるのかよ? こんなマンガみたいな話……?」

「私だって、信じたくはないわ。でも……」

でも……?

会長は、俺の顔を見てニコリと微笑んだ。そしてまるで、何か言葉を飲み込んだようにも思えた。

「物事の真実を見極めることが出来なければ、生徒会長は務まりませんもの」

笘篠の企みで着替えを覗かれた時、俺の弁解を一切聞き入れずに泣きじゃくっていた人と同一人物とは到底思えねぇ発言だった。

ま、何はともあれ味方が多いのは心強い。

「会長も、一緒にハテノ星人を探してくれるのか⁉」

「ハテノ……? こんな時に何の冗談?」

ごもっともなご意見だ。仕方がないので、会長に「事のいきさつ」を一から説明することにした。

「なるほど……つまり、おじ様はロリコン趣味なのですね?」

「そうじゃねーよ! そこは軽く流してくれよ!」

親父が涙ながらに訴えた。

「冗談はさておき……探すと言っても、アテもなく捜索していては時間の無駄遣い。コシミさん、と言ったかしら?」

「ホシミプニ!」

「どちらでもいいわ。どうせ偽名でしょ?」

え、そうなの⁉

あ、目ぇ逸らした! 吹けねぇ口笛吹いてる! やっぱりウソか!

「先ほどあなたが言っていた微量のエネルギー反応……それを探知すれば、相手の居場所を突き止めることができる。そういう事よね?」

「でも、本当に微量プニ。かなり近くに行かないと探知できないプニ!」

そういうと、ホシミはドラ○ンレーダーに似た探知機を取り出した。

「これ、お借りしてもいいかしら?」

「おい、どうするつもりだ?」

「決まってるわ……数で攻めるのよ」 

会長は、そう言うとニッコリと微笑んだ。まるで、勝利を確信しているかのように。


***


一時間後、店の上空を無数のヘリコプターが轟音を響かせて通過していった。

観光用ではない。どっかの『兵隊さん』とかが使ってるようなゴツイ感じのヘリコプターだった。

俺達は、それを呆然と見上げていた。

「えーっと、会長……いや、泉さん? これは一体……?」

「泉グループが誇る、最新鋭のヘリコプター部隊よ。全ての機体にさっきのエネルギー探知レーダーをバージョンアップして搭載しているわ。反応があり次第、すぐに連絡があるはずよ」

泉グループ。詳しい事は良く分からんが、とにかくすげーグループだ!

俺、こんなお嬢様に勉強教えてもらったりしてたのか? 着替えとか覗いたりしちゃったのか?

『生』への執着。俺は己の意識と関係なく、泉に対して土下座をしていた。

数々のご無礼、平に、平にご容赦をーっ……!


こうして、ラーメン屋「一球入魂」にはハテノ星人捜索本部が設置され、俺達はヘリ部隊からの情報を待つことにした。

店の片隅でいじけてる親父、退屈すぎてアクビしてる純、寝転がってマンガを読んでいるホシミ……状況とは裏腹に、店内は全くと言っていいほど緊張感がなかった。

「お前らよーっ! もうちょっと物語に参加しろよ! 特にホシミ! お前が元々の原因だろうが!」

「どうせ私はいらない娘プニ。部屋に閉じこもってメルモールガンを修理してればいいだけの存在プニ。しかも、もう手元にメルモールガンはないプニ。アイデンティティの喪失プニ」

すねるなよ……ほら、親父もいい加減元気出せよ!

俺の言葉に、親父がチラッとこちらを振り返った。

ハッと、思わず目をそらすノゾミ。

「ふわ~~~~~~~~っ!(号泣)」

ショックで、更にひきこもる親父。意外と繊細らしい。

後は純! お前、冒頭から出てる(一応)重要キャラなんだから、もうちょっとからんで来いよ!

「つか……めんどくせー」

ま! 正直なお人!

ダメだ、こいつら……結局「主役」が貧乏くじを引くことになるらしい。

「聞いた? こいつ自分の事『主役』だって」

「自分で言っちゃダメでしょ?」

「痛い奴プニ」

こんな時だけ会話に参加すんじゃねー!

「ったく……!」

ギュッ。

ノゾミが、俺の手を握ってきた。

その手から、ノゾミが小刻みに震えているのが伝わってきた。

「安心しろよ。絶対、元の姿に戻してやるから」

俺は、ノゾミを安心させようと精いっぱいの笑顔を作った。

「違う……」

違う?

「違うの。元に戻ったら、今の私の意識は消えてなくなってしまう。それが……それが、怖い」

それは以前、純が危惧していたことだった。

今のノゾミは、すでにお袋の中に「もう一人の人格」として存在している。

メルモールガンを使えば、確かにお袋は元に戻れる。でも、それはつまり、この「ノゾミ」が消えることを意味していた。

それは、本当に正しい事なのか? 俺は、気持ちが揺らいだ。

「恐れていたことが起きてしまったプニね」

お前、今までマンガ読んでくつろいでたじゃねーか……!

俺は、ちょっとホシミにムカついた。

「このままだと、三笠希は過去の人格に支配されてしまうプニ。そうなれば、お前の母親は、この世に存在しないことになってしまうプニ」

「うるせー! 分かってる……分かってるよ」

お袋は、俺の大切な人だ。何があっても守らなきゃいけねぇ、大事な人だ。

しかも、ある意味自分の人生を捨ててまで親父に恋をした。その思い出が本人から消えちまうなんて、絶対あっちゃならねぇ!

じゃ、ノゾミは消えてもいいのか? いや……ダメだ! こいつにだって、一人の人間として生きていく権利があるはずだ。何か……何か手はないのか?

「無駄プニ……」

ホシミの声が、俺のわずかな希望を打ち消した。

「一人の人間に、二つの人格は存在できないプニ」

そんな……! 

どっちもお袋の人格に違いはねぇはずだ⁉

「言ったはずプニ。新しい記憶は消去され、過去の記憶しか残らなくなると……それはつまり、その肉体年齢に見合った記憶以外は不要だからプニ」

つまり、あの銃で赤ん坊にされたら、言葉も、歩くことも、すべて忘れちまうって事か……。そりゃ、狙う奴だって現れるはずだ。

「あきらめるプニ。今のノゾミは、過去のノゾミプニ。消えるんじゃない。思い出になるんだプニ」

「うるせぇ……綺麗ごと言ってんじゃねえよ」

俺には……俺にはどうする事も出来ないのか?

俺は、ノゾミの顔を見た。

その瞳が潤んでいたのは、恐怖のせいか? それとも……?

俺は、ノゾミの手を力強く掴んだ。

「し、司郎さん⁉」

突然の事に動揺するノゾミに、俺はソッと微笑みかける。

「新しい思い出……作ろうぜ」

俺は、半ば強引にノゾミを連れて店を飛び出した。

「悪い泉! すぐ戻る」

「ちょ、ちょっと! 三笠君……⁉」

「ったく、相変わらず熱い男だな……おっちゃんの教育の賜物だね?」

「バカ言うなよ純ちゃん。あいつは……司郎は母ちゃん似だよ」


~7~


俺は、ノゾミと街にいた。

コイツが消えちまう前に……いや、正確には元のお袋の中で「記憶」と言う存在になっちまう前に、『現在』を生きていた証をコイツに残してやりたかった。俺の独りよがりかもしれない。   

でも、今の俺にできることは、これが精いっぱいだった。

いや、本当にここまでだった……。

元々、まともに(まともな)女と付き合ったことがない俺が、何をすれば女の子が喜ぶかなんて分かる筈が無い。しかも、勢いで飛び出してきたから全くのノープラン。

ダメだ! 俺は何てダメな奴なんだ!

俺は心底ヘコみ、愕然とその場に膝をつく

クスッ。

ノゾミが笑った。

「何か、嬉しい」

「え……? 何をどう捉えたらこの状況が嬉しく感じるんでしょうか?」

「司郎さん、無理して私を楽しませようとしているから……私の為に、慣れない事して、テンパって、自己嫌悪に陥って……一郎さん、そっくり」

「だ、誰が⁉」

俺は思わずノゾミを怒鳴った。

キョトンとするノゾミを見て、俺はハッと我に返る。

「……いや、ごめん。やっぱ、似てるかもな。お、親子だし」

ノゾミに笑顔が戻った。

心臓が高鳴った。これ、本当にお袋の若い頃なのか? 

俺は、思わず目を逸らした。やっぱり、直視できねぇ……。

「あ、あのさ……行ってみたい所とか、ある?」

「あ……私、流行とかそういうの、良く分からないから。司郎さんにお任せします」

「って言われてもな……俺も良く分からねぇし」

会話は振り出しに戻った。

このまま時間を無駄にするのも勿体ねぇ。とりあえず、学生が多くいる場所を選んでノゾミを連れて行く事にした。

ゲーセン。

ファーストフード。

映画……は携帯がつながらねーと困るからナシで。

カラオケ……は、二人だと何かアレなんでやめて……。

って、それだけ? あと何か無いの⁉ 

俺は驚愕した。これほどまでにデート・スキルが無い自分自身に!


「……ごめん。俺、思い出作ってあげられそうにないや」

真っ白な灰になった俺は、とりあえず大きな口を叩いたことをノゾミに陳謝した。

「私は、楽しかったですよ。それなりに」

「もしかして、気ぃ使ってる?」

「どこかに行くとか、何かをもらうとか、そんな事、正直どうでもいいんです」

「え……?」

「司郎さんと、今、一緒の時間を生きている。それが、たまらなく嬉しいんです、私」

そう言うと、ノゾミは本当に嬉しそうな顔で俺に微笑んだ。

て、天使降臨―――――――――っ!

おい、本当にこれお袋なの⁉ もしそうだとしたら、その性格を変えた『親父の存在』って、もはや犯罪なんじゃねーのか? 

良し、全てが終わったら親父をしばこう。俺は、強く心に誓った。

でも、今のって……息子と一緒にいるのが嬉しいって事? それとも……いや! 違うよ!ノゾミをそう言う目で見てる訳じゃないよ!

ないんだけど……でも、あの笑顔は息子に対して向けられたものじゃないよね? 

って事はやっぱり……?

うわーっ! 何だこの感覚⁉ 気持ち悪ぃ!

「司郎さん、私……」

不意に、ノゾミが俺を呼んだ。

「な、何……?」

変なことを考えてたから、俺は思わず声が裏返った。

「私……行きたい場所があるんです」

ノゾミは、まっすぐな目で俺を見つめた。

おい……おいおい、これってまさか⁉


   ***

      

夕暮れ、俺とノゾミは『決闘河原』に居た。

そうだよな……期待した俺がバカだよな。

軽く自己嫌悪。

ノゾミは、夕焼けに染まる河原を、ジッと見つめていた。

「……ここで、親父に逢ったのか?」

「はい。その瞬間、私の心は電流で撃ち抜かれました。私は……「恋」をしたんです」

「思い出の場所、か……」


    ***


二十二年前。

たまたまこの近くを通りかかったお袋は、『決闘河原』で決闘する親父を目撃した。

一対三。明らかに不利な状況だった。

相手は「荒くれ三兄弟」!

……いや分かってる。皆まで言うな。

俺が叩きのめした連中はどうやら五代目にあたるらしい。

代々受け継がれてきた由緒ある名前のようだが、正直どうでもいいから話を進める。


案の定、三人組の見事な連携攻撃に、親父は成す術もなく敗れた。当時の「荒くれ」はそれなりに強かったみたいだ。現役も見習ってもらいたい。

そんなボロボロの親父を、お袋が介抱したのが二人の出会いだった。


「……みっともねぇとこ、見られちまったな」

「仕方ありませんよ、相手は三人じゃないですか」

「そんなの、理由にならねぇよ。三人だろうが十人だろうが、俺は負ける訳にゃいかねぇんだ。てっぺんとらなきゃならねぇんだよ!」

「でも、あんなに息の合った連携攻撃じゃ、とても勝ち目がありませんよ」

「アンタの言う通りだ。今の俺じゃ勝てねぇ! 特訓だ……特訓が必要だ!」

「と、特訓……?」

「相手の動きを見極める動体視力。素早くよける反射神経。そして……一発で勝負を決める打撃力! 俺には、足りねぇものが多すぎるんだ! なぁ、あんた! 頼む、俺の特訓に協力してくれねぇか!」

「わ、私がですか?」

「なーに、難しい事じゃねぇ」


親父は、お袋の了承も得ないまま勝手に話を進めた。

小枝や小石を無数に集め、それを次々に投げるようお袋に指示した。

 俺が毎日の日課にしている訓練の基礎が、この時すでに出来上がっていたらしい。

 お袋は不安そうに親父に尋ねる。

「で、でも……もし当たったら!」

「構わねぇ! もしそれで怪我したら、それは俺が未熟だった。それだけの事だ」

 つーか、初対面の女子高生に何をやらせてるのか、この男は……。

素直なお袋は、言われるままに小石や小枝を次々と容赦なく親父に向けて投げつけた!

真っ直ぐなので手加減と言う事を知らないようだ。

「ストップ! ストープ!」

血まみれの親父が必死に終了を訴えかけるまで延々とお袋の攻撃は続けられた。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「大丈夫……ではない! ではないけど……大丈夫だ。でも、ちょっと休憩ね」

「はい……じゃ、私、もっと危なくて必死に避けなきゃヤバいって物を探してきます!」

 とことんやらないと気が済まないお袋は、そう言い残すといずこかへと走り去っていった。

本能的に身の危険を感じた親父は、お袋が戻ってくる前に河原から逃げるように走り去った。

この特訓(?)が功を奏したのか、後日親父は見事「荒くれ三兄弟」を倒す事に成功している。

『死の恐怖』を感じたことが、強さを引き出す原動力になったようだ。まさに結果オーライって奴だね!


その後、しばらくの空白期間をおいて、「力の仁藤(旧姓)」となったお袋は、再びこの河原で親父と再会することになる。

てっぺんを目指す親父の『敵』となって……。

謎はすべて解けた。

決闘したから「恋」が芽生えたんじゃねぇ。元々お袋は親父に惚れてたんだ。

親父に振り向いてほしい。ただその一心で、お袋は強くなった。

 けど……親の馴れ初めを詳しく聞かされるのは結構恥ずかしい。しかも本人の口から……。

まぁ、何て言うか、青春だね!


   ***


ノゾミは、ジッと河原を見つめていた。

「私にとって、忘れる事の出来ない場所。今の私が消えても、この想いだけは絶対に消えません」

「消えるとか、言うなよ」

「司郎さん……?」

「そんな、寂しい事言うなよ。お前は……消えやしねぇ。俺が守る!」

俺は泣いた。

久しぶりに泣いた。

あぁ……涙って、こんな味だったんだな……。

ノゾミが俺の手を握る。

俺は、強く握り返す。

ノゾミの温もりが、伝わってきた。


その静寂を打ち破るように、俺の携帯が鳴った。

純からだった。

『ごめんな、邪魔して』

「じゃ、じゃ、じゃ、邪魔って何ですか純さん!」

『声、裏返ってるし。超ウケるんすけどー』

「何だよ、イタ電かよ⁉」

『もしもし、三笠君?』

泉が電話を代わった。

『ごめんなさい、邪魔して』

「だから邪魔じゃねーって!」

『ホント、声が裏返るのね。昔と変わらないわ』

「ごめんなさい、もう勘弁してもらえませんか?」

『それじゃ、本題に入るわね。例のドラ○ンレーダーに反応があったの』

「ド○ゴンレーダーじゃねぇ! って、マジか⁉」

『さすがね、この状況下でもツッコミを入れてくるなんて』

「話が進まねぇだろ! で、場所はどこだ?」

『七草町の外れに小さな廃工場があるでしょう? 周辺で例のエネルギーを観測したわ。ハテノ星人の潜伏先である可能性が高いわね』

「近いな……分かった。すぐ向かう!」

『三笠君、私がしてあげられるのはここまでよ。後は、自分の力で何とかしなさい』

「泉……お前のお節介にはうんざりしてたけどよ……今日だけは礼を言うぜ。ありがとうな」

俺は携帯を閉じ、ノゾミを見る。

「行くぞ!」

俺の言葉に、ノゾミは大きく頷いた。

走り出そうとしたその瞬間! 突如爆音と共にまばゆい光が目の前に現われ、俺達の行く手を遮った!


「急いでるなら、乗せてあげてもいいわよ」

フルフェイスのヘルメットから聞こえてきたその声……俺は聞き覚えがあった。

あれ、何だろう? 手が震える。

俺が……この三笠司郎が『恐怖』を感じているだと⁉

ヘッドライトが消え、やがてそれが二台のバイクであることが分かった。

ライダースーツに身を包んだスレンダーな二人の人影が、ヘルメットを脱ぐ。

俺の担任、浅見深雪先生と、保険医の沢森先生だった。

そうか……俺が本能的に感じていた恐怖は、この二人に対してだったのか!

なるほど!

ガッテン。

ガッテン。

ガッテン!

そんな俺の心理状況などお構いナシに、二人の女性教師は話を進める。

「男は乗せない主義なんだけど、こんな状況だしね」

「え、どこまで知ってんだよ⁉」

「仁藤(旧姓)先輩が宇宙人のせいで若返っちゃったんでしょ?」

沢森先生がさらりと言ってのけた。

誰⁉ 誰から聞いたの⁉

「本人から」

どうやら、転入初日にすでにこの二人にはお袋の状況は伝わっていたらしい。

しかも『先輩』⁉

「おうよ! 伝説の『力の仁藤(旧姓)』に憧れて、あたしらも昔は随分とヤンチャしたもんだ」

深雪先生が遠い目をして語り出した。

「ま、事前に聞いてなかったら、アンタ命無かったけどな」

蘇る教室での惨劇!

やめて! 殺さないで!

「ほら、早く乗れって!」

俺は、深雪先生に首根っこを掴まれて無理やりバイクに座らされた。

ノゾミも、沢森先生のバイクに乗る。

「あの……よろしく、お願いします」

そんなノゾミの様子が余程おかしかったんだろう。深雪先生と沢森先生が吹きだした。

「何か、調子狂うな……」

「ホント、まるで別人だね」

はい、僕もそう思います。

「とばすよ! しっかり掴まってな!」

響く爆音! 俺は、深雪先生にしっかりと抱きついた!

「どこ触ってんだ、このガキャーっ!」

俺は、深雪先生にお約束通りに殴られた。


   ***


夜の街を疾走する二台のバイク!

「ムリムリムリ! こんなん曲がりきれねーって!」

「違うでしょ! そこ道路と違うでしょ!」

「とんだ⁉ とんだーっ!」

「逆走! 逆走してる―っ!」

「サイレン聞こえる! 赤いのが点滅して追ってくるーっ!」


「うるせー! しゃべると舌噛むぞ!」

冷静になれという方が無理だ。この状態で騒がない奴がいるとしたら、ソイツはすでに失神してるか死んでるかのどちらかだ。

って言うか、何だこのテクニックは⁉ まさかこの二人が、これほどまでバリバリな伝説の持ち主だったなんて……!

こうして俺は、またしても新しいトラウマを心に刻まれることになった。


~8~


「最後まで面倒見てやればいいじゃん。ホントに素直じゃないんだから」

純が、ペットボトルのお茶を飲みながら泉に話しかけた

「仕方ないじゃない。本当に私が出来るのはここまでなんだもん……敵う訳がないわ。だって、相手が悪すぎる」

「血が繋がってるからねー……てか、ほとんど反則っしょ?」

「でも勘違いしないで。私、まだあきらめた訳じゃないから」

「逞しいじゃん」

「あなたはどうなの?」

「私? 私は……どうなのかな?」

そう言うと、クスッと笑ったまま、純は何も答えなかった。


って言うやり取りがあった事を、親父が嬉々として携帯で報告してきた。

「今言う必要あるのか、それ⁉」

『生』を実感して神様に感謝していた矢先に、こんなくだらないことで電話されたら誰だってキレる。

つーか、微妙に「誰に対して」「どう言う感情」なのかいまいち伝わってこねえ!

どうせならもっと正確で的確な情報を求む!

(精神的に)瀕死の俺に対して、ノゾミは意外と冷静だった。こういうの得意な人らしい。おかしいな……親子なのに?


俺とノゾミは、ユウキが潜んでいると思われる廃工場を、少し離れた場所から監視していた。

「……どうします?」

「ここまで来たら乗り込むしかねぇ! 正面突破だ!」

「それは危険です!」

「大丈夫だって。俺は、あの親父の「技」、と母ちゃんの「力」を受け継いでんだ。心配はいらねぇよ」

「司郎さん……」

「じゃ、行ってくる」

俺は、不安そうなノゾミをその場に残し、廃工場へと進んだ。

相手は宇宙人だ。どんな危険な罠を仕掛けているか分かったもんじゃねぇ。いくら俺でも、不安を感じずにはいられなかった。

でも……それ以上に俺は、アイツが……ノゾミが悲しい顔をするのが我慢できなかった。

アイツをホッとさせたい。ただ、それだけの想いで、俺は戦場に向かって歩いていた。


やがて俺は廃工場の前まで来た。

センサーやカメラのような物は無い。それらしい気配も感じない。不気味なほど静かだった。

俺は、身を隠しながらソッと工場の中を覗き込む。

「⁉」

俺は、自分の目を疑った。

そこにあったのは……それは小さなお家だった。

何て言うんだろ? あの、リ○ちゃんとかバ○ビーとか専用の家ってあるじゃん? あんな感じのデザインの、もっと大きい奴があったのね。

まぁ、人が一人生活するには十分な大きさだから、多分この中にあのガキが住んでるんだろうな、話の流れ的に……って、よく見ると呼び鈴まであんじゃん!

扉開ける前に……礼儀として押した方がいいのかな?

いや、でもなぁ……押した途端に大爆発! なんてのはシャレにならねーし……どうしたもんだろ?

その時、俺の携帯が鳴った(マナーモード)。

純からだった。

『早く押せよ。じれってーな』

「何で⁉ どこかで見てるの純さん!」


ま、純の言う事ももっともなので、俺は覚悟を決めて呼び鈴を押すことにした。何か、ここだけ読むと俺がスゲーヘタレな様な気がする……。

ピンポーン。

返事は無かった。

しばらくして扉が開き、あの時のガキ、ユウキが顔を出した。

「やっぱりお前か……!」

「あ……あの時は、ありがとうニャ」

「あ、いや、そんな大した事じゃないから……えっと、ここ一人で住んでるの?」

「……はいニャ。あ、よろしければ、中へどうぞニャ」

「いいの? あ、じゃぁお邪魔します……」

何か、調子が狂う。

張りつめていた緊張が一瞬ではじけ飛んだ。

ってか、こいつ……何の躊躇もなく俺を家に上げやがった。

何かの罠か?


部屋の中は、思った以上に「普通」だった。

強いて例えるなら、ちょっと小奇麗な一人暮らしのアパート……ってとこかな?

家具や生活用品も揃っているし、掃除も行き届いている。

このガキ、一体何者だ⁉

「お茶で、いいかニャ」

「あ、お構いなく……」

小学生みたいなユウキに、なぜ俺は気を使っているんだろう……?

とにかく、早く本題に入らなくては!

「あ、あの……⁉」

「お菓子、かりんとうしか無いけどいいかニャ?」

え、おばあちゃん⁉ 

この歳でかりんとうとは……コイツできるな!

実は俺もかりんとうが大好きだ。

最近は細めの奴が幅を利かせているみたいだが、かりんとうと言えばやはりオーソドックスな太い奴に限る。疲れた体に程よい糖分を摂取するのにこれほど適した菓子は無い。

日本茶の渋みとマッチして、俺に至福のひと時を提供してくれる。

いや、違う。気が付いた。そうじゃない。

「今日は、お前に話があって来たんだ」

「話……ニャ?」

「ごめん、その前に……そのニャって言うのは何?」

「携帯用電子頭脳の性能がいまいち良くないニャ。聞き苦しくてゴメンニャ」

いや、プニよりよっぽどいい。

「本題に入るぞ。俺の家から盗んだメルモールガン。それを返してもらおう」

俺はストレートに要求をぶつけた。

流れる沈黙。

「嫌ニャ」

ストレートにお断りされた。

再び沈黙。

「返せよ! あれ、お前のじゃねーだろ!」

「……あなたの物でもないニャ」

正論だ。

議論は平行線のまま、更に長い沈黙が流れた。

いやいやいや! ここで引き下がれるかっての!

「お前さ、何で、ホシミからメルモールガンを盗んだんだ?」

「ホシミ……?」

「ほら、お前が家に忍び込んだ時、よだれ垂らして寝てたチビだよ」

「ああ……あの裏切者の事ニャ」

「裏切り者……?」

「我々ハテノ星人は、数々の星を侵略してきたニャ。あいつの住むカンビュ星もその一つニャ」

「侵略……? てめぇ、それマジで言ってんのか?」

こいつ……危なく見た目に騙される所だった! 

 まさに羊の皮をかぶった悪魔だ……!

 その時だった!


ウ~ウ~ウ~!

まるで緊急事態を知らせるかのようなアラームが、けたたましく室内に響き渡った!

「な、何だ⁉」

「敵だニャ」

ユウキは、冷静にリモコンでテレビをつける。

俺は画面を凝視する。

 空の果て……何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


『おら、急げチビッコ!』

『暴れると危ないプニ!』 

聞き覚えのあるこの声は……?

まるでチューリップのような形をしたピンク色の小型宇宙船を操縦するホシミと、その宇宙船にしがみついている親父の姿が画面に映し出される。

「何てこった……あのデザインはダメだろう⁉」

俺は、余りの悪ノリに恐怖を隠しきれなかった。

訴えられんぞ、コレ!

 さすがのホシミも、この宇宙船のデザインだけはシャレにならないと思ったんだろう。あの時の不自然な態度がやっと理解できた。

『司郎、無事か⁉ 加勢に来たぞーっ!』

 昔の血が騒いだのか、親父はホシミを(無理やり)引き連れて俺の応援に駆け付けた。

『チビッコ! 特攻しろ、特攻!』

『無茶言ってんじゃないプニ! 行くなら一人で行けばいいプニ!』

「この腰抜け野郎! お前それでも男か!」

『女プニ!』

『いいから行け! 行け!』

そう言うと、機体を蹴り始める親父。

『何をするプニ! ヘコみを直すのにいくらかかると思ってるプニ!』

『うるせー! ガタガタぬかしてっと五百円玉で傷つけるぞ!』

『んな事してみろ、訴えてやるプニ!』


「うるさいニャ」

 ユウキは、赤いボタンをポチッと押した。

すると、屋根が開き、無数の小型ミサイルが発射される。

ヒュルルルルルル~。

『おい、チビッコ。何か飛んで来るぞ』

『ん……? って、ミサイルプニ⁉』

『マジか⁉ 避けろ! 早く避けろ!』

チュド~~~~~ン。

 あ……墜ちた。

 結局何しに来たんだあいつら……?


「で、何だって?」

俺は、何も見なかったことにしてユウキとの会話を続ける。

「我々は武力による侵略を望んでいないニャ。我々とターゲットの惑星、それぞれの星の代表者が一対一の勝負を行ない、勝った星が負けた星を侵略する。それがルールニャ」

「勝負……? 一体、どんな……?」

「にらめっこニャ!」

沈黙。

えっと……今さ、物語的に結構佳境に入ってる所だと思う訳よ。言ってみりゃ、敵キャラとの最終決戦的な、そんな感じじゃない?

それが、何? こんなおもちゃみたいな家の中で、おままごとみたいにお話して、対決方法がにらめっこ?

ふざけんな! 俺の緊張感を返せ!

「誰に怒ってるニャ?」

「もういい! もういいからメルモールガン返してくれよ!」

俺は涙ながらにユウキに懇願した。

「何度も言ってるように、それはできないニャ」

「何で⁉」

「あの銃は……わがハテノ星の軍部が密かに開発を進めていた、惑星侵略用の秘密兵器だからニャ」

「な⁉ ……やっぱりそうか! あれで侵略先の人間を赤ん坊にして、その隙に侵略しようって魂胆だな⁉」

「……何を言ってるニャ?」

本気で「何、コイツ?」的な顔をされた。こんな子供に……。

「これは、勝負を公平に行うために使用する物ニャ。同じ年齢でなければ笑いのツボも変わってくるニャ。そうなると不公平になってしまうニャ」

何だろう……侵略者のクセに一本筋が通ってやがる。

「あの裏切り者は、この銃を盗み、そして逃亡した重罪人ニャ。本来なら見つけ次第抹殺されても文句言えないところ、他人の家を汚すわけにはいかないので見逃してやったニャ」

ハテノ星人……厳しいのか優しいのか良くからねぇ!

俺は思わず唾を飲み込んだ。

「もし、どうしてもあの銃を返して欲しいと言うのなら、ユウキと勝負するニャ」

「……にらめっこ、か?」

「怖いのかニャ?」

「いや、怖くは無いよ。ただ……こんな事お前に言ってもしょうがねーとは思うんだけど、何て言うかその……クライマックスにしては盛り上がらないって言うか、物足りないって言うか……」

「勝負の方法に不満がある、ニャ?」

「まぁ、そんな感じかな? もっとこう、ドキドキハラハラする感じじゃないと、ここまで読んでくれた皆さんに申し訳ない気がすんだけど……」

「なるほど……それもまた真理だニャ。わかったニャ。じゃ、これを使うニャ」

そういうとユウキは、俺にちょっと大きめのカラフルなサイコロを手渡した

こ、これはもしかして……⁉

いいのか? 大丈夫なのか、これ⁉

「さぁ、転がすニャ。♪何が出るかニャ、何が出るかニャ~」

歌うな! 歌はやめてくれ!

俺(地球人)の気も知らないで、呑気な奴だ! 

俺は、サイコロを転がした。

サイコロは、狭い部屋の壁に何度もぶつかりながら、ようやく止まった。

そこに書かれていた「目」は……!

『喧嘩上等! 死ぬまで戦え』

「喧嘩上等。略してケンジョー! ……ニャ」

「ニャ、じゃねーよ! 武力行使を嫌う奴が、何でそんな物騒な対決方法を提示してきやがんだよ!」

「シャレで入れたら、出てしまったニャ」

「入れるなシャレで!」

「どうするニャ? 不服ならもう一度サイコロを振ってもいいニャ。ただ……勝利の暁には地球人は喧嘩を恐れる臆病者だと全宇宙に言いふらすニャ」

「お前、何気に陰湿な脅迫してんじゃねーよ!」

それに……。

「ガキ相手に喧嘩なんかできるかよ? 俺も、ハンデは嫌いなんだよ?」

「それはどうかニャ?」

次の瞬間、ユウキは突如俺の目の前に現われた!

衝撃!

ユウキの放った拳が、俺を襲った!

とっさにに腕をクロスして防御していなければ、俺は確実に急所を射抜かれていただろう。

(こいつ……いつの間に⁉)

「無用な争いは好まないニャ。ジュースのお礼もあるから、今ならまだ見逃してあげるニャ」

「ふざけんじゃねー! お前が強ぇと分かりゃ何の遠慮もいらねえ。こっちも本気で行かせてもらうぜ!」

(こいつ強ぇなぁ……オラ、ワクワクしてきたぞ!)

いや、マジでそんな気持ちだった。普通の人間なら、強い敵を前にすれば自ずと腰が引けちまうもんだ。でも俺は違う! 親父とお袋から受け継いだ力と技の闘争本能が、こんな所で役に立つとは思わなかった。俺は今、楽しくて仕方がねぇ!

「暑苦しいのは苦手ニャ」

言うが早いか、ユウキは再び目にもとまらぬ速さで移動し、俺に襲いかかってきた!

寸でのところでそれをかわし、逆にこちらから仕掛ける!

シュン!

また消えた⁉

上に気配を感じ、見上げ様に上空からのユウキの攻撃を回避する!

まさに一進一退の攻防が小さなお部屋の中で売り拡げられていた!

タイム! ターイム!

ちょっと待て、せめてここから出ようぜ!


俺とユウキは、とりあえず部屋から出て、廃工場へと戦いの場を移した。

「ここなら広々として動きやすい。やっぱ喧嘩ってのは、広い場所でノビノビとやらなきゃな」

「きっと後悔するニャ。ユウキの技は、広い場所でこそ、その真の威力を発揮できるニャ」

「口のへらねぇガキだな。かかってきやがれ!」

ユウキが、右腕に装着していたブレスレットに左手を伸ばす。

そして、何やらキーワード(?)を打ち込むと、そのブレスレットが青白く発光し始めた。

『ロープモード』

ユウキが右手を上に振り上げる!

ブレスレットから放たれたロープが工場の天井の鉄骨に巻きつき、ユウキの小さな体を宙に浮かせた!

「お言葉に甘えて、いかせてもらうニャ!」

シュバッ!

ロープの反動を使って、瞬時にして俺の眼前に接近するユウキ!

俺は慌ててその攻撃を避ける!

ユウキは、まるでテナガザルのようにロープを駆使して俺に襲いかかる!

それは、自在に空を飛んでいるかのような錯覚すら覚える、見事な空中殺法だった。

口だけじゃねぇ。コイツ本当に強い!

一変して、防戦一方になっちまった!

あまりに素早い動きに、俺の鍛え抜かれた動体視力でも追いつけねぇ!

もはやユウキの攻撃を避けるだけで精いっぱいだ。

甘かった! さすが他の星々を侵略しているだけの事はある。コイツの強さは桁外れだ!

 

「お兄ちゃんは、ユウキに勝てないニャ」

「ふざけんな……まだ勝負はついてねぇ!」

俺にも意地があった。

こんなガキに見下されて黙ってられるか!

「動き、息遣い、筋肉のつき方。それらから導き出される強さ。全て事前に研究済みニャ。お兄ちゃんの動きは、完全に見切ったニャ」

「んだと……⁉」

「ずっと見ていたニャ。地球に来てから、ずっと」

(ずっと見ていた……?) 

そうか! 

あの時感じた妙な視線。こいつ、俺を監視してやがったのか!

「カンビュ星人がお兄ちゃんの家に逃げ込んだのは知っていたニャ。ただ……我々ハテノ星人にとって地球人の力は未知数だニャ。乗り込む前にデータを採取し、その能力を知る必要があったニャ」

「くだらねぇ……! どんなハイテクコンピューターが導き出した答えか知らねぇが、地球人の強さはそんなもんで測れるほど単純じゃねぇんだよ! それにな……」

そう。俺は、これだけは譲れなかった。

「喧嘩ってのは、ゲームじゃねぇんだ。自分と相手との、魂のぶつかり合いなんだよ。勝ち負けってのは拳の力だけで決まるもんじゃねぇ。一番大事なのはここだ!」

俺は、自分の胸を強くたたいた!

「分かるか? ハートだよ。絶対に勝つんだっていう、強いハートだ! ユウキ……お前にそのハートがあるか?」

「そんな物は必要ないニャ」

ユウキは、冷静に答える。

「これは元々勝敗の決まっている戦いニャ。データは、常に正確だニャ」

「ったく……頭の固ぇガキだな」

「ユウキの使命は、奪われたメルモールガンを取り戻し、母星に戻る事ニャ。命令を遂行するためには、万全の対策をとる。それだけの事ニャ」

 俺は、その言葉に思わず鼻で笑った。

「面白味のねぇ人生だな? ガキは、先の事なんか考えずに、今を精いっぱい生きればいいんだよ。それが俺達ガキの特権だって、ある人が言ってくれた。俺もそう思う。だからよ……俺はお前に負ける訳にゃいかねーんだ!」

「言った筈ニャ。勝敗は、既に決まっていると」

 ユウキは、そういうと再びロープを鉄骨に伸ばし、攻撃を続けてくる!

落ち着け! 

俺は自分に言い聞かせた。

何か策があるはずだ! 親父とお袋から受け継いだ、『戦う者の本能』を研ぎ澄まし、打開策を導き出せ!

 その間も、ユウキは攻撃の手を休めることなく襲い掛かってくる!

やがて、体力も尽き、俺は地面に足を取られてその場に突っ伏した!

上からはユウキが狙っている! 

やべー、万事休すって奴か……⁉

その時、俺の目に割れたガラスの破片が映った。

これだ!

俺は、その破片を拾うとユウキめがけて思い切り投げつける!

ガラス片は、ユウキとは程遠いまるで見当違いの方向へ飛んで行った……かに見えた。

「どこを狙ってるニャ!」

「狙い通りの場所さ」

俺は、立ち上がると不敵に微笑んだ。

ガラス片は、そのまま弧を描くように回転し……まるでブーメランのようにユウキと鉄骨を繋いでいるロープを切断した!

「⁉」

支えを失い、焦りの表情を浮かべるユウキ!

これぞ、三笠家に伝わる『二六の喧嘩極意』の一つ、『有り物を有効に使う』だーっ!

「もらった!」

俺は、放置されていたロッカーを踏み台にして大きく空へ飛びあがった!

「うおら――――――っ!」

ガシッ!

俺は、落下するユウキを抱き留めると、そのまま地面に着地する。

キョトンと目を見開くユウキ。

「な、なぜ助けるニャ……?」

「言っただろ? ガキ相手に喧嘩なんか出来るかよ」

その言葉に、ユウキが初めて微笑んだ(ように見えた)。

「……とんだ、甘ちゃんだニャ」

瞬間! 俺はものすげぇ衝撃に吹っ飛ばされた!

壁に打ち付けられ、俺はあまりの痛みにそのまま地面に倒れこんだ。

「な、何だ……⁉」

見ると、ユウキが青白く光った右手を突き出して立っていた。

『パワーモード』

俺は、片手で弾き飛ばされたのか……? こんなガキに!

「言ったはずニャ。これはお互いの星のプライドをかけた、命がけの宇宙戦争だニャ!」

あれ、そんな事言ったっけ⁉ いつの間にそんな物騒な話に?

いや、んな事はどうでもいい。

いいだろう。そこまで言うなら、もう手加減しねぇ! 徹底的にやってやらぁ!

俺は渾身の力を込めて立ち上がった。

「かかってこい、クソガキ!」

ユウキは、すばやい動きで俺の前に現れ、再び青白く光った右手で俺を突き飛ばす!

「ぐあっ!」

こいつ……! 昔、テレビで見た気功の先生みたいに俺を軽々と吹っ飛ばしやがる!

俺は、体中の痛みを堪えながらもう一度立ち上がる。

「まだだ……まだまだ!」

拳を握り、ユウキに放つ!

それを軽々と避け、またも右手で攻撃を繰り出すユウキ!

俺は、何度となく吹っ飛ばされ、その度に立ち上がりユウキに向かっていった。

倒されても、倒されても、何度でも!

やがて……俺は立ち上がる気力さえ失い、息も絶え絶えにその場に倒れこんだ。

畜生……体が動かねぇ!


「もうやめるニャ。これ以上やっても無意味ニャ。」

「……無意味、なんかじゃねぇ」

俺は、蚊の鳴くような声で反論した。

「……この世に、無意味な物なんて一つもねぇんだ、覚えとけ!」

俺は、最後の気力で立ち上がった。

さすがのユウキも、動揺が隠せなかった。

「メルモールガンは、我々ハテノ星人にとって大切な物ニャ。どんな理由があろうとも、他の星の人間に渡す訳にはいかないニャ!」

「ふざけんじゃねぇ……俺はな、もっと大切な物の為に戦ってんだ。大切な物を取り戻すために……そして、大切な物を守るためになーっ!」


「恥ずかしいセリフ吐くようになったじゃない?」


俺は、その声がした方向へ、ゆっくりと視線を移した。

そこにいたのは……ノゾミ⁉

いや、違う! これは……この人は!

腕を組み、仁王立ち。そしてすべてを達観したかのようなその余裕の笑み……間違いない!

お袋だ!

「誰ニャ? 邪魔をするニャ!」

ノゾミは、一瞬クスっと笑うと、般若のような形相でユウキを睨みつける!

「ガキがいきがってんじゃないよ」

こわっ! 肉親なのにこわっ!

ユウキは、またも右手を青白く発光させると、素早くノゾミの前に移動する!

いや、もうすでにそこにノゾミの姿は無かった。

「⁉」

焦るユウキの背後をとるノゾミ!

振り返り、右手を伸ばして攻撃するユウキ!

が、それはノゾミの残像⁉

「遅い遅い……司郎。アンタ、こんな小娘に何手こずってんだい?」

「母ちゃん、あぶねぇ!」

お袋の隙をついて襲いかかるユウキ!

ダメだ、避けられねぇ!

直後、俺は信じられない光景を目にした。


ブァッシャ―――――――――――ッ!


俺がいとも簡単に弾き飛ばされた、ユウキの右手の衝撃波を、お袋はこともあろうに素手で(!)弾き返した!

うっそーん!

「そ、そんニャ……!」

驚愕の表情を浮かべ、怯えるユウキ。

そりゃそうだ。

「覚えときな。これが、地球人の力だよ!」

ウソだ! そんなん出来るのアンタだけだよ!

「私は負けられないニャ……負けられないニャーっ!」

ユウキが、特攻をかける!

「司郎、ボサッとしてんじゃないよ!」

ノゾミが叫んだ。

そうだ、これは俺の戦いだ! 俺がケリつけなきゃいけねぇんだ!

「とべ! 司郎!」

「おーっ!」

俺は、助走を付けるとノゾミの肩を踏み台にして宙に舞った!

 そして、空中で体を高速回転させる!

「クイックリー・フル回転キ――――――――――――ック!」

バキ――――ッ!

俺の蹴りがユウキのブレスレットを破壊した!

いやー……勢いでやったら思いのほか見事に決まって本人もビックリ。

だってピンポイントで右手狙うとかムリっしょ、普通?

とりあえず結果オーライ。武器を失ったユウキは、その場に倒れこんだ。

って、良く考えりゃ武器とか使って反則じゃねーか、このガキ!


***


「司郎さん!」

ノゾミが俺に駆け寄る。

あれ、またキャラ戻ったの?

「無事で良かった……!」

いや、無事じゃないよ。大怪我してるよ。

ま、それはさておき……俺は、倒れているユウキを見た。

「おい、勝負はついただろう? メルモールガンを渡せよ」

「……部屋にあるニャ。勝手に持っていけばいいニャ」

ふてくされたように言い捨てるユウキ。

お言葉に甘えて、俺はユウキの部屋からメルモールガンを取り返した。

「これで、母ちゃんが……!」

俺は、ハッとノゾミを見る。

そうだった。ノゾミがお袋に戻るっていう事は、今のノゾミの意識は消えちまうっていう事だ。

でも、このままの状態が続けば、お袋は元の姿に戻ることが出来なくなる。このジレンマに対する結論を、俺はまだ出せずにいた。

「司郎さん。早く私を撃ってください。母親である意識が、どんどん消えかけています。早くしないと、取り返しのつかないことに……」

「分かってる! 分かってんだよ、そんな事……」

俺にとってお袋は大切な人だ。この世でたった一人しかいない大切な人なんだ。 

優しさなんか微塵も感じた事無いけど、いやむしろ虐待の類を受けていた記憶しかないけど、傍若無人な振る舞いに振り回されてきたけど……なんだかんだ言っても、やっぱりお袋はお袋だ。俺は、息子として何としてもお袋を元に戻してやりてぇ!

でも……ノゾミもまた、俺にとって大切な人だ。いや、大切な人になっちまった。

俺は……俺は一体どうすりゃいいんだよ⁉


その時だった。

不意に、ノゾミが俺の手からメルモールガンを奪い取る!

「ノゾミ⁉」

「司郎さん……もう、悩まないで」

「お前、まさか⁉」

ノゾミは、メルモールガンの銃口をゆっくりと自らに向けた。

「やめろノゾミ!」

「消えたくないよ……私だって、消えたくなんかない! でも……やっぱりあなたには、『母親の私』が必要だから」

ノゾミの瞳から、涙があふれ出した。

俺は、彼女を守れなかった。

守ってやると約束したのに……! 

「さよなら、司郎さん……」

「ノゾミーっ!」

瞬間! 目もくらむような閃光が一帯を包み込んだ!

全てが真っ白になり、俺の視界を奪う。

そう……真っ白だ。まるで、全てをリセットするかのように……。






ある雨の降る夜、あいつは俺の前に現われた。

寒さと恐怖に震えながら、あいつは俺の胸で泣いていた。

……これが、俺とあいつの出会い。すべての始まりだった。


『運命の出会い』?


そんな物を信じるほど俺はロマンティストじゃねぇ。

けど……もしこれがその「運命」って奴だとしたら、神様って奴はよほど悪趣味なんだろうな?



~9~


「司郎! いつまで寝てんだぃ⁉ 早いとこ朝飯食っちまいな!」

一階から響いてきたお袋の怒声で、俺は夢から覚めた。

くそっ! 何て寝覚めの悪い朝だ……。

俺は、けだるい体を無理やり奮い立たせ、大きく背伸びをする。

カーテンを開けると、眩しい朝の光が差し込んできた。

俺は、その光を体全体で浴びる。

チチチチ……。

一羽のスズメが窓に寄ってきた。

「お前……この前のスズメか?」

怯える様子もなく、俺の差し出した指先にとまる。

チチチチ……。

その様子に、自然と笑顔がこぼれた。

平和だなぁ……。

そうだ、今度は「すずめの学校」でウィキってみるかな?

チィチィパッパの謎が解けるかもしれねぇ。


次の瞬間、俺の背筋を悪寒が走った!

この、大地を揺るがすような強大な力は……⁉

「早く降りて来いって言ってるのが……分からねーのかぁっ!」

痺れを切らしたお袋によって、俺は再び夢の中へと舞い戻った。

あれ? 河原の向こうで誰かが手を振ってるよ?

じいちゃん? じーちゃーん!


「はっ!」

やべー! 危うく向こう岸へ渡っちまう所だった!

改めて目覚めた俺は、おかしな方向へまがった関節を自力で元に戻す。

コキッ。

良し、オーケー!

俺は、制服に着替えると一階にある居間へと駆け降りた。

窓際で、さっきのスズメが恐怖に怯えきっていることも、今の俺にはどうでも良かった。

急がないと、今度こそ本当に殺されちゃうからね♡


「おせーよ、司郎!」

当たり前のように我が家の食卓で朝飯を食っている純が偉そうにほざいた。

「つーか、何でお前、俺の家で飯食ってんだよ?」

「こまけぇ事気にすんなよ。ハゲんぞ」

「ハゲねぇよ! 俺はハゲねぇよ!」

思わず本気で否定したのは、最近ちょっと抜け毛が多くなったから。

大丈夫だよね? 大丈夫だよね⁉

「何を動揺してるプニ?」

「うるせーよ居候! なんでお前、家に居座ってんだよ⁉」

「仕方ないプニ。先の大戦で宇宙船が故障して帰れなくなったプニ!」

「先の大戦って、お前結局なにもしてなかったじゃねーかよ!」

「心外プニ! 始めからよく読み返してみるプニ!」


………………………………。


「あれ⁉ 私、何の役にも立ってないプニ⁉」

「お前がビックリしてんじゃねーよ!」

「ま、終わったことをクヨクヨしてもしょうがないプニ。おかわりプニ」

「まだ食うのか、テメーは⁉」

「育ちざかりだから仕方ないプニ」

「お前なぁ……!」

俺が、そう言いかけた時だった、

「あ! やっと起きてきたぁ!」

そこには、制服にエプロン姿のノゾミが立っていた。

「もうっ! 早くしないと遅刻しちゃいますよ!」

「…………お、おぉ」

ダメだ、何か照れちまう。

俺は、言われるがまま食卓につく。

「へぇ……コッチに言われると素直にいう事聞くんだね?」

台所から、これまたエプロン姿のお袋が顔を出す。

「べ、別にそんなんじゃねぇよ!」

「照れてんじゃねーよ、気持ち悪ぃ」

純が氷の刃のごとく冷たく突っ込んできた。

「や、やめてください純さん……!」

思わず、敬語で許しを請う俺。

「ったく、同じ私なのに、どうしてこうも扱いが違うのかね?」

お袋が、不満そうに腕を組む。

「ったく、同じ人間なのに、どうしてこうも中身が違うのかね?」

調子に乗ってお袋の真似をした親父は、この直後に血の海に沈んだ。



相変わらずだ。

結局、何も変わりはしねぇ。強いて言えば、お袋が二人になっちまった事ぐらいか。


……………そうだな、スルー出来るとこじゃねぇよな。

つまり簡単に言うと、修理の終わってないメルモールエネルギーを浴びて、元に戻るどころか性格の違うお袋とノゾミが二人に分裂しちまったんだな、これが。

いや、文句言われても困る。

本当にそうなんだからしょうがねぇ。納得してくれ。

ご都合主義?

お約束?

まぁ、いいじゃねぇか。俺的には満足だ。結果として、ノゾミとの約束を果たすことが出来たんだから。


でも……疑問も残る。

俺がノゾミを……なんて言うのか、その……異性として意識しちゃった場合……やっぱりこれって近親相姦とかになっちゃうのか?

それはそれで、倫理的にいかがなものかと……。

いや、でも個体としては別人な訳だから問題ない……のか? いや、大アリな気がする。

そもそも、『若い頃のお袋』にそういう感情を抱いちまうって事は、やっぱり近親相姦……いや、って言うか俺ってマザコン⁉ うっそーん!

待て待て、それはないだろう! 


「否定は出来ねんじゃね?」

「キショイプニ」

純とホシミに真顔でドン引きされた。

ウソ⁉ まさか声に出てた⁉

「いや、口には出てなかったけど……」

「考えてることが、怖いくらい伝わってきたプニ」

忘れて! 

どこまで伝わったか分からないけど忘れてください!


***


 春の日差しが、ポカポカと暖かい朝だった。

俺は学校へ向かういつもの道を、純とノゾミと一緒に歩いていた。

その道の脇に、『決闘河原』はあった。

親父とお袋が初めて出会った思い出の場所……。

その場所で、俺はノゾミと初めて出会った。

もちろん、その時はまだノゾミの記憶はお袋のままだったけど、何か因縁めいた物を感じて仕方がねぇ。



これから、俺はどう生きていくんだろう?

時間が流れ続ける以上、良くも悪くも俺を取り巻く環境は変化してゆく。自然の摂理とかいう奴だ。こればかりはどうしようもねぇ。

ただ……どんなに時間が過ぎようとも、俺は……コイツと一緒に居たい。

コイツと、同じ「時」を過ごしていきたい。

何となくだけど、そう思った。

これが『恋』って感情なのか、それは俺には分からねぇ。

ただ、一つだけ言えることは……


多分これが……『青春』って奴なんだろう。




いかがでしたでしょうか?(笑)

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