刃物男
わたしの後ろに刃物を持った男が立っている。
男はわたしを座らせた上、じろじろとわたしを見回している。先ほどは目隠しをした状態で頭から水を浴びせられた。次は何をするつもりなのか。
内心でびくびくしているわたしに、男は言う。
「どうされたいですか」
一見、こちらに選択権があるように思わせる言葉。男はじっとわたしの返事を待っている。もしかしたら、この男はわたしの話を聞いてくれるかもしれない。ほんの少しの期待を胸に、わたしは恐る恐る口を開く。
「できるだけ、短く。はやく済ませて欲しい」
この空間からはやく出たい思いで口にした希望を、男は笑って打ちくだく。
「それじゃあおまかせってことで、やりたいようにやらせてもらいます」
そう言って、男は手にした刃物をわたしの首すじに近づける。だめだ。会話にならない。やはり、わたしに選択権などなかったのだ。希望を抱かせて、打ちくだく。またしても卑劣な罠にかかってしまった。
絶望するわたしに構わず、男は慣れた手つきで刃物をふるう。わたしの前にいったいどれだけの人を手にかけたのか。想像もつかない。
次々と切り落とされていくわたしの一部。男はもったいぶるように、少しずつ少しずつ切り刻んで行く。
いっそひと思いにざくりとやってくれたほうがいい。つらい時間を早く終わらせてほしい。
わたしの思いを知ってか知らずか、男は無駄口を叩く。わたしが気のない返事をしようが、男は気にしない。ただただ口を動かし、刃物でわたしを切り刻み続ける。
中身のない会話。意味のないやりとり。つらい時間がさらに苦痛を増していく。
いつになったら終わるのか。あたり一面にばらまかれたわたしの一部に、過ぎ去った時間を思い気が遠くなる。
そのとき、ついに男がわたしの目の前で刃物を振りかざした。
ああ、ついに終わりがきた。
身動きもできず、男のなすがまま切り刻まれ続ける時間に終わりがきた。
ああ、これで、ようやく終わる。
ようやく見えた終わりに、わたしはそっと目を閉じる。解放の時を待って、するどい刃を受け入れた。
「はい、じゃあ鏡見てくださーい。ずいぶんすっきりしたでしょう。ばっさり切りましたからねー。次はもうちょっと早めに切りに来てくださいね、髪の毛」
自分は美容院が苦手です。