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67 絶望の魔術師


 アレハンドロ達の引っ越しが完了した数時間後、時差もあったので多少のずれがあったが、予言の通りに南米攻撃が起きた。

 イギリスにも同時進行しているのに、どうやって南米にまで派兵するのかと思っていたら、アメリカの核システムを利用して、南米に撃ち込む鬼畜っぷり。アルヴィンもそうだが、これには世界中が頭を抱えた。

 アメリカを乗っ取られ、世界一を誇るアメリカの軍事力を好き放題使われてしまっては、弱小国家にはとてもではないが太刀打ちできない。アフリカや東南アジアの貧しい国家は、戦火が及ぶ前に国連を脱退。そして白旗を上げてシュティレードの傘下に加わった。

 それを非難する国も多かったが、当事国としては間違った選択ではない。国や国民を守るためだ、破壊されるよりも植民地化の方がはるかにマシだった。

 皆殺しにされて草木も生えぬ土地になるよりも、絶望的な支配に耐えた方が、まだマシ。その時はそう、思っていた。


 アメリカで生き延びた、アンジェロの所の卒業生たち。ニューヨークやワシントンからは退避して、テキサスなどに逃げ延びていたが、広大なアメリカの土地でも、シュティレードの支配は行き届いた。

 その兵士たちの行為は残虐を極め、まるで彼らは感情などなく、ただ破壊だけを目的としているように見えた。だから、生き残ったアメリカ人たちも、どうにかこうにか国外逃亡しようと、脱出を試みては失敗する者が後を絶たなかった。

 侵略地域からの難民は世界中に溢れていて、受け皿となるような国はどこにもない。世界中の国々は難民に厳しいし、積極的に受け入れようとする国などない。

 だから難民たちは自然と人のいない場所や、厳しい環境の土地に逃げ込むしか、選択肢は無くなっていた。

 当然ギリシャだって難民を受け入れる気などないから、この頃は港湾も国境も警備は厳重で、以前の10倍の規模の軍を常設配備していた。

 それでもアンジェロ達はコッソリ卒業生たちを迎えに行っていたが、流石にその程度はアルヴィンも見逃していた。少なくともアンジェロの身内なら、シュティレードのスパイである可能性は低いからだ。


 彼らから聞かされたシュティレード兵の話に、アンジェロが捕捉した。


「恐らくサイラスは、侵略した土地の国民に、なんらかの魔法をかけて操っているのでしょう。そして殺戮だけを目的とした兵士として仕立て上げているから、あの国の軍事力、兵力は衰えを知らないのだと考えます」


 戦っても、戦っても、いっこうに減らないシュティレードの兵力。それどころか、戦えば戦う程軍事力を増していく。

 人を操る魔法は、闇の魔術。天才的な頭脳を用いて、この世の魔法の全てを修めたサイラスには、闇の魔術を行使する事も簡単だっただろう。そして、その闇の魔術を行使して、人から人形に作り変えてしまう事も、今の彼には簡単なのだろう。


 サイラスの敷く、絶望的な支配体制。それは言葉の間違いだ。サイラスは支配する気も、治める気もない。

 ただただ、侵略して壊して、母体であるテロ新国家の人間たちに、ついでに国をくれてやっているだけだ。

 サイラスは本当は、何も必要としていない。だから、人を人とも思わぬ悪魔の所業を、平然と行える。


 どうあがいても、あの国は、サイラスは打ち倒すべきだ。今、世界中の憎しみがサイラスに集中している。世界中の誰もが、同じ事を考えている。


 だが、唯一、そう考えていない男が一人いた。


 ヴィンセントは密かにアンジェロに頼んだ。サイラスの居場所を突き止めて、自分をサイラスの場所まで送ってほしい。アンジェロは送るだけでいい。

 その頼みにはアンジェロも難色を示したが、ミナも一緒になって言いつのるので、渋々引き受けた。

 目を閉じたアンジェロは、すぐに目を開けた。


「どこだ」

「ホワイトハウスです」


 かつてのアメリカの大統領官邸は、サイラスの拠点になっていた。約束通りアンジェロはヴィンセントをホワイトハウスに送り届けると、すぐに消えていなくなった。

 ホワイトハウスの廊下を歩く。乾いた血の跡がまだ残されている。この国の首脳も、皆殺しにされたのだ。それが如実に語りかけてくる、血糊の跡。

 アンジェロに教えられた部屋の前には、護衛らしき銃を持った兵士が二人いた。ヴィンセントはその兵士二人をなぐり殺して、血の滴るドアを開けた。


 その部屋は大統領の寝室だったのだろう。大きなベッドが広い部屋の中央にあって、そのベッドの上には、サイラスと少女エクセラがいた。


「寝室に突然入ってくるなんて、無粋だね」


 エクセラは慌ててシーツを引っ張ったが、サイラスは悠然と起き上がってそう言った。ヴィンセントはどうにかサイラスを連れ戻そうと思ってやってきたが、それを見ると腹立たしくて仕方がなかった。


「メリッサを、裏切ったな」

「ふん、お前がそれを言うのか」


 そう言いながらサイラスはマリファナに火をつけて、ふぅと天井に煙を吐き出す。クラリと頭を傾げて、胡乱な目でヴィンセントを見た。


「先に裏切ったのは、お前だろ」

「私はお前を裏切ってなどいない」

「彼女も俺を裏切った」

「メリッサは今でもお前を信じている。エリカも」

「エリカ?」


 鼻で笑って、マリファナの煙を吐き出すサイラスは、凍てつくような視線をヴィンセントに向けた。


あれ・・だって、本当に俺の子どもか怪しい」

「あれ、だと」

「もうどうでもいい、メリッサも、エリカも。俺はそんなものは、もう要らないんだよ」


 そう言ったサイラスが、マリファナを持つ指を振った。すると、亡霊がヴィンセントにまとわりつく。亡霊がヴィンセントの体をかすめる度に、彼の魔力が奪われていく。


「くっ、サイラス! お前は誤解している!」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもそんな事はどうだっていい。消えろよ」


 そうして更にサイラスが放ったのは、ヴィンセントにとっては天敵ともいえる、太陽光を利用したレーザーの極光。


(消される!)


 咄嗟にそう判断したヴィンセントは、奥歯を噛みしめながら、サイラスを睨んだ。


「真実を知る勇気もない、愚か者め」


 悔し紛れにそう言い残して、ヴィンセントはその場から姿を消した。


 ヴィンセントが消えた寝室で、サイラスはマリファナの火を消して灰皿に捨てた。そこにエクセラが寄ってきた。


「殺さなくてよかったの?」

「殺す機会はいずれやってくるよ。戦争でね」


 麻薬の匂いの漂うサイラス。エクセラは胸の痛みを感じながら、彼を見上げた。


「エリカって、子どもって……?」


 その質問にサイラスは視線を冷たく逸らした。


「お前には関係ない」


 すっとそばをすり抜けるサイラスの背中を、エクセラはギュッとシーツを握って、切ない表情で見つめていた。


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