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65 ラ・レマ移転計画


 赤ペン先生アルヴィンから返された企画書は、修正で真っ赤に染まってしまったが、アルヴィンからは「初めてにしては上出来」とのお言葉を頂けた。

 アルヴィンからの修正や助言も含めて、関係各所に頭を下げて回る。そして軍務局へ足を運んだ。


 セルヴィがドアをノックすると、ミナがドアを開けて招き入れてくれた。そして励ます様に笑って、「頑張って」と小さく肩を叩いてくれる。彼女の励ましに微笑み返して頷き、セルヴィは指令室に足を運んだ。


 巨大なモニターと並ぶコンピュータ。その中心のデスクに腰かける、長い黒髪に緑色の瞳、青白い肌に恐ろしい美貌をした男。この国の将軍である、ヴィンセント・ドラクレスティの前に足を運ぶ。

 ヴィンセントの雰囲気は、どこか圧倒されるものが在る。にじみ出る威圧感に緊張しながら、セルヴィは深く礼を取った。


「ドラクレスティ閣下、大統領第一秘書、セルヴィリア・ケフィオンでございます。閣下にお力を貸していただきたく、参りました」


 挨拶を受けたヴィンセントが画面から顔を上げ、その緑眼でセルヴィを捉える。彼の視線は氷のようで、セルヴィは更に緊張する。


(っ、怖いぃぃ!)


 ただ目が合っただけなのに、怯えるセルヴィ。怯えられるのは慣れているのか、ヴィンセントはそんなセルヴィの態度など歯牙にもかけず、溜息を吐きながら体を背もたれに預け、長い足を組み替える。


「ミナとアンジェロから話は聞いている。アレハンドロの街を移転させたいらしいな」

「はい。その通りでございます」

「住民はどうする。人間もいるはずだが」

「アレハンドロ様の街は犯罪都市であり、街と言えども行政は機能していない無政府地帯です。その為人口は約1000人と、多くはありません。彼らはアレハンドロ様には従順ですので、従うかと。言語的文化的な違いが問題になりますが、犯罪都市の住民と言う事もありますので、一般とは隔離された地域に招きます。彼らにも生活がありますので、事業はそのまま継続してもらい、彼らの流通製造した武器は、軍に流通します」

「移転先はどうする」

「そう広い街ではありません。約2平方キロメートルほどです。国対委員長の所有する土地を提供していただけるという事で、お話がついております」

「インフラは」

「移転の際に送電線は断線する事になりますので、その前に町全体の電力をダウンさせます。ガスや水道の供給もストップし、メインのパイプラインごと移動します。街の境界に残された配管からの供給も遮断しますが、どの道あの土地が攻撃されるのであれば、都市機能を維持しておく必要はないと考えます。移転後の街にはすぐに工事を入れますが、すぐに都市機能が回復するわけではないので、ガス、バッテリー、水などを各家庭に支給します」


 ふぅと息を吐いたヴィンセントが、肘掛けに肘を乗せて、頬杖をついてセルヴィを見おろした。


「で、誰がそれをやるのだ?」

「計算はヴァルブラン博士に、移動は大佐と頭取に、街を土地から切り離す作業は、大尉と……閣下にお願いいたしたく……」


 やはり怯えたが、セルヴィはしっかりとヴィンセントを見つめ返してそう答えた。セルヴィの精一杯の頼みを聞いて、ヴィンセントは小さく笑った。


(わ、笑った!)


 セルヴィが心の中でビックリしていると、それに気付いてか気付かずか、気にしていないのかもしれないが、ヴィンセントが言った。


「そこまで考えた上でならいいだろう。アレハンドロの為だ、やってやろう」


 ヴィンセントの返事に、セルヴィは喜色満面でヴィンセントを見た。


「誠でございますか!」

「あぁ。で、いつだ?」


 セルヴィは大喜びしたのも束の間、その質問には言い難そう、上目づかいで答えた。


「それが、その。南米攻撃は明日との事ですので、あの……できれば、すぐにお発ち頂きたいと……」


 さすがにそれにはヴィンセントも溜息を吐いたが、「仕方がない」と立ち上がった。

 ほっと胸を撫で下ろして振り返ると、ミナがサムズアップしている。それにセルヴィも笑って頷き返す。


 実はとっくにお出かけ準備万端だったようで、セルヴィとヴィンセント、ミナ、ダンテ、レミは、アンジェロの空間転移によって、南米へと飛んだ。



 南米、犯罪国家ホンジュラス共和国。世界最悪の犯罪都市と言われるサン・ペドロ・スーラのとある地区、ラ・レマ。

 一日に3件の殺人事件が起きるサン・ペドロ・スーラのなかでは、比較的安全な地区として有名だ。この都市が戦争もないのに世界最悪なのは、人口の70%が貧困であることが原因だと言われている。

 だが、アレハンドロが顔役を務めるラ・レマでは、彼のマフィアとしての事業が、その土地の人間の生活を潤わせている。女性は売春でお金を稼ぎ、男は武器の製造と密輸で金を稼ぐ。手段はアレだが、そうして生活は守られていた。


 実際にセルヴィがその町に到着した時、話には聞いていたが、あまりにも銃社会すぎて驚いた。


(なんでコンビニに警備員がいるの。なんでライフル持ってるのよ! あぁっ、銃声が! あっちの路地から悲鳴が聞こえる! ひえぇぇぇ!)

 

 世界旅行が趣味の人さえ、この街には近づかない。麻薬の中継地として栄え、強盗殺人は日常茶飯事。人を多く殺した奴が偉い、そう言う土地である。

 そんなところに、高価なスーツをセルヴィ達が姿を表したら、当然取り囲まれる。それで脅迫とかそう言うのも何もなく、いきなり撃たれる。


「きゃぁぁ!」

「セルヴィさん大丈夫だから」


 セルヴィは本気でビビってその場にうずくまったが、ミナに腕を掴まれて引き立てられた。心底ビビりながらもよく見ると、アンジェロが手を前に差し出している。そしてアンジェロの前で、発射された弾丸がいくつもその場に転がっていた。


「アンジェロが守ってくれるから大丈夫だよ。レミもダンテも不死身じゃないしね」


 と言いながら、ミナは鼻で笑った。


「っていうか、こんな奴ら、私達の敵じゃないし」


 そう言われてみればそうだ。ミナは笑ってセルヴィの傍を離れると、アンジェロの防御の外に出た。そして近くの道路標識をブチ折り、銃を乱射する強盗達を、全力でブチのめした。

 振り回される標識で起きる風圧、数メートルも吹き飛ばされる強盗。セルヴィは呆気にとられてそれを見ていた。

 様子を窺っていた他の犯罪者たちは、ミナを遠巻きに見ている。ミナはやはり笑って、ガン、と標識を道路に突き刺した。


「こうなりたくなかったら、私達に近づかない事ね」


 一撃で身動きできなくなった強盗達に、他の者達がごくりと生唾を飲み込むのが分かった。

 やっぱりミナもヴァンパイア一族なのだと改めて思っていたら、隣にいたダンテが顔を覆っていた。


「頭取、どうしましたか」

「風圧で、目にゴミが……」


 あちらはボコボコにされたのに、こちらの被害は目にゴミが入っただけである。セルヴィは思わず半目になった。


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