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64 ファーストレディの立場


 店に戻ると、ミナが早速先程の話を熱弁した。その話を聞いた男3人は、三者三様の顔をしていた。アンジェロは頭を抱え、アルヴィンは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をし、レミは腹を抱えて笑った。


「お前なぁ」

「あっはっは! ミナさん相変わらずブッ飛んでるね! 僕も勝てないよ」

「うーん……いやぁ、うーん……ごめんちょっと何言ってるかわからない」


 肝心のアルヴィンは、こめかみを揉みながらウンウン唸っている。相当困っているご様子だ。

 先程ミナに励まされたのを思い出しながら、セルヴィはアルヴィンの前に膝をついて、彼の手を握った。


「アル、お願い。アレハンドロ様を助けたいの。私とルキアにとって、アレハンドロ様はすごく大切な人なの。だからお願い、力を貸して」


 やっぱりアルヴィンは唸っていたが、少しするとセルヴィを見下ろした。


「とりあえず、そのアレハンドロって奴は、その計画を了承してるの?」

「まだ、話してないけど」

「当事者の了解を得ていないんじゃ、俺も是とは言えないよ。話はそこから。それが済んでから、俺にプレゼンをするのが順番だよ」


 確かにアルヴィンの言う通りだ。彼が正しい。そう考えていると、アルヴィンが続けて言った。


「そして、彼が了承した後も問題だよ。街を移す手段も勿論だけど、移転先をどこにするか、その周囲の地域に対してどういう対処をするか、その町の住民にどのように説明して納得させるのか、税制、経済、言語の壁、他にも色々あるけれど、それらの問題をどう解決するのか。そう言う事を考えて、それから提案して来てくれ」


 先程まではウキウキしていたが、アルヴィンの話を聞くと、確かに現実的には色々と問題が山積みだ。それでションボリしていると、ムッとしたらしいミナがセルヴィの腕を掴んで、少し離れたボックス席へ引っ張られた。


 その様子を見送って、アンジェロが苦笑しながらアルヴィンに言った。


「随分厳しいですね。協力すること自体は簡単でしょう?」


 アンジェロの言葉に、アルヴィンは溜息交じりに笑った。


「そうだね、だけどセルヴィには、立場を理解してもらう必要があるからね」

「立場ですか」

「そう。もう今迄みたいにただの恋人、ただの秘書じゃないんだ。俺は大統領で、俺達は公式には結婚してないけど、一般には認知されてるから、セルヴィは実質的なファーストレディだ。ファーストレディに相応しい、立場、責任、振る舞い、能力が求められる。いつまでも裏方と言う訳にはいかないんだよ。その時の感情任せで、国を左右するような提言をしているようでは困る」

「……なるほど、確かにそうですね」

「セルヴィはいつまでも、自分は裏方だと思ってるみたいだけどね。セルヴィはとっくに、世界の表舞台に立つ人間だ。それを自覚してもらわないとね」


 要するに、ファーストレディ修行と言うわけである。確かにセルヴィは、自分の立場についてそんな事を考えたことはなかったので、盲点と言えば盲点だった。

 納得はしたが、アンジェロはやっぱり苦笑した。


「それならそうと、おっしゃればよろしいのでは?」

「それだとつまらないだろ? セルヴィが自分で自分で気づいて、自分で成長したって、思ってもらわなきゃね。教育ってそう言うものだって、アンジェロが教えてくれたんじゃないか」

「ははは、なるほど。そのとおりですね。ですが、誤解されるかもしれませんよ」

「気付かないなら、それまでってことさ。そうじゃないってことを、俺は期待しているんだよ」


 話を聞いて、アンジェロもレミも営業スマイルを浮かべながら、心の中で同じことを毒づく。


(いい事いってるっぽいけど、この人性格悪っ!)


 確かにこれはアンジェラが敬遠したいタイプだ。この時になってようやく、アンジェラを照会しなくてよかったと思った。こういうタイプの腹の内は、知っておいた方が得策かもしれないが、精神的には失策である。ストレスにしかならない。

 

 二人が営業スマイルで乗り切っている頃、ミナとセルヴィは再び作戦会議を開いた。


「大統領意地悪じゃない? 彼女のおねだり位、少しくらい聞いてくれてもいいのにさ」

「そう思わなくもありませんが、確かに大統領の言い分は正しいと思います。大統領に頼るばかりではいけないと、私も思いました」

「真面目だねぇ」


 ミナは小さく溜息を吐いたが、セルヴィが真剣に考えだしたのを見て、小さく笑う。


「真面目なのもいいけどさ、自分一人だけで悩んじゃダメだよ。プレゼンで私は役に立てそうにないけど、与党の人とかにも相談してみなよ。幹事長とか弟なんだし、相談しやすいでしょ? 誰にも頼るなって言われたわけじゃないしさ」


 確かにセルヴィだけでは限界がある。折角政治のプロが身の周りにはたくさんいるのだし、協力を仰いだ方が確実だ。


「そうですね。弟に相談してみます。あと、旦那様にも」

「うん、それがいいよ。みんながみんな、大統領みたいに天才なわけじゃないからね。助け合いは大事だよ」

「はい、ありがとうございます」


 ミナにそう言われて、少し元気が出た。普段アルヴィンは、人の力も借りるけれど、大概の事は自分一人でも解決できた。彼を見ていると、それが当たり前だと思っていた。

 だけどアルヴィンも以前言っていた。持つべき者は友達。自分一人ではできなかった。

 人に協力を仰ぐことは、恥ずかしいことじゃない。


 ミナに元気をもらった。アルヴィンに助言をもらった。ルキアとマルクスにもアドバイスしてもらって、みんなでアレハンドロを助ければいいのだ。

 自分一人で悩むとウジウジしてしまうから、みんなで考えていけばいいのだ。


「ミナさん、ありがとうございます。すこし、電話をしてきますね」

「うん」


 少し満ち足りた気分で笑ったセルヴィに、ミナもにっこりとほほ笑み返した。



 まず電話をしたのはアレハンドロだった。荒唐無稽な計画を聞いて、アレハンドロは驚いていた。だが、徐々に笑い出して、それが成功したら面白いと、笑い飛ばしてくれた。


「では、街ごと引っ越しには賛成頂けるのですね?」

「そうだな。まぁ悪くはねぇな。事業は仕切り直しになるけどよ、今はそっちの方が情勢が不安定だから、儲かりそうではあるな」

「まぁ」


 戦争で困る人もいるが、戦争特需で儲かる職業もある。この世のバランスとは神秘である。

 ともあれ、アレハンドロには賛成してもらえた。ルキアとマルクスにも相談して、ダンテやショーペン、ヨハンたちにも相談して、ようやく企画書が出来た。


 南米襲撃予知の前日。セルヴィは企画書をアルヴィンに提出した。


「大統領、こちらにお目通りをお願いします」


 緊張の面持ちで企画書を差し出したセルヴィ。そのセルヴィと渡された企画書の束に、アルヴィンはクスクスと愉快そうに笑った。

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