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63 ミナ・ジェズアルド


 クラブトワイライト。アルヴィンとレミ、アンジェロはそこで初見の挨拶をして、レミの研究への出資については、アルヴィンは二つ返事で了承した。

 そこにセルヴィも同席して、一緒に話を聞いていた。続いてアンジェロが神妙な様子で話を切り出した。レミは予知夢を見ることもできて、それで見えた未来について話したいとの事だ。


「へぇ、それはすごいね。何が見えたんだい?」

「僕が見たのは、フランス攻撃と南米攻撃。時期は南米の方が先です」

「南米ね。まぁ国連から出兵依頼が来たら、正規軍は派遣するけれど、特殊部隊を動かすほどの相手ではないか」


 アルヴィン達がその話をしているのを聞きながら、セルヴィはどんどん気が遠くなっていった。


(嘘……南米が襲撃されるですって……?)


 血の気が引いた様子で、真っ青になっているセルヴィに、同じく同席していたミナが気付いた。


「セルヴィさん、大丈夫?」

「いえ……すみません。少々、失礼します……」


 セルヴィは顔色を蒼くしたまま、静かに席を立ってその場を離れた。そしてトイレに入って、洗面所で電話を掛けた。


(お願い、速く出て)


 そう思いながら呼び出し音が鳴るのを待っていると、相手が電話に出た。


「おう、嬢ちゃん久しぶりだな。どうした?」

「大事なお話があります。今すぐ……今すぐ南米を脱出してください!」

「急にどうしたんだ?」

「3日後にシュティレードが南米を攻撃するという情報が入りました。このままでは、アレハンドロ様も巻き込まれてしまいます! 新たな住居も仕事もこちらで手配いたしますから、アレハンドロ様もお逃げください!」


 南米に拠点を持つ、チュパカブラのアレハンドロ。敬愛する気さくなマフィア。大好きなアレハンドロ。彼にどうしても死んでほしくない。

 あの様子だと、アルヴィンは積極的に国を動かして南米を助けはしない。ならば、アレハンドロに南米から脱出してもらうしかない。

 そう思って電話したのに、電話の向こうのアレハンドロは、電話口で小さく溜息を吐いた。


「そうは言うがよ、嬢ちゃん。俺はこの町の顔役でもあるんだぜ。そうホイホイ街を捨てることはできねぇよ」

「ですが、アレハンドロ様を失う訳にはいきません!」

「はっはっは。嬢ちゃんみてぇな別嬪さんに、そこまで言ってもらえるとは嬉しいねぇ。嬢ちゃんの気持ちは嬉しいよ。だがよ、俺にも守るべき者ってのが、あるからな」

「ですが……」

「わかってくれよ、嬢ちゃん。男にはよ、男の都合ってモンがあるのさ、悪いな」

「アレハンドロ様……」

「そんな悲しそうな声するなよ。俺がいじめたみたいじゃねぇか。心配するな。死なねぇようにすっからよ」

「……はい、どうか、どうか御無事で」

「おうよ。嬢ちゃん、ありがとよ」


 切れた電話、黒い画面。携帯電話を握りしめて、滲んだ涙を、瞼を閉じて振り払った。


(どうして、どうして、アレハンドロ様! お願いだから、死なないで!)


 そう祈っていると、コツ、と足音が聞こえた。涙で少し化粧が崩れた顔を上げると、ミナが心配そうにして、洗面所の入り口に立っていた。


「大丈夫?」

「大尉……」

「なにがあったの?」

「大尉……っ、助けて、ください」


 ぽろぽろと涙を流すセルヴィに、ミナが歩み寄って優しく抱きしめてくれた。ミナの方が小柄だったけれど、しばらくセルヴィはミナの方に顔を預けて泣いた。


 ミナがアンジェロに席を外すとメールを送って、二人は近所のカフェバーに場所を移していた。そこでセルヴィはアレハンドロの事と、電話の事をミナに話した。

 話を聞いて、ミナは小さく溜息を吐いて苦笑した。


「男の都合ねぇ……。男ってそう言うの本当に好きだよね。アンジェロもよくそう言う事言うのよね。カッコつけちゃってさ」

「私には、理解できません。大事なものがあるのはわかります。ですがそれは、命よりも大事なのでしょうか」

「そーゆー男が大事にしてるのは、命よりもメンツだからね。いつだって、カッコイイ自分でいたいのよ。正直私にも理解できないよ、男ってバカな生き物だよね」

「本当に……男って、バカです」


 ミナに釣られて、セルヴィも小さく笑った。ミナのお陰で、少し元気を取り戻せたと思う。

 いつもオッサン達とばかり話しているから、ミナの様に(見た目だけは)若い女性と話すのは、新鮮で楽しかった。


「大尉、あの」

「あー! 外で大尉は辞めて! 恥ずかしいからミナって呼んで!」

「いえ、ですが」

「今はプライベートだからいいじゃない!」


 一応仕事中である。だが、勤務時間外なので、プライベートと言えなくもない。

 ミナはいっこうに退く様子がないので、渋々セルヴィの方が諦めた。なんだか以前もこういうことがあった気がする。


「では、あの、ミナさん」

「なーに?」


 名前で呼んでもらえたのが嬉しかったのか、ミナはご機嫌である。人懐っこい笑顔でニコニコしている。それを見ていると、なんだかこちらも温かい気持ちになる。不思議な女性だ。


「アレハンドロ様を、ギリシャに連れてくることは可能だと思いますか?」


 問われてミナは唸りながら、中空を仰ぐ。だが1秒ほどでこちらに向いた。


「申し訳ないけど、私そう言う作戦とか考えるの向いてない」

「……そうですか」

「そんなガッカリしないで! 傷つく!」

「あっ、すみません」


 セルヴィは委縮してしまったが、特に気にしてはいなかったようで、ミナはにっこり笑った。


「アレハンドロさんをギリシャに連れてくる作戦は思いつかないけど、そのままいてもらうのはダメなの?」

「え? ですが、そうしたら巻き込まれてしまいます」

「でもさ、その人ってサイラスと面識があって、しかもマフィアなんでしょ? マフィアならテロリストに味方するのも、自然かなって思ったんだけど」


 それを聞いて、セルヴィに一つの可能性が浮かび上がる。


「まさか……アレハンドロ様に、スパイになっていただくということですね?」

「え? ごめん、そこまでは考えてなかった」

「そ、そうですか」

「でもいいんじゃない? それアリじゃない? スパイになったら死なずに済むし、あっちの情報も手に入るし、一石二鳥だね」


 ミナの話を聞いて、セルヴィは改めて考える。確かにそうなれば、アレハンドロは死なずに済むし、国益にもなる。

 だが、失敗すれば確実に殺されるし、男のメンツがどうのこうの考えているならば、そういう手段を取ることは嫌うような気もする。


「名案だとは思いますが、アレハンドロ様の性格を考えると、アレハンドロ様に断られる可能性が高いと思います」

「そっかぁ、じゃぁ却下」


 随分アッサリしたものである。ミナは自分がアホなのが分かっているので、自分の提案に執着する事は少ない。だが、譲れない一線を、常に保ち続ける。


「アレハンドロさんは、街と仲間を守りたいんだよね」

「はい、そうおっしゃっていました」

「でも今のままだと、どっちも守れないよね」

「その可能性が高いと考えられます」

「事業は何をやってるの?」

「売春と武器密輸密造です」

「じゃぁちょうどいいじゃん。町ごとクレタ島に引っ越しちゃえば」


 とんでもない発想に、セルヴィは目を丸くする。町ごと引っ越すなんて、そんな事が出来るはずがない。セルヴィがそう思っているのはミナもわかったようで、にっこり笑った。


「アンジェロにも相談してみるけど、アンジェロとダンテの空間転移と、私とヴィンセントさんの重力操作があれば、どうにか行けそうな気もするんだよね。町ごと転移なんて、やったことないからわかんないけど」


 本当にとんでもない。ヴァンパイア一族と新人類。世の中にはとんでもない人間がいるものである。

 成功するかは未知数だが、可能性はゼロではない。クレタ島の土地が足りるかはわからないので、移転先についてはアルヴィンにも相談する必要がある。

 街ごと引っ越すなんて、周囲には怪奇現象そのものだろうから大騒ぎ必至だろうが、成功すればアレハンドロの立場もセルヴィの願いも叶う。

 それにアレハンドロがマフィアとしてではなく、武器を製造・流通する軍需産業の会社でも立ち上げてくれたら、それで尚且つレミと手を組んだりなどしたら。

 セルヴィの妄想は止まらなくなってきた。


「できるでしょうか?」


 ようやくオッドアイの瞳に輝きを取り戻したセルヴィが、勢い込んで尋ねてきたのに、ミナは愉快そうに笑い返した。

 

「やってみる価値はありそうじゃない?」

「あると思います!」


 セルヴィの返事を聞いて、ミナはすっくと立ち上がった。


「よーし! じゃぁ早速準備に取り掛かるよ! ほら、お店戻ってアンジェロと大統領にも話してみよ」 

「は、はい!」


 ミナに手を引っ掴まれて、セルヴィは慌ててミナの後を追った。半ば無理やり掴まれた手を、ミナはグイグイ引いていく。


 笑顔の眩しいイケイケゴーゴーのミナ。彼女の小さい背中を見て小さく笑う。

 不思議な人。明るくてパワフルで、無邪気で屈託がなくて、一緒にいると元気が出てくる。

 そう思っていると、ミナが振り向いた。


「セルヴィさん、きっと大丈夫だよ。本気で話したら、きっと大統領もわかってくれるよ」


 彼女の励ましにセルヴィも笑顔で頷き返した。


(いい人だな。ミナさんと友達になりたいな)


 そんな事を思いながら、セルヴィはミナと共に店に戻った。

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